喧嘩上等? 生意気暴力少女 4
「やっぱりステッキは没収だね。メルちゃんもさすがに命は惜しいし」
「あっ」
目にもとまらぬ速さでメルにステッキをひったくられた。
メルがときおり見せる強靭な腕力や俊敏な動きはどこから来るのだろうか。きっとこれも魔法なのだろう。魔法であって欲しい。
どちらにせよ半ば人間離れしたこの子と、これからも関わらざるを得ないであろうことは明白だ。
そんな時あのステッキがあればいざという時自衛手段として使える。
そう考えた巡は、なんとかして取り返そうと言葉を繕う。
「せ、せっかくメルちゃんがプレゼントしてくれたんだし、ありがたく受け取っておくよ」
「なに? そんなに欲しいの? じゃあ、どうしてもその黒くて硬い棒が欲しいですって言って」
「……えっ、…………ど、どうしても、その黒くて硬い、ぼ、棒が欲しいです」
「はい、大きな声でもう一回!」
「ど、どうしてもその黒くて硬い棒が欲しいです!」
くそ、なんで僕がこんな事を……。でもここは耐えろ。気にするな、機嫌を損ねないように……そう、これはただの発声練習だ。
「なんかキレ気味に言われてもなあ~。まあいっか、元はといえばおわびのしるしって話だったしね。でも、もしメルちゃんを背後から撃つようなマネしたら……わかってるよね?」
「わ、わかってるよ。僕がそんなことをするわけないじゃない」
いざとなったらやるしかない。
もちろんできればそんなことはしたくないけど、それも全部メルちゃん次第だ。
ていうか闇討ちされるようなふるまいをしている自分を改善しようとは思わないのかこの人は……。
再びメルからステッキを受け取った巡は、密かにそう決心しながら切り札を懐にしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
朝から一波乱あったものの、その後はこれといって大きな事件はなく一日の授業が終了した。
それでも細かい事を言い出したらキリがないが。
道程の腕時計のおかげで一時の平穏を取り戻した巡だったが、彼にはやらなければならないことがあった。
道程への貸しを返すための仕事のことだ。
その件で巡は放課後、美道とともに学校の屋上に来ていた。
「これが今回のターゲットだ」
美道が写真を何枚か取り出して見せる。
巡と美道は屋上の端っこ、給水タンクの陰で待機していた。
いかがわしいことをしているわけではないが、美道の指示でこうして隠れているのだ。
美道に渡された数枚の写真には、様々な角度から撮影された一人の少女が写っていた。
髪を一束結わえたショートヘアに、あどけない目元が印象的。全体的な雰囲気にやや幼さが残る。
道程の眼鏡にかなっただけあって、かなりハイレベルな容姿だ。
か、かわいい……。こんな子、この学校にいたのかな? 一つ下の学年らしいけど……。
うまくやったら仲良くなれたりして。
わっ、この写真……。
「おい巡、お前がっつり見過ぎだ。目つきが危ないぞ」
「……えっ? ほ、ほら、ちゃんと特徴をつかんでおかないと」
巡はごまかすように言うと慌てて写真から目を逸らす。美道はその様を見てためいきをついた。
「お前にはがっかりだ。そんなもので興奮するなんてな。これほどの美男子が目の前にいるというに」
「男子、でしょ」
巡は朝のトイレでのやり取りの後、すぐに腕時計を装着した。
基本的に魔法を使う時以外は腕時計を外す必要性はないと巡は考えている。その他に女の子になるメリットが見当たらない。
正確にはあるにはあるが、どこか犯罪のにおいがする用途ばかり思いつくので考えないようにしている。
ただ、性欲が失せるというメリットなのかデメリットなのかよくわからない変化もあるので、時と場合によっては使い道がないわけでもない。
「ふん、まあいい。では簡単なプロフィールを伝えておくぞ。赤桐陽夏、十五歳。三ヶ月前に転入。えー、身長百五十二センチ体重四十一キロ。バスト七十……おっとこの情報は必要ないな」
「いやそこからが大切な……」
七十……九、なのかジャストなのか。……どっちにしろ残念な感じかな?
「そんなものはどうでもいいだろう。問題はアレがついてるかついていないか。それだけだ」
「なんかかっこいい言い方してるけど……。あれ? 朝堂々と宣言してなかったっけ、もう男に興味はないとか何とか……」
「女々しいぞ巡。今はそんな事を言っている場合ではない」
怒られた。なんかますますよくわからない人になっちゃったな。
無理やりパートナーにされたけど、うまくやっていけるだろうか。
「さてこの赤桐だが、現在危険度ランクはD。まあ低レベルな部類だ。だがこのランクはアテにならん」
「え? なんで?」
「俺がつけたからな。俺が問題行動を発見して申請したのち、お兄ちゃんが危険リスト入りにした。つい最近の話だ」
標的は道程によってちょっと道を踏み外した魔法少女。巡はそう思っている。
道程の言い分によると魔法を悪用しているとかなんとか。だが巡は実際魔法だなんて、メルと出会うまで見たこともなかった。
日常的に魔法が悪用されていると言われてもちょっと信じがたい。
とにかく彼女は素行に難ありと判断されたということだ。
見た目は申し分ない美少女。巡には何が問題なのか、見当もつかない。
「そもそもこの子はどこに問題があるの?」
「まあそう慌てるな。すぐに見せてやる。そのためにこうして隠れているのだからな」
屋上に上がるや否や、こうしてかくれんぼを命ぜられている。
正直言って美道と二人きり、ずっと物陰にかがみこんでいるのは息苦しい。
授業終了とともにやってきてから、かれこれ二十分近く過ぎようとしている。
早くしてくれないかな、と巡が思っていると、屋上の扉が開き何者かの足音が聞こえだした。