喧嘩上等? 生意気暴力少女 2
巡は教室から少し離れた所にある男子トイレに緊急避難していた。
メルが来てしまった以上、なんだかんだであの二人の争いに巻き込まれるのは火を見るより明らか。
騒ぎが収まるまで教室に戻るのは危険だ。うかつに近寄らない方がいい。
だがまだホームルームまで少し時間がある。
巡はついでに用を足すと、チャイムが鳴るまで誰もいないトイレで時間を潰すことにした。
……はあ、僕は朝から一体何をやってるんだろう。
なんでトイレなんかにこもって……、……ん? 待てよ、よく考えたら何で僕がこんな惨めな思いをしなければならないんだ?
何も悪い事なんてしてないはずだ。そうだ、ビクビクすることはない。昨日みたいに外見が女の子になっているわけじゃないんだ。堂々としていればいい。
メルちゃんにだってビビる必要なんてない。なんかおかしな言動をしだしたら、次からはビシッと言ってやるべきだ。
まったく、バカバカしい。さっさと教室に戻ろう。
巡はしばらく一人葛藤した後、勢い込んでトイレの入り口のドアを引いた。
すると目の前にメルの姿が。
巡はフルパワーでドアを押して再びトイレの奥へ後退した。
……おかしい。なんで奴が? ついに恐怖で幻覚を見るようになってしまったんだろうか。
いや、違う。僕は恐れてなんかいない。そう、ビビってなんかいないぞ。
今のはきっとメルちゃんに似た人が偶然男子トイレの前に……。
巡が必死に自分をごまかそうとしていると、トイレの中にすぐさま侵入者が現れた。
その人物は微笑を浮かべたまま、まっすぐ近寄ってくる。
例え男子トイレだろうが全くためらいのない足取りは、間違いなくメル本人だった。
ついさっきまでいきがっていたはずの巡は情けない声を上げた。
「ちち、ちょっと! ここ、男子トイレだよ!」
「それがどうかした? たまには男子トイレで用を足してもいいよね?」
「ダメに決まってるでしょ! たまにとか気分の問題とかじゃなくて! 何のために部屋が分かれてると思ってるの!」
「えっ? 小便器にしないとダメ? ヤダめぐるちゃんったら!」
巡は早くも言葉を失い、戦意を喪失した。ビシッと言ってやるつもりが一瞬でメルのペースに飲まれてしまった。
「めぐるちゃん急にいなくなっちゃっててビックリしたんだよ?」
「いや、急におなかが……」
「わざわざ離れたトイレまで?」
「……ど、どうしてここが」
「魔法の力だよ、ま・ほ・う」
また魔法か……。本当に魔法なんだろうか? メルちゃんの場合、野生の勘とか言われた方がしっくりくるような……。
なんでも魔法と言われて納得できるものでもなかったが、口には出さなかった。
何か言いたそうな顔をしている巡を見て、メルは少しだけ驚きの表情をした。
どうやら性別の変化に気づいたようだ。
「あれ? めぐるちゃん元に戻っちゃったの? つまんない」
「つまんないじゃないよ! 全く誰のせいでこんな……」
「と、いうことはもう一つの魔法も解けたのかな?」
メルの言うもう一つの魔法とは、二次元の老人にしか興味をもてなくなるという、実質性欲を失うようなわけのわからない呪いのことだ。
今の巡は、道程の用意した腕時計によって一時的にメルにかけられた魔法が全て解けている状態である。
完全に魔法が解けたわけではないが、メルと出会う以前の彼に戻っているのだ。
メルがいくら変態といえど女の子であることに変わりはない。それに性格に目をつむれば相当な美少女だ。
そんな子とトイレで二人きり。昨日は呪いのおかげかおかしな気分になることはなかったが、今は勝手が違う。
それに彼女は必要以上に至近距離までにじり寄ってくるときた。
こういった状況に慣れていない巡は、どんどん心拍数が上がっているのを悟られまいと質問を浴びせた。
「ち、近いよちょっと……、あ、朝からどこ行ってたの?」
「ちょっと体育館倉庫に下見にね」
「……言っとくけど昼休みそこで待ってても誰も来ないからね」
「え? なんでわたしが呼び出したって知ってるの? 差出人は書かなかったのに」
「昨日の今日でそんなところに呼び出す人っていったらね……。せめて体育館裏とかにすべきだったと思うよ?」
「……名前を書いたら来てくれないでしょ? わたし、うすうす感づいてたんだ、なんかめぐるちゃんに避けられてるって」
「そりゃ昨日の晩夜中に何回も電話かけられたら電源切らざるを得ないよ……。朝起きたら着信履歴がメルちゃん(はぁと)で埋まってて軽くホラーだったし……」
「メルちゃん(笑)で登録しておけばよかった? そうすれば笑えるよね?」
「余計怖いよ!」
巡は連絡先を教えた事を後悔した。とはいっても携帯を奪われ勝手に登録されたのだが。
だがこれほどまでに女子から熱烈なアプローチを受けたのは初めてだ。
考えようによってはそこまで悪い気がしないでもない。
なんだかんだいってもメルの外見は優れてかわいい。巡のこれまでの人生においても間違いなく三本の指に入るほどだ。
巡はこれでまともな子だったらなあ、などとありえない願望を頭に思い浮かべた。
「にしても本当にわたしの魔法解けたのかな? ……あやしい」
メルは訝しそうに巡の体を無遠慮に眺め回す。なぜか疑っているようだ。
自分で魔法をかけといて、ひどい話だった。
「なにか魔法アイテムの匂いが……」
腕時計のことや、道程から与えられた仕事のことはなるべく黙っておきたかった。
明確な理由はないが、やはりメルがかんでくるとろくなことにならなそうだからだ。
巡は気づかれないように赤くて目立つ腕時計を袖の中に隠すように移動させた。
さりげなくやったつもりだったが、メルはそのわずかな動きも見逃さなかった。
獲物を見つけたとばかりに巡の手首に手を伸ばすメル。袖をまくってがっと食らいつく。
「ち、ちょっと! なにいきなり引きちぎろうとしてるの!」
「なにこの腕時計? 昨日はしてなかったよね?」
「え? あ、ちょっと遅刻が……」
「これ女物じゃないの? どういうことかなあ? 自分でこんなの買わないよね? 誰かにプレゼントでもされたのかなあ?」
「やめてやめて、ちぎれるって!」
メルは鬼のような力で掴んで放さない。
このまま有無を言わせず引きちぎられでもしたら目も当てられない。
巡は観念して道程にもらった腕時計の事を白状した。
「……ふ~ん、それをつけている間は呪いが解けるの? 便利だね~」
「これね、余計にお金ふっかけられたんだよ? お願いだからいきなり壊そうとしないでくれる?」
「ねえ、ちょっと外してみて?」
「ええ? やだよ」
「外してみて?」
ギリっと手首を掴まれた。みしみしとメルの手が食い込んでゆく。
……自分で外せるうちに外しておこう。
巡はあきらめてするっと腕時計を外した。
一瞬ピカっと全身からまばゆい光が放たれたかと思うと、巡の外見が昨日と同じ姿になった。