お兄ちゃんは大魔法使い? 7
「何者なんですかあの人は」
二人が去った後、巡は謎の男について疑問を口にした。
「ああ、あれ四天童の一人だよ。コードネームはトモヤ」
「あれが四天童……。コードネームって割には普通の名前ですね……」
「だってあいつが自分でそう呼んでほしいって。どうせどっかのギャルゲーの主人公かなんかの名前じゃない?」
またか……。
巡は心底うんざりした。まともそうなのが出てきたと思ったが、見かけだけだったようだ。
「まあそれはいいとして、明日からめぐる君一人でやれっていうのもかわいそうなんで、衆ちゃんと協力してやってもらうようにするから。ちょうどよかった」
「え、いや、一人でやります。あの人はいりません」
「まあそう言わずにさ、一応彼は君の先輩にあたるわけだから。……まあほとんど成果が出てないんだけどね」
「衆くんはどういった経緯でこんな……」
「話すと長くなるけど、お兄ちゃんの中で男の娘ブームが来てた頃にね、彼を女の子として……」
「やっぱいいです。聞きたくないです」
「すぐ飽きちゃったからね、彼には申し訳ないことをしたよ。罪滅ぼしといっては何だけど、彼にタダで部屋を貸してあげてるんだ。詳しい事は知らないけど衆ちゃん身寄りが田舎のおばあちゃんぐらいしかないらしくてね。まあいろいろと面倒を見てあげてる」
「はあ……そうなんですか……」
巡は知りたくもない事情を知ってしまって微妙な反応しかできなかった。
「大丈夫、衆ちゃん今はアレだけどきちんと更正させるから。明日から仲良くやってね」
「えー……」
急に憂鬱になった。協力というか障害になりそうな予感しかしない。
今までも極力かかわり合いを避けていたぐらいなのだ。それでも妙に気に入られてはいたが。
「じゃ、最後にめぐる君の連絡先だけ教えておいてくれるかな。携帯あるでしょ?」
「嫌です」
「……即答されるとお兄ちゃんでもちょっとへこむよ? 何かあったときとかさ、困るでしょ?」
「教えた方が何かありそうなんですが……」
「めぐる君、あんまり反抗すると契約破棄しちゃうよ? そしたら別途違約金発生するからね。さっきサインしたでしょ? 基本的にお兄ちゃんの言う事には従わなければならないんだからね?」
「わかりましたよ……」
やっぱり自分の決断は間違っていたのかもしれない。
早くも後悔の念に駆られながらも、巡は道程と連絡先を交換した。
「これで一通り用件は済んだね。じゃあお家の近くまで魔法で転送してあげるから、目をつむって」
「……ちょっと待ってください、よく考えたら僕、このまま女の子として生活しなきゃならないって事ですよね? 今日一日はなんとかごまかせましたけど、やっぱ無理がありますよ……」
「ふふっ、たしかに明日から女装して学校に行くというのも無茶な話だよね。そうだなあ~うん」
道程は後ろの戸棚をごそごそと漁りだした。
取り出してきたのは赤いベルトの腕時計。特に何の変哲もない。
「これで解決できるよ。魔法を込めるのに時間かかるからもうしばらく待ってね。あ、ご飯食べてく?」
「いや、できるだけ早く帰りたいんですが……」
道程は巡の返答を無視し、夕食を用意すべく奥の部屋に引っ込んでいった。
その後姿を見ながら、巡はどうにも不安を拭えなかった。
今日帰れるのかなあ……。明日から本当に大丈夫なんだろうか……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日。
巡は遅刻することなく登校した。
昨日遅刻=変態魔法少女との遭遇というトラウマを植え付けられたせいか、巡は何かに追われるように始終急ぎ足だった。
途中下駄箱で発見した「昼休みに体育倉庫でまってます」という紙切れを破り捨て、教室へ急ぐ。
教室に入る前に、遠目から隣の席にメルがいない事を確認しほっと胸をなでおろしながら自分の席に向かう。
席に着くとすでに登校していた花奈が顔をこちらに向けた。
「ねえ」
「は、はい?」
「なんで男子の制服着てるの?」
「いや、それはだってほら、僕男だし。だいたい女子の制服なんて持ってないよ」
「……うん?」
じろりと顔全体をなめまわすようにねめつけられた。
至近距離で綺麗な顔に見つめられ、どぎまぎする巡。
「ちっ、元に戻ったか。にしても男のクセに女々しい顔つきね」
何かお気に召さなかったようで、いらいらした口調で罵倒される。
だが花奈が男子に対してご機嫌斜めなのはいつものことで、昨日が異常だっただけだ。
「そ、そうなんだ、昨日道程さんに会って元に戻してもらったんだ……はは……」
「……おかしいわね……、あいつがそんな簡単に人助けなんて……」
「道程さんて変わった人だよね」
「……ふん。ねえ、なにその腕時計。……ださ」
花奈は巡の手首に巻かれた腕時計を目ざとく見つけた。
女の子がするような赤いベルトの腕時計はやけに目立つし巡には似合っていない。
だが今一時的に男に戻れているのもこの腕時計のおかげなのだ。外すわけにはいかない。
「あ、あの僕さ、よく遅刻してたから、すぐ時間を確認できるように時計したほうがいいかなって」
「あっそ」
花奈は鼻を鳴らしただけで、これ以上巡と会話する気はないようだ。
昨日とはうって変わって冷たい態度に、巡は困惑を隠せない。
……なんか昨日の御厨さんが別人みたいだなあ。少し寂しい気もするけど、本来こういう感じなんだから仕方ないか。
気まずい空気を吸いながらかばんの中身を出して整理していると、教室前方の引き戸が勢いよくがらりと開かれた。
バアーン! という効果音がつきそうな勢いで登場したのは美道だった。
巡は激しい既視感を覚えたが、今日はどうにも美道の様子が違っていた。
「おはよう! 愚民ども!」