お兄ちゃんは大魔法使い? 6
「それでその……ちなみにお金ってどのくらいもらえるんですか?」
「それは成果によるけどね。当然ランクが高い子を更正させれば報酬もはずむよ。Aランクだったら一千万ぐらいだしてもいいかな」
「ええっ!? そんなに!?」
「これならAランクたった三人で呪いが解けるよ。それにこれで稼げば君のお母さん、南ちゃんだって戻ってくるかもしれないよ? お金がないから出ていったんでしょ? いい話だと思うんだけどなあ」
「それだけが理由じゃないんですけどね……。あ! そうそう。そういえば環の入学、取り消してください。やっぱりこんないかがわしいおじさんの所で、写真撮られたりとか危険です」
「いかがわしい……。……それはダメ、絶対無理! 途中退学は規約違反で罰金一億だからね!」
「なんですかそれ高っ! ……それって今決めたんじゃないですか?」
「あ、そうだ。めぐる君ががんばって一億ためればいいじゃん。高ランク狙いで行けば不可能でもないよ? 呪いと合わせて一億三千万」
「……う~ん。でもよく考えたら何で僕がメルちゃんにかけられた呪いを消すのに三千万お金払わなきゃならないんですか。直せるんなら直してくださいよ。被害者ですよ僕は」
「またケチくさいな君も。……別にいいけどね、男に戻っちゃったら魔法は一切使えなくなるよ? 魔法抜きでリストの子たちと渡り合うことなんてできないからね。そしたらお仕事は任せられないな。この話は一切なし。すると報酬はもらえず環ちゃんはそのまま。めぐる君のしょっぱい貧乏生活もそのままだよ?」
「……ううう」
環が学校に通い卒業すれば金が入ってくる算段だったが、道程という人物を知ってしまった巡は妹をこのまま通わせる気にはなれなくなった。
道程の言い分はもっともで、それに従えば妹の代わりに自分が仕事をこなしてお金を稼ぐ事になるわけだが、どうにもうまく騙されている気がしてすぐに首を縦に振れない。
いつの間にか桁外れの金額が飛び交っているが、そもそも本当にそんなお金が道程に用意できるのだろうか、という疑問もある。
しかし結局妹をこの男の毒牙にかけさせるわけにはいかないという気持ちがそれに勝った。
そして彼自身、今の貧相な生活から抜け出したいという思いもあった。
そうした葛藤の末、巡はゆっくりとうなずく。
「……わかりました。僕やります」
「おおっ! やった! これでまたハーレムに一人追加!」
「……今なんか言いました?」
「え? なにも?」
「まあいいです。でもひとつお願いがあります」
「うん? なに?」
「環のことなんですが……。お金が溜まってから、じゃなくてできれば今すぐにでも退学させたいんですが」
「……むむ?」
またも道程が長考に入った。何を必死に考えているのかわからないが、その様子からはプロの棋士のような気迫を感じた。
ものすごい速度で損得勘定をしているのかもしれない。
やがて結論が出たのか、人の良さそうな笑みを浮かべて言う。
「しょうがないなあ。南ちゃんの頼みとあっては聞かないわけにはいかないしね。いいよ。それで」
「……僕、南じゃなくて巡です」
「一億円分ツケとくから頑張って働いてね」
「はあ……。わかりました」
あまりにも簡単に莫大な貸しを作ってしまったことになるが、そもそも普通に考えればいろいろおかしい。おかしいことだらけだった。
かといって細かくつっこめば、道程のさじ加減一つでさらに金額なり条件なりが二転三転しそうだったので巡はここで妥協することにした。
道程はロリコンオヤジではあるが、根っからの悪人ではない。巡はそう思ったからだ。というかそう思いたかった。そんな救いようのない人間が存在しない事を。
巡がいんちきくさい誓約書のようなものにサインをし終えたその時、コンコンとドアをノックする音が。
扉を開けて現れたのは、短く刈りそろえられた頭髪にサングラス、黒いスーツを身に着けたやけに体格のいい男性。
身長は190センチぐらいはあるだろうか。
無言のまま表情を変えず立ち尽くす姿は、まるで重要人物を護衛するSPのようだった。
どこからともなく漂う存在感と威圧感は明らかに場違いな印象を与える。
「なに? どしたの? ……あ」
道程は変わらぬ調子で男に問いかける。
いきなりの巨漢の出現に驚く様子はなく、道程の視線はその男性ではなく彼とともに入室したもう一人の人物に注がれていた。
サングラスの男性に首根っこをつかまれている人物。それは巡のクラスメイトの美道衆だった。
「衆ちゃん……また?」
「……ご、ごめんなさい……。つい本能に忠実になってしまって……」
「つい魔が差したとかって言って欲しかったなあ……」
道程が呆れたように言う。
巡はスーツの男性にも驚いていたが、さらに突然見知った顔が現れたので少し頭が混乱しかけていた。
「し、衆くん……? どうしてここに……」
「巡か……。君も来てたのか……」
「あれ? 二人知り合いなんだ。あーそっかあそこの学校だっけ。まあそれはいいとして、衆ちゃん……。これで五回目だよ?」
「五回目って衆くん一体何を……?」
「また男の子をストーキングして通報されたんでしょ?」
「違うんだよ、通報はされてないんだ、今回はたまたま職質受けただけで」
「それでちょっと近くの交番まで来てねコースなんだから変わらないでしょうが」
ああ……なんか朝不良に絡まれた? 男の子を助けたとか何とか……。それかな?
「今回は自分が保護者として引き取りに行きました」
ずっと無言だった男性が低い声を発した。
「そう……ご苦労だったね。……衆ちゃん、約束は約束だからね、いいね?」
「…………はい」消え入りそうな美道の声。
「じゃあ後はよろしくトモヤ」
「了解、ボス」
トモヤと呼ばれた男性はそのまま美道を引きずって再びドアから出ていく。
そういえばあの扉の先はどうなってるんだろう? などと疑問に思う巡の耳にかすかな呟きが聞こえた。
「はぁ…………あかりちゃんルートがそろそろ終わりだったのに」
幻聴であって欲しいその声は間違いなくスーツに身を包んだ男のものだった。