お兄ちゃんは大魔法使い? 3
「あ、あれあれ!? ね、ねえねえ、これどういうこと? なんで南ちゃんが? 本当に君は何者なのかしら?」
目をごしごしこすって小動物的な動きをするおっさんに少しイラついたが、努めて冷静に答えた。
「あ、あの、多分その……南ちゃんっていうのは僕の母さんです」
「そうそう母さん母さん……ってなんでやねーん! 本人やーん!」
あまりにもひどいノリツッコミにしばらく場が凍りつく。
再びテンションの上がった道程の暴走が続いた。
彼はその昔、南のことをよほど気にかけていたらしく、巡を見て飛び跳ねんばかりの調子で歓喜していた。
そんな中巡とメルは冷めた視線を送りながら、無言で出されたケーキをもくもくと口に運んだ。
「いや~、お兄ちゃんショックで幻覚見たかと思っちゃったよ~」
ある程度落ち着いたところで、巡は自分や家族のことと、ここを訪れたいきさつを説明した。
メルによって女にされたこと、自分を男に戻してくれるよう頼みに来たこと。
魔法で無理やりやられた、のくだりを強調したが、その犯人はそ知らぬ顔でケーキをつついていた。
「そうすると君はあの環ちゃんのお兄ちゃんになるわけだ」
「あ! そうだ、環は入学したんですよね? 今どこに……」
「どこにいるのお兄ちゃん!」 メルが割り込んできた。
「え? もう帰ったでしょ? あ、別居してるんだっけ」
「ちぃっ! 遅かったか!」
「メルちゃんちょっと黙っててくんない? ……あれ? でも全寮制とかなんとかって……」
「寮? そんなのないけど……。……でもいいよそれ! 今度考えてみよっと」
父さんまたウソついたな……。
父親に対する不信感がさらにつのった。
「このまえ環ちゃんと一緒に南ちゃんがやってきて驚いたよ。南ちゃんは相変わらず美人だったけど、さすがに年がね……。最高でも十七超えちゃうともう駄目だよね……。ちゃんって言う年でもないしね」
「はあ……」
「にしても……く、ふふ……ふ、ふへへっ! ざ、ざまみろあの男! 南ちゃんに愛想つかれてやんの!」
危ない笑いを発する道程。軽く狂気のようなものを感じた。
過去に駈と道程、南の間に何があったのか巡は知るよしもない。
というか知りたくもなかった。
「……どうでもいいですけど、どうしてくれるんですか僕の体は? おたくの卒業生がこんなことして、許されると思ってるんですか」
慣れていないせいか巡はなぜか保護者代表のような、おかしな口調になっていた。
「う~ん、でもしょうがないよね、在学中からメルちゃん十年に一度出るか出ないかの変態だって有名だったし」
「そんなことないよぉ。五人に一人ぐらいだよ」
「……もうそのくだりはいいです。それにメルちゃん、自分の評価下がってるけどこの短期間に何かあったの? 前は十人に一人だったじゃん」
「やっぱりわたしも全然まだまだだなぁって思い直して」
「自己評価低すぎだよメルちゃん! もっと自信持っていいよ! ていうか五人に一人もいたら社会とかその他もろもろ成り立たないよ!」
確かにメルは今日一日で何人かの変態との出会いを果たした。
それで本人なりに思うところがあったのだろうが、巡の中でトップはやはりメルだった。
ダントツで。
「まあそういうわけだからさ、運悪く車にでも轢かれたと思ってあきらめてよ」
「どういうわけですか! それに車どころか戦車にズタズタにされた気分ですよ!」
そう軽く流され頭にきた巡は、自分の食べかけのケーキを狙っているメルに向かって抗議の声を上げた。
「メルちゃん! 全然ダメじゃんこのおじさん! 話が違うよ!」
「ごめーんねっ」
にこっと笑って可愛く言う。
それがさらに巡の神経を逆撫でした。
滅多に怒る事のない巡も、今回ばかりはさすがに許せんとばかりに怒りをあらわにする。
「ちょっとなんなの二人して! だいたいお兄ちゃんとかなんとかバカなことばっかいって、本当に魔法なんか使えるの? ただのキモイおっさんじゃん! どうなってるんだよもう!」
その言葉に、道程のつやつや顔がまたまたかげりだす。
今度はぐさりとヤリで心臓を貫かれたような表情になった。
「ご、ごめんね、怒らないで。落ち着いて落ち着いて。うん。その顔で怒られるとお兄ちゃん死にたくなっちゃうから」
さっきとは比べ物にならないほど小さな声でぼそぼそしゃべりだす。
「いや、別に元に戻せない事はないんだけどね、個人的には戻したくないというかなんと言うか」
「え!? 戻れるんですか?」
「……て、いうかぁ~、その、さ。もう別に女の子でよくない?」
「いやです」
「もったいないよ? 絶対。女の子で可愛いといろいろ得だし」
「メルちゃんと同じような事言わないで下さい」
そう言われると道程はうーん、とあごに手をあてて黙り込む。必死に何か考えているようだ。
やがて何か思いついたようで、ゆっくりと口を開く。
「あのね、男に戻すということは、要するに魔法の呪いを解くということだよ。悪いところを直す。つまりお医者さんのようなことをするわけだけれども。手術とかってすご~くお金かかるよね? うん、お兄ちゃんもいちおう魔法でご飯を食べている身だからね。つまりね、ただで、というわけにはいかないかな。わかるかな?」
お金と聞いて「えっ」という反応をする巡。
道程の最高にうさんくさい理屈に、それもそうかも、と思ってしまう間抜けな少女(少年)がいた。