お兄ちゃんは大魔法使い? 2
「めぐるちゃん。これで今晩、付き合ってくれるよね?」
メルは今しがた受け取った三万円を巡の手に握らせながら言った。
「嫌だよ! なにこのわかりやすいお金の流れ!」
「お金……ないんでしょ? なら受け取って」
「うっ、なんて汚い……。メルちゃん君って人は……。そんなの受け取れないって」
「……ちっ……うふふっ。ジョーダンだよ。そんな人の足元見てお金で買収なんてするわけないでしょ? でもこのお金はあげる。使うたびにメルちゃんの顔を思い出してくれればいいから」
「ものすごい恩着せようとしてない!? あとちょっと舌打ちしなかった!? どっちにしろそんな汚いお金受け取れないよ!」
「……汚いお金は受け取れない、か……。うん、そうだよね……。さすがめぐるちゃん。わたし惚れ直しちゃった」
メルはうふっとうれしそうにはにかむ。
よけい高感度が上がってしまった。選択肢を間違えたようだ。見境なくお金に飛びついておけばよかったと巡は少し後悔した。
その時道程が軽やかな足取りでトレーを運んできた。ケーキが乗った皿をおのおのの手前に差し出す。
ふんふふ~んと鼻歌が絶好調で、やはり上機嫌だった。
三人分のケーキを用意し終わると道程も着席する。
「さあ、食べて食べて。本当においしいんだから」
だがメルはケーキには手をつけず、代わりに先ほどの三万円を道程に差し出して言った。
「お兄ちゃん。やっぱりこれ返すね」
「……えっ?」
一気に道程からさっきまでのうきうきムードが消えた。
先ほどまでのニコニコ顔が一転、何が起きたかわからないといった表情で固まる。
「ど、ど、どうしたのかな? お、お兄ちゃんからのおこづかいだよ? あっ! も、もしかして少なかった?」
「ううん、違うの」
「えっ? あっ、えっと……。あっ! これあれ? またツン? 二段構え?」
目に見えて狼狽する道程。そんな彼を見て巡は少し哀れみを覚えていた。
「お金じゃ買えないものがあるんだよ。そうでしょ? めぐるちゃん」
「僕にふらないでよ……。別にそんなに深い意図があったわけじゃないし……」
正直あまりこの二人と絡みたくなかったので、巻き込まれたくなかった巡は適当にお茶を濁す。
「ね。お兄ちゃん、こういうのはよくないよ。すぐにお金でどうこうしようなんて」
「……メルちゃん、偉そうにしてるけどさっきの自分の言動覚えてる? 改心が早すぎて逆に怪しいんだけど……」
巡はいまいち信用し切れなかったが、メルは札を差し出したまま動かない。
どうやら意志は固いようだった。
道程は戸惑いながらも仕方なさそうにそれを受け取り、おそるおそるといった様子で疑問を口にした。
「ふ、ふぅ~ん。わ、わかったよ。確かに、メルちゃんの言うとおりだ。……そ、それでさ……だ、誰なのかな? その子は……」
最初から巡の方にはなるべく視線をやらず、意識しないようにしていたようだがそうもいかなくなったようだ。
「あ、あの僕……」
「東西めぐるちゃんでぇーっす! よろしくね!」
いきなりハイテンションでさえぎられた。
巡を紹介された道程はよりいっそう動揺を始めた。
パチパチとまばたきの回数が多くなり、きょろきょろと目線が行ったり来たり。さっき一瞬見せた余裕のドヤ顔はどこへやら。
……どうしたんだろうこの人。そうか、自分のかわいい? 元教え子が男子を連れてやってきたらこんな感じになるのかな?
「とうざいめぐる……君。メルちゃんとはどういった関係なのかな?」
待っていましたといわんばかりに胸を張るメル。
「なんとわたし達、結婚しました!」
「どうぇぇえええええっ!? うっそぉーん!!」
「し、してないしできないよ!」
いきなりおっさんが甲高い声を上げたためびっくりしたが、巡はなんとかつっこんだ。
「ジョーダンだよ。近々そうなる予定だけどめぐるちゃんにはまだ時間が必要みたい」
「たぶん永遠に埋まらないと思うよその時間は」
「……はぁ、びっくりした。いやいやさすがにそれはないと思ったよ? メルちゃんがお兄ちゃんに内緒でそんな……ねえ? ……で、本当は何者なのかな?」
まだおっかなびっくり、といった様子で道程は再び尋ねた。
「紹介します。セフレのめぐるちゃんです」
「なんとぉーーーー!?」
「違います!」
メルのしょうもない一言にいちいち大声を出し驚く中年男。
ちょっと怖いし面倒なのではっきり言っておくことにした。
「僕とメルちゃんは今日知り合ったばかりで、それ以上の関係ではないです」
不満そうな視線を横にいるメルからジリジリ感じるが、首を固定し受け流す。
道程はうつむいて首をひねりながら、こちらにも聞こえるぐらいの独り言を始めた。
「むぅ……、とはいえ異常なまでに好意を持っとるのは違いない……。今日知り合った割にはお互いちゃん付けで呼んでるし……。もしかしてほんとにもうデキとるのか? ……くそう、このガキどうしてくれようか……。魔法でイ○ポに……。いやいっそホモに……。大体、ちょっと顔がいいからって……。顔が……。ん? んん?」
しばらくぶつぶつ言っていたが、何かに気づいたのか巡の顔を凝視しだした。
軽く目が血走ったおっさんに見つめられ、巡はかつてない身の危険を感じる。
「……ね、ねえ、ちょっとさ、前髪をこう、よけてみてくんない? おでこだすみたく」
鬼気迫る表情の道程に逆らうこともできず、巡は言われた通りに従う。
すると、次の瞬間道程が発狂したかのように奇怪な叫び声を上げた、
「あーーーー! やっぱり、南ちゃんだ! 似てる! いや似てるってレベルじゃねえ! あの頃の南ちゃんそっくりだ!」
今まで以上の大音声に、巡はビクッと身をすくませる。さすがのメルも何事かと目を見張っているようだ。