魔法少女登場
東西巡はあせっていた。
朝の日差しが照りつける中、鞄を脇に抱え息を切らして通学路を全力で駆け抜ける。時間が時間なため、周りにほかの生徒の姿はない。
……まずい、このままじゃ三日連続遅刻だ!
おとといは携帯のアラームを設定するのを忘れ、昨日は携帯が電池切れで死んでいた。
今日はバッチリ時間通りに起きたのだが、それでほっとしてのんびりしていたら家を出るのが遅れてしまった。
巡は汗を滝のように滴らせながら慌てていた。
多少の遅刻ならそこまで思いつめる事もないのだが、そこは彼の性分である。いたるところでポカをやらかす彼は、なんとかそれを改善しようとまじめな学生であるよう心がけている。
だがその考え方が少しずれているところもあり、逆にその態度が裏目に出てしまうことも少なくない。
とにかく彼はとっても急いでいた。
学校まであと少し。赤信号で足踏みした後、スタートダッシュで横断歩道を渡るとそのままの勢いで見通しの悪い角を曲がった。
「うわああっ!」
「きゃっ!」
悲鳴とともに体にやわらかい衝撃が走る。巡は弾かれるように後方へふっとんだ。
反射的に閉じた瞳を開くと、そこには同じ学校の制服を着た少女が自分と同じように尻餅をついていた。
巡は少女のスカートからわずかにのぞく水色のパンティに一瞬気を取られたが、慌てて彼女に近寄り声をかける。
「だ、大丈夫!?」
「あいたたた……」
セミロングのツインテールが似合う少女はゆっくりと身を起こす。
そのくりくりした瞳と目が合い、巡は少しどぎまぎした。
……かわいい子だなぁ。見たことないけれど、同じ学年かな?
「ご、ごめん、ケガはない?」
「うん、へーき。それより……」
少女はにこっと笑うと底抜けに明るい声で言った。
「君が東西巡くんね。よろしくねっ」
「な、何で僕の名前を……」
「魔法の力だよ。ま・ほ・う」
少女は何かのプリントを手にしながら言った。
「魔法? ……ああっ、それは僕の答案用紙! ていうかそこに名前書いてあるし、魔法じゃないじゃん!」
「魔法でそこに落ちてるかばんから答案用紙をちょろまかしたんだよ?……どれどれ、以下の英文を日本語に訳しなさい。うーんと、彼は大通りをまっすぐ進み、小学校の門をくぐると身に着けていたものを全て脱ぎ捨て……」
「そんな答え書いてないよ!」
「だから点数が低いんだね。いっぱい間違えてるよ」
「そんな問題出るわけないでしょ! 間違いでもそんな答え書いたら人格を疑われるよ!」
なんなんだろうこの子は……。魔法とか何とかって。
何でもいいけど出来が悪かったからその答案用紙は返してほしいんだけどな……。
あっ! こうしてる場合じゃない、早く行かないと遅刻する!
「ごめん、急ぐから!」
「待って!」
鞄を拾い上げ身を翻す巡を呼び止めると、少女はベルトを掴んでぐいぐいズボンを引っ張った。
横ではなく明らかに下方向に力が込められていたため、巡はズボンを脱がされそうになる。
その上なぜかチャックを下ろされかけていた。
「ちょ、ちょっと! なんでズボン脱がそうとしてんの! なんなのもう、用があるなら早くしてよ!」
ズボンを抑えつつ強い口調でとがめる。
遅刻が気になりつい語気が荒くなっていた。
「あのさ、さっき君わたしのパンツ見たよね?」
突拍子もない質問にぎくりと体が固まる。
僕はパンツなんて見ていない。見たのは水色の布きれだ。
「いやっ、み、見てないよ」
「正直に言わないと握りつぶすよぉ?」
笑顔でそう言い放つ少女に恐れをなした巡は、正直に答えることにした。
「いえ、見たというか。み、見えました……」
あくまで偶然見えたというスタンスだけは崩さない。確かにこれは嘘ではない。
……なにを要求されるのだろう。嫌な予感がする。
「だよね~。だからぁ、ごほうびをあげようと思って」
「え? 褒美?」
罰じゃないのか……?
「君のいやらしい目つき、なかなかよかったよ」
「僕そんな目してないって! ていうかなに『よかった』って!」
「とっにっかっく、評価しま~す。好きなのをこの中から選んでね」
ポケットからさっきのプリントを取り出しピラっとひるがえす。
すると答案用紙の裏に光る文字が映し出された。
『魔法を使えるようになります。ただし二次元にしか興味がなくなるよ』
『超イケメンになります。ただし男の子にしか興味が沸かなくなるよ』
『女の子になります。ただし八十歳以上の異性にしか興味がなくなるよ。超熟専。今一番人気だよ!』
「ただしの後がきつすぎるよ! やっぱりご褒美じゃないじゃん!」
「おすすめは女の子かなぁ」
「それ一番最悪じゃないの!? 別に女の子になりたくないし、デメリットしかないよ!」
「ねぇ、早くぅ~。どれにするの?」
「どれにもしないよ! だいたいその三択しかないの!? おかしいでしょ!」
「それ以外? う~ん、その場合は…………やっぱ『死』かなぁ」
「なんでいきなりそうなるの!? とにかく全部嫌だよ!」
「えっ! 全部? よくばりさんだね~。……うん、任せて。難しいかもしれないけど、わたし、やってみる!」
「ち、違っ! ちょっと、待って!」
慌てて弁解しようとするも、体がいうことをきかなくなっていた。
少女は怪しげな呪文を口にする。ブツブツと詠唱が続く間、巡は金縛りにあったように動けなかった。
ちょっと、なんかよくわからないけどやばい! 魔法っていうか呪いみたいだよこれ!
少女は呪文を唱え終わると、いつのまにか手にしたバットほどの長さの棒をえいやっと振り下ろした。
――ピカッ!
次の瞬間巡の体を中心に目もくらむような閃光が広がった。
「うわあああああ!」
金縛りから開放された巡の口をついて出たのは、男性のものとは思えないほど甲高い悲鳴だった。