お兄ちゃんは大魔法使い? 1
数分後。
異常なまでの猛スピードで上空を駆け抜けたホウキは、初めてのフライトに感動する間もなくあっという間に二人を目的地へ運んでいた。
メルが振動のないホウキにダラダラ乗っていても仕方ないといって、フルパワーでとばしたせいだった。
「とうちゃーく!」
繁華街から少し外れたとある一角に二人は降り立った。
周囲に人の通りがそれなりにあったが、ステルス機能とやらが効いているのだろうか、誰も空から降りてきた巡達に驚いているものはいなかった。
目前にはややさびれた雑居ビル。学校の姿など影も形もない。
またもや気が付くとホウキをどこかにしまっていたメルは、不思議がる巡を尻目に意気揚々とビルに入っていく。
たまらず巡はメルを呼び止めた。
「ちょっと、メルちゃん! 魔法学校は? このビルに入るの?」
「いいからいいから。ついてきて」
メルはいつもの調子でそう言うが、こんな人がいるのかも怪しい建物にメルと二人で入るのは少し勇気がいった。
何が待ち受けているかわからない、というよりか単にメルがなにをするのかわかったもんじゃないので恐ろしいだけだが。
……まさかここでいかがわしいことをするつもりじゃ……?
だが例え罠だろうとメルに従わないことには話が進まない。他に自分が元に戻れるアテがあるわけではないのだ。
巡は警戒しながらメルの後をついていった。エレベーターで三階まで上がる。
一階や二階は何かの事務所になっているようで、途中普通に人の姿が見えて少し安心した。
三階はドアが一つあるだけで他は白塗りの壁。この階は不思議に静かだった。
ドアの前でメルが立ち止まると、すぐ横についているインターホンにむかって声を発した。
「お兄ちゃんただいま。メルちゃんだよっ」
そしてドアノブに手をかける。
「い、今の何?」
「合言葉だよ。あと声紋認識。ほら、いよいよお待ちかね」
メルは巡の手を強く握ると、もう片方の手でドアを押し開けた。
一瞬見えた室内は真っ白な空間だったが、すぐに手を引かれそこに飛び込む。
すると視界が全て白に包まれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「いやぁ~おひさだよね~。メルちゃん」
ニコニコと微笑むのはいかにも人の良さそうな男性。
年のころは三十後半ぐらいか。つやつやと血色のよい肌に、愛嬌ある丸々とした瞳が特徴的だ。
やや小太りな体に、こぎれいな服を身に着けている。
彼こそがお兄ちゃんこと高村道程その人らしい。
ここは道程の事務所兼自室。ゆうに巡の家族用マンションの二倍はありそうな間取りだ。
あのドアを開けた途端一気にこの高級スイートルームの一室のような場所にワープしたのだ。
豪華な絨毯が敷き詰められ、見るからに高そうな調度品が並ぶ。
さきほどまでの巡の家とは別世界の空間。
だが天井や壁にところどころ貼られているアイドルやアニメのポスター、皿や壷などの装飾品に紛れて置いてある美少女フィギュアなどがいろいろ台無しにしていた。
巡とメル、道程の三人は机をはさんでお互いソファにこしかけている。
光沢を放つ高級そうな長机の上で、三つのティーカップが湯気を立てていた。
ついさっきこの小型の中年男性がちょこまかと動き回り用意したものだ。
「いやいや~ほんと久しぶり」
「……久しぶりだね」
「メルちゃん卒業した途端にぷっつりメールこなくなっちゃったけど」
「うん、なんか急にめんどくさくなって」
「……え? め、めんどう?」
「そ。だってお兄ちゃんなんてわたしの生活の中でいっぱいいる知り合いの内の一人に過ぎないじゃない?」
巡は気まずそうにアニメのキャラクターがプリントされたカップを口に運ぶ。
「い、いやあ、でもうれしいもんだね。卒業生がこうやって会いに来てくれるって」
「別にお兄ちゃんに会いにきたわけじゃないんだけど?」
「……えっ?」
「……しょ、しょうがないからついでに様子見にきただけなんだから」
「あ……、そう」
ニコニコだった道程の歓迎ムードが一転、暗い雰囲気に包まれる。
メルもついさっきまでとはうってかわり、沈んだ調子で話をあわせるだけ。
巡はどんどんいたたまれない気分になるも、嫌な予感がしたので黙って成り行きを見守った。
しばらく沈黙が続いた後、急にメルが気でも違ったように明るい声を出した。
「な~んて、ウソだよっ! ホントはお兄ちゃんのことだいすきだよ!」
「よぉ~し。メルちゃんよくできました。はい。おこづかい」
「うわぁ~い、お兄ちゃんだ~いすき!」
道程は懐から札を何枚か取り出し、メルに渡す。
巡はうげっ、と飲み物を吹き出しかけた。
嫌な予感が的中し、早くもこの場から消えたくなる。
一瞬ドヤ顔で道程がこちらに視線を向けてきたが、巡は机の上のフィギュアとにらめっこしてどうにか流した。
「あ、そうだ。おいしいケーキあるから今持ってくるね」
上機嫌で道程が席を外した。ふふふ~ん、と謎の鼻歌がキモかった。
すると隣でふっ、とメルが鼻で笑う。
「三万か……ちょろいもんだね」
明らかに小バカにした感じで小さくそうつぶやいたのを巡は聞き逃さなかった。