メルちゃんのお宅訪問 1
結局巡はメルを自宅に連れて行くことになった。
両親の同意を得るためというかなり怪しいメルの言い分だったが、それでも従ってしまうぐらいに巡は追い詰められていた。
自宅へはまず学校から歩いて駅へ。
三駅ほど電車に揺られたのちさらに徒歩十五分程度という道のり。
途中バスを使うこともできるが節約のため基本的には乗らない。
巡が高校に通いだしてそろそろ半年。
中学時代よりずいぶん長くなった通学時間にもさすがに慣れてきたが、今回ほど家までの距離を長く感じたことはなかった。
学校を出て電車にも乗らないうちに「疲れたぁ~、もう歩けな~い。休憩しよっ?」「ご休憩五千円だよほら!」などと大声で口走るメルに神経を削らされる。
他人のフリで先を急ぐも、逃がさんとばかりに腕にしがみついて胸を押し付けては、周囲にわざとらしい恋人アピールをかかせない。
道中携帯を盗られて勝手にアドレスを登録させられたり、夏も終わりだというのに突然「そうだ、めぐるちゃん水着買わなくちゃ」だとか言い出したり、否定すれば「あ、めぐるちゃんのブラ買わないと。でもめぐるちゃん貧乳だからしなくてもいっか。むしろしないほうがいいよね」とセクハラ発言を繰り返したりで、巡は早くもうんざりしていた。
電車に乗ってからも、ガラガラの車内にがっかりするメルによって満員電車の妄想を垂れ流されたりで休む間もなかった。
はたから見ればはっとするような美男美女カップルなのだが――本当は美少女カップルだが――明らかに男子生徒のほうは腰が引けていた。
それはどこかおかしな光景ではあったが、細かい事情を通りすがりの人々が知る由もなく。
やっとのことで自宅――といっても賃貸マンション――に到着する頃には巡の体はふらふらになっていた。
かたやさんざん疲れただのわめいていたメルの足取りは軽い。
しかしマンションが見え始めたぐらいから急に口数が減っておとなしくなった。
階段を登り三階の部屋の前まで来ると、
「なんか緊張するね~」
そんなガラにもないセリフを口にした。
メルの妙な態度を勘繰りつつも、鍵を開けて自宅に入る。
われ先にと上がりこまれるかと思ったが、メルはおとなしく立ち止まったままだった。
そのまま扉を閉めてしまいたい衝動にかられたが、魔法でぶち壊されたらたまらないので声をかける。
「……メルちゃん、どうしたの? 上がらないの?」
「あ、うん。……めぐるちゃんの家、誰もいないの?」
「いや、たぶん父さんがいると思うけど……」
それを聞いたメルの表情が、さらに引き締まったように感じた。
さすがの巡も彼女の様子がどこかおかしい事に気づく。
さっきからなんだろう? 誰もいなかったら襲い掛かる魂胆だったのだろうか。もしくは父さんを瞬殺して……。
にしてもそんな殺気は感じない。どちらかというと気後れしているような?
……緊張してる? まさか。あのメルちゃんに限ってそれは……。
巡はそんな事を考えながらメルを招き入れてリビングに進む。
メルはぽつりと「おじゃまします」と言ったきり無言で後をついてくる。
「巡、帰ったか」
リビングに荷物を下ろしたところで、スーツを着た男性が奥の部屋からのそりと姿を現した。
彼は巡の父、東西駈。三十六歳。
一見ひょろりと背が高くきりっとした目元が印象的な優男だ。
だが伸び放題の無精ひげとボサボサの髪の毛が著しくマイナスになってしまっている。
その上身に着けたスーツは上着がところどころ汚れていて、シャツはしわだらけ、ネクタイはよれよれで変な縛り方。
不調なのか栄養不足なのかやや体の血色が悪い。フォーマルな服装をしているくせにやたら小汚かった。
「うん? そっちの子は?」
「あ、この子は今日転校してきた……」
「巡、どこにそんな金があったんだ? 父さん今日だってカップ麺を一人さみしくすすっていたというのに」
「違うよ! 別にお金でどうこうしたってわけじゃないよ!」
駈はなおも疑いのまなざしを向けてくる。
巡が女の子を家に連れてくることなんて今まで一度もなかったため、そんな態度になるのも無理からぬ事だった。
「あ、あの。お邪魔しています。は、はじめまして、わたし潮見夢留っていいます」
珍しくおどおどしながら自己紹介をするメル。
いつもの調子で「メルちゃんでぇーっす!」とかやるかと思ったけど、意外や意外。
そうか。なんだかんだいって男の子の家に来るってことで緊張してたんだな。その上親にもあいさつするわけだし。
メルちゃんもやっぱり普通の女の子っぽいところあるんだな。
などと巡が思ったのもつかの間。
メルは意を決したように駈を見上げると、
「お父さん、めぐるちゃんをわたしに下さい!」
「ちょっと待った!」
いきなりお父さんへのご挨拶を始めた。完全に不意をつかれた一撃だったが、巡は素晴らしい速さで反応した。
「お願いだから脈絡なく求婚しないでくれる!? 自分でもとっさにつっこめてビックリしたけどやっぱり僕、心の奥ではメルちゃんのこと疑ってた! やっぱ正解だったよ!」
「ふう、言っちゃった。メルちゃんすっごいどきどきしたよ~」
「言うだけ言って満足しないでよ! どうしてくれんのこの変な空気!」
駈は「……ほう」と言ったきり品定めをするようにメルを見つめていたが、にやりとわずかに微笑んだ。
かなり悪い顔だったのを巡は見逃さなかった。