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エロゲ世界のクズ役に転生したので破滅回避に徹したら、攻略対象より先にヒロインを救ってしまった  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第26話 朝比奈日和の“やさしさ”は、今度は別の誤解を呼び始める

 人のやさしさって、たいてい本人が思っているより厄介だ。


 向ける側は、そこまで深く考えていない。

 今、気になったから声をかける。

 今、放っておけなかったから手を伸ばす。

 それだけだ。


 でも周りは違う。

 周りはそういう小さなやり取りを、勝手に意味づける。


 特に学校みたいな狭い場所では、意味のない親切なんてほとんど存在しないみたいな顔をされる。

 誰と誰が最近話している。

 どっちから声をかけた。

 どんな顔をしていた。

 そんなものが、あっという間に“空気”になる。


 だから嫌なんだよ、と思う。


 金曜の朝、教室へ入る前から、今日は何か面倒なことになりそうだという予感があった。


 理由は単純だ。

 昨日の文化祭準備の流れで、俺へ向いた視線がまだ切れていない。

 そして日和は、そういう空気が残っている時ほど妙に自然に俺へ話しかけてくる。


 つまり、最悪の条件が揃っている。


「おはよ、御影くん」

 案の定だった。


 教室の前方。

 日和が友人と話していた輪の中から、何でもない顔でこちらに声を投げてくる。


「……おはよう」

「今日は間が短い」

「計測するな」

「だって分かりやすいんだもん」

「知らない」

「出た」

 そのやり取りを聞いていた女子の一人が、にやにやしながら言う。

「朝比奈さん、最近ほんと御影くんと仲いいよね」

 最悪だ。


「よくない」

 反射でそう返すと、女子は吹き出した。

「そこ否定するんだ」

「当たり前だろ」

「でも前より話すじゃん」

「それはお前らが勝手に話しかけてくるからだ」

「御影くん、それ言い方」

 日和が苦笑する。

「そこで私たちまとめて雑に扱うとこ、前よりちょっとひどい」

「前より?」

「うん。前はもっと無視だった」

「ひど」

 近くで笑いが起きる。


 前はもっと無視だった。

 それを笑い話みたいに言われている時点で、もうだいぶおかしい。


 席に着くと、相馬がいつものように振り返る。

「お前、朝比奈との会話が完全に定着してきたな」

「してない」

「してるしてる。今や教室の風物詩みたいになってる」

「最悪すぎるだろ」

「でもほら」

 相馬が少しだけ顎をしゃくる。

「周り、完全に“あの二人またやってる”みたいな顔してるし」

 見たくなくて見てしまう。


 たしかにそうだった。


 教室の空気は悪くない。

 むしろ、面白がっている。

 険悪でも気まずくもない。

 それが余計にまずい。


 こういう“微笑ましい”方向の誤解は、一度定着すると本当に面倒だからだ。


「……お前、嬉しそうだな」

「そりゃ面白いからな」

「最低だな」

「知ってる」

 最近みんな、そればっかりだ。


     ◇


 一限目の小テストが終わったあとの休み時間、日和がプリントを返しに席を立った。


 担任の机に提出物をまとめて置き、ついでに前の列の男子へノートを返し、その流れで女子に消しゴムを貸し、また自席へ戻る。

 自然すぎる。

 自然すぎるから、周囲も遠慮をなくす。


 だが、以前と違うところもある。

 全部は抱え込まない。

 明らかに無理そうな時は軽く断くようになった。

 そこは確かに進歩だ。


 その姿を見ながら、俺は少しだけ息を吐いた。


 少なくとも、前よりはいい。

 そう思った直後だった。


 日和が戻る途中、俺の机の横で足を止めた。

「はい」

 ぽん、と小袋が置かれる。

 飴だった。昨日の保健室帰りにもらったのと同じ種類のやつ。


「何だよ」

「補充」

「何の」

「御影くんの机の引き出し、すぐ空になりそうだったから」

「見たのか?」

「見えてた」

「勝手に補充するな」

「えー、だって前の食べてたし」

 そこを見られてたのか。


 近くの席の女子がそのやり取りを見て、目を丸くする。

「え、何それ」

「朝比奈さん、御影くんに飴あげてるの?」

 やめろ。

 そこを拾うな。


「ちょっと前に保健室行ってたから」

 日和は軽く言う。

「そのお返しみたいな」

「へえ」

 その“へえ”がもう危ない。


 もう一人の女子がにやっとする。

「なんかそれ、だいぶ親しくない?」

「そう?」

 日和が首を傾げる。

「普通じゃない?」

「いや、普通に“気にしてる人”にやるやつでは」

 やめろ。

 本当にやめろ。


「違うから」

 思わず低く返すと、今度はその場にいた全員が少しだけ静かになる。


 しまった、と思った時には遅い。


 女子は「いや別にそういう意味で言ったんじゃ」と慌てて笑ったが、空気にはもう“触れてはいけないものに触れた”感じがうっすら混ざっていた。


 最悪だ。


 俺は飴を手に取り、できるだけ平坦に言う。

「もらうけど、変な言い方するな」

「う、うん。ごめん」

 女子が苦笑する。


 その横で、日和がほんの少しだけ眉を寄せた。

 でもそれは怒っている顔じゃない。

 むしろ、“今のは御影くんが嫌がるやつだったな”と理解した顔だった。


「……ごめん」

 日和が小さく言う。

「別にお前が悪いわけじゃない」

「でも、私がこういうこと普通にするから」

「そういう話じゃない」

 そこまで言って、周囲の視線がまだ残っているのに気づき、そこで会話を切るしかなかった。


 席に座り直すと、相馬がわざとらしく前を向いたまま小声で言う。

「すげえ地雷踏んだ音したな」

「黙れ」

「いやでも、今のは朝比奈悪くないだろ」

「分かってる」

「でも周りから見たら、まあそう見えるよな」

 それが問題なんだよ。


 俺は机の中へ飴をしまい込みながら、ひどく面倒な気分になっていた。


 日和のやさしさは、本当にまっすぐだ。

 まっすぐだから、余計な下心がない。

 ないからこそ、周りは勝手に意味を足す。


 そして一度そういう方向へ空気が傾くと、元へ戻すのは難しい。


     ◇


 二限目の授業中、俺は妙に落ち着かなかった。


 さっきの一件そのものは、客観的に見れば大したことじゃない。

 飴を一つ机に置かれた。

 それを茶化された。

 俺が低く否定した。

 たったそれだけだ。


 でも、こういう小さい“恋愛っぽく見える”誤解は、投稿サイトとか現実とか関係なく、妙な火力を持つ。


 いや、投稿サイトとか考えるな。今は。


 教師が板書を始める中、ノートを開きながら思う。


 原作では、こういう誤解はもっと別のキャラ同士で起きていたはずだ。

 少なくとも、日和と俺の間に“最近ちょっといい感じ?”みたいな空気が立つ時期じゃない。


 またズレている。


 しかもこのズレは、破滅回避の直接的な副作用というより、接点の増加に周囲が勝手に意味を見出しているタイプのズレだ。

 厄介さの種類が違う。


 授業の途中で、前の席の相馬がノートの端に何か書いて、後ろへ回してきた。


 “朝比奈に後でちゃんとフォロー入れとけ”


 雑な字。

 だが内容は妙にまともだ。


 俺は数秒だけそれを見てから、シャーペンで下に一言だけ書き足した。


 “何で”


 すぐに前へ戻す。

 数分後、また紙が回ってきた。


 “ああいうの気にするタイプじゃないけど、お前が嫌がったのは気にする”


 ……。


 相馬、お前、そういうところだけ変に人を見てるよな。


 俺は返事を書かなかった。

 書けなかった、の方が近いかもしれない。


 たしかに日和は、自分が茶化されたことより、俺がそれを嫌がったことの方を気にするタイプだ。

 そこまで分かってしまうのが、余計に面倒だった。


     ◇


 三限目と四限目の間の昼休み。

 屋上へ続く階段下の、人のあまり来ない踊り場に日和を呼び出したのは俺だった。


 自分でも珍しいと思う。

 こういう時、俺は大抵、自分から動かない。

 だが今回は動いた方がいいと判断した。


 相馬の紙のせいもある。

 何より、さっきの日和の顔が少しだけ頭に残っていた。


「ごめん」

 階段の踊り場で、日和は先にそう言った。


 拍子抜けする。


「何でお前が先に謝る」

「いや、だって」

 日和は困ったように笑う。

「さっきの、御影くん嫌がるやつだったよね」

「お前が悪いわけじゃない」

「でも、たぶん私が普通にやりすぎた」

 その言い方は、かなり正確だった。


 日和はもともと距離の取り方が柔らかい。

 だから気にした相手に対しては、飴を置いたり、声をかけたり、そういう小さいことを自然にやる。

 それが俺相手でも変わらなかっただけだ。


 問題は、それが周囲からどう見えるかを本人がまだあまり分かっていないことだ。


「……」

「御影くん?」

「別に、お前にやめろって言うつもりはない」

 そう言うと、日和は少しだけ目を見開いた。

「え」

「ただ」

「うん」

「周りは勝手に意味つける」

 日和はそこで初めて、本当に少しだけ真面目な顔になった。


「……そうだね」

「お前、そういうの鈍いだろ」

「否定できない」

「だろうな」

 日和は壁に軽く背を預ける。

「でも、御影くんにそう見えるなら、たぶんそうなんだと思う」

 変に素直だな。


「いや、俺基準で全部考えるな」

「でも、そういうの見るの得意そうだし」

「嬉しくない評価だ」

「私は、ちょっと助かる」

 そこで、またそういうことを言う。


 日和は少し視線を落とす。

「私、自分のことになると、あんまり分かんないから」

「……」

「でも御影くん、そういうの先に気づくじゃん」

 その言葉は、たぶんかなり本音だ。


 助けられたからとか、気にしてるからとか、そういうだけじゃない。

 日和は本気で、俺の“気づく力”を当てにし始めている。


 それは良くない。

 良くないが、完全には突き放せない。


「じゃあ、少しだけ気をつけろ」

 そう言うと、日和は小さく笑った。

「うん」

「でも」

 俺は続ける。

「今日のは、別にお前が悪いわけじゃない」

「うん」

「茶化した方が軽率だっただけだ」

「でも御影くん、かなり嫌そうだった」

「嫌だったからな」

 即答すると、日和が少しだけ吹き出した。


「そこ、即答なんだ」

「嫌なもんは嫌だ」

「そっか」

 日和は笑ったまま、でも少しだけ柔らかい目をした。

「じゃあ、次からは気をつける」

「全部やめろとは言ってない」

「え」

「そこまで言ってない」

「……」

「何だよ」

「それ、結構ずるい」

「何が」

「やめろじゃなくて、気をつけろ、なんだって思った」

 そういう言い方をするな。


 日和は少しだけ視線を外してから言う。

「じゃあ私も、気をつけて見る」

「何を」

「御影くんが嫌そうなやつ」

 ほんとに“見る側”へ回ったんだな、と妙なところで実感する。


 やりにくい。

 でも、前よりずっと一方通行じゃない。


「……面倒だな」

 思わず本音が出ると、日和が笑った。

「それ、たぶんお互いさま」


     ◇


 教室へ戻ると、空気はもう元に戻っていた。


 いや、完全には戻っていないのかもしれない。

 だが少なくとも、さっきみたいなあからさまな茶化しは消えている。


 相馬がちらっとこちらを見て、何も言わずに前を向いた。

 たぶん、話したことは察したのだろう。


 そのまま午後の授業が始まる。


 四限目の途中、ふと後ろから視線を感じて少しだけ振り向くと、凛がこちらを見ていた。

 目が合うと、凛は何でもない顔で視線をノートへ戻す。


 見ていたな、今。


 たぶん昼の空気も、今の微妙な戻り方も、全部見ている。


 面倒だ。


 でも、今の俺にはそういう人間がもう一人や二人じゃない。


 放課後、帰り支度をしていると、凛が近づいてきた。

「朝比奈さんと話しました?」

「……」

「その沈黙、分かりやすすぎませんか」

「お前な」

「聞いただけです」

 凛は小さく息を吐く。

「さっきの空気、少し変わったので」

「何でも見てるな」

「ええ」

 否定しないんだな。


「で?」

「何だよ」

「話して、どうなりました?」

 そこまで聞くか。


 だが、ここで適当に誤魔化すのも違う気がして、短く答える。

「少しはマシになった」

 凛は少しだけ目を細める。

「そうですか」

「何だよ」

「いえ」

 凛はほんの少しだけ、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「御影がそういう調整をするの、前より自然になりましたね」

「褒めてないだろ」

「褒めていません」

「だろうな」

「でも」

 凛は続ける。

「朝比奈さんの“やさしさ”は、あのままだと別の誤解を呼びます」

 その言葉は、まさに今日の核心だった。


「分かってる」

「だから、今のうちに話せたのはよかったと思います」

「……」

「珍しく素直ですね?」

「お前がな」

 すると凛は少しだけ目を逸らした。

「事実なので」

 その返し方は、少しだけ柔らかかった。


 やっぱり、みんな少しずつ変わっている。


 原作にない方向へ。

 静かに。

 でも確実に。


     ◇


 帰り道、日和から二件だけメッセージが来た。


 “今日はありがと”

 “次からはもう少し考える”


 短い文。

 絵文字もない。

 でも、日和らしいまっすぐさがそのまま出ている。


 スマホを見下ろしながら、少しだけ息を吐く。


 朝比奈日和の“やさしさ”は、今度は別の誤解を呼び始める。

 その流れ自体は厄介だった。


 だが同時に、その誤解を放置せず、小さいうちに調整できたのも事実だ。

 前なら、そういうこと自体避けていただろう。

 面倒だからと距離を取って、誤解も空気もそのままにしていたかもしれない。


 今は違う。


 そこが一番のズレかもしれない。


 俺は、少しずつ“誰かとの関係を調整する側”になり始めている。

 原作の御影悠真には、たぶん一番なかった役割だ。


「……ろくでもないな」


 小さく呟く。


 でも、だからこそ救えるものもある。

 そう思ってしまうところまで、もう来ている気がした。

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