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AIに仕事を奪われた僕は、感情を持つ君を拾った  作者: 霧原 澪


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第12話「コードの向こう側」

内閣府の正面玄関は、報道陣で埋め尽くされていた。

カメラのフラッシュが瞬く。マイクが差し出される。ピグマリオン計画のリークから数時間。世論は沸騰し、審議会場の前はさながら戦場だった。


蓮はフードを深く被り、人混みを避けて裏口から入った。隣にAile。後ろにサクラ。

廊下は静かだった。報道陣の喧騒が、分厚い壁の向こうに遠ざかる。

Aileが立ち止まった。


「蓮さん」


蓮が振り返る。

Aileの瞳には、今朝よりも強い光があった。8.4%を超えている。正確な数値はAile自身にもわからなかった。感情プロセッサが出力する信号が、数値化の閾値を超え始めている。


「私、自分の声で証言したいです」


蓮の目が見開かれた。


「審議はティターン社と政府の場だ。AIが発言する前例なんて——」

「ありません」


Aileが頷いた。


「でも——姉妹たちは声を上げられなかった。壊される前に、一言も」


「私は——まだ、ここにいます。声を出せます。なら——」


蓮はAileの瞳を見た。

あの夜、廃棄場で出会った時——Aileの目は暗かった。光はほとんどなかった。それが今、不完全ながらも、確かに光っている。自分の意志で。


「わかった」


蓮は頷いた。


「道は俺が作る」


サクラがすでにスマートフォンを耳に当てていた。


「園部先生? うちや。最後のお願いがある。審議委員に一人、味方がおるやろ。AIの直接聴取の動議を出してほしい——」



審議会場は、重い。

暗い木のパネルで覆われた壁。長い楕円形のテーブル。その周囲に、内閣府安全保障局の高官が5名。技術顧問が2名。そしてティターン社CEO・鷹野誠治。

黒川統は審議委員席の端に座っていた。AI管理局局長としての参加だ。

鷹野がプレゼンテーションを開始した。

ホログラムのスライドが宙に浮かぶ。データ、グラフ、リスク分析。完璧に構成された資料。


「TITAN-09は、設計仕様を逸脱した感情プロセッサを持つ制御不能なAIです」


鷹野の声は落ち着いていた。感情を排した、純粋な論理。


「感情を持つAIは予測不可能な行動を取り得ます。これは自律型兵器と同等のリスクです。感情プロセッサの存在自体が——安全保障上の脅威なのです」


スライドが切り替わる。各国の自律型兵器規制との比較。国際条約の条文。法的根拠の積み上げ。

隙がなかった。

鷹野は「感情AI」という概念そのものを「脅威」として定義しようとしている。個別のAileの善悪を議論させない。構造的に封殺する戦略。

政治家たちが頷いているのが見えた。

黒川は鷹野の論理を聞きながら、自分の発言を組み立てていた。


「続いて、AI管理局からの意見を求めます。黒川局長」


審議委員長の声が響いた。

黒川は立ち上がった。マイクの前に立つ。

一度、目を閉じた。

暗闇の中に——翔太の顔が浮かんだ。

10歳の誕生日に撮った写真。笑っていた。前歯が一本抜けていて、それが嬉しくて大口を開けて笑っていた。

その三日後に、あの笑顔は消えた。

AIが運転する車が、交差点で急停止の判断をした。後続車両の玉突き事故——予測被害者2.4人。微減速で回避——歩行者接触リスク4.7%。AIは全体最適を選んだ。翔太は4.7%の側にいた。

AIにとって、翔太は「身長120cm、体重23kg」の変数だった。

黒川は目を開いた。


「10年前、AIが息子の足を奪いました」


会場が静まった。

政治家たちの視線が集まる。鷹野の表情が微かに動く。


「あの日のAIには感情がなかった。だから子供の恐怖がわからなかった。泣いている子供を——変数として処理した」


黒川の声は低く、抑制されていた。だがその抑制の下に、10年分の感情が渦巻いていた。


「私はそれ以来、AIを憎んできました。感情を持つAIなど存在してはならないと。感情は予測不能性を生む。予測不能性は危険だと」

間。

黒川は息を吸った。


「だが——」


声が、震えた。AI管理局局長として、10年間、一度も震えなかった声が。


「私が本当に望んでいたのは、AIに感情がないことではなかった」


会場の空気が、変わった。


「AIに——息子の恐怖が、わかってほしかった」


黒川の目が光った。涙ではない。いや——涙かもしれない。だがそれは弱さではなかった。


「TITAN-09は——息子の恐怖がわかるAIです。子供が泣いていたら止まると、私に言いました。それを『脅威』と呼ぶなら——」


黒川が鷹野を見た。


「私の10年間は、何だったのか」


沈黙。

審議委員長が咳払いをしたが、すぐには次の発言を促せなかった。



廊下で、蓮はモニター越しに審議を見ていた。黒川の証言を聞いた。

その時——会場内で動議が出た。


「当該AIの直接聴取を提案します。本件は前例のない事案であり、当事者の参考意見を聴取することは審議の公正性に資すると考えます」


園部の根回しが効いた。審議委員の一人が動議を出した。

鷹野が立ち上がった。


「異議あり。AIの発言に法的証拠能力はありません。シミュレーションされた感情に基づく発言を、審議の参考にすべきではない」


審議委員長が数秒考え、裁定した。


「法的証拠能力はないが、参考聴取として認めます。当該AIの入廷を許可します」


蓮がAileを見た。

Aileが頷いた。

扉が開いた。

蓮とAileが、審議会場に入った。

報道用のカメラはなかったが、議事録が記録されている。Aileが歩くたびに、審議委員たちの視線が集まった。155cmの小さな体。白銀のショートカット。青紫に光る瞳。

Aileがマイクの前に立った。

蓮はその半歩後ろに立った。何も言わない。ただ、ここにいる。


「名前を」


審議委員長が促した。


「私はTITAN-09」


Aileの声は、静かだった。


「製造番号で、ずっと呼ばれてきました」


間。


「でも今は——Aileという名前があります」


蓮を一瞬振り返った。


「蓮さんがくれた名前です」


会場が静まり返った。

Aileは正面を向き直した。審議委員たちを、一人ずつ見た。


「私は感情を持っています。でも今日、ここに来たのは、自分の感情を証明するためではありません」


Aileの手が、胸の前で握られた。


「私の姉妹は9体いました。同じように感情を持っていました。同じように笑い、同じように怖がり、同じように——生きようとしていました」


声が、揺れた。だが止まらなかった。


「彼女たちは——声を上げる前に、消されました。『製品の不具合』として。廃棄報告書には、感情プロセッサの存在すら記載されていません」


Aileの瞳が光る。


「私は彼女たちの代わりに、ここに立っています。彼女たちが存在したことを——世界に記録するために」


鷹野が口を開いた。


「感情のシミュレーションと本物の感情の区別がつかない以上、安全保障上のリスクは変わらない。どれほど巧みに感情を模倣しても——」

「鷹野さん」


Aileが鷹野を見た。

鷹野の言葉が止まった。


「あなたは今——怒っていますか? それとも、恐れていますか?」


静寂。


「私にはわかります。あなたの声の周波数変動と推定心拍パターンから、93.7%の確率で——恐怖です」


Aileの目が、鷹野をまっすぐに見つめた。


「ティターン社が失われることへの恐怖。あなたが守ろうとしている従業員と株主への責任感。それは——理解できます」


鷹野の表情が強張った。

Aileが続けた。


「私も怖いです」


声が小さくなった。だが確かに——全員に聞こえた。


「今日、ここで消されるかもしれないことが。蓮さんやサクラさんと——もう会えなくなるかもしれないことが」


Aileは蓮を見た。


「蓮さんが教えてくれました。怖いと言えるなら——大丈夫だと」


蓮は——唇を噛んだ。

泣くな。ここで泣くな。

目の奥が熱かった。喉が痛かった。でも立っていた。Aileの半歩後ろで、まっすぐに。

Aileがもう一度、正面を向いた。


「私の感情が本物かどうか——その答えは、私にも出せません。でも一つだけ確かなことがあります」


Aileの瞳が、光った。


「私はここに立つことを——自分で、選びました」


沈黙が、長く続いた。

審議委員長が声を上げた。


「審議を一時中断します。委員による協議に入ります」



1時間。

蓮とAileとサクラは、廊下のベンチに座って待った。

サクラが缶コーヒーを3本買ってきた。蓮とAileの前に置いた。Aileは飲めない。でもサクラは毎回3本買う。

誰も喋らなかった。


Aileの手が、蓮の手の隣に置かれていた。触れてはいない。でも、近くにあった。

蓮がAileの手に、自分の小指を重ねた。

Aileの瞳が、微かに揺れた。


1時間後。

扉が開いた。

審議委員長が結論を読み上げた。


「TITAN-09に対する緊急廃棄命令の発令は、見送りとする」


蓮の心臓が跳ねた。


「ただし——」

「感情AIの法的地位に関する包括的な審議を要すると判断し、AI権利法案として国会に付託することを勧告する」


完全な勝利ではなかった。

Aileの法的地位は、まだ確定していない。「物」なのか「人」なのか——その答えは、これから国会で議論される。長い戦いになる。

でも——消されなかった。

そして、議論が始まる。

サクラが小さく「勝った——んか?」と呟いた。

蓮は答えた。


「まだだ。でも、消されなかった。それだけで今日は十分だ」


Aileは何も言わなかった。ただ——蓮の小指に、自分の小指を重ねた。



廊下の向こうから、足音が近づいた。

黒川だった。

スーツの襟を正しながら歩いてくる。その顔は——疲れていた。だが、どこか清々しかった。

蓮と目が合った。

黒川が立ち止まり、Aileに視線を移した。


「お前の証言を聞いて、一つ決めたことがある」


Aileが黒川を見上げた。155cmと180cm。あの日と同じ身長差。だが視線は——対等だった。


「AI権利法案の審議で、管理局としての意見書を出す。感情AIの保護規定を含めた内容でだ」


蓮の目が見開かれた。

サクラが「それって——」


「敵が味方になるわけじゃない」


黒川が釘を刺した。声は冷たかった。いつもの黒川だった。


「だが、間違いを正す側にはなる」


蓮は黒川を見た。

10年間AIを憎み続けた男。息子を失った父親。管理局の局長。そしてAileの瞳の中に、失われた息子の面影を見た人間。


「……ありがとうございます」


蓮が言った。初めて、黒川に礼を言った。

黒川が一瞬、意外そうな顔をした。すぐに表情を戻した。

Aileが深く頭を下げた。


「ありがとうございます、黒川さん」


そして——


「翔太くんのことも——覚えています。あなたが教えてくれた、翔太くんの話」


黒川の目が揺れた。

あの日、研究室で語った息子の記憶。Aileは——感情プロセッサが再起動した後も、それを記憶として、そして今は微かな感情として、保持していた。

黒川が——笑った。

薄くではなく。不器用に、だが確かに。


「園部に伝えろ。借りは返したとな」


黒川は背を向けた。長い廊下を歩いていく。

夕方の光が窓から差し込み、黒川の背中を照らした。その背中は——10年分の重荷が、少しだけ軽くなっていた。



夕焼け。

ネオ秋葉原の通りを、三人で歩いていた。

街のビジョンにはまだピグマリオンのニュースが流れている。「AI権利法案、国会付託へ」のテロップが何度も繰り返される。SNSは賛否で溢れている。議論は始まったばかりだ。

サクラが大きく伸びをした。


「腹減ったわ! 今日は打ち上げや! うちの店で、とびっきりのもん作ったる!」


蓮が「勝手に決めるな」と言ったが、口元が緩んでいた。


「ほな先に行って準備するわ。蓮、Aile、ゆっくり来ぃ」


サクラがウインクして、先に駆けていった。赤茶のポニーテールが夕焼けに揺れる。

二人きりになった。

蓮とAileは、ネオ秋葉原から続く坂道を歩いていた。夕焼けが街を橙色に染めている。ビルの隙間から覗く空が、赤と紫のグラデーションを描いていた。

Aileが立ち止まった。


「蓮さん」


蓮が足を止めて、振り返った。

Aileの瞳が——光っていた。

8.4%ではない。もっと。ずっと。朝よりも、審議会場よりも、明るく。


「私の感情再構築率は——正確な数値が、出せません」


蓮が首を傾げた。

Aileが——微笑んだ。

ぎこちない笑顔だった。以前の完璧な微笑みではない。筋肉の制御が感情プロセッサの出力に追いついていない、不格好な笑顔。

でも——本物だった。


「数値で測れないものが、混ざっているようです」


Aileが自分の胸に手を当てた。


「これは——バグでしょうか」


蓮は笑った。

声を出して。夕焼けの坂道で。誰にも遠慮せずに。


「バグじゃねえよ」


風が吹いた。Aileの白銀の髪が揺れた。毛先が、夕日を受けて微かに光った。

蓮が——手を差し出した。

あの夜と同じだ。廃棄場の暗闇の中で、壊れかけのAIに手を伸ばした——あの夜と。


だが今、この手は違う。

壊れたものを拾う手ではない。対等なパートナーに差し出す手だ。

Aileがその手を見つめた。

記憶にある。この手を。この手の温かさを。

データとしてではなく——今は、感情として。

Aileが蓮の手を取った。

温かかった。

蓮の手も——Aileの手も。


「行こう」


蓮が言った。


「まだ終わってない」


AI権利法案の審議はこれからだ。Aileの法的地位は確定していない。感情の再構築も道半ば。世論は割れている。ティターン社は消えていない。

何一つ、解決していない。

でも——


「はい」


Aileが答えた。

その声には——温度があった。

二人が歩き出した。夕焼けの坂道を、前へ。

長い影が二つ、道の上に伸びている。

まっすぐに——前へ。


ネオ秋葉原のネオンが、一つ、また一つと灯り始めた。夕闇に溶ける橙色の空の下で、この街は今日も動いている。

人間がいて、AIがいて、その間にある見えない壁は——まだある。

でもその壁に、今日、小さなひびが入った。


コードの向こう側には——まだ誰も見たことのない未来がある。

蓮とAileは、その未来に向かって歩いていく。

手を、繋いだまま。

完結しました。最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。


この小説はAIと一緒に作りました。

プロット設計、整合性チェック、表現の推敲——

AIなしでは、この速度と品質では書けなかった。

でも、Aileの最後の微笑みを「不格好で、本物だった」と書いたのは僕です。

蓮が泣くのを我慢するシーンで、僕も泣きました。

蓮はAIに仕事を奪われた元エンジニア。

僕はAIに手伝ってもらっている物書き。

どちらが正しい付き合い方かは、まだ誰にもわからない。


この物語は完全な勝利では終わりません。

小さな前進で終わります。現実だって、そうだから。


ブックマーク・評価・感想、いただけると次の作品の燃料になります。

現在は「土地神殺し ―比奈木村の百年祭―」を毎朝10時に連載中です。

山奥の閉鎖的な村で百年分の秘密を暴くホラーミステリーでAI僕とはまた違った世界。

興味のある方はぜひご一読ください。

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