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僕はひなたで生きていく  作者: とま


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エピローグ

 それから、数年が経った。


 森の外れの小さな家は、季節が巡るたびに少しずつ“家”になっていった。

 屋根は雨を受け止め、窓は朝日を通し、庭の土は素直に花を育てた。

 かつて旅の途中で拾った木片の椅子も、村で譲ってもらった古い棚も、今では当たり前の顔をしてそこにある。


 そして何より――。

 その家には、笑い声が増えていた。


 子どもたちの声だ。


 村の子どもたちは、学校が終わると走ってくる。

 土埃を巻き上げながら庭へ飛び込み、扉を開ける前から呼びかける。


「ソウさーん! ヒナさーん!」


 蒼真が薪を割っていれば、その斧の音の合間に声が混ざり、

 日向が洗濯物を干していれば、その白い布の向こうから小さな影が揺れる。


 蒼真は、影の魔法を教えた。

 怖がらせるためじゃない。隠すためでもない。

 影を、道具ではなく“形”として扱うために。


 日向は、光の魔法を教えた。

 眩しさで圧するためではない。正しさを押しつけるためでもない。

 光を、誰かを照らす“温度”として扱うために。


「影はね、暗いから悪いわけじゃないよ」


 蒼真が言うと、子どもたちは首を傾げる。

 蒼真は庭の地面に指を滑らせ、木陰をすくい上げるように影を伸ばす。

 影は水のように柔らかく広がり、やがて小さな鳥の形になって、ぴょこんと跳ねた。


「わぁ……! 生きてる!」


「触れる? 触れるの!?」


 子どもたちが手を伸ばすと、影の鳥は指先を避けるようにすり抜け、

 次の瞬間には日向の足元でくるりと回った。


 日向が笑いながら、掌をそっと掲げる。

 金色の光が薄くにじむ。眩しくない。目に痛くない。

 ただ、春の陽だまりのように、ふわりと温かい。


「光はね、誰かを押し倒すものじゃなくて、隣に座るもの」


 その光が影の鳥を包むと、影は輪郭を得て、羽先がくっきりと見えた。

 子どもたちは息を呑み、それから一斉に歓声を上げる。


「すごい! もっと見せて!」


「次は、犬! 犬がいい!」


 蒼真と日向は顔を見合わせて笑う。

 互いの目が言う。――今日も、いい日だ。


 昔は“生きる”ことそれ自体が緊張だった。

 距離を測り、恐怖を抱え、縛られていた。

 今は違う。

 笑っているだけで、循環が続く。

 手を繋がなくても、離れていても、互いがそこにいる。


 当たり前のように。


* * *


 そんな日々の中で、ある日――一組の若者が訪ねてきた。


 半魂の青年と、光持ちの少女。

 二人とも旅の塵をまとい、足元は少し擦り切れている。

 それでも目はまっすぐだった。迷いと決意が、同じ量だけ宿っている目。


 青年は扉の前で息を整えてから、深く頭を下げた。


「あの……突然すみません。契約について、相談したくて」


 蒼真は言葉を返す前に、一瞬だけ日向を見た。

 日向も、蒼真を見た。

 その視線の交差には、懐かしさがあった。

 かつて自分たちも同じように、“どうしたらいいか”を探していたから。


「ああ、いいよ」


 蒼真が穏やかに答えると、日向が後ろから微笑んで頷く。


「入って。お茶、淹れるね」


 四人はテーブルについた。

 木の天板には、何度も湯気が置かれた輪染みがある。

 それが、この家の歴史になっていた。


 湯気の立つ湯呑みが並ぶと、空気が少し柔らかくなる。

 若者たちは、言葉を探しながら互いの手を見た。

 握りたいのに怖い。離れたいのに離れたくない。

 その葛藤は、痛いほど分かる。


 蒼真は静かに語りはじめた。

 契約のこと。

 循環のこと。

 意志のこと。

 そして――選択のこと。


「契約は、縛りじゃない」


 日向が言う。

 その声は、かつて“祝福の子”と呼ばれた頃の硬さを持たない。

 今は、ひとりの人の声だ。


「絆だよ。弱さを隠すためじゃなくて、弱さを“共有できる”っていう絆」


 蒼真が続ける。

 言葉は飾らない。けれど、芯がある。


「支配じゃなくて、選択だ。どちらかが上じゃない。どちらかが正しいわけでもない」


 蒼真は日向の手を取った。

 握りしめるのではなく、触れて確かめる程度に。


「お互いを尊重し合える関係なら――契約は、祝福になる」


 若者たちの目が揺れた。

 恐怖が少し、薄くなる。

 代わりに、温かい何かが胸に灯る。


 青年がゆっくりと息を吐き、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。俺たち、決めました」


 少女も頷いた。

 頬は少し赤い。けれど目は、逃げていない。


「契約を、結びます。……意志で」


 二人は手を繋いだ。

 それは“必要”ではなく、“選択”の手つなぎだった。


 蒼真と日向は微笑んだ。

 止めない。急かさない。

 ただ、その背を温かく押す。


「……頑張って」


 日向のその一言は、命令でも願掛けでもない。

 同じ道を歩いた者の、静かな祈りだった。


 若者たちは帰っていった。

 手を繋いで。

 希望を胸に抱いて。

 小さな家の庭先から街道へ出るまでの間、何度も振り返っては、照れくさそうに手を振った。


 蒼真と日向は、その背中が森の向こうに消えるまで見送った。


* * *


「……増えたね」


 日向がぽつりと言う。

 夕暮れの光が、髪を柔らかく染めていた。


「ああ」


 蒼真は頷く。

 胸の刻印が、淡く脈打つように光っている。


「意志の契約を選ぶ人たち」


 日向は笑った。

 どこか誇らしく、どこか照れくさそうに。


「私たちが、始めたこと」


「ああ」


 蒼真も笑う。


「そして――続いていく」


 二人は手を繋いだ。

 けれど、握りしめない。

 離れることも戻ることも、いつでも選べる手つなぎ。


 刻印が淡く光る。

 金色の太陽と黒い影。

 互いを押さえつけるのではなく、互いを“形”にする光と影。


 それは、新しい世界の象徴になっていた。

 教会の制度ではなく、誰かの命令でもなく、

 人が“自分で選ぶ”ことの象徴。


 支配ではなく、信頼で。

 所有ではなく、選択で。


 庭の花が風に揺れた。

 子どもたちの笑い声が遠くで響く。

 世界はまだ完璧ではない。混乱も、争いも、残っている。

 それでも――以前より軽い。

 息がしやすい。


 蒼真は、日向の横顔を見た。

 光の中にいる彼女を見て、同時に自分の影もそこにあると知る。

 影はもう、恐怖ではない。

 光があるから、影は“生きる形”になる。


 そして、胸の奥で静かに言葉が確かになる。


 僕は、ひなたで生きていく。

 君と、一緒に。

 これからも、ずっと――。


 光と影が寄り添いながら、

 誰かの明日を、ほんの少しだけ照らしていく。


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