第22話「選択の再契約:所有ではなく意志」
森を抜けて、街道へ出た。
ザッ、ザッ、と草を踏む音。
蒼真と日向は、歩き続けていた。
手を繋いで。
ギュッと、しっかりと。
本当の名前で、呼び合って。
風が、心地よく頬を撫でる。
けれど。
「待って」
蒼真が、足を止めた。
ピタリと、動きが止まる。
日向が、振り返る。
「どうしたの?」
「胸が」
蒼真は、胸の刻印に手を当てた。
熱い。
ジリジリと、焼けるような熱さ。
いや、熱いだけじゃない。
刻印が、光っている。
ポッ、ポッ、ポッ、と金色の光が脈動している。
まるで心臓のように。
「これ」
日向も、ハッとして自分の刻印を見た。
同じだ。
二人の刻印が、同時に光り始めた。
ポゥッ、ポゥッ、と強さを増していく。
そして。
視界が、パァッと白く染まった。
* * *
気がつくと、白い空間にいた。
蒼真と日向は、何もない場所に立っていた。
床も、壁も、天井もない。
ただ、白い世界が、どこまでも広がっている。
「ここ」
日向が、周りを見渡す。
声が、不思議と響く。
「また、あの場所?」
蒼真は、記憶を辿った。
契約が切れたとき、沈んでいった白い世界。
あれと、似ている。
けれど、違う。
あのときは、冷たかった。
何も感じなかった。
今は、温かい。
日向の手が、ギュッと握られている。
確かに、存在している。
体温が、伝わってくる。
「お前たちを、呼んだ」
声が、空間に響いた。
ゴォォンと、空気が震える。
蒼真と日向は、声の方を見た。
光の存在が、フワリと現れた。
均衡の塔で見た、あの光。
眩しいが、目を開けていられる優しい光。
「塔の?」
蒼真が、呟いた。
光が、ゆっくりと頷いた。
「そうだ」
その声が、静かに響く。
優しく、穏やかな声。
「お前たちは、契約を繋ぎ直した」
光が、二人を見る。
温かな視線。
「それは、前例のないこと」
蒼真は、日向の手を握った。
ギュッと、強く。
「だから、何だ」
「前例がないから」
光が、言った。
「選択肢が、増えた」
日向が、ハッと息を呑んだ。
「選択肢?」
「そうだ」
光が、スゥッと前に出た。
柔らかな光が、揺れる。
「お前たちには、今、三つの道がある」
蒼真の胸が、ドクンと高鳴った。
「三つ?」
光が、答える。
「一つ目は、今のままでいること」
光が、二人の刻印を見る。
視線が、温かい。
「お前たちは、契約を自力で繋ぎ直した」
その声が、穏やかだ。
優しく響く。
「自分たちの意志で、結ばれた」
「それは、強い絆だ」
日向が、コクリと頷いた。
「うん」
光が、続ける。
「二つ目は、契約を完全に断つこと」
蒼真の手が、ピクリと震えた。
「完全に?」
「そうだ」
光が、説明する。
「お前たちは、試練を乗り越えた」
その声が、少し嬉しそうだ。
誇らしげに響く。
「魂を完全にした」
「だから、もう、光持ちに依存しない」
日向が、ハッと顔色を変えた。
目が、見開かれる。
「じゃあ、私がいなくても」
「ああ」
光が、ゆっくりと頷いた。
「お前がいなくても、蒼真は生きられる」
蒼真は、ゴクリと息を呑んだ。
喉が、鳴る。
それは、夢のような、話。
ずっと、望んでいたこと。
日向の負担を、なくすこと。
彼女を、解放すること。
胸が、熱くなる。
「けれど」
光が、警告した。
声のトーンが、変わる。
「代償が、ある」
蒼真は、サッと顔を上げた。
「代償?」
「そうだ」
光が、二人を見た。
「契約を完全に断てば」
その声が、重く響く。
「お前たちの力は、弱まる」
日向が、ビクリと震えた。
「弱まる?」
「そうだ」
光が、説明する。
「今の契約は、循環だ」
「蒼真の影と、日向の光が、互いに補い合っている」
その声が、静かに響く。
教えるように、優しく。
「それが、力の源」
「だが、契約を断てば」
光が、二人を見る。
「循環が、止まる」
「影は影、光は光。それぞれ単独になる」
蒼真は、ハッと理解した。
「つまり」
「力が、半分になる」
光が、ゆっくりと頷いた。
「正確には、半分以下だ」
その声が、冷静だ。
感情を抑えた、事実だけを告げる声。
「循環による増幅が、なくなる」
「それぞれが、持って生まれた力だけになる」
日向が、不安そうに言った。
声が、わずかに震えている。
「それって」
「弱くなる、ってこと?」
「ああ」
光が、静かに答えた。
「教会と戦うには、足りないだろう」
蒼真の拳が、ギュッと震えた。
爪が、手のひらに食い込む。
それは、厳しい、選択。
日向を解放できる。
けれど、弱くなる。
真実を広めることが、難しくなる。
教会と、戦えなくなる。
胸が、苦しい。
「そして」
光が、続けた。
「三つ目の道」
蒼真と日向は、光を見た。
「三つ目?」
「そうだ」
光が、スゥッと前に出た。
「これが、最後の選択」
その声が、真剣だ。
重みが、増す。
「魂を、完全にすること」
蒼真は、ゴクリと息を呑んだ。
「完全に?」
「そうだ」
光が、説明する。
「お前たち二人の魂を、一つにする」
日向が、ビクッと震えた。
「一つに?」
「ああ」
光が、ゆっくりと頷いた。
「蒼真の半魂を、完全にする」
「そのために、日向の魂と、融合させる」
蒼真の血の気が、スッと引いた。
顔が、冷たくなる。
「融合」
「そうだ」
光が、静かに言った。
「二つの魂が、一つになる」
「蒼真と日向が、一人になる」
日向が、ザッと後ずさった。
足が、後退する。
「それって」
彼女の声が、震える。
恐怖が、滲む。
「私が、消えるってこと?」
「消えるのではない」
光が、訂正した。
「融合だ」
その声が、穏やかだ。
優しく響く。
「お前たちは、一つの存在になる」
「二つの意識が、混ざり合う」
「二つの記憶が、一つになる」
蒼真は、ブルリと震えた。
全身が、拒絶する。
「それは」
声が、掠れる。
喉が、痛い。
「日向が、いなくなるってことだ」
「違う」
光が、言った。
「お前たちは、一緒にいる」
「ただ、一つの体で」
蒼真は、ブンブンと首を振った。
「それは、同じことだ」
彼は、日向の手をギュッと握った。
強く、離さないように。
「日向が、日向として、いなくなる」
光は、何も言わなかった。
沈黙が、答えだ。
蒼真は、震えた。
全身が、拒絶している。
「嫌だ」
声が、小さい。
けれど、強い。
「そんなの、嫌だ」
日向も、涙を流した。
ポロポロと、頬を伝う。
「私も、嫌」
彼女は、蒼真にギュッとしがみついた。
服を、握りしめる。
「蒼真と一緒にいたいけど」
涙が、溢れる。
止まらない。
「蒼真として、いてほしい」
光は、静かに言った。
「それが、お前たちの答えか」
蒼真は、力強く頷いた。
「ああ」
彼は、日向を抱きしめた。
両腕で、しっかりと。
「三つ目の道は、選ばない」
光が、ゆっくりと頷いた。
「では」
その声が、問いかける。
「一つ目か、二つ目か」
蒼真は、考えた。
頭の中で、選択肢を巡らせる。
一つ目。
今のままでいる。
日向と、契約を続ける。
力を保ち、教会と戦う。
けれど、日向の負担は、残る。
彼女を、守り続けなければならない。
二つ目。
契約を、完全に断つ。
日向を、解放する。
彼女は、自由になる。
けれど、力が弱まる。
真実を、広められなくなるかもしれない。
蒼真は、ギュッと拳を握った。
爪が、手のひらに食い込む。
どちらを、選ぶべきか。
日向の負担を、取るか。
力を、取るか。
答えが、出ない。
「蒼真」
日向が、小さく呟いた。
「私、いいよ」
彼女は、蒼真を見た。
涙に濡れた目で。
「今のままで」
その声が、震えている。
不安と、決意が、混ざっている。
「私、蒼真と離れたくない」
「負担とか、関係ない」
涙が、ポロポロと頬を伝う。
「一緒にいたい」
蒼真は、日向を見た。
彼女の目が、本気だ。
真剣そのもの。
嘘じゃない。
心から、そう思っている。
けれど。
「日向」
蒼真は、小さく言った。
「俺は」
声が、震える。
喉が、詰まる。
「お前を、縛りたくない」
日向が、ブンブンと首を振った。
「縛ってない」
彼女は、蒼真の手をギュッと握った。
強く、温かく。
「私が、選んでる」
「蒼真と一緒にいること、選んでる」
蒼真は、グッと涙をこらえた。
目頭が、熱い。
「でも」
「でもじゃない」
日向が、強く言った。
声が、はっきりしている。
「蒼真は、私を解放したい?」
蒼真は、答えられなかった。
唇が、動かない。
解放したい。
彼女を、自由にしたい。
けれど、彼女がいなくなるのは、嫌だ。
矛盾している。
自分が、矛盾している。
日向は、フッと笑った。
涙の跡が残る顔で。
「ね、蒼真も同じでしょ」
彼女は、蒼真の頬にそっと触れた。
温かな手のひら。
「私がいなくなるの、嫌でしょ」
「ああ」
蒼真は、正直に答えた。
素直に、認めた。
「嫌だ」
「じゃあ、決まりだね」
日向は、微笑んだ。
涙の跡が残る顔で。
「今のまま、一緒にいよう」
蒼真は、日向を見た。
彼女の笑顔が、眩しい。
太陽のように、明るい。
自分のことより、自分を優先している。
それが、嬉しくて。
苦しくて。
胸が、締め付けられる。
「でも」
蒼真が、言った。
「力が弱まっても、いいなら」
彼は、光を見た。
「契約を、断つこともできる」
日向が、パッと目を見開いた。
「え」
「俺、考えたんだ」
蒼真は、言った。
真剣な目で。
「力が弱まっても、やり方はある」
彼は、ギュッと拳を握った。
「真実を広めるのに、戦いだけが方法じゃない」
「もっと、地道に」
「人と話して、説得して」
日向が、蒼真の言葉を遮った。
「蒼真、それは」
彼女の声が、震える。
不安が、滲む。
「危険すぎるよ」
「教会が、追ってくるんだよ」
「力が弱いと」
「死ぬかもしれない」
蒼真は、ゆっくりと頷いた。
「ああ」
彼は、日向を見た。
優しい目で。
「でも、お前を解放できる」
その声が、優しい。
温かい。
「お前は、自由になれる」
「俺のことを、気にしなくていい」
日向は、涙を流した。
ポロポロと、止まらない。
「バカ」
彼女は、蒼真をバシッと叩いた。
「バカ、バカ、バカ!」
バシッ、バシッ、と胸を叩く。
涙が、溢れる。
止まらない。
「蒼真が死んだら、意味ないじゃん!」
蒼真は、日向をギュッと抱きしめた。
強く、温かく。
「ごめん」
彼は、小さく謝った。
彼女の頭を、撫でる。
「でも、お前のことを考えると」
「考えなくていい!」
日向が、叫んだ。
声が、白い空間に響く。
「私のこと、そんなに考えなくていい!」
彼女は、蒼真の胸にギュッと顔を埋めた。
服を、握りしめる。
「私は、蒼真と一緒にいたい」
「それが、私の選択」
「蒼真が勝手に決めないで」
蒼真は、ハッと息を呑んだ。
日向の言葉が、心に刺さった。
ズキンと、胸が痛む。
そうだ。
自分は、勝手に決めようとしていた。
日向のため、と言いながら。
本当は、自分の罪悪感を、消したかっただけ。
彼女を縛っている、という罪悪感を。
自分のために、彼女の選択を、奪おうとしていた。
「ごめん」
蒼真は、もう一度謝った。
心から、謝った。
「お前の、選択を、無視しようとした」
日向は、ゆっくりと顔を上げた。
涙に濡れた顔で。
「分かればいい」
彼女は、手の甲で涙を拭った。
ゴシゴシと。
「私、決めたの」
その目が、真剣だ。
強い光が、宿っている。
「蒼真と一緒にいるって」
「それが、私の意志」
蒼真は、日向を見た。
彼女の目に、迷いはない。
本気で、そう思っている。
その強さが、眩しい。
「ありがとう」
蒼真は、フッと笑った。
穏やかに、優しく。
「じゃあ、今のまま」
「いや」
日向が、ピシャリと遮った。
「今のまま、じゃない」
彼女は、光を見た。
真っ直ぐに、見つめる。
「変えてほしいことが、ある」
光が、反応した。
柔らかく、揺れる。
「何だ?」
日向は、言った。
はっきりと、力強く。
「契約を」
彼女は、蒼真の手をギュッと握った。
温かく、しっかりと。
「"所有"じゃなくて、"意志"にしてほしい」
蒼真は、ゴクリと息を呑んだ。
日向が、続ける。
はっきりと、力強く。
「私たちの契約は、教会が作った」
「光持ちが、半魂を"所有"する契約」
彼女の声が、強い。
芯が、通っている。
「でも、私たちは違う」
「私は、蒼真を所有してない」
「蒼真も、私を所有してない」
日向は、蒼真を見た。
真っ直ぐに、見つめる。
「私たちは、お互いを選んでる」
「だから」
彼女は、光を見た。
揺るがない目で。
「契約を、"意志"に変えてほしい」
「所有じゃなくて、選択」
「縛りじゃなくて、絆」
光は、しばらく黙っていた。
静寂が、流れる。
白い空間に、沈黙が響く。
そして。
「なるほど」
その声が、少し驚いている。
感嘆が、滲む。
「それは、前例がない」
「けれど」
光が、フワリと揺れた。
そして、笑った。
初めて、笑った。
温かな、優しい笑い。
「面白い」
光が、スゥッと二人に近づいた。
「お前たちは、本当に」
その声が、嬉しそうだ。
誇らしげだ。
「制御装置を、壊した」
「所有を、拒否した」
「自分たちで、絆を選んだ」
光が、二人の刻印にそっと触れた。
温かな感触。
「ならば、その意志を、刻む」
刻印が、ジリジリと熱くなった。
蒼真と日向は、ハッとして胸を押さえた。
光が、溢れる。
ポゥッ、ポゥッ、と脈打つように。
金色の光。
そして、影。
黒い影が、シュルシュルと光に絡みつく。
刻印が、変化していく。
ゆっくりと、形を変えていく。
金色の太陽。
その周りを、黒い影が抱いている。
けれど今、その形が、変わった。
太陽と影が、手を繋いでいる。
対等に。
互いを、選び合うように。
優しく、温かく。
刻印の下に、文字がスゥッと現れた。
『意志の契約』
それが、新しい契約の、名前。
光が、フワリと二人から離れた。
「これで、完成だ」
その声が、満足そうだ。
温かく、優しく響く。
「お前たちの契約は、"所有"ではない」
「"意志"だ」
「互いを選び、互いを尊重する」
光が、柔らかく微笑んだ。
「これこそが、本当の絆」
蒼真は、自分の刻印を見た。
太陽と影が、手を繋いでいる。
対等に。
選び合って。
それが、今の自分たちの、形。
美しい、形。
「ありがとう」
蒼真が、言った。
心から、感謝を込めて。
日向も、コクリと頷いた。
「ありがとう」
光が、答えた。
「礼を言うのは、こちらだ」
その声が、優しい。
温かく、響く。
「お前たちが、証明してくれた」
「契約は、所有じゃない」
「絆は、縛りじゃない」
「選択こそが、本当の力だ」
光が、フワリと消えかけた。
薄く、透明になっていく。
「行け、二人とも」
その声が、遠くなる。
優しく、励ますように。
「お前たちの意志で、世界を変えろ」
視界が、パァッと白から、元に戻った。
* * *
気がつくと、街道に立っていた。
蒼真と日向は、手を繋いだまま。
ギュッと、しっかりと。
刻印が、ポゥッと淡く光っている。
新しい刻印。
意志の契約。
蒼真は、日向を見た。
「お前が、言ってくれて良かった」
日向は、フッと笑った。
「蒼真、優しすぎるんだよ」
彼女は、蒼真の手をギュッと握った。
温かく、優しく。
「私のことばっかり、考えて」
「でも、私も、蒼真のこと、考えてる」
蒼真は、コクリと頷いた。
「ああ」
彼は、笑った。
穏やかに、優しく。
「これからは、対等だ」
「所有じゃなくて、意志」
日向も、ニコリと笑った。
「うん」
二人は、歩き出した。
ザッ、ザッ、と草を踏む音。
街道を、街へ。
刻印が、歩くたびにポゥッと光っている。
金色の太陽と、黒い影が、手を繋いでいる。
それが、今の自分たちの姿。
所有されない。
縛られない。
ただ、選び合う。
それが、本当の絆。
蒼真は、空を見上げた。
青い空。
白い雲が、ゆっくりと流れていく。
自由な、世界。
力が弱まることも、選べた。
完全に離れることも、選べた。
けれど、選んだのは、一緒にいること。
対等に、意志で。
それが、二人の答え。
「日向」
「ん?」
「お前と出会えて、良かった」
蒼真は、笑った。
心から、笑った。
「所有じゃなくて、意志で」
日向も、笑った。
太陽のように、明るく。
「私も、蒼真と出会えて良かった」
彼女は、蒼真の手をギュッと握った。
「これから、どんなことがあっても」
「ああ」
蒼真は、力強く頷いた。
「一緒に、乗り越える」
「意志で、選び続ける」
二人の刻印が、パァッと同時に光った。
それが、誓いの証。
所有ではなく、意志。
縛りではなく、絆。
選択こそが、本当の強さ。
蒼真と日向は、歩き続けた。
ザッ、ザッ、と前へ。
真実を広めるために。
世界を変えるために。
そして、互いを選び続けるために。
意志の契約を、胸に刻んで。
風が、優しく二人を包んだ。




