第20話「奪還:影は光を抱くためにある」
街は、もうすぐそこだった。
丘を越えれば、城壁が見える。
そこで、真実を広める。
カツ、カツ、カツ。
ソウとヒナは、急いでいた。
けれど、間に合わなかった。
「来た」
ヒナが、ピタリと立ち止まった。
声が、張り詰めている。
「また、教会の」
言葉が、プツリと途切れる。
ザザザザッ。
前方から、騎士たちが現れた。
二十人以上。
シャキンッ、シャキンッ。
剣を抜く音が、次々と響く。
そして、その中央に、ヴィクトール。
黒衣の司教が、ギラリと冷たい目でこちらを見ている。
「逃げられると思ったか」
ヴィクトールの声が、ズシンと重く響く。
「お前たちが街に辿り着く前に」
彼は、ビシッと杖を掲げた。
「回収する」
ザザザザッ!
騎士たちが、一斉に動いた。
包囲が、ジリジリと完成する。
前も後ろも、左も右も、騎士だらけ。
「ソウ」
ヒナが、ブルブルと震える声で呼ぶ。
「大丈夫」
ソウは、ギュッと彼女の手を握った。
「二人なら、戦える」
彼は、グッと力を込め、影を展開した。
ゴォォォッ!
足元から、黒い影が勢いよく立ち上がる。
ヒナは、パァッと光を放った。
キラキラと金色の光が、影に触れる。
パキパキパキッ!
影が、結晶化した。
ガシャンッ!
黒い盾が、二人を守る。
ガキンッ!ガキンッ!ガキンッ!
騎士たちの剣が、次々と盾に当たる。
キンキンキンッ!
金属音が、耳に響く。
バチバチバチッ!
火花が散る。
けれど、盾は砕けない。ビクともしない。
「ほう」
ヴィクトールは、ニヤリと感心したように呟いた。
「光で硬度を増した影か」
彼は、サッと杖を振った。
「だが、所詮は即席の連携」
ザザザッ!
騎士たちが、攻撃を強める。
ガンガンガンッ!
剣が、何度も盾に叩きつけられる。
ソウは、シュバッと影の刃を放った。
ビュンッ!
黒い刃が、騎士たちに向かう。
パァッ!
ヒナの光が、それを強化する。
ザシュッ、ザシュッ!
刃が、騎士の鎧を切り裂く。
ドサッ、ドサッ。
一人、また一人と倒れていく。
「ソウ、後ろ!」
ヒナが、叫んだ。
ソウは、影を後方に展開した。
盾が、背後からの攻撃を防ぐ。
そして、すぐに刃に変わる。
反撃。
影が、自在に形を変える。
盾になり、刃になり、鞭になる。
すべて、ヒナの光によって――形を保っている。
「すごい……」
ヒナが、呟いた。
「私たちの力、こんなに――」
「ああ」
ソウは、頷いた。
「お前の光が、俺の影を完璧にしてくれる」
二人の連携が、騎士たちを圧倒する。
けれど――。
ヴィクトールは、微動だにしない。
ただ、じっと観察している。
冷たい目で、まるで実験動物を分析するように。
「なるほど」
彼は、フムと呟いた。
「光が影を形にし、影が光を守る」
杖を、ゆっくりとビシッと掲げる。
「完璧な循環だ」
その声に、何かゾクリと不穏なものが滲む。
「だが」
ヴィクトールの目が、ギラリと鋭くなった。
「それは、光があればこそ」
彼は、ブンッと杖を振った。
シュゥゥゥゥ。
空気が、ピリピリと変わった。
何かが、グググッと引っ張られる感覚。
ヒナが、ウッと苦しそうに顔を歪めた。
「あっ」
「ヒナ!?」
ソウは、慌てて彼女を支えた。
「大丈夫か?」
「な、何か」
ヒナの手から、ボワァッと光が溢れている。
いつもより、ずっと強い光。
けれど、それは彼女の意思ではない。
ググググッ。
無理やり、引き出されている。
「これは」
ヴィクトールは、ニヤリと笑いながら杖を振り続ける。
「光の抽出だ」
彼の声が、氷のように冷たい。
「光持ちの光を、強制的に引き出す術」
ジュゥゥゥゥ。
ヒナの光が、さらに強くなる。
彼女の体から、キラキラと金色の光が溢れ出す。
まるで、ギュッギュッと絞り出されているように。
「やめろ!」
ソウは、叫んだ。
「ヒナが苦しんでる!」
「当然だ」
ヴィクトールは、何の感情も込めず言った。
「これは、光の器を空にする術だ」
彼は、グッと杖を強く振った。
「光を全て抽出し、回収する」
シュゴォォォッ。
ヒナの光が、ヴィクトールの杖へ吸い込まれていく。
金色の光の流れが、スゥッと空中に見える。
「ソウ……」
ヒナが、弱々しく呼ぶ。
「助けて……」
ソウは、ヒナを抱きしめた。
「大丈夫、離さない」
けれど――光は、止まらない。
ヒナの体から、どんどん光が奪われていく。
彼女の顔色が、青ざめていく。
そして――ソウの影が、形を失い始めた。
ヒナの光が弱まっているから。
影が、煙のように揺らぐ。
結晶化が、解ける。
盾が、消える。
刃が、霧散する。
「……くそ」
ソウは、歯を食いしばった。
影だけでは、形を保てない。
ヒナの光がなければ――何もできない。
騎士たちが、迫ってくる。
剣が、振り下ろされる。
ソウは、ヒナを庇った。
剣が、肩に食い込む。
「……っ!」
痛みが、走る。
血が、流れる。
「ソウ!」
ヒナが、叫ぶ。
けれど、彼女の光は――まだ奪われ続けている。
ヴィクトールの術が、止まらない。
「ヒナ、離すな」
ソウは、ヒナの手を握った。
「絶対に、離すな」
「……うん」
ヒナも、必死に握り返す。
けれど――光は、どんどん奪われていく。
ヒナの手が、冷たくなっていく。
温度が、失われていく。
そして――ソウの胸に、痛みが走った。
鋭い、締め付けるような痛み。
心臓が――。
「……っ」
鼓動が、乱れる。
ヒナの光が失われているから。
循環が、途切れているから。
心臓が――止まりかけている。
あの感覚だ。
森で倒れていたときの、あの"続かない"感覚。
呼吸が、浅くなる。
視界が、暗くなる。
――死ぬ。
そう思った。
けれど――。
それより怖いのは。
ヒナが、奪われること。
ヒナの光が、全て抽出されて。
彼女が、空っぽになって。
そして――別の半魂に、与えられること。
「……やめろ」
ソウは、呟いた。
「ヒナを……返せ」
ヴィクトールは、冷たく笑った。
「返す?」
彼は、杖を振り続ける。
「元々、教会のものだ」
ヒナの光が、さらに奪われる。
彼女の体が、ぐったりとする。
「ソウ……」
弱々しい声。
「ごめん……光が、出ない……」
ソウは、ヒナを抱きしめた。
「謝るな」
声が、震える。
「お前は、何も悪くない」
ドクン、ドク、ドクン。
心臓が、さらに弱まる。
鼓動が、途切れそうだ。
このままでは。
ヒナの光が、完全に奪われる。
そして、自分は死ぬ。
いや、違う。
死ぬ前に。
何かを、しなければ。
ソウは、ハッと自分の影を見た。
ユラユラと煙のように、揺らいでいる。
形を保てない。
光がないから。
ヒナの光が、ないから。
でも。
影は、そもそも何のためにある?
光を形にするため?
違う。
もっと根本的な。
光を、抱くため。
その言葉が、パッと頭に浮かんだ。
誰かが言っていた。
いや、違う。
自分が、ずっと感じていた。
影は、光を抱くためにある。
光を守り、包み、支えるために。
ならば。
ソウは、スッと目を閉じた。
影に、グッと意識を集中する。
形を作るのではない。
形を保つのでもない。
ただ。
光を抱く。
ヒナの光を。
奪われていく光を。
ゴゴゴゴゴ。
影が、動いた。
煙のように揺らいでいた影が、ムクリと意思を持って動く。
ヴィクトールの杖へ吸い込まれていく光を。
フワリ。
影が、包んだ。
黒い影が、金色の光を優しく抱く。
まるで、手のひらで大切な何かを掬うように。
ピタリ。
光の流れが、止まった。
ヴィクトールの目が、カッと見開かれた。
「何だと?」
彼の声に、初めて激しい動揺が滲んだ。
「影が、光を」
ソウの影が、ヒナの光を抱いている。
奪われていく光を、影が受け止めている。
そして、ヒナへ返している。
グルグルと光が、循環する。
ヴィクトールの術で引き出されても。
ソウの影が、それを受け止めて。
ヒナへ戻す。
完璧な循環。
「そんな」
ヴィクトールが、タタタッと後ずさる。
「影が光を制御している?」
彼は、杖を強く振った。
術を、さらに強める。
光の抽出が、激しくなる。
けれど――。
ソウの影が、全てを受け止める。
どれだけ奪われても。
影が、それを抱き、返し続ける。
「影は」
ソウは、カッと目を開けた。
「光を抱くためにある」
その言葉が、真実だった。
影の本質。
それは、光を形にすることではない。
光を守ること。
光を抱くこと。
ヒナの光を、失わせないこと。
「ヒナ」
ソウは、彼女を見た。
「お前の光、返すぞ」
ヒナは、弱々しくコクリと頷いた。
「うん」
ソウは、グッと影を集中させた。
抱いていた光を、ヒナへ。
ドバァッ!
一気に、流し込む。
ボワァァァッ!
ヒナの体が、光に包まれた。
奪われた光が、ゴゴゴゴッと戻ってくる。
いや、それだけじゃない。
ソウの影が、光を増幅している。
抱いて、守って、強くして。
返している。
ヒナの目が、パッと見開かれた。
「これ」
彼女の体から、キラキラと光が溢れる。
今までにない、眩いほど強い光。
金色が、輝いている。
「私の光が、戻ってきてる」
ヒナは、ポロポロと涙を流した。
「ソウが、返してくれてる」
ソウは、ニッと笑った。
「当たり前だ」
彼は、バッと影を広げた。
「お前の光は、お前のものだ」
ゴォォォッ!
影が、ヒナを完全に包む。
黒い影の中に、金色の光。
二つが、完璧に調和している。
「誰にも、奪わせない」
ソウは、ギロリとヴィクトールを睨んだ。
ドゴォォォンッ!
影が、爆発的に広がった。
ヒナの光を抱いたまま、騎士たちを薙ぎ払う。
シュゴォォッ!
黒と金が混ざり合った刃。
それが、ドガッ、ドガッと騎士たちを吹き飛ばす。
バリンッ、バリンッ!
鎧が、砕ける。
ガキンッ、ガキンッ!
剣が、折れる。
ドサッ、ドサッ、ドサッ。
騎士たちが、次々と倒れる。
ヴィクトールは、ガシッと杖で防いだ。
けれど、刃の勢いが強すぎる。
ドゴォンッ!
彼の体が、後方へ吹き飛ばされた。
「ぐっ」
バタンッ!
ヴィクトールは、地面に叩きつけられた。
カランッ。
杖が、手から離れる。
ソウは、ヒナを抱えたまま、ヴィクトールの前に立った。
「もう一度言う」
彼の声が、冷たい。
「俺たちは、お前たちの所有物じゃない」
影が、ヴィクトールを包む。
「ヒナの光は、ヒナのものだ」
影の刃が、ヴィクトールの首筋に当てられる。
「そして、俺の影は――」
ソウは、ヒナを見た。
「ヒナの光を、抱くためにある」
その言葉に、ヒナは涙を流した。
「……ソウ」
ヴィクトールは、歯を食いしばった。
「……貴様ら」
彼の声が、震えている。
「何故、そこまで――」
「分からないのか?」
ソウは、首を振った。
「俺たちは、互いを選んだ」
彼は、ヒナの手を握った。
「何度でも、選び続ける」
ヒナも、頷いた。
「私たちは、一緒だから」
彼女の光が、ソウの影を包む。
「誰にも、引き離せない」
ヴィクトールは、何も言えなくなった。
ただ、二人を見ている。
その目に――初めて、理解できないものを見た表情。
「……退く」
ヴィクトールは、杖を拾い上げた。
「だが、これで終わりではない」
彼は、立ち上がる。
「教会は、お前たちを必ず――」
「来ればいい」
ソウは、遮った。
「何度でも、返り討ちにする」
影と光が、渦巻く。
「俺たちは、もう――止まらない」
ヴィクトールは、何も言わず、スッと姿を消した。
ザッザッザッ。
騎士たちも、続く。
シーン。
森に、静寂が戻った。
ソウとヒナは、ドサッとその場に座り込んだ。
ハァ、ハァ、ハァ。
全身が、疲れ切っている。
けれど、勝った。
ヴィクトールを、退けた。
「ソウ」
ヒナが、小さく呟いた。
「ありがとう」
「何が?」
「光を、返してくれて」
ヒナは、そっと自分の手を見た。
ボワッと光が、まだ淡く灯っている。
「私の光、奪われるかと思った」
ソウは、ギュッとヒナの手を握った。
「奪わせない」
彼は、フッと笑った。
「お前の光は、お前のものだ」
そして。
「俺の影が、守る」
ヒナは、ポロポロと涙を流した。
「うん」
二人は、ギュッと抱き合った。
ゴゴゴゴゴ。
光と影が、混ざり合う。
金色と黒が、グルグルと渦を巻く。
それが、今の自分たちの姿。
影は、光を抱くためにある。
光は、影を照らすためにある。
どちらが欠けても、成立しない。
それが、循環の本当の意味。
「行こう」
ソウが、言った。
「街へ」
ヒナは、コクリと頷いた。
「うん」
二人は、ヨロヨロと立ち上がった。
手を繋いで。
影と光を纏って。
カツ、カツ、カツ。
丘を越えると、街が見えた。
城壁の向こうに、人々の暮らし。
そこで、真実を広める。
教会の陰謀を。
半魂の真実を。
光持ちの犠牲を。
全てを、明らかにする。
そして。
世界を、変える。
ソウとヒナは、街へ向かった。
影と光の二人組として。
互いを抱き、互いを守る。
完璧な循環として。
その姿が、希望の象徴だった。




