第18話「塔の核心、半魂の真実」
カツン、カツン、カツン――。
塔を下りる途中――ソウは、急に足を止めた。
「……待って」
ヒナが――驚いて、振り返る。
「どうしたの?」
「気になることが――ある」
ソウは――ゆっくりと、祭壇の方を見上げた。
「光の存在――最後に何か、言い忘れたような気がした」
眉を寄せる。胸に――引っかかるものがある。
ヒナは――少し考えるように、首を傾げた。
「……確かに」
彼女も――祭壇を、見上げる。
「何か――途中で、消えちゃったよね」
言われてみれば――あの消え方は、唐突だった。
まるで、何かを伝え忘れたまま――時間切れになったような。
二人は――顔を、見合わせた。
そして――無言で、頷き合う。
祭壇へ――戻ることに、した。
カツン、カツン、カツン……
今度は、上へ。階段を、登り返す。
* * *
ハァ、ハァ……息を切らして、頂上に戻ると――。
祭壇は――まだ、光っていた。
ボウッ……と、淡い金色の光。
けれど――光の存在は、いない。
ソウとヒナは――ゆっくりと、祭壇の前に立った。
「……何か、あるのかな」
ヒナが――祭壇を、じっと見つめる。
ソウは――祭壇に刻まれた模様を、見た。
複雑な――幾何学模様。
円と線が絡み合い、渦を巻き、無数の記号が彫り込まれている。
試練の前は――ただの、模様に見えた。
装飾だと――思っていた。
けれど――今――。
「これ……文字じゃないか?」
ソウは――目を、凝らした。
模様の中に――文字が、隠れている。
古代の――文字。
読めない――けれど、何かが書かれている。
瞬間――。
ジリジリッ――!
胸の刻印が――熱く、なった。
「……っ!」
ソウは――思わず、胸を押さえた。
刻印が――光っている。
金色の光が――服の上からでも、透けて見える。
ヒナの刻印も――同じだ。
「ソウ、これ……」
ヒナが――不安そうに、言う。
その瞬間――。
ゴゴゴゴゴ……
祭壇の模様が――動き始めた。
文字が――ゆっくりと、浮かび上がる。
シュゥゥゥ……
光となって――空中に、文字が並んでいく。
それは――日本語、だった。
『ここまで辿り着いた者へ』
ソウとヒナは――ゴクリと、息を呑んだ。
文字が――次々と、現れる。
『お前たちが知るべき――真実がある』
『それは――世界が隠してきた、禁忌』
ゴォォォォォォ……!
祭壇が――さらに強く、光った。
眩しいほどの――金色の光。
そして――。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
床が――開いた。
ガギギギギッ――!
石が軋む音。地面が割れ、左右に開いていく。
祭壇の下に――階段が、ある。
下へ――下へと続く、暗い階段。
冷たい空気が――下から、吹き上げてくる。
「……下に、何かあるのか」
ソウが――呟いた。
喉が――乾く。
ヒナは――ギュッと、ソウの手を握った。
「行って――みる?」
声が――少し、震えている。
「……ああ」
ソウは――深く、頷いた。
「ここまで来たんだ。真実を――知りたい」
二人は――手を繋いだまま、階段を下り始めた。
カツン、カツン――。
足音が――暗闇に、吸い込まれていく。
* * *
階段は――塔の内部へ、続いていた。
上へ登った螺旋階段とは――別の、ルート。
下へ――下へ――。
カツン、カツン、カツン……
足音だけが、冷たい石の壁に響く。
やがて――フッと、視界が開けた。
広い――空間。
円形の――部屋。
壁一面に――無数の文字が、刻まれている。
まるで、図書館の本棚のように――びっしりと。
そして――中央に――。
フワリ……と、水晶のような球体が浮いている。
淡く光る――透明な、球。
手のひら二つ分ほどの――大きさ。
その中に――何かが、見える。
映像? いや――記憶、のようなもの。
過去の光景が――閉じ込められている。
「これ……」
ヒナが――恐る恐る、球体に近づいた。
瞬間――。
シュゥゥゥゥ……
球体が――反応する。
光が――ボウッと強くなる。
映像が――ぼやけていたものが、くっきりと鮮明になっていく。
そこには――。
人々が――映っていた。
白い服を着た――老人たち。
賢者のような――学者のような――。
長い髭を蓄え、杖を持ち、何か神聖な雰囲気を纏っている。
彼らは――円形のテーブルを囲んで、何かを話し合っている。
音は――聞こえない。
けれど――真剣な表情が――まるで、何かを企んでいるように見える。
時折、首を振り、資料を示し、激しく議論している。
パッと、映像が変わった。
今度は、転生者が映っている。
光に包まれて、この世界に現れる。
まぶしい白い光の中から、一人の青年が姿を現す。
けれど、その瞬間。
白い服の老人たちが、何かをしている。
手を翳し、呪文を唱え、複雑な紋様を空中に描く。
その光が、転生者の魂に触れている。
そして。
ズバッ。
魂が、切り離された。
はっきりと見えた。視覚化された魂が、半分に切断される。
まるでナイフで切るように。鮮やかに。残酷に。
転生者は、苦しそうにうずくまる。声にならない叫びを上げる。
魂の半分が、体から離れていく。
光の粒子となって、宙に浮かぶ。
いや、消えたのではない。
老人たちが、それを回収している。
切り取った魂の欠片を、透明な器に入れている。
まるで、貴重な資源を採取するように。
ソウの全身が、ブルリと震えた。
「……嘘だろ」
声が、かすれる。
ヒナも、顔色を失っている。
唇が青ざめ、目が見開かれている。
「これって……」
映像が、また変わった。
今度は、光持ちが映っている。
ヒナのような、金色の髪を持つ少女。
まだ幼い。村で大切に育てられている。
人々は彼女を"祝福の子"として崇めている。
けれど、老人たちが彼女を見ている。
観察するように。
品定めするように。
まるで、家畜を評価するような目で。
そして、転生者と引き合わせる。
半魂の転生者と、光持ちを。
二人は出会い、契約の儀式が執り行われる。
魂が繋がる。
金色の光が二人を包み、刻印が胸に刻まれる。
老人たちは、満足そうに頷く。
計画通りだ、とでも言いたげに。
パッと、映像が消えた。
代わりに、文字が現れた。
壁に刻まれた文字が、ボウッと光る。
『これが、真実』
『半魂は、自然現象ではない』
『意図的に、作られている』
ギリッ。
ソウの拳が、震えた。
「……誰が」
声が、掠れる。喉の奥から絞り出すように。
「誰が、こんなことを」
文字が、冷徹に続く。
『古代の賢者たち』
『彼らは、世界の均衡を恐れた』
『転生者が増えすぎれば、世界が歪む』
『だから、制御装置を作った』
ヒナが、ハッと息を呑んだ。
「制御……装置……?」
その言葉の意味が、恐ろしい。
文字が、また現れる。
『半魂と光持ちの契約』
『それこそが、制御装置』
『転生者の力を、光持ちに依存させる』
『そして、光持ちを管理する』
ゾクリ。
ソウの胸が、冷たくなった。
「光持ちを……管理」
その言葉が、意味するもの。
文字が、さらに続く。
『教会は、光持ちを集める』
『彼らを保護する、という名目で』
『だが、本当の目的は』
『半魂との契約を、コントロールすること』
ヒナが、ヨロリと後ずさった。
「じゃあ……教会は」
彼女の声が、激しく震える。
顔が蒼白になっている。
「最初から……知ってたの?」
文字が、冷酷に答える。
『教会は、古代の賢者たちの意志を継ぐ者』
『彼らは、世界の均衡を守る、と信じている』
『だが、その方法は』
『転生者を不完全にし、光持ちを犠牲にすること』
バンッ!
ソウは、壁を殴った。
怒りが、体中から湧いてくる。
「ふざけるな……!」
声が、震える。拳が、痛む。
「俺たちは……実験動物か?」
文字が、また現れる。
『お前たちは、制御されるべき存在だった』
『けれど』
『お前たちは、ここに辿り着いた』
『制御を、拒んだ』
その言葉に、ソウはゴクリと息を呑んだ。
『均衡の塔は、真実を知るための場所』
『そして、制御から逃れるための場所』
『お前たちは、魂を完全にした』
『もう、光持ちに依存しない』
『それは、制御装置が壊れたということ』
ヒナが、ギュッとソウの手を握った。
「じゃあ……私たちは」
彼女の声が、わずかに希望に満ちている。
「もう……制御されてないの?」
文字が、答える。
『そうだ』
『お前たちは、自由だ』
その言葉に、一瞬、安堵が。
『けれど』
文字が、警告するように光る。
『教会は、それを許さない』
『制御装置が壊れた者は』
『排除される』
ゾクッ。
ソウの背筋が、冷たくなった。
「排除……」
その言葉の重み。
文字が、続く。
『お前たちは、既に賞金首だ』
『教会は、お前たちを"回収"しようとしている』
『それは』
『制御装置を、再び機能させるため』
ヒナの体が、ブルブルと震えた。
「どうやって……?」
聞くのが、怖い。
けれど、知らなければならない。
文字が、冷酷に答える。
『半魂を再び作り、光持ちと結ぶ』
『そのために』
『お前たちの魂を、分解する』
スッと、ソウの血の気が引いた。
「……魂を……分解」
体中が、冷たくなる。
文字が、さらに続く。
『ソウの魂を再び切断し、半魂に戻す』
『ヒナの光を、別の半魂に与える』
『そうすれば、制御装置が、また機能する』
ポロポロと、ヒナは涙を流した。
「そんな……」
彼女は、ソウにしがみついた。
服を掴む手が、震えている。
「私……ソウと、離れたくない」
ソウは、ギュッとヒナを抱きしめた。
「大丈夫」
彼は、できる限り強く言った。
「そんなこと……絶対に、させない」
文字が、また現れる。
『教会は、強大だ』
『お前たち二人では、抗えない』
『けれど』
『方法は、ある』
ソウは、ハッと顔を上げた。
「方法……?」
文字が、答える。
『真実を、広めよ』
『世界に、知らしめよ』
『半魂が人為的に作られていること』
『光持ちが犠牲にされていること』
『教会が、世界を制御していること』
『それを、人々に伝えよ』
ソウは、ゴクリと息を呑んだ。
「でも……誰が信じる?」
ただの言葉だけでは、誰も信じない。
文字が、答える。
『この塔に、証拠がある』
シュゥゥゥ……
球体が、ボウッと光る。
『この記録を、持って行け』
球体が、ゆっくりと小さくなる。
大人の拳ほどあったものが、手のひらサイズに縮んでいく。
そして、フワリとソウの前に浮かんだ。
『これには、全ての真実が記録されている』
『古代の賢者たちの陰謀』
『教会の真の目的』
『転生者と光持ちの真実』
『それを、世界に示せ』
ソウは、そっと球体を受け取った。
ヒヤリと、冷たい。
けれど、確かな重みがある。ずっしりと、手のひらに乗る。
「……これで……戦えるのか」
こんな小さなものが、教会と戦う武器になるのか。
文字が、答える。
『戦うのではない』
『真実を、明らかにするのだ』
『人々は、真実を知れば、判断する』
『教会を信じ続けるか』
『それとも、お前たちを信じるか』
ヒナが、球体を見た。
「でも……危険だよ」
彼女の声が、不安に満ちている。
「教会全体を……敵に回すことになる」
それがどれほど恐ろしいことか。
文字が、静かに答える。
『それでも』
『真実は、語られるべきだ』
『嘘の上に築かれた平和は、脆い』
『いつか、崩れる』
ソウは、ギュッと球体を握りしめた。
「……分かった」
彼は、深く息を吸い、決意した。
「真実を……広める」
ヒナは、じっとソウを見た。
「本当に……?」
目が、不安と恐怖で揺れている。
「ああ」
ソウは、力強く頷いた。
「俺たちは、ここまで来た。真実を知った」
彼は、ヒナの手をギュッと取った。
「なら……それを隠すわけにはいかない」
ヒナは、少し迷った。
唇を噛み、目を伏せ、考える。
やがて、顔を上げて、頷いた。
「……うん」
彼女は、ソウの手を強く握り返した。
「じゃあ……一緒に、戦おう」
文字が、最後に現れる。
『お前たちに、祝福を』
『真実の担い手よ』
『世界を、変えよ』
フッ……と、文字が消えた。
部屋が、暗くなる。
けれど、球体だけが、ボウッと淡く光っている。
その光が、二人の顔を照らす。
ソウとヒナは、球体を見つめた。
これが……真実。
半魂の真実。
光持ちの真実。
教会の陰謀。
全てが、この小さな球の中にある。
「……行こう」
ソウが、静かに言った。
「塔を出て……真実を、広める」
ヒナは、コクリと頷いた。
「うん」
二人は、階段を上り始めた。
カツン、カツン、カツン……
球体を持って。
真実を抱えて。
重い足取りで、一段ずつ。
* * *
塔の外に出ると、夕日が沈みかけていた。
ザァァァ……風が吹き抜ける。
荒野が、真っ赤に染まっている。
空は茜色。雲が、金色に輝いている。
ソウとヒナは、ゆっくりと塔を振り返った。
黒い塔。
その中に、真実が眠っていた。
世界が隠してきた、禁忌の真実が。
そして今、その真実を持っている。
手の中に、ずっしりと。
「これから……どうする?」
ヒナが、不安そうに尋ねた。
「まず」
ソウは、少し考えてから答えた。
「街に、戻る。人が集まる場所へ」
「そこで……真実を?」
「ああ」
ソウは、手の中の球体を見た。
淡く光る、透明な球。
「この記録を……見せる」
彼は、前を向いた。地平線を見つめる。
「人々が……どう判断するかは、分からない」
「信じてくれるかも……分からない」
ヒナが、小さく付け加える。
「それでも」
ソウは、ヒナの手をギュッと強く握った。
「伝える価値は……ある」
ヒナは、フッと微笑んだ。
「うん」
二人は、歩き出した。
カツ、カツ、カツ……
荒野を横切り、街道へ。
真実を持って。
これから、長い戦いが始まる。
教会との戦い。
けれど、それは武力ではない。
真実と嘘の、戦い。
ソウは、胸の刻印に手を当てた。
服の上から、そっと。
金色の紋様。
これは……制御装置だった。
意図的に作られた、支配の道具だった。
けれど今は、絆の証だ。
自分たちで選んだ、絆。
誰にも壊させない。絶対に。
「ヒナ」
「ん?」
「お前と……出会えて、良かった」
ソウは、心から笑った。
「制御装置だろうが……何だろうが」
彼は、ヒナを見た。
夕日に照らされた、金色の髪。蜂蜜色の瞳。
「お前との絆は……本物だ」
ヒナは、ウルウルと涙ぐんだ。
「……うん」
彼女も、笑った。
涙を拭いながら、笑った。
「私も……ソウと出会えて、良かった」
二人は、手を繋いで歩き続けた。
カツ、カツ、カツ……
夕日が、二人を照らす。
オレンジ色の光が、体を包む。
影が、地面に長く伸びる。
重なった、一つの影。
それが、今の自分たちの姿。
真実を知り、絆を選んだ。
光と影の、二人組。
世界を変えるために。
真実を広めるために。
彼らの旅は、まだ続く。
これからも、ずっと。




