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僕はひなたで生きていく  作者: とま


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第17話「試練:離別の幻」

 光が――二人を、包んだ。


 ゴォォォ……と、まるで世界全体が息を吸い込むような音。

 祭壇から溢れる、金色の光。

 それは温かく、柔らかく、けれど――どこか、皮膚の奥まで透き通るような、不思議な冷たさを秘めている。


 ソウは、ヒナの手を――ギュッと握りしめていた。

 彼女も、同じように、必死に握り返している。

 互いの手のひらに滲む汗。震える指先。二人の鼓動が、手のひらを通して重なり合う。


 光の存在が――静かに、告げた。


『術式を始める』


 その声が、まるで水の底から聞こえるように――遠く、遠く響く。


『だが、その前に――最後の試練がある』


 ソウは、目を開けようとした。

 けれど――まぶたが、鉛のように重い。

 視界が、ぼやける。金色の光が、瞳の中で滲んで揺れる。


『お前たちの絆を、問う』


 光の存在の声が――さらに、遠ざかる。

 まるで、深い海の底へ沈んでいくように。


『本当に、共にあることを望むのか』


『それとも――』


 声が――途切れた。


 シュゥゥゥゥゥゥ……

 耳鳴りのような、高い音。

 世界が――真っ白に、染まっていく。


 ソウは、ヒナの手を――感じられなくなった。


「ヒナ!?」


 叫んだ。

 声は――喉から出た。けれど、まるで真空の中で叫んでいるように――音が、吸い込まれていく。

 空虚に、空虚に、何も返ってこない。


 白い世界。

 何も見えない。何も聞こえない。何も触れられない。


 五感が――消えていく。


 そして――。


 フッ、と。

 世界が――形を、取り始めた。


* * *


 ソウは――街に、いた。


 カツン、カツン、カツン。

 石畳の道を歩く、靴音。高い建物。行き交う人々。市場の喧騒。


 見覚えが――ある。

 オルディアのような――いや、もっと大きい。もっと賑やかな街。

 朝の空気は冷たく、けれど清々しい。パンの焼ける匂い。果物の甘い香り。


 自分は――市場を、歩いている。


 両手に、ずっしりとした荷物。

 木箱が腕に食い込む。商品を運んでいるのだろう。

 誰かの仕事を、手伝っている。


 ――体が、軽い。


 その感覚に、ソウは――ハッとした。


 呼吸が、楽だ。

 心臓が――力強く、安定して打っている。

 肺いっぱいに、空気を吸い込める。


 あの"続かない"感覚が――ない。

 あの、胸を締め付ける圧迫感が――ない。

 あの、途切れそうになる鼓動が――ない。


「……これ」


 ソウは――思わず、立ち止まった。


 荷物を地面に置き、自分の胸に――ゆっくりと、手を当てる。


 ドクン、ドクン、ドクン――。

 鼓動が――一つだ。


 自分の鼓動だけ。


 ヒナの鼓動が――聞こえない。

 あの、重なり合う二つの鼓動が――ない。


 胸の――刻印を、見る。


 震える手で、服をめくると――。


 何も、ない。


 金色の紋様が――消えている。

 あの、太陽と影が絡み合う刻印が――跡形もなく、消えている。

 そこにあるのは、ただの素肌だけ。


「……刻印が」


 声が、震える。


 ソウは――ゆっくりと、周りを見回した。


 人々が――普通に、歩いている。

 笑い声。話し声。靴音。荷車の軋む音。

 誰も――こちらを、見ない。


 手配書も、ない。

 追われてもいない。

 恐れられてもいない。


 ただの――普通の、街。

 普通の、朝。


 ソウは――歩き出した。


 体が――勝手に、動く。

 まるで、決められた軌道を辿るように。


 市場を抜け、広場へ。

 そこで――ドサッと、荷物を下ろす。


 商人が――馴れ馴れしく、声をかけてくる。


「ソウ、今日も助かるよ」


 笑顔。親しげな口調。知り合い、なのだろう。


「明日も、頼むな」


「はい」


 ソウは――いや、この世界のソウは――自然に、笑って答える。

 そして、銅貨をジャラッと受け取る。手のひらに、冷たい金属の感触。


 仕事が――終わった。


 ソウは――宿へ、戻る。


 ギィ……と、扉を開ける音。

 自分の部屋。


 一人暮らし。


 狭いけれど――清潔な部屋。

 ベッドが一つ。小さなテーブル。窓から――オレンジ色の夕日が、柔らかく差し込む。

 床に、光の帯が伸びている。


 ソウは――ベッドに、腰を下ろした。


 ギシッ、と軋む音。


 平和だ。


 追われていない。

 戦う必要も、ない。

 命を狙われることも、ない。


 健康な体。

 安定した仕事。

 屋根のある家。


 これが――自由、なのか?


 ソウは――ゆっくりと、窓の外を見た。


 夕日が――街全体を、赤く、赤く染めている。

 煙突からは煙が上る。屋根が連なる。


 人々が――笑いながら、家路につく。


 遠くから聞こえる、笑い声。話し声。

 鐘が、カラン、カランと鳴る。


 日常の――音。

 平和の――音。


 けれど――。


 何かが――足りない。


 ソウは――ゆっくりと、自分の手を見た。


 空っぽだ。


 誰の手も――握っていない。

 誰の温もりも――感じない。


 ――ヒナは?


 その名前が――脳裏に、浮かんだ。


 瞬間――胸が、ギュッと締め付けられた。


 ヒナが――いない。


 この世界には――ヒナが、いない。

 どこにも、いない。


 ソウは――立ち上がった。


 ドタドタと、部屋を飛び出す。宿の階段を駆け下り、街へ――街へ。


 誰かを――探している。


 金色の――髪。

 蜂蜜色の――瞳。


 いつも笑っている――温かい笑顔。


 「ヒナ」と呼べば振り返る――あの子。


 けれど――いない。


 どこにも、いない。

 市場にも、広場にも、路地にも――。


 金色の髪の少女は――どこにもいない。


「……ヒナ」


 呟く。


 けれど――誰も、振り返らない。

 人々は、ソウの存在にすら気づかず――通り過ぎていく。


 この世界に――ヒナは、いない。


 そして――この世界のソウは、ヒナを知らない。


 出会ったことも――ない。

 契約を――結んでいない。

 手を――繋いだことも、ない。


 だから――。


 自由だ。


 健康で、自由で、普通に生きている。

 誰にも縛られず、誰にも依存せず。


 けれど――。


「……これは」


 ソウは――立ち止まり、胸を――ギュッと、押さえた。


「幸せ、なのか?」


 答えは――出なかった。


 いや――違う。


 答えは――もう、出ている。


 胸の奥から――溢れてくる。


 これは――幸せじゃ、ない。


 ヒナがいない世界は――空虚だ。

 色がない。温もりがない。意味がない。


 自由でも――健康でも――。


 彼女がいなければ――何の意味も、ない。


「……違う」


 ソウは――激しく、首を振った。


「これは――俺が望んだ未来じゃない」


 彼は――空を、見上げた。

 茜色に染まる空。雲が流れる。


「ヒナ……どこだ」


 叫びたかった――心の底から、叫びたかった。


 けれど――声が、出ない。

 喉が、詰まる。まるで見えない何かが、声を封じているように。


 この世界は――幻だ。


 そう――気づいた。


 塔が見せている、試練。


 "ヒナなしで自由に生きる"という――幻。

 呪いから解放され、健康で、普通に生きられる――そんな、幻。


 けれど――。


「……俺は」


 ソウは――ギュッと、拳を握りしめた。

 爪が手のひらに食い込む。痛い。けれど、その痛みさえ――空虚だ。


「こんな未来――いらない」


 彼は――目を、閉じた。


「ヒナと――一緒がいい」


 その言葉が――。


 世界を――揺らした。


 ゴゴゴゴゴ……と、地面が震える。

 光が――溢れる。金色の光が、視界を埋め尽くす。


 幻が――ヒビ割れて、崩れていく。

 バリバリバリッ――ガラスが砕けるように。


 世界が――消えていく。


* * *


 ヒナは――聖堂に、いた。


 高い――どこまでも高い天井。

 色とりどりのステンドグラス。そこから差し込む、七色の光。

 静かな――静かすぎるほどの、祈りの場。


 自分は――祭壇の前に、座っている。


 白い衣を――纏っている。

 肌に触れる布は、絹のように滑らか。けれど――冷たい。


 周りには――人々。


 大勢の――人々。


 皆――ヒナを、見ている。


 敬意の目。崇拝の目。畏怖の目。


 けれど――誰も、近づいてこない。


 誰も――触れてこない。

 まるで、目に見えない壁があるように。

 まるで、ヒナが聖域で、踏み込んではいけない場所であるかのように。


 ヒナは――光の器として、そこにいる。


 教会に――保護されている。


 誰にも傷つけられない。

 誰にも利用されない。

 誰にも奪われない。


 ただ――光を、生み出すだけ。


 それが――役目。

 それが――存在意義。


 ヒナは――自分の手を、見た。


 光が――溢れている。


 キラキラと、まるで星屑のように――手のひらから、光が零れ落ちる。


 いつもより――強い光。


 抑えられていない――純粋な、生の光。


 これが――自分の、力。


 教会は――それを、守っている。


 大切に――丁重に。


 まるで――聖遺物のように。

 まるで――壊れやすい宝石のように。


「日向さま」


 司祭が――恭しく、声をかけた。


「お疲れではありませんか」


「……いえ」


 ヒナは――いや、この世界のヒナは――完璧に、微笑んだ。

 唇の端を上げ、目を細め、穏やかに。


「大丈夫です」


 司祭は――満足そうに、頷いた。


「あなたの光は、多くの人を救います」


 そして――カツン、カツンと靴音を響かせて、去っていった。


 ヒナは――一人に、なった。


 聖堂の中。


 静寂――。


 誰もいない。


 いや――違う。


 外には――人が、いる。


 けれど――誰も、ここに入ってこない。


 ヒナの領域を――侵さない。


 聖域だから――。

 光の器がいる場所だから――。


 ヒナは――立ち上がった。


 白い衣の裾が、サラサラと揺れる。


 窓の――外を、見る。


 庭が――見える。

 色とりどりの花が咲いている。薔薇。百合。マーガレット。

 噴水が、チョロチョロと水音を立てている。


 美しい――平和な、場所。


 教会の中――。


 守られている。


 けれど――。


 何かが――足りない。


 ヒナは――ゆっくりと、胸に手を当てた。


 ドクン、ドクン、ドクン――。

 鼓動が――一つだ。


 自分の鼓動だけ。


 ソウの鼓動が――聞こえない。

 あの、重なり合う二つの鼓動が――ない。


 ――ソウ。


 その名前を――ふと、思い出した。


 けれど――誰?


 この世界のヒナには――分からない。


 出会ったことが――ない。


 契約を――結んでいない。

 手を――繋いだことも、ない。


 だから――。


 安全だ。


 教会に守られ――誰にも傷つけられず、誰にも利用されず――光の器として、崇められている。


 けれど――。


「……誰も」


 ヒナは――か細く、呟いた。


「私を――見てくれない」


 その声が――空虚に、空虚に――高い天井に響いて、消えていく。


 人々は――光を、見る。


 力を――見る。


 役割を――見る。


 けれど――ヒナ自身を、見ない。

 "日向"という一人の人間を――見ない。


「私は……」


 涙が――ポロリと、滲んだ。


「一人」


 この世界でも――孤独だ。


 守られている――けれど、孤独だ。


 安全だ――けれど、空虚だ。


 誰も――対等に、接してくれない。


 誰も――"ヒナ"として、見てくれない。

 "光の器"としてしか――見てくれない。


 ――違う。


 一人だけ――いた。


 対等に――見てくれた人が。


 "日向"として――普通に、呼んでくれた人が。


 力ではなく――"私"を、見てくれた人が。


 ――ソウ。


 その名前が――胸に、強く響いた。


「ソウ……」


 呼んだ――声を、出した。


 けれど――誰も、答えない。


 この世界に――ソウは、いない。


 だから――。


 この安全も――意味が、ない。


 この光も――空しい。

 誰のために輝けばいいのか――分からない。


「……これは」


 ヒナは――震える手で、涙を拭った。


「私が――望んだ未来じゃない」


 彼女は――窓の外を、見た。


「ソウがいない世界は――」


 声が――震える。喉が、詰まる。


「幸せじゃ――ない」


 その言葉が――。


 世界を――揺らした。


 ゴゴゴゴゴ……と、聖堂全体が震える。

 光が――溢れる。金色の光が、ステンドグラスから噴き出す。


 幻が――ヒビ割れて、崩れていく。

 バリバリバリッ――世界が、砕けていく。


* * *


 ソウとヒナは――同時に、目を覚ました。


 ハッ――と、息を呑む。


 祭壇の――前。


 金色の光の――中。


 二人の手は――ギュッと、繋がったまま。


 離れて――いなかった。

 ずっと、ずっと――握り合ったまま。


「ヒナ……!」


 ソウが――声を張り上げて、叫んだ。


「ソウ!」


 ヒナも――涙声で、叫び返す。


 そして――ソウに、しがみついた。


 二人は――強く、強く――抱き合った。


 温度が――伝わる。

 体温が――混じり合う。

 肌の温もり。鼓動の震え。呼吸の音。


 鼓動が――ドクン、ドクンと――重なる。

 二つの心臓が――同じリズムで打つ。


 ――これだ。


 これが――本当だ。


 これが――現実だ。


「ヒナ――お前、幻を見たのか」


「うん……ソウも?」


「ああ」


 二人は――涙を流しながら、顔を見合わせた。


「俺は――お前がいない世界を見た」


 ソウは――ヒナの手を、さらに強く握った。


「自由で、健康で。でも――」


「空っぽだった?」


 ヒナが――震える声で、尋ねる。


「……ああ」


 ソウは――力強く、頷いた。


「お前がいなきゃ――意味が、なかった」


 ヒナは――ボロボロと、涙を流した。


「私も……」


 彼女は――ソウの胸に、顔を埋めた。


「教会に守られて、安全で。でも――」


「孤独だった?」


「うん……」


 ヒナは――何度も、何度も――頷いた。


「ソウがいなきゃ――幸せじゃ、なかった」


 二人は――また、抱き合った。

 まるで、離したら消えてしまうように――。


 光の存在が――静かに、現れた。


 フワリ……と、祭壇の上に――光の人型が浮かび上がる。


『――よくぞ、乗り越えた』


 その声が――深く、温かい。

 まるで、胸の奥まで染み込むように。


『お前たちは――試練を、越えた』


 ソウとヒナは――涙を流したまま、光の存在を見上げた。


『別々の幸せ――それを、拒んだ』


 光の存在が――優しく、微笑んだ。


『自由も――安全も。それらを捨てて――』


 彼は――二人の、繋がれた手を見た。


『共にあることを――選んだ』


 ソウは――ヒナの手を、さらに強く握りしめた。


「……当たり前だ」


 彼は――涙声で、言った。


「俺は――ヒナと、一緒がいい」


 ヒナも――力強く、頷いた。


「私も――ソウと、一緒がいい」


 彼女は――涙を拭い、まっすぐ光の存在を見た。


「自由でも――安全でも――ソウがいなきゃ、意味がない」


 光の存在が――大きく、大きく――頷いた。


『それが――答えだ』


 彼は――両手を、大きく広げた。


『お前たちの絆は――依存では、ない』


 光が――ゴォォォ……と、強くなる。

 祭壇全体が――金色に輝き始める。


『選択だ』


 その言葉が――胸に、深く響いた。


『お前たちは――互いを、選んだ』


『何度でも――選び続ける』


『それが――真の、絆』


 ソウとヒナは――涙を流しながら、頷いた。


 そうだ――。


 これは――依存じゃ、ない。


 呪いでも――ない。


 選択だ――。


 互いを――選んだ。


 何度でも――何度でも――選び続ける。


 それが――自分たちの、絆。


『では――』


 光の存在が――ゆっくりと、祭壇に手を置いた。


『魂を――完全に、しよう』


 ゴォォォォォォ……

 祭壇が――さらに強く、光り始めた。

 眩しいほどの――金色の光。


『お前たちは――試練を、越えた』


『絆を――証明した』


『ならば――報いを、受けよ』


 光が――ソウを、包んだ。


 温かい――。


 けれど――熱くは、ない。


 優しい――柔らかい――光。


 それが――胸の中へ、流れ込んでくる。

 まるで、水が染み込むように――ゆっくりと、ゆっくりと。


 魂の――欠けた部分へ。


 半分しか――なかった、魂へ。


 光が――満たしていく。

 空白を――埋めていく。


 ソウは――目を、閉じた。


 体の中で――何かが、変わっていく。

 細胞の一つ一つが――震える。温もりを帯びる。


 欠けていた部分が――埋まっていく。


 半魂が――完全に、なっていく。


 けれど――。


 ヒナの手は――離さない。


 離したく――ない。


 この絆は――消したく、ない。


『安心せよ』


 光の存在が――優しく、囁いた。


『お前たちの絆は――消えない』


『ただ――形が、変わる』


 その言葉に――ソウは、安堵した。


 胸が――温かくなる。


 光が――さらに、さらに強くなる。

 視界が――真っ白に染まる。


 そして――。


 シュゥゥゥゥゥゥ……

 世界が――白く、白く――染まった。


* * *


 気づくと――ソウは、祭壇の前に立っていた。


 ヒナも――隣に、いる。


 手は――まだ、繋いだまま。

 握り合ったまま。


 けれど――何かが、違う。


 ソウは――ゆっくりと、自分の胸に手を当てた。


 ドクン、ドクン、ドクン――。

 鼓動。


 二つ――聞こえる。


 自分のと――ヒナの。


 変わらない――。


 けれど――。


 呼吸が――楽だ。


 心臓が――力強く、力強く打っている。

 まるで、初めて本当の鼓動を打っているように。


 あの"続かない"感覚が――ない。


 完全に――ない。


 あの、胸を締め付ける圧迫感が――消えている。


「……これ」


 ソウは――驚きと共に、呟いた。


 胸の――刻印を、見る。


 服をめくると――。


 金色の紋様――。


 まだ――ある。


 けれど――少し、変わっている。


 中心の太陽が――より明るく、より鮮やかに輝いている。


 周りの影が――より濃く、より深く刻まれている。


 そして――二つが、完璧に調和している。


 光と影が――互いを引き立て、バランスを取っている。

 どちらが欠けても成立しない――対等な、調和。


「ソウ」


 ヒナが――小さく、呼んだ。


「手――離してみて」


「え……?」


 ソウは――驚いて、ヒナを見た。


「大丈夫――試しに」


 ヒナが――優しく、微笑む。


 ソウは――恐る恐る――手を、離した。


 ゆっくりと――指を、解く。


 ヒナから――離れる。


 一歩――。二歩――。三歩――。


 ――何も、起きない。


 呼吸は――続いている。

 心臓も――力強く、打っている。


 あの圧迫感が――ない。

 あの、息が続かなくなる感覚が――ない。


「……本当に」


 ソウは――自分の手を、見た。

 空っぽの手。誰も握っていない手。


「完全に――なったのか」


 ヒナは――嬉しそうに、笑った。


「みたいだね」


 彼女も――自分の手を、見た。


「私の光も――軽くなった」


 そう言って――手のひらに、光を灯す。


 キラキラと――光が、溢れる。


 いつもより――明るい。


 そして――安定している。

 揺らぎが、ない。


「負担が――減ったんだ」


 ヒナは――本当に嬉しそうに、笑った。


「もう――ソウを満たすためだけに、使わなくていい」


 ソウは――胸が、温かくなった。


「……良かった」


 彼は――ヒナの方へ、歩いた。


 一歩――一歩――近づいていく。


 そして――その手を、取った。


 ギュッと――握りしめる。


「でも――手は、繋ぐ」


 ヒナは――目を、見開いた。


「……ソウ?」


「もう――離れても、大丈夫だ」


 ソウは――笑った。

 心の底から――笑った。


「でも、俺は――お前と、一緒がいい」


 その言葉に――ヒナは、ポロポロと涙を流した。


「……うん」


 彼女は――強く、強く――手を、握り返した。


「私も――ソウと、一緒がいい」


 二人は――涙を流しながら――微笑み合った。


 光の存在が――深く、満足そうに頷いた。


『お前たちは――手に入れた』


 その声が――祝福に、満ちている。

 まるで、温かい風のように――胸を包む。


『真の――絆を』


 彼は――ゆっくりと、消えていった。


 光となって――キラキラと輝きながら――空へ、昇っていく。


『生きよ――二人で』


 その言葉を――最後に残して――。


 フッ……と。

 光の存在は――消えた。


 祭壇が――静かになる。

 金色の光が――ゆっくりと、弱まっていく。


 ソウとヒナは――手を繋いだまま、塔を見上げた。


 試練を――越えた。


 幻を――拒んだ。


 そして――魂を、完全にした。


 これから――。


 もう――依存では、ない。


 共存だ――。


 選択だ――。


 互いを選び――互いと生きる。


 それが――新しい、未来。


「……帰ろう」


 ソウが――静かに、言った。


「うん」


 ヒナは――力強く、頷いた。


 二人は――塔を、下り始めた。


 手を――繋いで。


 もう――三十歩の制約は、ない。


 けれど――離れない。


 離れたく――ない。


 これが――真の、絆。


 光と影の――二人組。


 選ばれた――絆。


 その証を――胸に刻んで――。


 二人は――新しい世界へと、歩き出した。


 螺旋階段を――一段、一段――降りていく。

 手を繋いだまま――共に、共に――。


 もう、呪いではない。

 もう、強制ではない。


 これは――選択。


 何度でも――選び続ける、絆。


 二人の足音が――カツン、カツンと――塔に響く。


 その音は――希望の、音。


 新しい未来への――第一歩の、音。


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