表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はひなたで生きていく  作者: とま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/26

第14話「賞金首:光の少女と、半魂の男」

 街の名は、エルドラといった。


 オルディアよりずっと大きく、高い城壁に囲まれている。

 灰色の石壁が、まるで要塞のように空を遮る。

 門には衛兵が四人――槍を手に、出入りする者を一人ずつチェックしている。


 ソウとヒナは、荷馬車を引く商人たちの列に紛れて、ゆっくりと門へ近づいた。


 胸が、ドクドクと脈打つ。

 手のひらに、じわりと汗が滲む。

 ヒナの手を握る力が、自然と強くなった。


「名前は?」


 衛兵が、無愛想に尋ねる。

 鋭い目が、ソウの顔を値踏みするように見る。


「ソウです。妹のヒナと一緒に」


 声が、震えないように。

 視線を、逸らさないように。


「商売は?」


「雑貨の行商を」


 ソウは、淀みなく答えた。


 嘘だ。けれど、もう慣れた。

 何度も繰り返してきた、偽りの設定。

 口から自然に出る言葉。まるで、本当の自分であるかのように。


 衛兵は、二人をじっと見つめた。

 数秒――まるで永遠のように長い沈黙。


 それから、無表情のまま手を振った。


「通れ」


 ソウの肩から、力が抜ける。

 息を、ゆっくりと吐き出す。


 二人は、重い鉄の門をくぐり――街の中へ入った。


 石畳の道が、靴の下でコツコツと音を立てる。

 高い建物が立ち並び、賑やかな市場の声が四方から響いてくる。


 焼きたてのパンの香ばしい匂い。

 香辛料の刺激的な香り。

 果物を並べる商人の威勢のいい声。


 オルディアと似ているけれど、もっと活気がある。

 人の波が、途切れることなく流れている。


「……とりあえず、宿を探そう」


 ソウが、ヒナの耳元で小声で囁く。

 周りに聞こえないように。


「うん」


 ヒナは、小さく頷いた。

 顔を伏せ気味に、目立たないように。


 二人は、市場の脇をそっと歩いた。


 人々が行き交う。商人が大声で客を呼ぶ。子供たちが笑いながら走り回る。


 平和な、日常。

 穏やかで、温かい日常。


 けれど――その日常の中に、違和感があった。


 人々の視線。


 何度か、こちらをチラリと見る者がいる。

 じっと見つめて、それから――何かを確認するように、また目を逸らす。


 背筋が、ゾクリと冷たくなる。


「……ソウ」


 ヒナが、不安そうに小さく呟く。

 握った手が、わずかに震えている。


「見られてる」


「ああ……気づいた」


 ソウは、周りを警戒しながら歩き続けた。


 何かが、おかしい。

 空気が――重い。


 その答えは――すぐに見つかった。


 広場の掲示板。


 古い木の板に、何枚もの紙が貼られている。

 街の告知。商人の広告。尋ね人。


 そして――その中に、一枚の白い紙。


 ソウの足が、止まった。


 心臓が、一瞬、止まったような感覚。


 手配書だ。


 そこには、二人の顔が――木炭で描かれている。


 少女と、青年。

 短い髪の少女。鋭い目をした青年。


 絵は粗いけれど――間違いなく、特徴を捉えている。

 まるで鏡を見ているように、自分たちの顔がそこにある。


 そして、その下に――黒々とした文字。


 【指名手配】


 光の少女と、半魂の男。


 教会に危険視される契約者。


 発見次第、通報せよ。


 報奨金:銀貨五十枚。


 ソウの全身から、血の気が引いた。


 頭が、真っ白になる。

 手足が、氷のように冷たくなる。


「……嘘だろ」


 呟く。

 声が、かすれている。


 ヒナも、手配書を見て――唇から色が消えた。


 彼女の手が、ギュッとソウの手を握りしめる。

 爪が、手のひらに食い込むほど。


「報奨金……」


 その声が、震える。

 まるで、悪夢を見ているような――現実感のない声。


「私たち、賞金首に――」


 ソウは、咄嗟にヒナの手を引いた。


「行くぞ。早く」


 足が、勝手に動く。

 考えるより先に、身体が逃げようとする。


 二人は、広場から素早く離れようとした。


 けれど――もう遅かった。


 周りの視線が、明らかに変わっている。


 さっきまでの無関心な、どこか遠い目ではない。

 値踏みするような――いや、獲物を見つけた猟犬のような――鋭い目だ。


「あれ、手配書の……」


 誰かが、ヒソヒソと囁いた。


「本当だ。光の少女って――あの子じゃないか?」


「銀貨五十枚……」


 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音。


 ざわめきが、波紋のように広がっていく。

 まるで、水面に石を投げたように――静かに、しかし確実に。


 ソウは、歩く速度を上げた。


 心臓が、バクバクと激しく鳴る。

 耳が、周りの音を敏感に拾う。


「ヒナ、走るぞ」


「うん」


 二人は、走り出した。


 石畳を蹴る足音が、ダダダダッと響く。

 人々が、驚いて道を開ける。


 背後から、大きな声が上がる。


「待て!」


「衛兵を呼べ!」


 ドドドドッ――複数の足音。

 人々が、追ってくる気配。


 銀貨五十枚。

 その金額が、人々を動かす。


 ソウは、狭い路地に飛び込んだ。


 建物と建物の間の、薄暗い道。

 洗濯物が干してあり、上から水滴がポタポタと落ちてくる。

 人気がない。


 けれど――背後から、追手の足音がザッザッザッと迫ってくる。

 まるで、獣が獲物を追うような、執拗な足音。


「こっちだ!」


 ソウは、ヒナの手を強く引いて曲がり角を曲がった。


 また別の路地。

 さらに狭く、暗い。

 カビ臭い空気。積まれた木箱。


 前方を見る――。


 行き止まりだ。


「……っ」


 高い石の壁が、行く手を完全に塞いでいる。

 よじ登れるような凹凸もない。


 背後から、ザッザッザッと迫る足音。


 ソウは振り返った。

 追い詰められた。


 ソウは、咄嗟に影の力を使おうとした。


 胸の刻印が、熱を持つ。


 けれど――。


「待って、ソウ」


 ヒナが、ソウの腕を掴んで止めた。


「ここで戦ったら、もっと騒ぎになる」


 その声は、冷静だ。恐怖に震えながらも――冷静に判断している。


「でも――」


「私に、任せて」


 ヒナは、両手を壁に向けた。


 そして――手のひらに光を集め始める。


 淡い金色の輝き。

 まるで小さな星のように、彼女の手のひらで生まれる。


 それを、壁に向けて放った。


 シュゥゥゥ――。


 光が、筋となって壁を照らす。


 そして――壁に落ちた影が、みるみる濃くなった。

 薄かった影が、まるで墨汁を垂らしたように――濃く、深く、黒く。


「ソウ、影を使って。壁を登れる?」


 ヒナが、必死な目でソウを見る。


「……やってみる」


 ソウは、意識を集中した。


 自分の影を――壁の影へ向けて伸ばす。


 スゥゥゥ――。


 影が、地面を這うように伸びる。

 そして、壁の濃い影に触れた瞬間――。


 パキ、パキパキッ。


 結晶化した。


 ヒナの光が作った濃い影と、ソウの影が混ざり――階段の形に固まる。

 黒い、段差。

 まるで石段のように、しっかりとした形。


「行くぞ」


 ソウは、ヒナの手を引いて影の階段を駆け上がった。


 タン、タン、タンッ――。


 足が、確かに影を踏みしめる。

 硬い。まるで本物の階段のように。


 ヒナも、必死に続く。

 息を切らして、壁を駆け上がる。


 数秒後――。


 二人は、壁を越えて屋根の上に飛び移った。


 ドサッ、と瓦の上に着地する。


 影の階段は、すぐに煙のように消えた。


 下の路地に、ドドドドッと追手が辿り着く音。


「……いない?」


「どこに消えた?」


 困惑した声が、下から聞こえてくる。


 ソウとヒナは、屋根の上で身を低くして息を殺した。


 心臓が、バクバクと激しく鳴る。

 呼吸を、必死に抑える。

 音を立てないように。見つからないように。


 下で、足音がウロウロと動いている。

 探している。

 けれど――見つからない。


 しばらくして、諦めたように足音が遠ざかっていった。


 ザッ、ザッ、ザッ――。


 完全に静かになった。


「……助かった」


 ソウは、ようやく小さく息を吐いた。

 全身が、汗でびっしょりだ。


 ヒナも、肩で激しく息をしている。

 手が、まだ震えている。


「でも、どうしよう……」


 彼女は、瓦の隙間から街を見下ろした。


 眼下に広がる、エルドラの街並み。

 賑やかな市場。行き交う人々。平和な日常。


 けれど、その中に――自分たちの居場所はない。


「手配書が、出てる」


 ヒナの声が、小さく震える。


「ああ」


 ソウも、重く頷いた。


「もう、この街にはいられない」


「……すぐ、出る?」


「そうするしかない」


 ソウは、遠くに見える門の方を見た。


 そびえ立つ城壁。

 その下で、槍を持った衛兵たちが出入りをチェックしている。


 手配書を見ていれば、確実に捕まる。

 あの門は、もう使えない。


「どうやって、出るか……」


 考える。

 頭を必死に働かせる。


 正面から行けば、捕まる。

 壁を越える? けれど、城壁は高すぎる。影の力でも、あの高さは無理だ。

 隠れて潜伏する? 銀貨五十枚の賞金がかかっている今、それも危険すぎる。


 どうする。

 どうすればいい。


 そのとき――。


「困ってるみたいだね」


 声が、背後から聞こえた。


 男の声。低く、落ち着いている。


 ソウは、ハッと振り返った。


 影の力を、いつでも使えるように意識を集中させる。


 屋根の上に、一人の男が立っていた。


 年は三十前後。黒い髪に、鋭い目つき。

 日に焼けた肌。傷だらけの手。

 服は黒い革製で、動きやすそうだ。腰には短剣がいくつも下がっている。


 いつから、そこにいたのか。

 全く気配を感じなかった。


「……誰だ」


 ソウは、ヒナを背に庇いながら警戒した。


 男が、敵か味方か――分からない。


「敵じゃない」


 男は、ゆっくりと両手を上げた。


 武器を持っていないことを示すように。


「むしろ、助けに来た」


「助け……?」


 ソウの声が、疑いに満ちている。


「ああ」


 男は、にやりと――不敵に笑った。


 その笑みには、悪意はない。けれど、油断ならない何かがある。


「あんたら、賞金首だろ? 手配書の」


 ソウの全身が、緊張で固まった。


 心臓が、ドクンと大きく跳ねる。


 影を、いつでも使えるように意識を研ぎ澄ます。

 ヒナが、ソウの服をギュッと握りしめる。


「安心しろ。売る気はない」


 ガレンは、手を下ろして首を振った。


「俺は、ガレン。まあ――盗賊みたいなもんだ」


「盗賊……」


 ソウが、低く繰り返す。


「そう。盗賊、ゴロツキ、ならず者――好きに呼んでくれ」


 ガレンは、肩をすくめた。


「だから、教会は大っ嫌いでね」


 その目に、一瞬――鋭い憎悪の光が走る。


「あいつら、俺たちみたいな"はみ出し者"をゴミのように扱う。目の敵にする」


 彼は、ソウとヒナを真っ直ぐ見た。


「あんたらも、教会に追われてるんだろ? 手配書に"光の少女と半魂の男"って書いてあった」


 間。


「なら、敵の敵は味方だ」


 ソウは、まだ警戒を解かなかった。


 この男が本当のことを言っているのか。

 罠なのか。

 信用していいのか。


「……信用できない」


「当然だ」


 ガレンは、あっさりと笑った。


「俺が逆の立場でも、絶対に信用しない」


 彼は、屋根の縁にドカッと腰を下ろした。


 そして、足を投げ出して――リラックスした様子で言う。


「でも、事実として――あんたらは、今、完全に詰んでる」


「……」


「街から出られない。門には衛兵がいて手配書を持ってる。街中にも手配書が出回ってる」


 ガレンは、指を一本ずつ折りながら言った。


「銀貨五十枚の賞金。人々の目は、獲物を見る目に変わってる」


 もう一本、指を折る。


「時間が経てば経つほど、包囲網は狭まる。逃げ場は、なくなる」


 その言葉は――残酷なほど、事実だった。


「俺たちなら、あんたらを街から出せる」


 ガレンは、遊びのない真剣な目で言った。


 笑いが消え、鋭い瞳がソウを見据える。


「裏道を使って、衛兵の目をかいくぐる。俺たちは――この街の闇を知ってる」


「……なんで、助けるんだ」


 ソウが、疑念を込めて尋ねる。


「見返りは? 金か? それとも――」


「ない」


 ガレンは、即答した。


 迷いも、嘘も感じさせない即答。


「強いて言うなら――教会への嫌がらせだ」


 彼は、また不敵に笑った。


 けれど、その笑いの奥に――深い憎しみが見える。


「あいつらが追ってる奴を逃がす。それだけで、気分がいい。痛快だ」


 風が、屋根の上を吹き抜ける。


 ソウは、ヒナの方を見た。


 彼女も、不安そうな目でこちらを見返す。


 どうする?


 信用するか?

 この男を。この、素性も分からない男を。


 けれど――。


 選択肢が、ない。


 このまま屋根の上にいても、いずれ見つかる。

 街を出る方法もない。

 時間が経てば、包囲網は狭まる。


 賭けるしかない。


「……分かった」


 ソウは、深く息を吐いて――頷いた。


「助けてくれ。頼む」


「賢い選択だ」


 ガレンは、満足そうに立ち上がった。


 屋根の瓦を踏む音が、カツン、カツンと響く。


「じゃあ、来い。仲間が待ってる」


 彼は、屋根の端に向かって歩き出す。


 背中を向けて――全く無防備に。


 その背中が、不思議と――信頼できるように見えた。


* * *


 ガレンに連れられて、二人は街の裏路地へ降りた。


 人通りのない、薄暗い道。

 古い建物の影。積まれた木箱。捨てられた樽。

 カビと湿気の匂い。


 誰の目にも触れない、街の裏側。


 そこに、四人の人物が待っていた。


 一人は、弓を背負った若い女性。赤い髪を後ろで束ね、鋭い目をしている。

 一人は、大柄な男。体格は熊のように大きく、背中に巨大な斧を担いでいる。

 一人は、痩せた老人。白髪で、長い髭。手には古びた杖。

 一人は、フードを深く被った小柄な人物。顔も姿も隠れていて、性別も年齢も分からない。


 全員が、ガレンと同じ――はみ出し者の空気を纏っている。


「紹介するぜ」


 ガレンが、片手で仲間たちを順に指差した。


「弓使いのリーナ。斧のバルト。魔術師のオルム。そして、斥候のミト」


 四人が、それぞれ小さく頷いた。


 リーナは、値踏みするような目でソウたちを見る。

 バルトは、腕を組んで仁王立ち。

 オルムは、杖にもたれて静かに観察している。

 ミトは――フードの奥から、こちらを見ているのか見ていないのかも分からない。


「こっちは、ソウとヒナ。例の――賞金首だ」


 ガレンが、ソウたちを紹介する。


 リーナが、二人をじっくり見て――口笛を吹いた。


 ピュゥゥゥ、という軽快な音。


「ほんとに、手配書そっくりだ。特に、この子」


 彼女は、ヒナを指差す。


「短い髪、大きな目――間違いない」


「銀貨五十枚……美味しい獲物だよね」


 その言葉に、ソウは咄嗟に身構えた。


 影を、いつでも使えるように。

 ヒナを、後ろに庇う。


 リーナが、ソウの動きを見て――クスリと笑った。


「冗談だよ。そんなに警戒しないで」


 彼女は、両手を軽く上げる。


「私たち、教会の犬じゃないから。あんな連中に協力する気はない」


 バルトが、ガハハと大きな声で笑った。


 その声が、路地に響く。


「そうそう。教会なんか、くそくらえだ!」


 オルムが、コツン、コツンと杖を地面に突いた。


「さて、時間がない。早く街を出よう」


 その声は、老人らしく静かだが――有無を言わせぬ重みがある。


「どうやって?」


 ソウが、尋ねる。


「裏門だ」


 ガレンが、短く答えた。


「普通は使われてない、古い門。もう何年も開かずの門だ。だから、衛兵もいない」


「でも、鍵がかかってるんじゃ――」


「それは、ミトが何とかする」


 ガレンは、フードを被った小柄な人物を見た。


 ミトが、音もなく――ゆっくりと頷いた。


 その動きは、まるで幽霊のように静かだ。


「じゃあ、行くぞ」


 一行は、薄暗い裏路地を――音を立てずに進み始めた。


 ソウとヒナは、その中に紛れる。


 ガレンたちに囲まれて、視線を遮られる形で。


 目立たないように。

 自然に。

 ただの旅人の一行のように。


 やがて、表通りに出る。


 再び、賑やかな街の雑踏。

 人々の声。商人の呼び込み。


 街の人々は、大勢で歩く一行を見ても――特に気に留めない。


 よくある旅人たち。

 傭兵の一団。

 ただの通行人。


 そう見える。


「うまく、馴染んでるな」


 ガレンが、横を歩きながら小声で言った。


「兄妹、って設定か?」


「……ああ」


 ソウは、小さく頷いた。


「なるほどね。似てるもんな、雰囲気が」


 ガレンは、皮肉めいて笑った。


「まあ、俺たちは何も聞かないよ。事情は、人それぞれだ。俺たちも――聞かれたくないことは山ほどある」


 彼は、前を向いた。


 歩きながら、周りを警戒している。


「ただ、一つだけ忠告しておく」


「何だ?」


「教会は、本気だ」


 ガレンの声が、一段と低く、重くなる。


「手配書の内容を見たか? ちゃんと」


「……見た」


「"保護"じゃなくて、"回収"って書いてあっただろ」


 ソウの喉が、ゴクリと鳴った。


 確かに――そう書いてあった。


 "発見次第、回収せよ"と。


「保護なら、まだ温情がある。生かして連れて行く、ってことだ」


 ガレンは、肩越しにソウを見た。


 その目は――哀れみを含んでいる。


「でも、回収は違う。物として扱うってことだ」


「……」


 言葉が出ない。


「あんたらは、もう人間じゃない。教会にとっては――」


 彼は、わずかに言葉を濁した。


 けれど、はっきりと言う。


「資源、ってことだ。利用価値のある、物」


 胸が、ギュッと冷たく締め付けられる。


 回収。

 資源。

 物。


 まるで、壊れた道具を取り戻すような――そんな言い方。


「だから、気をつけろ」


 ガレンは、再び前を向いた。


 その背中が、少し怒っているように見える。


「教会の騎士だけじゃない。賞金目当ての奴らも、いくらでも狙ってくる」


 横を歩くヒナの体が、小さく震えた。


 ソウは、そっと彼女の手を握りしめた。


 震える、冷たい手。


「大丈夫」


 小声で、囁く。


 自分自身に言い聞かせるように。


「俺が、守る。絶対に」


 ヒナは、震えながらも――小さく、頷いた。


* * *


 街の外れ。


 人通りのない、静かな場所。


 古い城壁の一角に、忘れ去られたような小さな門があった。


 錆びた鉄の扉。

 全体が赤茶色に錆び、ところどころ剥がれている。

 蔦が絡まり、下には枯れ葉が積もっている。

 明らかに、長い間――何年も使われていない様子。


「ここだ」


 ガレンが、その門の前で立ち止まった。


 ミトが、音もなく前に出る。


 フードの下から、細く白い指が伸びる。

 その手には、いくつもの細い金属の棒。


 鍵開けの道具だ。


 鍵穴に、繊細な動きで何かを差し込む。


 カチャカチャ、カチャ――。


 金属が擦れる、小さな音。

 まるで時計職人が細工をしているような、正確な動き。


 ソウとヒナは、息を殺して見守る。


 周りを、ガレンたちが警戒している。

 誰かが来ないか。

 衛兵が通りかからないか。


 数秒後――。


 カチッ。


 小さな、けれど確かな音。


 そして――。


 ガチャリ。


 鍵が、開いた。


「さすがだな、ミト」


 ガレンが、満足そうに笑った。


 ミトは、何も言わずに――両手で重い扉を押し開けた。


 ギィィィィ――。


 長い間動いていなかった蝶番が、きしむ音を立てる。

 錆が擦れる、耳障りな音。


 けれど、確実に――扉は開く。


 その隙間から、外の光が差し込んでくる。


 扉の向こうに、街の外が見える。


 森。

 街道。

 青い空。


 自由。


「さあ、行け」


 ガレンが、二人を促した。


 その声は、優しい。


「ありがとう……ございます」


 ヒナが、涙声で――深く深く頭を下げた。


 ソウも、同じように頭を下げる。


「本当に――ありがとうございました」


「礼には及ばん」


 ガレンは、照れたように手を振った。


「ただ、一つだけ――」


 彼は、笑いを消して真剣な顔になった。


 そして、まっすぐソウの目を見て言う。


「生き延びろよ。二人とも」


 その言葉が、温かかった。


 心から、祈るような――そんな言葉。


「……ああ」


 ソウは、力強く頷いた。


「必ず。約束する」


 二人は、門をくぐった。


 石の門をくぐり――外へ。


 街の外。

 風が、優しく吹いている。


 振り返ると、門の向こうでガレンたちが手を振っている。


 リーナも。バルトも。オルムも。そして、ミトも。


 ソウとヒナも、何度も何度も手を振り返した。


 ありがとう、と。

 本当にありがとう、と。


 やがて――。


 扉が、ゆっくりと閉まり始める。


 ギィィィィ――。


 再び、きしむ音。


 視界が、狭まる。


 最後に、ガレンの笑顔が見えた。


 そして――。


 ガチャリ。


 鍵がかかる音。


 扉は、完全に閉まった。


 二人は――また、逃亡者に戻った。


 けれど、今は――少しだけ、希望がある。


 世界全てが敵ではない。

 助けてくれる人もいる。


 そう、思えた。


* * *


 森の中を、歩く。


 街道は使えない。

 目立つから。人目につくから。


 木々の間を、足音を殺して静かに進む。


 踏みしめる土の感触。

 木の葉が擦れる音。

 遠くで鳥が鳴いている。


 森の匂い。土と木々の匂い。


 静かで――けれど、安全ではない。


「……ソウ」


 ヒナが、か細い声で呟いた。


「私たち、賞金首になっちゃった」


 その声には、まだ現実感がない。

 まるで、悪い夢を見ているような――そんな響き。


「……ああ」


 ソウは、重く頷いた。


「回収、って――」


 ヒナの声が、震える。


「物、扱いなんだね。私たち」


 その言葉が、痛い。


 ソウは、立ち止まった。


 そして、振り返って――ヒナを強く抱きしめた。


 小さな体が、自分の腕の中に収まる。

 震えている。


「大丈夫」


「でも――」


「お前は、物じゃない」


 ソウは、その耳元で――強く、はっきりと言った。


「人間だ。ヒナ、お前は一人の人間だ」


 言い聞かせるように。

 自分にも、彼女にも。


 ヒナは、ソウの服を両手でギュッと掴んで、しがみついた。


「……怖い」


 小さな、震える声。


「怖いよ、ソウ。賞金がかかって、みんなが私たちを狙って――」


 彼女の肩が、小刻みに震える。


「俺も、怖い」


 ソウは、正直に答えた。


 嘘は、つかない。


「怖いし、不安だ。どうなるか、分からない」


 彼は、ヒナの頭をそっと撫でた。


「でも――逃げる」


 その手が、優しく髪を撫でる。


「どこまでも、逃げる。捕まらない。絶対に」


 ヒナは、涙を堪えて――震えながら頷いた。


「……うん」


 しばらく、そのまま抱きしめていた。


 森の静けさの中で。


 やがて――。


 二人は、また歩き出した。


 手を繋いで。

 しっかりと、離さないように。


 三十歩以内。


 それが、生きるための距離。


 賞金首として。


 光の少女と、半魂の男。


 その烙印を背負って。


 けれど――。


 ソウは、歩きながら思った。


 ガレンたちのような人もいる。

 教会に反発する者。

 はみ出し者を助ける者。

 見返りを求めず、ただ「生き延びろ」と言ってくれる者。


 世界全てが、敵ではない。


 まだ、希望はある。


 その希望を、胸に抱いて――歩く。


 ソウは、歩きながら胸の刻印に手を当てた。


 服の上から、温かさを感じる。


 金色の紋様。

 その中心に、小さな太陽が輝いている。

 そして、周りに滲む黒い影。


 光と影。


 二人で、一つ。


 それが、自分たちの力だ。

 自分たちの、存在の証。


「ヒナ」


「ん?」


 ヒナが、顔を上げる。


「俺たち、強くなったな」


 ソウは、少しだけ――笑った。


「影の力も、使えるようになった。お前の光と合わせれば――」


「うん」


 ヒナも、涙の跡が残る顔で――小さく笑った。


「私たち、光と影の二人組」


「ああ」


 ソウは、力強く頷いた。


「賞金首だろうが、回収対象だろうが――」


 彼は、前を向いた。


 森の奥へと続く道を。


「簡単には、捕まらない」


 ヒナは、ソウの手をギュッと握り直した。


 その手が、少し温かくなっている。


「うん。一緒に、逃げよう。どこまでも」


「ああ」


 二人は、森の奥へ――歩き続けた。


 手配書が出回り、賞金がかけられた。


 もう、安全な場所はない。

 どこへ行っても、狙われる。

 街にも入れない。


 けれど――。


 二人でいれば、怖くない。


 いや――怖い。

 けれど、一人じゃない。


 光と影が、重なれば――強い。

 戦える。守れる。


 ソウは、木々の隙間から空を見上げた。


 青い空が、見える。

 雲が、ゆっくりと流れている。


 まだ、昼だ。

 まだ、明るい。


 太陽の光が、木の葉を通して地面に斑模様を作っている。


 夜が来るまで、できるだけ遠くへ。


 そして、夜が来たら――。


 影の力で、戦う。


 それが、今の自分たちだ。


 賞金首。


 光の少女と、半魂の男。


 教会に"回収"される存在。


 けれど――。


 ただの賞金首じゃない。

 ただの逃亡者じゃない。


 光と影の力を持つ、契約者だ。


 ソウは、ヒナの手を強く握りしめた。


 彼女も、同じように――同じ強さで握り返してくれた。


 足元を見る。


 二人の影が、地面に落ちている。


 木漏れ日に照らされて、濃く。


 重なって、寄り添って――一つの影。


 それが、今の自分たちの姿だった。


 逃亡は、続く。


 終わりが見えない逃亡。


 けれど、もう――無力じゃない。


 戦える。

 守れる。


 二人で。


 それが、唯一の――けれど確かな希望だった。


 森の奥へ。

 光の届かない場所へ。


 けれど、二人でいれば――光がある。


 ヒナの光が、道を照らす。

 ソウの影が、道を守る。


 それが、循環。

 それが、契約。


 賞金首として。


 けれど、二人で――。


 生き延びる。


 必ず、生き延びる。


 ガレンとの約束。

 そして、自分たちとの約束。


 その決意を胸に――。


 ソウは、ヒナと手を繋いで、歩き続けた。


 森の奥へ。

 まだ見ぬ明日へ。


 光と影の、二人組として。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ