女神とのひととき
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一瞬の暗転の後、僕の顔は柔らかいナニカに埋もれていた。
「おかえりなさい、ユキ。よく頑張りましたね」
聞き馴染みのある女の声が響く。
その声と、この柔らかいものから状況を推測する。
声の主は、どうやら僕を強く抱きしめているらしい。その力は強く、僕の背骨がメキメキと悲鳴をあげている。
直後、僕の背後で轟音が鳴り響く。四重奏どころではない、ハーモニーもへったくれもないけたたましい演奏、鼓膜をぶち破って脳幹にまで響き渡る花火、そしてなぜか轟雷が鳴り響いていた。
まぁ、いつものことである。
「アネラ、雷は必要ない」
呆れた顔でそう言った刹那、なぜか轟雷の一部が僕の頭上に落ちてきた。イタイ。
「あわわ、ごめんなさい! つい、気合が入りすぎてしまって...」
雷ごときではびくともしない僕の体も、神の雷ともなれば話は別である。髪を触ると、やはりパーマのようにチリチリになっていた。
アネラがあわあわと謝りながら、僕の頭を撫でる。どうやら、《再生》の力で僕の髪を治しているようだった。
その手つきは、どこか不器用だが、しかし温かかった。
アネラが僕の髪を治し終えると、切り替えるようにパンッと手を鳴らした。
「それはそうと、ユキを労おうと思って、料理を作ったんです」
アネラはそう言って、僕を部屋へと促す。僕はおもわず顔をしかめ、深々と嘆息した。
「あれほど料理は作らないでくれと――」
言いかけ、途中で絶句する。大きな白いテーブルには、もはや料理とは呼べない、ヌルヌルと蠢く肉の塊や、目がギョロギョロと動くスープなど、悍ましいクリーチャーの数々がいつのまにか敷き詰められていた。
僕はアネラを見る。ニコニコしている。僕が料理を美味しく食べることを疑っていない表情だ。殴りそう。
残念ながらこの場合、僕に選択肢は存在しない。
数十年前だったか、一度アネラの手料理を断ったとき、アネラは絶望のあまり気絶、1年ほど目を覚まさず、各所の問題を僕が駆け回って対応した。控えめにいって地獄である。
よって、それに比べればこれくらい、なんてことは、ない。....はずである。
覚悟を決め、僕は料理に手をつけた。
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2時間後、数十回の気絶を挟み、凄まじい吐き気に襲われながらも、なんとかソレを完食する。
自分の臓器に何度《再生》を付与したかわからない。今回も大した強敵であった。
「ありがとうございます、ユキ。本当に、優しいのですね」
アネラが僕の頭を再び撫でる。そう思っているなら、もう少し手心を加えてくれてもいいのではないか。
そんなことを考えていると、アネラが突如、眉を顰める。
「どうかしたか」
「ユキ、お疲れのところ大変申し訳ないのですが、次の仕事です」
アネラの言葉と共に、僕の頭の中に、見知った少女の情報が流れ込んできた。
『対象:転生者ヘラ』
『職業:異世界転生者部門 派遣担当』
『現況:派遣先の異世界で、生体情報に異常が検出。洗脳のおそれあり』
オデ、おっちょこちょい女神大好き星人。
ちなみに、可哀想なのは抜けないので、洗脳云々は安心してご覧ください。