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第1話 女子校の王子様

 昼休みの教室、弁当のふたを開けた瞬間に、唐突にその話題は降ってきた。


「なあ怜也、お前、“女子校の王子様”って知ってるか?」


 そう言ったのは、俺の席の前に座る安藤照政──通称テル。口は悪いが根はいいヤツで、なにより流行りネタに異様に詳しい。


「……なにそれ、少女マンガ?」


「いやいや、リアルの話。隣の女子校にいるんだよ、マジで“王子様”って呼ばれてる女子が」


 口にしかけた卵焼きを、思わず止めてしまった。


「それ、あれだろ?中学のときにもいたわ。“学年で一番イケメン”とか“歩く少女漫画”とか言われてた女子。結局、目立ってただけで大したことなかった」


「いや今回はガチだって。なんかもう、存在感からして違うらしいぞ。あっちの女子たちの間じゃカリスマ扱い。名前知らなくても、“王子様”って言えば全員通じるレベルらしい」


「へー」


 俺は特に興味も湧かず、箸を進める。まあ確かに、噂好きな女子たちの中ではそういうの盛り上がるのかもしれないけど。


「……どうせ、整った顔の中性的な美少女が、制服ビシッと着て、ちょっとクール気取ってるだけだろ」


「うわ、お前ひねくれてんな。そういうところだぞ、彼女できねえの」


「いやいや、ひねくれてないって。ただ、現実はそんなにドラマみたいじゃないってだけ」


 俺の発言に、テルが苦笑いを返す。


「まあ、確かにな。でも俺としては一度は見てみたいなあ、リアル王子様」


「勝手に探してこいよ。隣の校門で張ってればいつか通るんじゃね?」


「ストーカー扱いされるだろ……!」


 ふたりで笑い合いながら、いつもの昼休みは過ぎていく。


 別に女子校に夢見てるわけじゃない。うちが男子校だからって、隣の女子校の生徒が気になるってこともない。顔を合わせる機会なんて、ほとんどないし。


 “王子様”とかいうのも、どうせ作られた偶像にすぎない。実際に見たことがないから、実感も湧かないし。


 ──だから、俺は本気で思っていた。


 そんな“女子校の王子様”なんて、この世に存在するわけがないって。


 


 でも、俺は知らなかった。


 その“王子様”と呼ばれる少女と、たった数日後、あんな形で出会うことになるなんて──


 そしてその出会いが、俺の世界を、価値観を、そして心を、まるごと変えてしまうことも。


 それまではただの噂だった。存在しない幻想だった。


 でも、目の前で彼女と目が合った瞬間──わかったんだ。


 ああ、これは“王子様”って呼ばれるわけだ、と。


 だけど、その瞳の奥に見えたのは、王子様の仮面なんかじゃなかった。


 恐怖に震える、ひとりの女の子の顔だった。


 


 ──“女子校の王子様”なんて、いるわけない。

 そんなふうに思っていたのは、彼女と出会う、ほんの少し前までの話。





 ******





 放課後の帰り道。

 ただなんとなく駅まで足を伸ばしていた。


 目的はなかった。家に帰ってもやることはないし、コンビニでジュースでも買って、ベンチでぼんやりしようと思っただけ。


 そんなふうに歩いていた時だった。


 駅前のロータリーに差しかかると、妙な声が耳に入った。


「さっきから無視してんの、なんで?」


「連絡先だけでいいからさー、ね?ちょっとくらい──」


 男の声。二人分だ。

 なんか、軽く苛立ちと興奮が混ざってるような口調。

 そしてその声に、聞き取りづらい、小さくて震えた「……やめてください」という声がかぶさっていた。


 ナンパか。


 よくある話だ。見て見ぬふりして通り過ぎる人も、足を止める人もいない。


 俺も──いつもなら、そうしてたはずだった。


 けど。


 視線を向けた瞬間、なぜか足が止まった。


 声の主が、まるで世界から浮いて見えた。


 整った顔立ち。透き通るような白い肌。短く切りそろえられた綺麗な黒髪。

 通った鼻筋に、大きくてくりっとした瞳。まるで少女漫画から出てきたかのような完璧美形。


 しかもスラッとした長身で、制服の着こなしもどこか上品さがある。


 一瞬、本当に男だと思った。


 でも、そうじゃない。


 その人はスカートを履いていた。


 間違いない、女子だった。


 ──いや。


 “女子”というより、“王子様”。


 ああ、そうか。


 これが……隣の女子校で噂になってる“王子様”か。


 見た瞬間に理解した。

 テルが言ってたのは、嘘なんかじゃなかった。

 本当に存在したんだ。ここに。


 でも、その王子様の顔は、噂の“クールで完璧な美少女”なんかじゃなかった。


 怯えてた。


 手がわずかに震えてる。

 視線が定まらず、唇をかすかに噛んでいる。

 無理して笑おうとしてるのが分かる。でも笑えてない。


 ──ああ、無理してるんだ。


 ナンパしてる男たちは、そんなことに気づく様子もない。

 強引に肩を掴もうとしたその瞬間、


「──やめてくれます?」


 俺は気づいたら、彼女と男たちの間に立っていた。


「……は? 誰だよお前」


 片方の男が眉をひそめる。


 俺はスマホをチラつかせながら、冷静に言った。


「交番、この先の角にありますよね。もうすぐ警察来るんで。どうします?」


 男たちが一瞬怯んだ。

 こういうときは堂々としてる方が勝つ。


「チッ……なんだよ、つまんねーな」


「行こーぜ。ブスだったわ、あんなの」


 吐き捨てるように言って、男たちは去っていった。


 ──その言葉に、俺の背後で誰かがビクリと肩を震わせた。


 ゆっくりと振り返ると、さっきまで怯えていたその“王子様”が、ぽかんとした顔で俺を見つめていた。


「……大丈夫ですか?」


 声をかけると、彼女はわずかに目を見開いて──


「あ、ありがとう……ございます」


 細くて、でも確かに届く声だった。


 それを聞いて、俺の中の何かが不思議と落ち着いた。

 きっと、大丈夫。もう大丈夫だ。


 その瞬間、初めてちゃんと目が合った気がした。


 大きな瞳は、近くで見ると意外にもあどけなくて、ちょっと困ったように笑ってた。


 噂の“王子様”は──

 完璧なんかじゃなくて、ちゃんと人間で。

 そして、なぜか俺にはそれが、とても綺麗に見えた。


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