93話 蟹を食べるのは面倒くさい
キャンサーはラスボス形態へと変わった。変わってほしくなかったけど。わかるわかる、バトルインフレが酷い漫画や小説をたくさん読んできたのだ。これからの強敵は全員第二形態になるのが標準なんだろうと諦めてます。
「それにしても『空間障壁』? 触れたら消失とか、なんというチート。少しずるくない? だけど、その力が本物か、試させてもらおうか!」
『シャドウマーモット召喚』
手のひらを地面に付けると、階位6の召喚魔法を使う。魔法陣が描かれると漆黒の光と共に、闇の毛皮を纏う巨大なマーモットが姿を現す。
マーモットというと弱そうだが、このシャドウマーモットは強い。モンスターレベル6でスキュラと同じレベルなのだ。その漆黒の毛皮は光属性以外全耐性を持ち、3メートルを超える巨体から繰り出される爪は物理ダメージのみならず、敵の魔力も削る能力を持つ。そして、固有スキルの『影渡り』で敵との距離を影から影へと飛んで詰めることができる優秀なモンスターだ。
「まきゅー。シャドウマーモット見参まきゅ! 幼女よ、魔界1のマーモットにして、闇の帝王たる……山田をよく喚び出したまきゅ!」
元気よく飛び出してきたシャドウマーモットの名前は山田らしい。名前を名乗る時に間があったけど、今回はシリアスアキちゃんなのだ。ふざけている余裕はない。
「よし、田中! あの敵を倒せ!」
「任せるまきゅよ! ……あれを倒すまきゅ?」
名前を間違えて命令しちゃったけど、名乗った名前を早くも忘れたシャドウマーモットは元気よく手を振り上げて、アキの指差す相手を威嚇して、ギギギと顔を向けてくる。
自分よりも巨体。鉄よりも硬そうな甲羅。あっさりと身体を断ち切りそうな大型の鋏。そして、蟹の胴体についている悪辣にして醜悪な笑みを浮かべる白粉を顔に塗りたくった邪悪なる男キャンサー。早くも怖くなって、怯えていた。
「その……このアバターは35年ローンが残ってるまきゅよ。最近就職できたから調子に乗って、ローンを組んで買ったまきゅ」
もじもじと指を絡ませて、シャドウマーモットが虚無の瞳を向けてくる。なんか極めて現実的なローンを組んだらしい。住宅ローンかな? そして、どこに就職したのかな?
「大丈夫! 損害保険が利くから。よく知らないけど保険の等級が上がるくらいだから、ゆけ、田山! 命令不履行の場合の違約金の方が高いよ! よく知らないけど!」
この召喚獣は金で雇われている可能性が大だなと思いながらも、気にする必要はないので適当にけしかける幼女だ。
「まきゅー! こうなったらやってやるまきゅよ! モンスターレベル6の力を見せるまきゅよ! 敵に問題があって、マモの責任はゼロって保険屋には証言お願いするまきゅ」
ビシッと指差し命令すると、破れかぶれに突撃するシャドウマーモット。しかし、その動きはモンスターレベル6の魔獣にふさわしく素早い走りだ。
「ぬほほほ、召喚魔法とは珍しい。たしかに恐れるべき強さを感じますが、麿に敵いますかねぇ?」
「余裕は死への片道切符になりましゅよ!」
『ルーンロープ』
シャドウマーモットの突撃に合わせて、アキはカードを使い魔法のロープを生み出す。キャンサーの動きを封じ込めるべく、魔法のロープは絡みつくが……触れた途端に消失してしまった。どうやら魔法的な攻撃も消失するらしい。
「まきゅ〜、まずはこれ!」
『影槍』
駆けながらシャドウマーモットは漆黒の槍をキャンサーに向けて撃ち出す。漆黒の槍の狙いはキャンサーの上半身。棒立ちしているキャンサーの頭へと狙い違わず命中する。
だが、その身体に触れると同時に消えてしまう。攻撃を受けた箇所は空間に波紋すら発生はしていない。
「むっ。影槍が消えたのに、反応がないまきゅ?」
虚無の瞳を僅かに開き、シャドウマーモットが驚く。アキもなぜ驚いているか理解していた。影槍は物理的な攻撃は低いが、その代わりに敵の魔力を削る。それは魔力障壁も同様だ。たとえ攻撃を防いでも大きく魔力を削られて防御魔法はその構成を崩壊させられる。
狙いは良かった。俺もキャンサーを倒すのには最初に選択していただろう魔法だ。
シャドウマーモットはキャンサーの周りを駆けて、もう一発当てるがやはり結果は同じで最初から何もなかったかのように消えてしまう。
「ぬほほほ、魔力を削ろうとしたでおじゃるな? しかし、この空間障壁は空間を歪曲させるのでおじゃるよ。魔力を削られる前にその攻撃を無効化するというわけでおじゃる」
キャンサーもこちらの狙いは分かってるのだろう。笑いながら説明して鋏を振るう。振り抜かれた鋏を前にシャドウマーモットは素早く後ろに下がって躱す。振り抜かれた鋏が床を削り、まるでプリンをスプーンで掬い取ったかのように石床に綺麗な断面が残る。
「それならこれはどうだ?」
『水柱』
「ぬっ? いつの間に!?」
シャドウマーモットに集中していたキャンサーの頭上にアキはいた。隙を見て飛んだアキはキャンサーへと掌を向ける。発動させた魔法はキャンサーを覆い尽くす水の柱だ。膨大な水がキャンサーを包み込む。効果時間は数秒、その威力は少し滝に打たれた程度で、普通は役には立たないが、今回は違う。……と、思っていた。
「なぬ、空間障壁に隙間がない!?」
キャンサーに触れて消えていく水。だが絶対に外を見るための隙間があると思っていた。なぜならば空間障壁にて身体を包み込めば、その力により中からも外の様子を見れなくなると考えていたからだ。なにせ空間を曲げて全てを防ぐということは光や空気すらも消してしまうということである。だからこそ、その隙間に水が入り込むと思っていたのに、全ての水が消えていくことにアキは驚きを隠せない。
「はっ、空間障壁の弱点探しというわけでおじゃるな。だが、空間障壁を使う麿がそのことを考えないわけがなかろう?」
空中にいるアキに、鋏で切り裂こうと手を伸ばすキャンサー。触れればゲームオーバーの攻撃だ。
『幻歩』
だが、触れる寸前に転移に近い移動をして、アキは地面に着地する。ズササと床を滑り後ろに下がって顔を顰める。
「もしかして空間障壁があっても、中からは見える? いや、それならそもそも空間を歪めることはできない。敵の攻撃が触れる寸前に発動させるのだとしたら、不意打ちを恐れてもっと警戒しているわけだし。どうなってるでしゅ?」
キャンサーを睨みながら、シャドウマーモットへと密かに指示を出す。
「まきゅ!」
『底なし沼』
キャンサーの足元へとシャドウマーモットが魔法を放つ。発動させた魔法は底なし沼。敵を沈めて即死させる魔法だ。
「次は足元を崩そうと言うわけですか。なかなか考えているでごじゃるな。だが無駄、無駄、無駄でごじゃる!」
『空間凝固』
六本の脚をカサカサと交互に動かすと、その脚の先端に半透明の板が生まれて、その板を踏み台にキャンサーは大きく飛び跳ねると、底なし沼から抜け出てしまう。
「チャンスまきゅ! まきゅ、まきゅ!」
『影転移』
しかし、空中に飛び上がったキャンサーを前に、シャドウマーモットが着地地点に影転移すると、漆黒の爪を伸ばして構える。
『影爪連殺撃』
腕に魔力を溜めて、キャンサーへと爪の攻撃を繰り出す。黒き軌跡を残しての、高速での斬撃。狙うは脚だ。地面に脚をつけるために、空間障壁は絶対に脚を囲むわけにはいかない。脚を包めば、全てを消して惑星の中心核へと落ちていくだけだからだ。
キィン、キィン
今度はなにかとぶつかった金属音に近い音が響く。手応えありだ。
「やったまきゅ! え~と、敵の爪を切ったまきゅ!」
キャンサーの脚のうち一本の脚の爪が数センチ切れていた。爪が。爪だけが。
「ぬほほほ、残念、人の脚ならば今の攻撃は効いたでごじゃるな。なにせ足の裏は広い。そこから攻撃されれば脚は破壊され移動は不可能となり、空間障壁を解除しなくてはならぬ。だが、このキャンサーは蟹の脚。六本の脚が身体を安定させて、しかも地面に触れる箇所は爪だけ」
切られた爪を持ち上げて見せるキャンサー。切られた爪の先は泡がポコポコと沸き立つと、その傷をあっさりと再生させてしまった。
「そして爪くらいなら簡単に再生できるのでごじゃるよ。なにせ蟹だから!」
「くっ、無敵の装甲……。ん?」
チートすぎるだろとアキは歯噛みをして——得意げなキャンサーの姿に目を細める。
なぜならば、キャンサーの身体が濡れていた。歩いた後にほんの僅かだが水が滴り落ちて床を濡らしている。
(やっぱり空間障壁には隙間があるんだ。だからこそさっきの水柱で濡れていた。だけどさっきは隙間がないように見えた。なんでだ?)
考え込むアキだが、キャンサーは待ってはくれなかった。ズンズンと床をゆらして突撃してくる。蟹なのに横走りではなく、普通に迫ってくる。
「最強たる麿の力がよく分かったでごじゃろう。黄泉の世界にて、麿と戦えたことを話のネタにするが良い!」
「くっ!」
鋏を振り上げて、アキに振り下ろしてくる。その攻撃をステップを踏んでアキは躱していく。空間を消失させる能力は恐ろしく、足元の石床がどんどん削れていき、穴だらけとなっていく。だが、キャンサーの攻撃はアキの素早さにはついていけず、空を切るのみだ。
脚を弛ませて、一瞬キャンサーの身体が沈む。
「子猫のように素早いでごじゃるな!」
『プレストタックル』
先程と違い、キャンサーの突進が砲弾のように加速して迫ってくる。なにせキャンサーは命中すれば倒せるのだ。体当たりでも良いとの判断だ。
「くっ! 幼女への体当たり禁止!」
『幻歩』
アキは姿をかき消して真横へと移動して、その攻撃からギリギリ逃れるとカードを翳す。
『火球』
カードが光ると業火が巻き起こり、キャンサーを包み込む。だが、その炎はすぐに消えてしまい、やはりキャンサーには焦げ一つない。
「ぬほほほ、無駄無駄無駄〜でごじゃる! このキャンサーに隙はない。そろそろ諦めるでおじゃる!」
余裕を見せて嗤うキャンサー。だが、アキはさっきの攻撃を見て理解していた。
(炎が僅かにキャンサーの中に入ったぞ! でもすぐに消えた。即ち隙間はある! わかった! キャンサーは隙間を作ってはいるが、換気扇みたいに積層型の空間障壁で周囲を守っているんだ。だから、素直には隙間に攻撃が入らないんだ!)
隙間が直線上にないから、通常の攻撃は防がれる。隙間に入れる攻撃が通用しても、積層型の障壁を閉じてしまえば、その攻撃を防げるというわけだ。
(無敵というだけはあるな。たしかに絶対的な防御壁だ。俺もこの攻撃を貫く方法がない!)
手持ちの攻撃方法では勝てない。手持ちでは。
(なら、ガチャしかないな!)
不敵に笑うと、アキはガチャコマンドを呼び出すのであった。




