92話 儀式でのボス戦は苦戦するよね
「ぬほほほ、愚かな虫がたくさんやってきたこと。このキャンサーの養分になりにきたこと嬉しく思うぞぇ」
妙にしゃくに障る甲高い笑い声をキャンサーはあげる。平安時代の公家のように白粉を塗りたくり、蟹の意匠のはいった着物を着て、扇子で口元を覆うという和の国とかにいそうな男だった。陽射しの暑さが凶器となる砂漠の国で見てるだけで暑苦しい姿だが、本人は暑くないのだろうか。
「くっ、これが囚人を集めていた理由か。罪なき人たちを集めて、力を抜き取っていたのか! いや、これは生命力なのかピヨ!」
力が抜かれて立ち上がることもできない雛子が悔しそうに呻くと、ますます高笑いをするキャンサー。
「そのとおりですよ、雛子女王。まったく貴女たちは殺さず生かさずに首輪を嵌めて生命力を吸い取っていたのに、なぜか首輪を制御していた祭壇が壊れて困ってしまいました。ですが、麿は不世出の天才。こんなこともあろうかと予備を用意しておいたのです」
「いったいこの祭壇はなんなのだ? ろくでもないことに使っているのだろうが」
「ぬほほほ! それすらも知らないとは哀れなる者ですね。これは星の光を集めて、キューブに凝縮する祭壇です。貴女も見たことがあるでしょう? なにせ、貴女の部族の戦士たちを殺していった力ですからねぇ」
「人々の命を生贄にそのような非道なことをしていたのか。この外道が」
「なんとでもお言いなさい。ピヨピヨと小人はさえずっていればよいのです」
「許せぬ! お前は——」
会話を続けるキャンサーと雛子を見ながらひっくり返ってヘソ天モードのアキは考える。
「もしかして、あたちシティアドベンチャーをスキップしちゃった?」
あまりにも展開が早すぎると、ショックの幼女だ。
たぶん本来の流れはというとだ。
カストールに拉致されて奴隷小屋に閉じ込められる幼女は、そこで雛子たちと出会い、雑用をしているキーナの助力をもって、酒場の悪人たちを倒す。1つ目のクエストだ。
次に雛子から首輪の秘密を聞いて、ヒヨコッコ族の悲劇を知り、なんとか首輪を破壊しようと街で情報収集する。そうしてキャンサーがなにやら怪しい祭壇を作っていることを知る。2つ目のクエストだ。
最後に力を合わせて祭壇に忍び込み、祭壇を破壊、首輪を外せた雛子と2つ目のクエストまでに仲間にした面々や町の人々と共に、キャンサーを倒すべく立ち上がる。最後のクエストだ。
そうしてレイドバトルで、キャンサーとボス戦となるのではなかろうか? きっと無敵の星座の戦士たちを回避しつつ倒せとか、そんな感じのクエストだったに違いない。きっと幼女の南大陸大冒険とかタイトルがついて、涙あり感動ありの大冒険となっていたはずだった。
だが、現実は酒場の悪人たちは出会った瞬間に皆殺しにして、『アイテム破壊』での連鎖破壊による首輪と祭壇の破壊、お金を忘れて無銭飲食による逮捕と牢獄からの脱出となった。
ゲームで言うと皆殺しカオスルートを選択し、全てのストーリーの設定をガン無視して突き進むようなものだった。幼女とマーモットの南大陸破壊の旅とかタイトルがつきそう。タイトルにマーモットをつけることで幼女に全責任はないよとのセコイ考えも薄ら見える。
「が~ん。クエストを3つもスキップしちゃった……。善人ルートを選んだからか……。あたちは頑張ったのに。長年の苦労して頑張ったのに!」
良い子な幼女は善人ルートを選んだと固く信じてショックを受ける幼女である。少なくとも自分の行ったことに疑問はない。実質南大陸に来てから半日も経過していないが、幼女にとっては長年なのだ。そして、あ~ちゃんはまだまだ食べられるよと靄をくるくると集めて、まぐまぐ食べて可愛らしい。
ガチャポイントを損したよと、しょんぼりするアキとは関係なく、シリアス極まる雛子とキャンサーの会話は佳境を迎えようとしていた。全然聞いてなかったけど。
「さぁ、貴女たちの命を使い、さらなる敵を駆逐するべく形成するキューブの姿を見るのです、ぬほほほ」
両手を天に掲げてキャンサーは自身の周囲の空間を歪め始める。
「このキャンサーの『空間歪曲』の力をご覧あれ! 新たなるキューブよ、生まれいでよ! このキューブを量産した暁には、世界は麿のものよ!」
ゲームなら、デデーンと壮大なBGMが奏でられそうな展開だ。人々から抜き出た光の靄が糸となって、魔法陣の中心へと集まっていく。そうして綿あめが集まっていくように寄り集まり、黄金のキューブへと変わっていき——フッと消えた。
「ん? なにか不具合か? もう一度でごじゃる!」
なぜ消えたのか分からないキャンサーはもう一度力を使いキューブを形成しようとする。が、キューブの形になったと思ったら、またもやフッと掻き消えた。
「??? 馬鹿なっ! 1号機と同じシステムのはず! 1号機では問題なくキューブは作れた。なぜ失敗するのでおじゃるか!」
形成されないキューブを前に、混乱してキャンサーは何度もキューブを作ろうとするが、全て途中で消えてしまうのだった。
「な、なぜでごじゃる? 魔法陣に不具合が……? デスマーチでデバッグをしないといけないのでおじゃるか?」
顔面を蒼白にしてグラウンドに輝く魔法陣を焦った様子でキョロキョロと見渡すキャンサー。そこにはシステムエンジニアの悲哀も垣間見えたりする。無駄だよ、プログラムに不具合がある場合は全てのソースを見直さないといけないから、ちらっとみただけでは分からないよ。無駄な足掻きというやつだ。徹夜確定、何回徹夜をすれば稼働しているプログラムを修正できるんだろうね。
まぁ、とはいえ今回は魔法陣の不具合ではないけどさ。
アキには見えていた。他の人たちには見えない要因が全て。
「むきー、そんなわけはない。麿の計算は完璧だ。も、もう一回だ!」
吐き捨てるように言うと、再度のキューブ作製に入るけど——
『またわたがしできたでしゅ! ふわふわ〜あまあま〜』
キューブが作製されると横からあ~ちゃんが奪い取ってかぶりついてしまうのだ。靄を集めるより、ちゃんと集まった綿菓子を食べた方が楽だと学習しちゃったらしい。おいしい、おいしいとあっという間に食べて、次はまだかなとワクワクして待ってたりします。
そして、アストラル体なので、アキ以外には誰も気づかれないあ~ちゃんだ。苦労して作っただろう魔法陣を狂ったように稼働させるキャンサーには少し同情してしまうな。
とはいえ、そろそろ他のみんなは倒れ伏して限界っぽい。動く時だろう。
『シャドウストーカー召喚』
影術階位3のシャドウストーカー。影が実体となり敵に気づかれないで殺すモンスターレベル3の暗殺用の召喚獣である。影術階位6の俺なら2体喚び出せる。
(いけ、シャドウストーカーたち。無防備なあいつを殺せ)
必死になってキューブを作製しようとして、完全に無防備なキャンサー。どう見ても魔法使いタイプだし、ナイフの一突きで終わりだ。情け容赦なく、正義の幼女はキャンサーの暗殺を命じる。
幼女の影が分裂し2つになると、スルスルと地を這いながらキャンサーに近づく。シャドウストーカーはスライムのような黒い粘体で、その身体を変形させて武器へと変えられる。それだけなら最強じゃんとなるが、実のところ打たれ弱くて、魔法を数発受けただけで消えてしまうモンスターだ。
しかし不意打ちにはベストなモンスターであり、キャンサーの目の前に迫ると腕を槍のように振るい、キャンサーの身体を突き刺すのであった。
「レイドバトル終了でしゅ。魔法使いが相手だと楽で良いでしゅよね」
うんせと起き上がると、埃をパンパンはたいて、アキはキャンサーを見る。これでクエストクリアだろう。スキップしなければ、3つはあったはずなのになぁ。
キャンサーの持っているアイテムでも漁るかと、善人な幼女は溜め息をつくが——
「ぬほほほ、なるほど、どうやら私の作った魔法陣の効果を免れている者がいたでごじゃるか。ふむ、年齢による効果範囲外とは、少し予想外だったでごじゃるな」
「なぬ!? 生きてるのか! シャドウストーカー、奴をころしぇ!」
死んだはずのキャンサーの声に、すぐに気を引き締めると、少し噛んだけど指示を出す。
躊躇いもなく、指示を出す幼女に従い、シャドウストーカーたちが再度腕を槍に変えてキャンサーを突き刺す。間違いなく突き刺したのに……グラリとシャドウストーカーの身体が揺らぐ。
「むむ!? シャドウストーカー?」
揺らぐシャドウストーカーの腕。キャンサーを突き刺した腕は半ばから消えていた。切られた様子も魔法を受けた感じもしないのにだ。
「ぬほほほ、驚いたでおじゃるか? なぜ不意打ちが失敗したかを考えてるでおじゃろう?」
2体のシャドウストーカーを両手で掴み、持ち上げながらキャンサーは嗤う。粘体とはいえ、シャドウストーカーはそこそこの体重があるはずなのに、魔法使いが軽々と持ち上げるとは……。
「麿も儀式魔法を使う際に無防備となるのは理解していたでおじゃるから、予防策を取っていた。そういうことです」
持ち上げられて暴れるシャドウストーカーたちが、身体をハリネズミに変えて、キャンサーを突き刺すが、まったく微動だにしない。それどころか、突き刺したはずの変形させた針が消失していた。
「……どうやら、普通じゃない防御策をとっているようだね、幼女にこっそりと教えてくれない?」
ここにきて、アキはふざけるのをやめた。こいつからはやばい臭いがプンプンしてくる。かなり危険そうな敵だ。
しかもゲームでは出てこないから、そのスキル構成がさっぱりと分からないときた。
「ぬほほほ、ぬほほほ、そうでおじゃろう。そうでおじゃろう。恐怖せよ、下等生物。麿は人間から進化した存在!」
シャドウストーカーを強く握りしめると、その頭を消し去り、哄笑する。そうして、キャンサーの身体から星の光が生み出されるとその身体を変形させていく。
『第二形態:キャンサー』
そうして家屋ほどの大きさの蟹に下半身が変わり、上半身の人間部分のキャンサーが告げてくる。
「ぬほほほ、麿は半神。空間を操るキャンサーの力。絶対無敵の『空間障壁』。触れたら最後消失するのみのスキルがあるのだ!」
どうやら、あ~ちゃんが食べた蟹は小さかったらしいね。主菜はまだ残っていたわけか、面白くなってきたよ。




