91話 暴動よりも革命のほうが響きは良い
大勢の人々が石造りの通路を駆けていく。松明の炎に照らされて影が揺らめき、乾いた足音がうるさいほどに響き渡る。
「はしれ、皆走るんだ!」
「罪のない俺たちを捕まえやがって!」
「ワーワー! とにかく数で攻めるんだ!」
そして駆ける人々の熱意は最高潮であり、もはや熱気がオーラのように視認できるほどだ。
『あ~ちゃんも、あ~ちゃんも、おーおー! おまつりだからおうたをうたうね! おうたきかせたげる!』
『星歌:戦意無謀的向上』
そして、お祭りだと勘違いしたあ~ちゃんが、ウキウキと嬉しそうにお歌を歌う。その不思議なメロディーと体の奥底から湧き上がる力に人々の瞳が真っ赤となり、戦意が赤いオーラとなり、空間を支配する。
「オラオラオラ! 俺たちゃ無敵だ!」
「立ち塞がる敵は全員倒してやる!」
「湧き上がる万能感! ふはは、やれるっす! あだっ、あだっ、ちょっと待ってあだっ」
燃える人々が獣のように叫び、カストールがコケて皆に踏まれてゆく。そうして、通路を進むと異変に気づいた看守たちが槍を構えて飛び出してきた。
「ぬっ!? なんだ、貴様らっ! いったいどうやって牢屋から逃れたのだ? 止まれっ! な、なんだこいつらの気迫は!?」
怯みながらも看守たちは槍を構えて通路を塞ぐ。それを見て、雛子が一足早く先頭に進むと、口を歪める。
「ふっ、戦意だけでは怪我をしそうだな。民が傷つくのは心が痛む。我が片付けるとするか」
前傾姿勢となり駆ける雛子は、人々より遥かに速く、力強い踏み込みで床を蹴りながら看守に迫っていく。
「ぬっ、ここは通さぬ!」
「その意気は良し! だが、相手を見てからにせよ!」
不敵に笑うと、駆ける雛子の手のひらがボウと炎を噴き出し、炎は腕に絡みつき纏われる。その熱気は空気を蜃気楼のように歪めて、離れていても熱さを感じさせる。
そうして円を描くように腕を振るうと、その力を解き放つ。
「さて、我の力を見せてやろう。燃え尽きても泣くなよ?」
『フェニックスアロー』
解き放たれた炎はフェニックスへと姿を変えて炎の翼を広げると通路を埋め尽くし、頭をもたげて看守たちに向かっていく。
その超高熱の炎を前に槍を構えていた看守たちは恐怖の表情で怯え、フェニックスの炎に巻かれるのであった。
「ぐはぁっ、熱い熱い!」
「ぎゃあああ」
「身体が、身体がっ」
炎の竜巻が着弾すると生み出されて、看守たちは悲鳴を上げて転がる。転がる?
「あれ? あっという間に灰になると思ってたんだけど、意外と燃えないね?」
「看守たちは雑魚だ。ここで、殺しても仕方あるまい。今の魔法は威力をただの炎の矢まで下げてある。死ぬことはなかろうよ。ピヨピヨピヨピヨ」
「むぅ、炎の魔法の威力を変えられるのでしゅか」
なんでもないように笑う雛子に、アキは少なからず驚く。なにせ魔法は物理攻撃と違って威力を変えることは難しい。たとえて言えば、パンチは加減ができるが、銃は手加減できないのと同じだ。銃弾は常に一定の威力しか出せないことと同じである。
「くくっ、驚いたであろう? これでも少し前までここの領主軍と戦争をしていた部族なのだぞ? その部族の長が弱いわけあるまい。いわゆる……将軍級というやつだ! ピヨ!」
「とりあえずピヨをつけ忘れることはわかったよ」
不敵に笑う雛子の凄みに、とてててと走りながらジト目となるアキ。内心は将軍級かよと驚いてはいたが、それ以上に気になることがあった。それはと言うとだ。
「あたちも格好いいところを見せたい! なにかなにかないかな? せっかくの自由な南大陸、活躍したい!」
自由を得て、悪役令息のくびきから放たれたアキである。ぐぬぬとほっぺを膨らませて、活躍したいと考える幼女であった。だが、目立つ方法はあるのだ。
それすなわち、カードの力である!
皆と共に薄暗い通路を走り、カードホルスターに手をかけて幼女はむふんむふんとチャンスを狙う。
「どうやら出口が近い。今度は手加減は難しそうだピヨ」
出口から陽の光が差し込み、雛子が楽しそうに言う。たしかに大勢が待ち受けている気配がするな。
なら、このアキ・アスクレピオスが一番乗りだ!
「とーちゃく! 一番乗り〜」
ちっこい足を踏み込み、といやっとジャンプして外へと出る。そこは壁に囲まれた石畳のグラウンドであった。こけるととても痛そうだ。
「止まれ、脱獄犯め! この人数を前に暴動などうまくいくと思ってたのか?」
そして、大勢の兵士が革鎧に槍を構えて完全装備で待ち受けていた。先頭の隊長は人数差があっても自分たちは負けないと思っているのだろう。余裕の態度で顎をしゃくる。
「それはどうかな? このあたちの力を見てから言ってよね!」
『魔力弾2連』
カードを二枚取り出すと、敵に向けて投擲する。空中でカードは青く光ると魔力弾となり隊長へと命中する。
「ぐふっ、こいつ躊躇いもなく!?」
「そうかなぁ? 少しは考えたよ」
『幻歩』
アキは一瞬で仰け反る隊長との間合いを詰めると小さな拳を握りしめて嗤う。
「な、な、いつの間に!」
間合を一瞬で詰められて驚愕の表情となる隊長へと幼女パンチを食らわす。ぽすんと軽い音がして、まったくダメージは与えられない。筋力1の悲しさだ。その弱さに落ち着きを取り戻す隊長だが、安心するのはまだ早かった。
『生命吸収』
触れた箇所から生命の光が靄となり、アキのお手々に吸収されていく。
「ぬ、ぬぬっ、こ、この魔法は!?」
「ふふふ、どんどんいくよ! 幼女ペチペチあたっーく!」
『生命吸収』
『生命吸収』
『生命吸収』
アキは踊るように舞いながら、ペチペチと隊長にタッチしていく。その姿は幼女が遊んでいるようにしか見えない。隊長は幼女のお手々を躱そうとするが、先回りしてペチペチと叩く幼女の攻撃を躱すことはできない。
「ち、力が、ぬけて、いく……」
その効果は如実だった。隊長の顔色がみるみるうちに青白くなり、身体がふらつき持っていた槍を取り落とすと、膝をつく。
その様子を見て、ふふっと笑うとアキは踊るのをやめる。
「あたちの踊りの代価はいただきまちた。影術階位6の『生命吸収』のお味はどうでちた? 紳士たちなら我も我もとお願いしますと言ってくる魔法だったけど」
怪盗の腕輪の能力。敵を傷つけることがないようにと盗術6ともう一つあった影術6の能力だ。むふんむふんと平坦なお胸をそらして自慢げな幼女である。
目立った? 目立ったよね?
チラチラと周りを窺うと乱戦となっていた。アキの様子を見ている人がいない。
「なんか地味っすね。それに威力もたいしてないですし。グワッ」
『生命吸収』
一人だけ戦闘に加わらずに観戦していたカストールが気にしていたことを言うので幼女タッチ。分かってた、分かってたよ。『生命吸収』は敵のヒットポイントの1%程度しか吸収できないからね!
「この槍は私が使わせてもらう」
キーナがアキの横を走り抜けると、隊長が取り落とした槍を蹴って空中に浮かせると手に持つと、構えを取る。
「キーナ・ルプス、参る! 我が槍さばきをとくとみよ!」
『疾風突き』
踏み込みと同時に槍を敵へと向けて突く。風を纏わせての高速の突きが看守に突き刺さり、鮮血を撒き散らす。
「おのれっ!」
他の看守たちが倒された仲間の姿を見て、怒りを露わにキーナへと向かう。槍により左右からの突きを繰り出す看守たちに、キーナは冷静なる態度で迎え撃つと、あえて踏み込み、突きの合間を抜ける。
「甘いわっ! このキーナの力を甘く見ないでもらおう!」
『エイミング』
裂帛の叫びとともにキーナは槍を車輪のように回転させて、二人の看守を吹き飛ばす。そして槍を右に左にと鋭い動きで振り回し、他の看守たちをバッタバッタと倒していく。
騎士級という力にふさわしい実力だ。ちょっとキーナの力を低く見ていたかもしれないな。
「ふ、これは負けられんな。ピヨピヨ!」
「ぐわっ、なんて怪力だ!」
「止められんぞ、なんだこいつ」
「盾が砕かれた!」
その様子を見て、雛子がピヨピヨと鳴きながら、看守たちをパンチだけで倒していく。看守たちは防ごうとするが、盾を砕かれ槍をへし折られ、革鎧を凹まされて、次々とその怪力により吹き飛んでいく。
「俺っちもやるっすよ! うぉぉ、うぉぉ、うぉぉ。こっちに来るなっす。うぉぉ」
そして、カストールは壁際で叫ぶだけだった。やると言ってても口だけヤローである。戦闘が怖いのか、看守たちが迫ると、走って逃げ出す始末だ。
将軍級の雛子と騎士級のキーナ。この二人を中心に看守たちの陣形を崩して、戦況は囚人たちに傾き始める。幼女も懸命に『生命吸収』でのペチペチ攻撃をしていくけど、地味な魔法なのでまったく目立ってなかった。
これはもっと目立つカードを使うか、ガチャでなにか目立つカードを狙おうかなとろくでもないことを考える幼女。やっぱりガチャかなと、そーっとガチャコマンドに手を伸ばそうとして——
『キャンサーの祭壇』
突如として石床が光ると、魔法陣が描かれて、皆を照らす。
「ぬ? こ、これは!? 力が封印されていく…」
「この感触は首輪と同じ……いや、それ以上か……」
「『生命吸収』の威力を百倍くらいにしたような……立っていられないっす」
そうして雛子たちが膝をつき、その身体から靄のようになにか光るものが抜き出てきて空中に浮いていく。
「な、なぜ、我らまで……」
驚くことに看守たちも倒れていき、グラウンドにいる人々全員が倒れていく。
「ぬほほ、これはこれは。儀式をやる手間が省けたというものですねぇ」
そしてグラウンドに顔を真っ白な白粉で塗りたくった男が入ってきた。気色の悪い笑い声をあげて、ゆったりとした着物を着た痩せぎすの男だ。
「くっ、其奴はあの首輪を作った魔導士、だ……」
悔しそうな雛子の声に反応してこちらへと顔を向ける男。
「ぬほほ、誰かと思えば雛子女王ではないですか。奴隷として売ってあげたのに、こんなところにいるとは。首輪がなぜか壊れましたが、それで力を取り戻して調子に乗っていたようですねぇ。なのに儀式場にわざわざくるとはおバカさんですねぇ」
バッと扇子を広げると口元を隠して粘着質な笑い声をあげる男。
「貴方たちの生命力はこの偉大なる世界の革新者たる清盛・キャンサーが使って差し上げましょう。ぬほほほ」
どうやらここはなにかの儀式場だったらしい。そこにノコノコと入り込んじゃったのか。
アキは地面に伏して、唇を噛むのであった。
『あきちゃん、みてみて、わたがしたくさん。だいじょうぶ、ぜんふたべりゅから。あ~ちゃんたべることできるから』
靄を掴んでは綿菓子のようにモニュモニュ嬉しそうに頬張るあ~ちゃんが見えるけど、見ないふりをしておこう。
ここは空気を読んで、アキもヘソ天でひっくり返って呻くのだ。コロンと転がりお腹を見せて子猫のヘソ天だ。
なぜかこの魔法はまったく効果がないけど、幼女は周りと歩調を合わせられる良い子だからね。




