9話 改めて転生したらしい
「う、うーん………え、マジでルックスY? 可愛らしい姿だけど、チェンジは無理なのかぁ」
どうやら夢ではなかったらしいと、ケイが用意してくれた洗面器に映る自分を見てアキは唸った。
蜂蜜色のフワフワヘアー。肩まで伸びて手櫛でもまったく指に引っかからない滑らかさ。パッチリおめめは人懐っこそうで、小動物のような可愛らしさを醸し出す顔立ち。細っこい触れれば折れてしまうような小柄な体躯に短い手足。どこからどう見てもルックスYだ。幼女だ、紛れもなく幼女だ。
『あたち、あ~ちゃん。あきちゃんおあよ〜。ねーねー、あ~ちゃんもそとにでたい、そとにでたい!』
『むむむ、おあよ〜、あ~ちゃん? もしかして本来の幼女の自我かな? 今は忙しいから少しお休みしていてくれ』
『あいっ! あ~ちゃんはよいこだからまってりゅね』
驚きと動揺で心が揺らぐと、あたちの出番でしゅねと幼女の自我がおっさんを押しのけようとするので、深呼吸をして心を落ち着ける。あ~ちゃんか………。なるほどなぁ、これ幻聴? 本物っぽいから、今度お話するとしよう。
おちつくなー、落ち着くなー、動揺して幼女に完全になるのだーと、紳士諸君の呪いの声が聞こえてくるが、こっちはきっと幻聴である。
正直言うと昨日は体が溶けて再構成するという激痛と、転生したという混乱、そして、ゲームはスタートダッシュが必要だろと考えて、ろくに自分のことを顧みずに行動していた。でも、スタートダッシュは重要なんだ。破邪の剣を大量に買っておくと、金銭的に楽になるんだと、他のゲームでも教訓を教えてくれているんだ。
なので、後悔はまったくない。おぼろげに大量の金貨を手に入れたような気がするし。経験点もたくさん入ったはずだ。
幼女の身体が慣れないけど………。ちっこい体もトイレとかも慣れるの大変だ。けれどもアキはゲーム感覚なので、他に気になる事があった。
「幼女らしい言動をとればいいかな? いや、どーせ半分は幼女の自我なんだ、適当でいっか。それよりもログボはないのかな?」
ガチャあるところに毎日のログインボーナスありと、ステータスを呼び出してペチペチ触る。ログインボーナスや初心者キャンペーンボーナスなどのありがちなサービスを調べるが、残念ながらどこにもログインボーナスも初心者キャンペーンボーナスももらえた形跡はなかった。
自分が幼女になったことよりもログインボーナスを探すアキである。
隠しジョブでの仕様変更。そこまで期待するのは無理だった模様。落ち込むが、そこまででもない。あくまでオマケ要素なんじゃないかと思ってたしね。
膝をついて、丸まりながら平気だもんと呟く幼女である。本当に平気だもんね。
「それにしても、藁のベッドって新鮮だよな。チクチクして寝にくかったけど」
小さな村だ。一軒だけの宿屋兼酒場は狭い部屋に藁の上にシーツを敷いたベッドであった。始めての体験でワクワクしちゃうよ。こんなの日本では絶対に味わえない。
「アキ様、お顔を洗いましたか?」
「あぁ、終わったよ。でも、こーゆーのって、メイドがやるんじゃないの?」
ノックとともに入ってくるケイに問う。だって異世界小説ものだと、顔を洗ったり服に着替えたりするのはメイドがやってくれていたんだ。少し憧れていたんだよ。
「ウ~ン、コブターンは自分でやることを好んでいたんです。たぶん悪魔だとバレないためでしょう」
顎に人差し指をつけて、呪われた設定をふざけて言うケイをきろりと可愛らしいおめめで睨む。
「おまえ、それ絶対に外で言うなよ。あたちが悪魔に呪われていて、昨日ようやく呪いを解いたことがバレちゃうだろ」
まぁ、悪戯な設定だから、誰も信じないだろうけどさ。
「は~い。で、お手伝いをしたほうがよろしいでしょうか?」
「………自分でやるからいいや」
日本人気質というか、他人にしてもらうほうが面倒くさそうな気もするので断っておく。正直、ベタベタ体を触られて服を着させられるって、気持ち悪いと思うんだ。スーツの上着を買う時に、店員が試着でお手伝いをしてくれるけど、それも嫌だったもん。
手早く服を着て、布で顔をぐるぐる巻きにすると、謎の幼女の完成だ。これで身バレはしないだろう。
実際はボロい宿屋で薄い壁なので、悪魔に呪われて云々が外に聞こえていたが、アキたちは幸か不幸か気づかなかった。それを聞いていたソロジャが大変なことを聞いてしまったと大興奮して、口を噤む必要があると決意していたのは誰も分からなかった。ヒャッハーたちはふざけているなとわかっていたので、忠告する人は誰もいなかったりしたのだ。
「おあよ〜、皆昨日の疲れはとれた?」
「おはようございます、お嬢。もう全員完全回復しましたぜ。あ、でもシスターたちが、村人に頼まれて癒しの魔法を使ってます」
神官がいると聞いて、外は行列である。少なくとも徴収した銅貨の千倍以上の働きはしていると思われた。が、アキはまったく気にしない。ゲーム的感覚で、魔力があれば出し惜しみする必要はないと考えているからだ。そのおかげでヒャッハー傭兵団の評価はうなぎのぼりである。
「ふ~ん、いいんじゃない。魔力を使い切らないように注意しておいてね」
今にも崩れそうな階段を降りながら、既に席に着いている人たちにアキは挨拶をして、自分も空いている席に座る。
「あいよ、昨日の肉だよ。たっぷりと食べておくれ!」
すぐに女将さんがじっくりと焼いたステーキとゴロゴロ肉が入ったシチュー、そして黒パンをテーブルに置いてくれる。
じぅじぅと焼けて湯気が立つステーキにゴクリと喉が鳴る。異世界料理だよ、異世界料理。いざ実食。ふんすふんすと興奮気味にフォークをぶすりと刺して、ステーキを一口パクリ。
「………なるほどね。これがステーキ………」
ふんふん、豚肉よりも硬いが旨味があり獣臭い。これは猪の肉か。ウ~ン、ウ~ン、塩味がきいていて、焼き過ぎで硬い。あと獣臭い。香草とバターが欲しい。匂い消しにコショウやナツメグがあれば美味しい………かも? シチューは煮込みすぎて野菜の姿が見えないし、薄い塩味なのに猪肉を大量に入れてるから獣臭い。全部獣臭い。
「香辛料って、そうか高いのか。塩も高いの、女将さん?」
「へぇ、そのとおりでございます。岩塩はちっと高いもんでヘヘッ」
たぶん高貴なお嬢様に、貧相な食べ物を出して、女将さんは恥ずかしそうに頭をかく。
アキはこの世界の設定を思い出す。ありがちだけど、香辛料は南大陸から仕入れているから高いんだよ。反面、砂糖は糖度の低い甜菜だけど、砂糖を抽出できるから少し高いだけだ。とはいえ、砂糖も高いから、こんな村では使えないだろう。とすると醤油も味噌もないし、味付けは塩のみとなる。しかも貴重なら、薄味になるのも当然だ。
塩田は人が大勢必要な上に、凪いでいる海と、広い浜辺が必要だ。アスクレピオス領では無理な話なんだろう。お金になりそうなのになぁ。どうにかなんないか調べてみるか。記憶にメモをしておいてと。
「ステーキと黒パンあげるよ、ケイ」
シチューは飲めたけど、ステーキは硬すぎて幼女では無理。獣臭くて無理。
「ええっ、ありがとうございます、アキ様。アキ様に仕えて初めて良かったと思います」
「安い感動だな〜。たくさんお食べ」
これでもご馳走なのだ。ケイは感動して夢中になって食べるので、不味いからとか言えない。黙っとこっと。
「それでと、え~と、ソロジャさんでちたっけ? ハウマッチ? いや、いくらぐらいになりまちたか?」
それよりも金貨だ。借金返済の第一歩。アキのことばに居住まいを直し、ソロジャは真剣な顔となると、貴金属をいくつかテーブルに置く。
「全て確認し、合計2000枚にはなると思います。しかし………」
なにかまずいことがあるようで、言い淀むがソロジャは迷いながらも口にする。
「いくつかの貴金属は家紋が彫られておりました。アスクレピオス領の周辺の貴族の家紋です。恐らくは盗んだのでしょうが、家紋入りは足がつきます。どこの盗品屋も買い取らなかったのでしょう」
「ほーん………。これらをどうするかってことだね」
「そうです。よろしかったら、代行して全ての貴金属を返還いたしますが、いかがいたしますか?」
椅子にもたれかかり、キィキィと鳴らし、そのまま倒れそうになりながら幼女は考えこむ。ちょっと手足が短いのでかっこよく椅子を軋ませることできないや。
ここで無料で返せば、アスクレピオス家への好感度が上がるだろう。いわゆる損して得取れというやつだ。でもなぁ、悪役令息的には、つまらない選択じゃないか?
『悪逆非道』よ、俺を導いてくれ。ちらりと指輪を見る。よくよく見るとゲームで見慣れた指輪やネックレスだ。腐る程見た覚えのある貴金属類。その値段は覚えている。アクアストーンやフレイムストーンなどのなんちゃって宝石の嵌められた魔導具で、『発火』や『水創造』を使える最低の魔導具である。金貨一枚くらいの安物だ。
「一つ金貨三枚で売るように。一枚はソロジャさんのポッケに入れて良いよ。出元不明、盗まれたことを忘れないと売らないよと伝えておいて」
3倍にして売ってやろうと、ウケケと笑う小悪魔幼女。そこに容赦ないのだ。
「ええっ、それでよろしいのですか?」
ソロジャの驚いた顔に、そうだろうそうだろうとクフフと含み笑いをしちゃう。ボッタクリも良いところだからね。
『クエスト:手に入れたアイテムで暴利を貪る。経験点三千取得』
予想通りに『悪逆非道』は力を発揮してくれた。どうせ傭兵団の行うことだ。バレても俺は知らないもん。魔導具が返ってきたことを喜んでくれ。
アキは暴利を貪ったと笑っていたが、ソロジャの内心は違った。
(これらは魔導具だ。金貨10枚はする上に家紋が入っているから、その数倍、恐らくは百枚くらいで盗まれた貴族は買い取るだろう。なにせ山賊ごときに盗まれたとあれば恥になるから。それをたった三枚で売って貸し借りをゼロにしつつ相手の体面を保つために、盗まれたことを無しにするとは! この方の器はなんと大きなことか)
アキが聞いたら褒め殺しかなと疑うほどに、称賛していた。勘違いも甚だしいが、アキは『悪逆非道』が暴利だと認めたので、安売りしているとは思いもしなかった。これはゲーム内ではアキの言う通り金貨一枚だったが、それは王都など魔導具が手に入りやすい状況での価格。辺境ではもちろん値段は上がり、しかも家紋入りで価値が上がっていたのだが、そこまでシステムは対応していなかったことが原因だった。
(借金に困っているアスクレピオス家に麒麟児が生まれたか。そうか、これほどの大器だからこそ、悪魔に呪われたのだな。ふふふ、面白くなってきた、これはしばらくはアスクレピオスの領都にいるとしよう)
そうしてソロジャの重なる勘違いと、魔力は回復するからタダでいいでしょと、癒しの魔法を使いまくるシスターのお陰で、アスクレピオス侯爵家の名前は徐々に噂され始めるが、幼女は次の金策の前に、家に戻って借金の額を確認するかと考えていたのだった。




