86話 船を手に入れた後はどこに行こうか迷うよね
南大陸はこの世界では中東のような雰囲気だった。まぁ、前世では中東に行ったことはないんだけどね。映画とかでよく見るから、勝手にイメージが出来上がってる。石油、砂漠、飛空艇といったイメージだ。飛空艇は違うか。
降り注ぐ日差しはギラギラと暑く、マンホールがあれば目玉焼きができるだろう。雑多な人々は半袖短パンではなく、反対に通気性の良い長袖に長ズボン、ターバンを被り日差しから皮膚を守っていた。
「おぉ、これは外国に来たって強く思うなぁ。あちー、茹で幼女になっちゃうよ」
優しい青年の後ろをてこてこと歩きながらアキは感嘆の声をあげる。浜辺で助けられて移動したのだが、丘を越えるとすぐに港街が一望できた。
亜熱帯なのだろう、シダ類が繁茂して、椰子の木が生えている。空気は乾燥しており、丘の上から眺めたときは、建ち並ぶ家屋が北大陸と違い窓が大きく、豆腐のように四角いだけの簡素なものが多い。奥にはアラビアンナイトに出てきそうな玉ねぎ型の屋根がある宮殿と果樹林、そして宮殿を盾にして、さらに奥にはオアシスが見えた。
そして、後ろを振り向くと、地平線まで伸びる砂漠が続いており、この地がオアシス頼りの酷く生存圏が狭い場所だと分かる。砂漠には岩のように大きな蠍や、その蠍を地中から飛び出てきたデザートワームが一口で食べ、砂を遊泳する恐ろしい光景もあった。
「砂漠はヤバいな。今のあたちだと一口で食べられちゃうよ」
踏み込む地面は乾いており砂に近い。足を取られて苦労をしながら進む。なにせ、ステータスオール1なのだ。オヤツのように軽く食べられるに違いない。
「まきゅまきゅ」
頭の上に乗せたマモが普通のマーモットのフリをして鳴く。わかる、なんて言ってるのか分かるよ。その時は幼女の代わりに食べられるよと言っているんだ。優しいペットである。
『違うまきゅ!? その時はマモのカードを外しておいてっていう意味!』
なにやら幻聴が酷いが、スルーしてステータスを確認する。
アキ・アスクレピオス
職業:カードマスター
ガチャポイント:11000
固有スキル:悪逆非道、偽人魚変身
星座スキル:アスクレピオス
ジョブスロット:ファントムマスター
攻撃力:400
防御力:700
装備スロット:盗賊の腕輪
装備スロット:
仲間スロット:ヒャッハー山賊団
仲間スロット:魔ーモット
エクストラスロット:錬金工場
航海する前に武器や剣豪の腕輪は外して無限ポシェットに入れておいたのが失敗だった。今振り返ると馬鹿なことをしたと思うけど、無限ポシェットという宝物を手に入れて、手当たり次第に仕舞ったのだ。幼女って、そういうところが本能としてあるよね?
(まぁ、武器が無いのが痛いけど、ファントムマスターも盗賊の腕輪もあるしなんとかなるか。さっき手に入れた魔法カードもあるしな)
か弱い幼女だけど、最低でも逃げることはできるかなと思いつつ、丘から降りて街へと向かう。近づく街の様子はアラビアンナイトといった感じだが………。
(うん? なにか変だな?)
街の前に辿り着き、怪訝な顔で可愛い顔を顰めてしまう。なんで変なのかというとだ。
『なんで砂漠の街なのに、魔法樹で作られた街壁使ってるまきゅ?』
鼻をひくひくさせて、マモがアキより先に違和感に気づいて思念を送ってきた。そのとおりだ、街を囲む外壁は石でも砂でもなく、樹で作られていた。立派な大木を積み重ねて、蔦で結んでいる。魔力を感じるのでマモの言う通り魔法樹なのだろう。砂漠でこんなものを扱うなんて、宝石の壁を作るようなものだ。変だよね?
『まぁ、その理由を調べるのは後でで良いよ』
街壁を眺めているアキとは別に、青年は門番と話しており、話がついたのかニッコリと人の良さそうな笑みで手招きをしてくる。
「ほら、街に入ろう。その様子だとこっそりと出たんだろ? 門番さんにはちゃんと伝えておいたから安心して」
「はぁい、ありあと〜、おにーちゃん!」
幼女スマイルでアキは青年と共に門をくぐる。初めての南大陸の街だ。ゲームでも訪れることのできなかった場所なのだ。存分に楽しまないといけないよな!
「君の家まで送ってあげるよ。えぇと名前は何というのかな?」
「えと……あたちは……」
どんな名を名乗ろうかと迷い、フト思う。ここは南大陸で、ゲームストーリーとは隔離された世界だ。ということは……。
(俺は悪役令息ルックスYとして、悪辣な行動を取らなくても良いのではないだろうか? 悪役としての重圧、心苦しいけれども人々を謀略にて倒していたあの辛い生活をしなくても良いのではなかろうか?)
アキは南大陸にて自身が自由になったのではと気づいた。たぶん悪役令息のせいで悪辣な殺せ殺せ幼女が誕生していたと思うのだ。
(今の俺は自由! 素直で無邪気、善人でお人好しの幼女に戻っていいんだ! 正直者で笑顔の可愛い幼女に!)
自由を感じて、アキは陽射しが降り注ぐ中で自然に笑顔となった。そうか、ここでは元の性格で良いんだ。
「あたちはロデーだよ、おにーちゃん。おとーさまとおかーさまは海の向こうにいるの! あたちはおとーさまたちと暮らすまで、非常食のマーモットと一緒に暮らすんだよ!」
「脱出まきゅ! 仲間カード解除!」
でっぷりとした肉付きの良いマモを掲げて名乗ると、マモが激しく暴れてステータスボードを呼び出して、カードを外してしまった。まさかの介入ができるのかよ!
姿が消えて、ヒラヒラと舞い落ちるマモのカードを素早くカードホルスターにしまいながら舌打ちする。今は無一文だからマモだけが頼りだったのに!
「あ、あれ? 今動物が消えたような?」
「逃げちゃった。仲良しだと思っていたのに」
目をこすりながら怪訝な顔となる青年に、しょんぼりとした顔で呟くアキである。
「そ、そうかい? 目の前で消えたような……ま、まぁ、良いか。そうか、ご両親は海の向こうに住んでるんだね。おうちもないのかな?」
「どこでも寝れるから大丈夫! あたちは良い子だもん! おとーさまやおかーさまにも良い子だねって褒めてもらえるもん!」
正直者でお人好しに戻った幼女は笑顔で答えて、青年はニコニコと笑みを深める。
「そうかい、そうかい。それじゃ、僕の家に来ないかい? 君と同じ年代の子供たちもたくさんいるんだ。一緒に仲良く暮らせると思うよ?」
「わ~い! あたちと同じ歳の子供たち! いきましゅ!」
『あ~ちゃんも、あ~ちゃんも! あ~ちゃんもたくさんおともだちつくりたい! あとでアキちゃんかわってね!』
大喜びの大興奮で飛び跳ねる可愛らしい幼女だ。愛らしい顔を輝かせて、通りすがりの人たちも思わず顔を緩めてしまう。
「それはよかった! それじゃこっちだよ!」
ワイワイと人々が歩く通りを青年は足早に進む。市場とかを見たかったけど、細い路地に入っていってしまうので、ちっこい手足を懸命に振って頑張ってついていく。もう少し幼女に優しい歩みにしても良いのに、気の利かない青年である。
石造りの建物は少ない土地を有効活用するためだろう、二階建てや三階建てが多いが、その中にも枯れた大木に寄り添うように建てられている木造の家屋がそこかしこに存在することに不思議に思う。
しかも大木と言ってもビル並みに大きく幹が太いものばかりだ。乾いた空気、赤土が露わに地面を占めているのに変な話だ。調べてみたいなぁ、なんでこんなのがあるんだ?
「どうしたんだい? ほら、こっちだよ、こっち」
「まってぇ〜」
建物の影で薄暗い路地に入った青年がニコニコと手招きするので、慌てて転げるように幼女は追いかける。そうして、やけに埃っぽい奥にある古ぼけた木のドアの中に入っていく青年の後に続くと——
そこは楽園だった。分厚い木のテーブルや椅子、燃える蝋燭の獣脂が鼻につく。そして、一目で善人だと分かる傷だらけの顔のごついおっさんや、仄暗い目つきをしている青年、化粧を塗りたくった女性やナイフを持って、部屋の隅に置かれた鉄の檻に面白そうに投げる人たちが部屋にはいた。
酒場なのだろうが、酸っぱい臭いがきつく、汗臭い。
「ヒュー、やけに面白そうな奴じゃねーか。よくここに連れてきたな? ふふふ、でしゅ」
なので、アキは口を窄めてフーフーと口笛もどきを吹いて、キラキラと目を輝かせちゃう。なんて楽しそうな場所なんだ、ありがとう青年!
「あっ! お、お前は!?」
おしゃれな鉄の首輪を嵌めた少女が驚いた顔でアキを指差すが、周りの男たちの声の方が大きかった。
「なんだ、その幼女は? 随分面白そうな奴を連れてきたじゃねーか。俺らのセリフだってーの」
「そうそう、色白だな。幼い奴を買うのもいるから、高く売れるぞ」
「ナイフ投げの的にしたら、楽しそうに叫びそうだ」
「新たな奴隷追加〜」
ゲラゲラと嗤う男たち。その下衆な顔が実に俺の心の琴線に触れるぜ。
「悪いっすね、ロデーちゃん。まぁ、野垂れ死ぬよりもマシな生活だと思うっすから僕を恨まないでくれよ?」
連れてきてくれた青年が嗤うが恨むわけないじゃんね。
「ありあと〜、おにーちゃん。おうちを用意するのに困ってたんだ」
『霧の道化団』
笑い返しながら、アキは魔法を使う。霧がアキを中心に広がっていき、男たちが戸惑った顔へと変わる。
『悪逆非道が発動しました』
「首輪をつけている人と檻に入っているもの、あとそこの青年以外は皆殺しにしろ」
ちょっと散歩でもするように指示を出すと、あちこちから悲鳴が響き始める。なぜならば、霧の中から不気味なる戦士たちが現れたからだ。
「な、なんだこりゃ!? ご、ごふっ」
「と、ゆ、ゆめ? 助けぎゃぁ」
「近づくな、近づくなぁ、げへっ」
霧の戦士たちは黙々と敵を斬り殺していき、一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わっていく。床には死体が転がり、血溜まりが広がり、断末魔の声が響き渡るが、それもやがて終わり静かな世界へと変わった。残るは部屋の隅でブルブル震える首輪をつけた人たちと、アキを連れてきた青年だけだ。
『クエスト:酒場のゴロツキたちを皆殺し。経験値3000取得』
「さて、なんでお前を殺さなかったか、わかるかな?」
「あわわわ、ば、化け物! 俺っちは化け物を連れてきたっすか!?」
トコトコと青年の前に歩いていき、アキは冷たい表情で伝えると、腰を抜かして座り込んでいた青年は震えながらかぶりを振る。
そうだろう、そうだろう、お前にはわからないだろうな。でも、理由はあるんだよ。
「カストール・ジェミニ。お前をずっと探してたんだ。なんでこんなところでチンピラをしているのか、素直でお人好しのあたちに、ご教示願えないでしゅか?」
カストール・ジェミニの頭を踏んで、アキは怒りの表情に変わると告げるのだった。
そう、アキを助けたのはここにはいないはずのゲームの主人公であった。




