85話 閑話 マモのリーダーデビュー
——これは、悪役令息ルックスYが航海に向かう前の話だ。
迷い家の屋敷にて、マーモットの中のマーモットと自負している自称マーモット家の名門であるマモ・マーモットは姿見の前で熱心に身嗜みを整えていた。名門とか、マーモット家とか自称している時点で本当にマーモットなのか極めて疑問だが、正真正銘のマカイマーモットなのだ。
「ふふふーん、今日のマモの毛皮はもこもこできっちりとしているまきゅ」
目を細めてキリッとした顔になると、まきゅまきゅと得意げに鳴くマモ。シャンプーで洗った毛皮はもこもこ、しっかりと毛先も整えて我ながら二枚目マーモットだと自信たっぷりだ。
これだけ気合を入れているのには訳がある。それはなんと幼女がマーモットの群れを召喚してくれるのだ!
マーモットは群れで暮らす生物だ。しかし、この世界ではマモ一人しかいなかった。そのため、さみしくてさみしくて、毎日シィと共に酒を飲んで騒いでいたものだ。それも全て寂しいからである。
「だけどその日も今日で終わりまきゅ。今日からはマモが王様となって群れで暮らすまきゅよ」
くふふふとほくそ笑み、そろそろ召喚してくれる時間かなとマモはアキの部屋へとてこてこと向かった。迷い家のどこに太陽があるかは不明だが、日当たりの良い部屋で、幼女はソファに座りウトウトとしていた。
「寝てるまきゅか。それじゃその間に料理を置いておくまきゅ」
草食動物のマーモットの群れのために、マモはテーブルにマーモット専用料理を置いていく。お花に草、アスパラにポテトサラダ、茹でたトウモロコシに日本酒にワイン。もちろんビールも忘れない。
「今月のお小遣い全部使ったけど後悔はしないまきゅ。なにせ家臣が増えるから、太っ腹のところを見せないとまきゅよ」
ふぅと一息ついて額を拭うマモだが、今月のお小遣いは料理を準備する前にほとんど使っていた。だが、この料理でお小遣いはきっちりと無くなったので嘘はついていない。繰り返すが嘘は言っていない。マモは善マーモットであり、その行いに恥じることはなにもないのだ。
「起きて欲しいまきゅー。もうお昼過ぎてるまきゅよ?」
珍しく一人の幼女を起こそうと肩を揺する。タイチは恋人と名乗る女性に拉致されて、シィは酒場でアルコール消毒をしながら人々を癒している。ケイはカレー粉を売る手伝い、シーウィードたちは船の整備だ。幼女は今度航海するつもりらしい。なので、幼女は一人であった。
「うーん、おあよ〜。あきちゃんはつかれきっててメンチたべてるから、あ~ちゃんがかわりでしゅ!」
「マモもメンチ食べたいまきゅ。でも今日は我慢して、マーモットの群れを召喚して欲しいまきゅよ。もう料理も用意してあるの」
元気なあ~ちゃんのお肉たっぷりメンチを食べられるという言葉によだれを垂らすが、我慢してお願いする。あ~ちゃんでは不安で不穏だが、アキでも不穏で不安なのは変わらないから、お腹をベタッと床につけてのお強請りだ。
アキならこのお強請りを見たら、可愛いと大喜びでお願いを聞いてくれるが、あ~ちゃんはというと、同じようにぺたりと床に寝そべってしまった。
「ひゃっこいでしゅ。ちめたーい」
本物の幼女は一味違い、マモの様子を見て面白そうと真似しちゃうのだった。作戦変更、マモはキラリと目を光らせる。
「たくさんのマーモットは、必ず幼女のお友達になるまきゅ。幼女のお友達もたくさん増えるまきゅよ」
「! あ~ちゃんのおともだち! しょーかん!」
お友達という言葉に弱いあ~ちゃんに、まきゅきゅと含み笑いをして、マモは急いでテーブルの上座に座ると脚を組む……ことはできなかったので、ふふふと偉そうに顎を持ち上げて傲岸不遜なマーモット王を演じる。他者から見たら空を見上げているマーモットにしか見えないが、マモの中ではそうなった。
あ~ちゃんの翳したカードが光り、魔法陣が描かれる。そうして魔法陣が光るとマーモットの群れが12匹も現れるのであった。茶色い毛皮に虚無の瞳、やる気のなさそうなぼんやりとした顔の獣たちだ。
「あーあー、皆、注目するまきゅ。マーモット家の当主、マモ・マーモットでまきゅ。そなたたちの王であり、民を導く賢者まきゅよ」
まきゅまきゅと鳴くマモ。マモのカリスマ溢れる言葉に皆は平伏し、尻尾を振って臣下となると思っていた。
だが——
「ピッ」
「ピギー」
マーモットたちはマモのことをちらりと見ただけで、すぐにその興味はテーブルの上の料理に向かう。テーブルの脚にしがみつき、カリカリと爪で引っ掻くが、登ることは無理だった。そのため、悲しそうに、いや、虚無顔でテーブルの周りをうろうろして、あ~ちゃんの存在に気づいて纏わりつくのであった。
「きゃー、あ~ちゃんです。あ~ちゃんだよ、みんなあたちのおともだちになってくれりゅ?」
「ピッ」
ホイッスルのような鳴き声であ~ちゃんによじ登り、早く餌をくれよとペットにふさわしいお強請りをする。あ~ちゃんはもふもふの毛皮に覆われて、大喜びだ。幼女ともふもふの戯れは天界の楽園の光景であった。
しかし、一人仲間外れがいた。マモだ。
「あれぇ? マモの言葉わからないまきゅ? マモは由緒あるマーモット家のものだよ? マーモット王になる器まきゅよ?」
ねぇねぇと、寂しそうにてしてしとテーブルを叩くマモだが誰もマモを見ないことに違和感を覚える。もしかして言葉が通じないのではと、段々と顔色が変わるマモ。いや、マーモットなので、顔色は変わらなかったが、それでも嫌な予感に身体を震わす。
「ねぇねぇ、そのマーモットはどこの家門まきゅ? マモマモ家? マモマ家?」
どこの家門と小首を傾げると、群がったマーモットの毛皮を撫でながらキャッキャッと愉しげに笑う幼女は、なんでもないように口にする。
「このこたちはヒラヤママーモットだよ。むれですんでたから、こっちにきてってたのんだの!」
「ガーン! ただのマーモットまきゅ!? ことばわからないまきゅね!」
「? ことばははなすよ! えっと、いまはごはんとってーだって!」
「ピッ」
マーモットたちの鳴き声を聞いて、あっさりと翻訳するあ~ちゃんだが、マモはそれどころではない。
「マーモットの言葉なんかわかるのはあ~ちゃんだけまきゅ! え? カードはマカイマーモット出身のマーモットを召喚する仕様だったまきゅね?」
マモはマーモットの言葉が分からなかった。というか、カードの仕様はマカイマーモット召喚だったはずだ。
「マカイマーモットより、ヒマラヤマーモットにあいたかったの!」
「カードの仕様を変えないで欲しいまきゅ! むむむ、こうなったら、運営に文句をいうまきゅ! クレーム、クレームまきゅよ!」
勝手に仕様を変えたあ~ちゃんに文句をつけるマモ。王様として群れの真ん中でぐでっと寝そべり寝る予定だったのだ。その野望が崩れようとしていたことに、ホイッスルを鳴らしながらクレームをつける。なにせヒマラヤマーモットたちは早くも慣れたのか、部屋を走り回り始めていた。マモをガン無視である。同じマーモットとは思っていないようだ。
「あーい、カードならうんえーにちょくせつはなちてね。あ~ちゃんはおともだちとはしりまわりましゅ!」
あ~ちゃんが指をパチリと鳴らすと、床に魔法陣が描かれる。その中にマモは飛び込む。クレームを言わなければならない。マモ王の誕生のために! 深淵の中を泳いで、マモは運営の下へと急ぐのであった。
◇
暗闇の中を進むと、薄暗い部屋に辿り着く。そこはどれほど広いかもわからない果てのない部屋であった。明かりはないが、ずらりと並んだ円柱状のカプセルがずらりと並んでいる。何本かは壊れており、中に充填されていた液体が床に漏れていた。
床は金属でできており、硬い感触が返ってくる中で、マモは慣れた様子でテテテと奥に進む。緑色の液体が充填されているカプセル内はカードが入っているものや、剣や米袋など様々な物体が浮いていた。
「クレームでまきゅ! 運営の場所に連れていくまきゅよ!」
マモが叫ぶと、霧が身体に纏わりつく。そうして視界が一瞬歪むと、また同じカプセルが立ち並ぶ場所であったが、その先に誰かが立っているのが見えた。
「クレームまきゅ! クレームまきゅ!」
ホイッスルを鳴らして二本足で走るマーモットだ。カプセル内は物ではなく、なにかよくわからない肉塊が浮いているが気にしない。
『No662:地球人。魂の劣化につき廃棄』
『No663:地球人。肉体の死亡につき廃棄』
『No664:地球人。魂不足につき接続不可。放置』
『No665:地球人。魂は問題ないが器が足りず接続失敗。放置』
なにやらプレートに書いてあるが、王を目指すマモはそれどころではない。まったく気にせずに、人影の下へと辿り着くと、ホイッスルをピッピッと鳴らす。
「おや、マーモットじゃないか。なんでこんなところにいるんだい?」
端末を手にカプセルを見ていた者がマモに気づくと笑う。マモが顔を見ようとするが、どうしても認識できずに影のように見える。
「大変まきゅよ! カードの仕様を変えたのまきゅ! あ~ちゃんがヒマラヤマーモットを召喚して、マモは王になれないまきゅ! 面接で報酬約束してるまきゅね?」
支離滅裂な話で、マモは背を伸ばして文句を言う。だが、その人影はマモのアホな説明でもすぐに理解できたらしく苦笑いをする。
「あ~ちゃんは力を取り戻しているからね。そういった我儘もするんだよ。っと、ちょっと待ってくれ。え~と、寿命を充填、星光により修復と。あ~ちゃんの力が戻ってきたのに比例して劣化が早いなぁ。もう少し寿命を足しておくか。もっとたくさん回収してくれないと、このままだとエネルギーが足りなくなっちゃうよ」
ピピッと端末を軽やかに押下する人影。その動きに反応して、目の前のカプセルが淡く光る。その結果を満足そうに見ると人影はマモへとヘラリと笑いかける。
「さて、ヒマラヤマーモットだっけ? 彼らは可愛いから問題なし! 君って、全然マーモットらしくないんだもん。それにしっかりと報酬は支払ってるはず。それよりもここに来られたら困るんだけど。あ~ちゃんにはここへの扉を気軽に開かないように伝えておかないと。はい、お帰りはこちら」
人影がパチリと指を鳴らすと、マモの足元に魔法陣が浮き出て、底なし沼のように身体が沈んでいく。
「ガーン! ぬぬぬ、こうなったら序列を決める戦いで、マモが王だと知らしめるんだまきゅー!」
全く話を聞いてくれない人影を諦めて、マモは元の世界に送り返されてしまうのだった。
『No666:地球人。接続中』
カプセルの中には幼女が浮いていたが、マモは気にすることはないのだった。
そうして、元の部屋に戻って、序列を決める修羅の道を選ぶマモだが、ヒマラヤマーモットたちは戦うことなどせずに、マモを仲間外れにして群れを形成するので、マモはいじけて航海についていくことを決意するのであった。




