8話 ようやくの一休み
さすがに日が落ち始めて、アキは近場の村へと移動することとした。山賊団の持っていた財宝は商人の馬車と、元々山賊団に置かれていた馬車に満載してある。
ガラガラと車輪の音がして、束になって馬車に置かれた剣がガチャガチャと鳴る。あと1時間もしたら、夕闇が訪れるだろう。
「星空ってきれいなのかな〜。星がいっぱい光るんだよね? お星さまきーらきら」
馬車に乗って、足をプラプラさせて、幼女は無邪気にお空を眺めて言う。地球では、都内では、星空なんか見たことない。たとえ機会があっても空を見る余裕なんかなかった。
そして、今はくたびれきって、大悪魔オッサーンの思考は天使ヨージョにより封印されていた。
「アキ様……悪魔コブターンに封印されている間は空を見ることも出来ませんでしたものね」
恐るべきことに、この幼女は先ほど殺せ殺せと血なまぐさい戦場にいたのに、今は可愛らしい無邪気な幼女にしか見えなかったので、ケイは同情して呟く。詐欺である。この幼女は見た目詐欺である。
そして、御者台に座る商人が耳を象みたいにして、ケイの呟きを聞いていることは気づかなかった。悪魔コブターン? と首を傾げているので、数日するとコブターンは実在の悪魔にされてしまう可能性あり。
ガタゴトと馬車が揺れて、自然の風が鼻をくすぐり、ぽかぽかと体が暖かくなってくる。
アキはというと、眠かった。この幼女の身体はスタミナが無いのだ。お昼寝必須、このままだと、寝落ちしてしまう。だが、使命感が昼寝を許さなかった。
「村に到着いたしました、アキ様」
「ヒャッハー! ヒャッハーだからね、しょーにんさん」
アキ様呼ばわりを注意して、見えてきた村を見てにやりとほくそ笑む幼女。その使命はというと━━━。
◇
「ヒャッハー傭兵団だ〜。お守りしてあげるから、金寄越しな!」
村でカツアゲする幼女だった。
「ヒャッハー、お嬢、今日は疲れたからこのノリやめません?」
そしてノリの悪いヒャッハーたちだった。
むぅと迷いながらアキもくらくらするのでやめようかなと思ったが、やると決めたことはやるのだと、フンスと胸を張る。
明日やろう明日やろうと考えると毎日小説を更新することは不可能なのだ。今日やると決めたことは今日やる幼女なのだ。
「村人ぜーいんしゅーごさせろー! 一人につき、んと、銅貨1枚はらえー」
商人が来たと思って集まっていた村人たちは戸惑い、どうしようかとヒソヒソと小声で話す。それはそうだろう、いきなり覆面をした幼女が現れて護衛料払えと凄むのだ。可愛らしいがよく分からない。
「え~と、皆さん。ここは銅貨を支払った方が良いかと。その代わりに私のお持ちした商品を銅貨1枚割引いたします」
「それなら、まぁ、いいか?」
「だな。その程度ならなぁ」
なぜか気を利かせた商人が手を広げてにこやかに言うと、村人たちは新たなサービスなのかなと首を傾げながら、銅貨を持ってくるのであった。
チャリンチャリンと銅貨が用意した壺に溜まっていくのを、フワァとあくびをしながらアキは眺めて、ふと思い出す。
「やいやい、しょーにんさん。お前も護衛料よこせー。んと、銀貨一枚だ。それと、チュートリ山賊団の持ち物買い取りできる? あと、アクセサリーとかもよろしく」
「はい、もちろんでございます。鑑定をしますので少々お待ちを」
丁寧な所作で頭を下げる商人にうむと頷いて、そのままこくりこくりと船を漕ぐ。そろそろおねむの時間でーす。と、夢うつつの中で幼女が船を用意している。なので、馬車に寄りかかり、お座りして眠気を耐えていた。
「あの………ソロジャ様、良い薬はありませんか? あまり手持ちはないのですが………赤ん坊の熱が引かなくて……お願いいたします」
「俺もこの間足折ってから痛みが消えなくて……だどん、金はないんだぁ。これじゃ畑にも出れなくて困ってるだよ」
真っ赤な顔で息の荒い赤ん坊を抱いた女性が涙を流して近寄ってきて、足を引きずっている男と一緒に商人に話しかけていた。あの商人ソロジャと言うのかぁ、フワァとあくびをしてコシコシ目をこする。
「シスター1号治してやれ」
「わかりました。子供さんに癒やしを」
『病魔退散』
薬使うまでもないよと命じると、シスター1号も眠そうな顔で、軽く手を赤ん坊に添えて病気を癒やす魔法を使う。キラキラと鱗粉のような光が赤ん坊を覆うと赤い肌が元の肌色に戻り、息もおとなしくなりすやすやと眠り始める。
ヒャッハー山賊団はだいたいレベル3のスキル持ちだとわかっているので、アキにとっては特に驚くことではない。
だが、周りはものすごく驚いた。ボサボサの頭に、イノシシの毛皮を着込んだ女性が病を治せるほどの高位の神官だとは思っていなかったのだ。
「はいはーい、あなたも回復ねー」
『治癒』
あくびをしながら、適当に手を振るシスター1号。有難みゼロの神官にあるまじき態度だが、その魔法は正確に働き、足を引きずっていた男は痛みがなくなり、今度こそ目を剥いて驚いた。
商人であるソロジャも心底驚いたが、顔に出さずに自然な表情を浮かべる。
(本物の神官だ。病を治せるだって!? あんな姿なのに! 病を治せる神官なんて伯爵家の領都に行かないといないぞ!)
ソロジャ・ノーマは3台の馬車で各地を旅する商人だ。自分の本店は実は大店であるが、既に息子に当主は譲り、各地を旅して楽しみながら商いをしていた。その分、見聞も広いからこそ、病を治せる高位神官があんなボロボロの格好でこんなところにいる理由が分からない。
病を治す魔法を受けるには大金を教会に寄付しないと駄目だ。可哀想だが、村人程度ではまず一生稼いでも金が足りないのである。
「ありがとうございます、シスター。おいくら支払えばいいでしょうか?」
「あ~、別に寝れば魔力は回復するから結構でーす。それよりお嬢、疲れた私達に差し入れくださいよ〜」
村人たちはその希少さをまったくわかっておらず、銅貨を差し出そうとしていたが、怒るどころか、つまらなそうにシスターは手を振って断ってしまう。
「そ~だね、あたちもお腹すいた。お前等、少し森に行って、肉狩ってきて! 鹿はちゃんとノミを……ウイッチ1号、凍らせてきて! 凍らせればノミは全滅だよね?」
「え~! 今からですかい? 日が暮れちまいますよ」
「だからこそ、今でしょ!」
「仕方ねぇなぁ。てめぇら、サッと狩りに行ってくるぞ!」
「あ〜あたしも肉食べたいからいっか」
無茶振りを言う幼女に、げんなりした顔で馬に飛び乗ると、ヒャッハー傭兵団は森林に駆けていった。
「あの、よろしいのですか? 彼らもお疲れでは? よろしかったら私共が燻製肉を用意できますが」
あんなに優れた者たちをただの狩りにこき使う幼女を見て、さすがに口を出すが、きろりとにらまれる。
「あたちは燻製肉キライ! 美味しいお肉が食べたいの。それよりしょーにんさんも護衛料まだ〜?」
アキは燻製肉が硬いことを知っていたので、食べるのは嫌だった。わがままというなかれ、本物の燻製肉は硬すぎて食べられないから。あれは塩を舐めてるようなもんだからね。
ものすごいわがままだと思いつつも、ソロジャはこれ以上口出しすることをやめる。明らかに貴族であるし、あの者たちとの関係性がさっぱり分からないからだ。
「これは護衛料でございます。それとチュートリ山賊団の討伐、おめでとうございます」
わざと周りに聞こえるように、チュートリ山賊団が討伐されたことを示す。村長たちがその言葉が本当か後ほど確認しにきて、驚きながら感謝をするのであった。なにせ、チュートリ山賊団は作物を持っていき、時には女子供も攫う悪鬼のような輩であったからだ。そうしてヒャッハー傭兵団の名前は正義の傭兵団として広がっていくのだが、それは後の話である。
「ありあと。くふふ、やはりこれでオーケーなんだ」
アキはといえば、表示されたログを見て、ちっこいお手々を口元に添えて、クフフと可愛らしい含み笑いをしていた。
『クエスト:商隊を襲う。経験点三千取得』
『クエスト:村を襲う。経験点三千取得』
隠しジョブでの仕様変更。ガバガバのクエスト基準ではと予測していたが、やはりそうだった。金額の多寡は関係なく、相手から奪えば襲うことになるらしい。
まぁ、十周クリア後のことだ。そこまで練り込むのは不可能だったのだろう。適当な運営だったしね。
「アキ様、そこで寝たら風邪ひきますよ。お肉が来るまで頑張りましょう。ここで寝たら私も宿屋に引っ込まないといけませんので」
正直すぎるメイドに苦笑しつつ、幼女はふらふらと体を揺らす。もーげんかい。ねみゅい。
だめだ。おやしゅみ。
ポテリと倒れて寝ちゃう幼女でした。ぎゃーーと悲鳴をあげつつも、ケイはアキを宿屋に運ぶ。
━━━その1時間後。オレンジ色の空が暗くなる寸前にヒャッハー傭兵団は、一人2頭ずつ、猪と鹿を狩ってきたのだった。本職の狩人でも相手にならない戦果であった。
「え~っ! お嬢、もう寝たの! これ明日の朝も狩りに行ってこいとか言われねーだろうな」
「いや、肉は熟成するから2週間はもつ。大丈夫だろ」
「凍らせた肉はどうすんの?」
山と積んだ獲物を前にヒャッハー傭兵団は困った顔となる。村人たちがこわごわと見てくるので、タンカー1号は嘆息すると、村長を招き寄せる。
「俺たち、猪と鹿一頭ずつでいいから、残りやるよ。バーベキュー大会でもやるんだな」
ヒャッハー傭兵団は物欲があまりない。カードから召喚される者たちなので、今日を楽しく生きればよいという方針なのだ。
だが、そんなことは村人たちにはわからないので、なんと慈悲深い人たちなのだと歓声が上がる。森林には時折魔物も出てくるので、鳥やウサギが主な狩りの獲物であり、肉を食べられる機会などなかなかなかったのだ。
「お主ら、ここにいる勇士の方々のご厚意じゃ。今日はチュートリ山賊団も駆逐された良き日。祭りじゃー!」
「やった、肉だ!」
「こんなにたくさんお肉が! 燻製用にもわけておかないと」
「わぁ、おかーさん、今日はお祭り?」
「そうね。これで山賊団に攫われる心配もなくなったわ」
人々はたくさんの肉が食べられることに喜び、また、チュートリ山賊団を恐れる必要がなくなり、安堵で涙する。
アキは確かに善きことを行わない。たが、その結果は幸せを運んでおり、ソロジャがお酒を供出したことも重なり、夜遅くまで宴会は続くのだった。
「私にもお肉運んでくださーい」
一人のメイドが宿の窓から手を振っていたとか、いなかったとか。