79話 逃げるのが得意なやつっていると思う
次の日――
ズムは腹心と共に外出することとした。もちろん、その用事はというと、拉致した人間を売り払うためだ。
「いやぁ~、薬草もこれだけあると売り先に困ってね。私自身が販促に向かわないといけなくなったんだ。ハハハ」
見掛けは誠実そうなズム・セイレンは王都の門番に快活に笑う。馬車の数は5台、どの馬車にも人が入りそうな木箱が積んであり、薬草が積んである。見掛けはだが。
実際は普段奴隷を運ぶために使っている特殊な木箱だ。防音と硬化の魔法が付与されており、牢屋と変わらない。暴れても誰も気付かない。
「ギルド長になって大変ですね。では問題ありませんのでお通りください」
「ハハハ、ありがとう。これもギルド長の仕事だ。皆のためにも頑張るとするよ」
(冒険者という商品を売る仕事をな。これが売れたら、しばらく高級娼館にでも通うとするか。所詮冒険者など荒くれ者の馬鹿ばかり。金になる木のようなもんだ。あの方に送る金も今回は元ギルド長の騒ぎでろくに商品が手に入らなかったと弁明すれば、私の懐にはとんでもない金額が飛び込んでくるぞ)
内心で売れた稼ぎの皮算用をしながら進んでいく。最近の依頼料暴騰における冒険者ブームで、魔物にも盗賊にも遭わずに、ズムたちは交易路から外れた寂れた開拓村に太陽が落ちる頃に到着する。
鬱蒼と繁った森林内にある村は王都から半日といった近さにあるのに、開拓はまったく進んでいない。魔物が多く出現し、開拓が遅々として進まないというのが表向きの理由だ。なので、村民は100人足らず。
「到着しましたギルド長」
「ふぅ、ようやく着いたか。馬車に長時間揺られるのはきついな。さっさと村長を呼べ。商品が手に入ったとね。活きが良いから、つまみ食いをしないようにとも伝えろ。特に銀髪は初物も加味した金額で売り払うからとな」
「はい。とはいえ何人かはくれてやらないと、奴らも納得しないと思いますぜ?」
「なら、数人渡しておけ。サービスだとな」
「それなら納得するでしょう。さすがはギルド長、太っ腹です」
「これでも体型維持には気をつけているから、あまり考えなしに食べないんだ。ですが、私もお腹が空いたので、参加しても良いかもしれないな」
ゲラゲラと下衆な顔でズムたちは笑い合い、いやらしい顔となる。そう、この村は裏世界を支配するギルド員たちだけで構成された村であった。そのため、どんなに騒いでも問題はない。誘拐された者も逃げようとしても、森林内にある村のために、逃げることはできずに死ぬ。またはまさか村人全員が裏のギルド員たちだとは考えずに助けを求めて、再度捕まるのだ。捕まった者の絶望の顔を見るのがズムは大好きであった。
「そうだ、手を出すなとは言ったがそれ以外なら良い。ニアを素っ裸にして、踊らせてやれ。あくまで初物であれば問題ないんだからな。あの小娘の心をへし折るのにもちょうど良い」
「くくく、ズム様も悪党ですねぇ」
「お前もな。今から宴会の準備もさせるのだ」
長年メノン元ギルド長の代わりに、拉致した人間を売り払ってきたズムは手慣れた様子で指示を出すと、ベロリと舌で自身の唇をなめる。
傍からみたら小悪党にしか見えないやりとりをしていたズムだが、ふと違和感を覚えて眉を顰める。
「おかしい………村長はどうした? 我らがおとずれれば必ず出迎えに来たものを」
「そういえばおかしいですね。村人も誰も姿を見せてないですよ」
シンとした村内。ズムは人けの感じない村内にますます違和感を覚えて警戒心を上げていく。いつもならば素朴な村人に扮した奴隷商人たちが姿を見せて集まってくる。それなのに誰も姿を見せないのは明らかにおかしかった。
ズムの判断は早かった。
「帰るぞ。なにかおかしい。少しでも危ぶむならば手を引くのがこの仕事で長生きするコツだ」
即断即決、情報を得ようと動く前に撤退を指示するズムはたしかに有能であった。――しかし、既にその決断は遅かった。
「そこまでだ、ズム・セイレン」
野太い男性の声音が響くと、家々の陰から武装をした大勢の兵士たちが飛び出して、ズムたちを包囲する。今まで人の気配はしなかったはずなのに、突然現れたのだ。
(気配遮断の魔法! こいつらは………)
どうやって隠れていたか、これでも長年冒険者ギルドにて仕事をしてきたズムはすぐにその方法を看破する。そして、これだけの兵士たちを隠せる魔法使いがいることも悟る。それでも虚勢を張って、いつも冒険者たちを前に演説するように誠実な顔を装う。
「ど、どなたでしょうか? 私はズム・セイレン。膨大な量となった薬草を輸送している最中。どうやらどこかの兵士に見えますが包囲した理由をお聞きしましょう」
「わかっているだろう、ズム・セイレン。今更そのような言い訳は効かぬと。私の名はピスケス公爵だ。この私がこの場にいることで、おしまいということがわかるであろう」
偉丈夫な男性は鋭い目つきで威圧してくる。その顔は巌のように厳しく、怒りを宿していることがわかる。
そして、それ以上に国王派の筆頭であるピスケス公爵がここにいることが、人身売買がバレていることの証左であったことに、ズムは歯噛みして口を噤む。それでもなんとか誤魔化そうと口を開く。ここで認めれば極刑は免れない。
「なんのことでしょう。私は冒険者ギルドのギルド長ですよ? しかも新任となって日が浅い。ここで強引な荷物改めでもすれば、貴族派が黙ってはおりませんぞ?」
言外で貴族派と争うつもりかと警告を送る。これで公爵が退けば儲けものだとも思っていたが━━。
「やれやれ、証拠はその馬車にあるだろう? 悪いけどそんな脅し文句は聞けないよ」
ピスケス公爵の横に並ぶ青年が肩を竦めて冷笑を見せ、その青年の顔を知っているズムは青褪める。
なぜならば、貴族ならば誰もが知っている人間だったからだ。
「レグルス・レオ第二王子!? なぜ貴方まで!」
そこにはいてはいけない存在。王族の姿があった。飄々とした様子を見せて、敵を苛つかせるような軽い態度だ。
「それこそ、この事件が国としての大事件だからさ。まさか新米冒険者たちを行方不明に見せかけて、人身売買するとは、冒険者ギルドはもうおしまい。問題が起きないように僕もついてきたんだ。それに………イベントだしね」
最後の呟きはよくわからなかったが、完全に人身売買がバレていることはわかった。
「な、なぜバレたのでしょう? 今まで無関心であったはずでは?」
「それは、カステランの調査だ。カステランは新人社員が行方不明となったため、独自に調査をしたのだよ。ニアとか言ったかな?」
「ニアを? あの者が新人社員? ただの貧乏冒険者では?」
「それは違うな。カステランは全ての冒険者たちを雇い入れる。今までの冒険者ギルドのように個人事業主だから責任は冒険者にあるという小狡い逃げ方はせんということだ」
ピスケス公爵の言葉は予想を遥かに超えていた。冒険者など使い捨て。カモでしかないと考えていた冒険者ギルドとはまったく真逆にあるスタンスだった。
(グッ、そんなことが可能なのか!? 金がいくらあっても足りないぞ。し、しかし、だからこそニアから足がついたのか!)
驚きと共に納得もする。自身の商会の社員が行方不明となれば必ず探すだろう。失敗したと後悔するとともに、部下たちの不安げな視線がズムに集まる。
ズムは軽く息を吐くと周りを窺う。囲んでいる兵士たちは王子まで来ているとなると全員精鋭。騎士級に間違いない。
(50人はいるか………。しかし、こちらも騎士級で揃えている。数では負けているが、それはなんとかできる。ここまで来れば仕方あるまい)
「おとなしくしてもらおうか、ズム・セイレン。もはや冒険者ギルドは終わりだ」
「そうですな。おっしゃる通り、もはや冒険者ギルドはおしまいでしょう。ですが、ここで捕まり処刑されることを選ぶとお思いか? お前ら、もはやレグルスもピスケスも殺して、ここを逃げるしかない。全員かかれ!」
「はっ! 了解です!」
部下たちが抜剣し、兵士たちに襲いかかる。
「無駄なことを! 殺しても構わぬ。全員攻撃開始!」
「バトルといこうか!」
ピスケス公爵が指示を出し、レグルス王子が剣を抜き戦闘を開始する。金属音が鳴り響き、怒号が響き渡る。殺気で殺伐となった戦場を前に、ズムは懐から数個のスクロールを取り出すと、魔力を流す。
『キマイラ召喚』
空中に放り投げると魔法陣が描かれて、獅子と竜、山羊の頭を持つ獣キマイラがその巨体を見せる。今は亡きハコブの研究の成果の一つだ。
「ぐぉぉぉぉぅ!」
合計三体のキマイラが地に足をつけると牙をむき出しにして咆哮する。
「な、キマイラか!? 召喚できるのか?」
「モンスターレベル5のキマイラか。なるほど、レイドボス戦にぴったりの相手だ。面白くなってきたよ」
ピスケス公爵たちがキマイラを見て驚愕する。兵士たちも動揺を見せ、ズムの部下たちは気炎をあげる。
が、ズムはこれが時間稼ぎにしかならぬとわかっていた。数の差を埋めるモンスターだが、それでも時間の問題で倒されてしまうだろう。
そっと、宝石を取り出すと地面に置く。皆がキマイラを注視する中で、宝石はズムそっくりの幻影を生み出す。
(すまないな、皆。ここで捕まるわけには行かない。この現状をあの方に伝えなくてはならないのでね)
『緊急帰還』
そうして、ニヤリと嗤うとズムはスクロールを使い、密かに転移して逃げ去るのであった。
◇
『緊急帰還』のスクロールによる転移場所はギルド長室に設定してあった。ズムは無事に転移が終わると、足早に部屋を飛び出す。
「あれ、ギルド長。今日は外に仕事では?」
「急いで片付けないといけない仕事を思い出してね。いやぁ、やはりまだギルド長になったばかりだとミスがあるよ」
通路を歩く中ですれ違うギルド員へと照れ笑いを見せて地下に進む。地下奥深く、冒険者ギルドの宝物庫へと。
(おしまいだ。もはや運べるだけの金を持って逃げるしかない。『無限の鞄』も宝物庫にあったはず。金貨を詰めるだけ詰めて国外に逃げなくては!)
ズムは自身のことだけを考えていた。そこにはアットホームな絆の深い仲間たちを作るという理念の持ち主などどこにもいなかった。あるのは保身のみだ。
「ん? なぜ門番がいないんだ?」
宝物庫前には常に二人の警備員が歩哨しているはずであるのに誰もいないことに不可解な顔になるが、気にしている余裕もなく、宝物庫の扉に手をかけて――鍵が開いてることに驚く。
「な、なぜ開いている!?」
扉を急いで開き中に入ると
「おや、遅かったな、ズム・セイレン。きっとここに来ると思っていたよ」
「な、何者だ! どうしてここにいる?」
「それはもちろん我が組織プトレマイオスの資金を回収に来たのだ。ズム・セイレン、お前はもう用済みということでしゅね」
そこにはホッカムリをした可愛らしい幼女が金貨の山を抱えて立っていたのであった。




