78話 草ってもはや死語だと思う
冒険者ギルドのギルド長室にてズム・セイレンは椅子に座り、手にある報告書を鼻歌混じりに読んでいた。
「ふむふむ、順調ではないですか、我が冒険者ギルドは」
ギルド長室は豪勢だ。元ギルド長であるメノンは貴族であるのに、荒くれ者たちを統率するギルド長という役職を権力はあるが下賤な仕事と考え、仕事に対して恥ずかしさを持っていたため、部屋はそれを誤魔化すためにとても金をかけていた。壺一つ、絵画一枚、床に敷かれている絨毯すらも、平民が一生かけても買えない金額である。
そのような豪勢な部屋を棚からぼた餅のように手に入れたズムは機嫌よく資料を読んでいく。その中身は冒険者ギルドの冒険者になる者たちの数が右肩上がりに増えていることが記されていた。
「はい、この一ヶ月で冒険者ともいえない平民たちも冒険者に加わっているため、かなりの数になっております。やはり薬草採取の依頼料を跳ね上げたことが原因と思われます」
「わざわざ報告しなくても、そんなことは分かっているよ。この事象が今だけということもな」
秘書の報告に笑いながら資料を叩く。この数は一時的だ。薬草採取をすれば儲かると誰もが考えているため、一過性のブームになっているだけである。
「だが、この事象が1年続けば、忌々しいカステランなどというふざけた新冒険者ギルドは潰れるだろう。今のカステランは閑古鳥が鳴いて、暇そうにしているではないか」
立ち上がると窓へと近づき、外に見えるカステランを眺めて薄笑いを浮かべる。カステランは新しい施設であるために、誰もいない状況が憐れさを醸し出している。先日までは客引きのために何人かがカステランの前で声を張り上げていたが、今はそれもない。ガランとしたものだ。
「アカデミーと組むとも言われていて警戒していたが、生徒たちは訓練ばかり。どうやら実際に外で魔物を倒すなどという危険なことはできぬようだし、無駄に終わっている。後は金だけ出ていき、最後は潰れるだろう」
冷笑にてカステランを馬鹿にするズム。実際開店休業状態で、カステランは仕事らしい仕事をしていない。訓練場で走る生徒たちがチラ見できる程度だ。
「総合商社と嘯いていても、魔物の素材が手に入らなくては、商品自体がありませんからね。そもそもソロジャ・ノーマなど王都では中堅程度の商会主。新冒険者ギルドのギルド長などという身分は不相応でしたね。しかもアカデミーの学園長なども兼務するとは舐めているとしか思えません」
「まさしくそのとおりだ。まぁ、アカデミーの学園長は今は施設の復興が主な仕事だ。どうせ復興すればすぐに首になるだろう。くくく、しかし大赤字を出して首になれば、裏で動いている王家もピスケス公爵もただではすまない………おっと、余計なことを口にすることはないか」
「ハハハ、間違いなくそのとおりかと。すぐに以前のように戻るのは間違いありません」
「その時はすぐに依頼料を下げなくてはな。今まで以上に、な」
ズムと秘書はカステランの間抜けさを笑う。自分から墓穴を掘ってくれるのだから国王派には感謝しかない。
(実際、これでますます冒険者ギルドの地位は確固たるものとなる。そうなれば、薬草採取など十束で銅貨一枚。他の依頼も軒並み下げてやる!)
冒険者ギルドの利益率は高い。薬草などは今までは実際の値段の3%ほどの金額で依頼を出していた。他の依頼も多かれ少なかれ同じだ。暴利を貪り、冒険者たちが死んでも責任は取らない。ランクを上げて言葉ではチヤホヤし、護衛や討伐が失敗すれば、全ては冒険者の自己責任にする。冒険者などは幾らでも使い捨てることのできる駒でしかない。
それが、それこそが愛すべき冒険者ギルドという存在なのだ。それでいて冒険者たちを統率する権力を持つのだから笑いが止まらないとはこのことだろう。
「カステランが潰れた後は君たちにも充分な報酬を渡すので期待しているのですね」
「ありがとうございます、ズムギルド長。やはりなるのならば、ギルド員であり、冒険者などにはなるものではありませんな」
「ふははは、そのとおりだよ。彼らは酒でも奢り、親しげにして見せればそれだけで尻尾を振る哀れな野良犬だ。どこからその酒代がでているかも考えず、ギルド長が声をかけてくれると喜ぶのだから本当に助かる」
ズムと秘書は笑い続けて、冒険者たちを蔑む。先日の話し合いでの誠実な様子など欠片もなかった。
だが、話しながらも秘書が顔を曇らせる。
「ギルド長、この計画は成功はしますが、それまでの資金が厳しくなっております。やはり薬草代と言っても塵も積もれば山となるというやつでして、金庫に貯蓄された資金は3割を切りました」
「薬草を買い取ってもらうのは不可能なのか? 今まで散々甘い汁を吸ってきたではないか」
「錬金術師と言っても2人のみ。弟子を含めてもポーションを作成できるのは1日に5本が限界と言ってます。薬草は枯れてしまうので、もはやストックも限界とのことです」
「ちっ、単に人手が足りないというわけか。ならば、錬金術師の知識を持っているものを雇えばよいだろう?」
「それが………王都の商会ではどこも錬金釜が在庫切れらしいのです。それにかき集めても、『とてもではないが全てを買い取れるか、草』と笑われてもしまいました」
「そうか……草」
「そのとおりです。草」
ズムは秘書と顔を見合わせて、真剣な表情で現状を確認する。
薬草は倉庫に収まりきれぬほど集まっている。その売り先には冒険者ギルドの御用達の錬金術師に卸している。が、買いきれるわけはないと断られてしまうことが、今の悩みであった。
トントンと机を指で叩きながら苛立ちを見せるが、それでも逼迫した表情にはならなかった。ズムも馬鹿ではない。この状況に陥る可能性は考えていた。
「ならば、現金化を早める必要があるな。金庫の資金が尽きることは防がねばならない」
「現金化………今の状況であると少しばかり用心する必要があるのではないでしょうか?」
現金化という言葉に、その意味を知っている秘書は顔を曇らせるが、ズムもその危険性は考えている。
「大丈夫だ。有り余る草を他領に運ぶと誤魔化せば良い。それこそ、何台もの馬車に積む必要があるでしょう?」
「なるほど、草を利用するのですか。となると問題はありません。上手く積めばバレないでしょう」
「でしょう? なら、倉庫の草の様子を見に行くこととしましょう。劣化してはいけませんからね」
「はい、わかりました」
薄ら笑みと共にズムは草の状態を見に行くこととする。
そう、冒険者ギルドの持つ一つの重要な仕事だ。
◇
冒険者ギルドを出て、郊外に近い倉庫地区にズムたちは向かった。倉庫街は多くの物流の要であり、たくさんの荷運び人や商会の者が出入りしている。その中で、人気のない外れの方、冒険者しか管理していない倉庫にたどり着くと、ズムは見張りに目線で合図する。
「これはギルド長」
「なにか異常はないか?」
「はい。特に怪しげな者は近づいてもおりません。あぁ、先ほど新たな草が運ばれました」
「そうか。多すぎて困るな草は」
簡単に言葉を交わすと、中に入っていく。倉庫の中はシンとしており、うず高く木箱に積まれた薬草の匂いが充満しており、そのきつすぎる匂いに顔をしかめてしまった。
「本当に薬草が多いな。少し買い取りしすぎたか」
「普段は常駐依頼ではありませんから、仕方のないことかと」
「だが、これだけの匂いがあるなら、もう一つの商品もバレないだろうよ」
積み重なれた木箱の横を通り過ぎ、手慣れた様子で奥に向かう。奥の狭まった小部屋に到着すると、床に手を滑らせる。
カチリと音がすると、床が開き始めて、地下に続く階段が姿を現すのだった。ズムは躊躇いなく地下を降りていき━━。
「どうやらもう一つの商品も集まったようですね。ふふふ、これだけ集まったのは初めてではありませんか?」
ズムが嗤う。その瞳には通路に立ち並ぶ牢屋の姿があった。
「た、助けてくれ、ギルド長だろ、あんた!」
「ここはどこなんだ。俺はどうなる?」
「おかーさん、こわいよー」
多くの人々が牢屋には入れられており、泣き叫び怨嗟の声をあげている。そのような声など聞こえることはないと、ズムは奥に進み、目当ての者を見て、ニタリと嗤う。
「これはニア殿。元気ですかな?」
「くっ、こんなことをしてバレないと思ってるの!」
そこには銀髪の美少女が閉じ込められていた。憎々しげにズムを睨み、牢屋の鉄棒をガシャガシャと揺らす。
「バレませんよ。冒険者ギルドは長年この事業をしていたのです。バレたことなど一回もない。いや、バレても口封じを行ってきたので、結果的にバレることはないのです」
「こんなことをずっとしていた? 正気じゃない!」
驚愕の表情となるニアに、歪んだ悦びを持ってズムは嗤う。
「いいえ、正気です。昔に奴隷事業が禁じられてから、冒険者ギルドはこの仕事を重要な事業の一つとしてやってきました。危険なる鉱山採掘、長生きできぬ港湾での娼館、そして………貴族たちの玩具。顧客は多く、この仕事は尽きることなき金の源泉みたいなものなのでね。薬草採りやゴブリン退治。簡単な仕事で死亡する新米冒険者たちのなんと多いことか。そして、彼らは揃って身寄りもないか、村を追い出された者たちばかり」
最初にこの事業を考えたものは、新米冒険者たちが何人亡くなっても誰も気しないことに目をつけたのだ。以来、新米冒険者をさらい売り払うのは冒険者ギルドの稼ぎ頭の一つとなっていた。
「これまでもこんなことをしていたのね! 許せない! 死んだことにして、奴隷として売ってた!」
「この事業を考えたギルド長は天才としか言いようがない。貴女も本当は冒険者ギルドの看板にするつもりでした。ですがカステランに鞍替えしようとするからいけないのです。なに、貴女を買う人はきっと優しくしてくれますよ。なにせ、かなりの高額で落としましたから」
「絶対に抜け出す! そして冒険者ギルドで行われていたと告発してやる!」
激昂するニアだが、ズムはそのような態度をとるものたちは見飽きていた。
「そのようなことを叫ぶ者は数多くいましたよ。ですが、手足の腱を切られて、ご主人様に可愛がられれば、そんな気持ちはすっ飛ぶはずです。クハハハ。冒険者たちが増えたことにより、売り上げも上がる。草の赤字を取り戻さなくてはなりませんからね、草」
そうして、醜悪なる歪んだ笑みでズムは嗤うのだった。
「こわいでしゅ。だれかたちけてー」
「まきゅーまきゅー」
ニアと同じ牢屋で震える幼女とマーモットがいたが、まったく気にすることはなかったのである。




