76話 学園での決闘は合法なんだ
「アキ・アスクレピオス侯爵子息。マノミ・ピスケス公爵令嬢から離れてもらおうか。貴様などが近づいて良いお方ではないのだ!」
実に失礼な言葉を吐くのはギャーフ・シャウト伯爵子息とか言うらしい。そして、その後ろにはやはりアキを睨む錬金術科の生徒達。正義感にあふれる少年っぽい。伯爵子息ならギリギリ侯爵子息にも対応できると考えたに違いない。
「その下衆な汚い手でエリクシルの花のような尊きピスケス公爵令嬢に触れるな! お前はそこの隣の平民に手を出して満足するんだな」
「良いこと言ったね、君。アキ、やっぱり私がアキに一番お似合いだって!」
都合の良い脳内変換をしたスピカがアキの肩を揺らして嬉しそうだけど、ヒロインがそれでいいの!?
「ふふん! 仲が良さそうでなによりじゃないか、ほら、麗しのピスケス公爵令嬢からさっさと離れるんだ」
ギャーフのセリフにそんなに仲が良さそうに見えるかなと、嬉しげに身体をクネクネさせるスピカは見ないこととして、アキはこの会話がイベントだと察する。イベントでなくてもイベントにする! 不思議なことに、ガチャポイントが無いからね。せめて10連ガチャができる程度には貯めておきたいのだ。
「おっと、俺は大勢の女がいればいるほど幸せを感じるんでな。悪いがマノミは手放すことはできないんだ。ぐへへへ」
悪役令息ルックスY渾身の演技である。周りはコブターンの見た目からそのゲスな心を感じ取るに違いない。アキちゃん頑張ってますねと、母親のように見守る目をマノミはやめてほしい。本来はここで主人公が間に入るのだろうけど人形なので期待しない。
「貴様ぁっ! いかにピスケス公爵令嬢が優しくても限度があろう! ピスケス公爵令嬢、この者は新ギルドで何の役にも立ちません。あのギルドは閑古鳥が鳴いて、冒険者などほとんどいないのですよ? ここはお父上にご報告し、もっと有能な人物を推薦なさるべきではないでしょうか? 私はこれでも経営学を学び、人を集めるだけの力はあると自負しております」
遠回しに自己アピールをするギャーフは胸に手を当てて得意げだ。たしかにカステランに来た冒険者はほとんどいないからなぁ。幼女鳥がピヨピヨと鳴き、酒場で飲んだくれている破戒シスターがいるだけであるので嘘ではない。
「まだ設立して数日です。これからカステランは伸びていきますし、まだアキちゃんの力を見定めるのは早いと思います」
「くっ、ピスケス公爵令嬢はお優しすぎる。………ならば、アスクレピオス侯爵子息、勝負といこうではないか?」
マノミの冷静なる答えに悔しそうにすると、ギャーフはアキを睨んで、待ち望んだセリフを口にしてくる。うんうん、その言葉を待っていたよ。
「な、なんだと、しょ、勝負?」
なのでおどおどとして、弱気な苛められっ子コブターンの演技をするアキ。内心はワクワクだ。あ~ちゃんがわるそうなえがおだと喜んでるけど、誰のことかわかりません。
「ふん、そうだ。貴様が負けたら金輪際ピスケス公爵令嬢には近寄らないでもらおうか」
口角を吊り上げて、上から目線のギャーフ。なら、主人公的な返しは『それなら俺は蔑んだスピカに謝ってもらう』だ。
「なら、俺は貴様らが負けたら、カステランで3年間カステランの選んだ依頼を本来の3割の報酬で毎週一回は受けることだ。攻略に際して代理人はオーケーとする」
でも、悪役令息なので現実的な返答をしちゃう幼女です。
「貴様ら全員だからな? その代わりに勝負の方法は、リューラ先生が睨んでいるし、今日のテスト結果でどうだ? 貴様ら全員のうち、一人でもこの俺様に勝てれば良いこととしようではないか」
「ポーション勝負か……いいだろう、その勝負乗った! 後で吠え面をかくなよ、アスクレピオス侯爵令息! この勝負は薬草の量が肝心なんだ。全員が一人に採取した薬草を集めるとどうなるか思い知れ!」
ギャーフは考えなしに了承し、他の生徒たちも断る者はおらずに、ここにアキ対16人の生徒達という構図が出来上がったのだった。ちょっと人数増えすぎじゃない?
「ならば、時は金なりだ。お前ら行くぞ!」
「おー! お前についていくぜ!」
「あんなブサ男に負けるわけにはいかないわ」
余裕の笑みでアキを蔑みながら、ギャーフたちは周りには目もくれずに駆け出して森林奥に消えていった。
このテストは数が強みになる。そして、アキの味方はマノミ、スピカ、偽カストール。でも3人ともテストを受けないといけないから、薬草を貰うわけにはいかない。
「アキちゃん………あまりやりすぎないようお願いします。彼らも国王派なんです」
おかしいな、ここは不安げにアキを心配してくるシーンじゃないの? どうしてマノミは相手を心配しているのかしらん。
「ううん、わかった。それじゃマノミにお願いがあるんだ」
「お願いですか?」
「うん、お金貸して」
真面目な顔で、悪役令息ルックスYはヒロインに借金を申し込んだ。
◇
「お前ら、あのブタに負けるわけにはいかないぞ。絶対にあの薄汚い手からピスケス公爵令嬢を自由にして差し上げるんだ!」
「あぁ、皆の憧れであるピスケス公爵令嬢をあのブタから助けないとな!」
「お茶会の時から、あの方は憧れだったんだもの!」
森林内を駆けながらギャーフが気合いを入れて声を上げると、周りの友人たちもそのとおりだと同意する。その顔は決意に満ちて、戦意が溢れている。それだけピスケス公爵令嬢は人気のある方であるのだ。
ゲームの流れでは違った。マノミは気弱で家のいいなりであるし、受け身なので存在感の極めて薄い娘であったのだ。
だが、去年起きた幼女誘拐事件から生まれ変わったマノミは己を鍛えて、そのヒロイン的な潜在能力の高さから、みるみるうちに腕を上げて、その自信を得たことも相まって、行動にも反映された。そうして子供たちの中では明らかに天才と呼ばれる突出した才能と美しさから憧れる人が大勢できたのであった。
高嶺の花とも思えて、ギャーフたちはなんとか友人になりたいとは思っていたが、畏れ多くてそれ以上は近寄らなかったのだ。それが暗黙の了解であるのに━━━。
「あのブタ野郎…………ま、まさかとは思うが、ピスケス公爵令嬢の婚約者候補ではないよな? 堂々と平民といちゃつく野郎だぞ?」
今日のピスケス公爵令嬢のブタへの親しげな様子から、アスクレピオス侯爵令息の立場など忘れて、ゾッとしてしまったのだ。なにせ、アスクレピオス侯爵家とピスケス公爵家はかなり近しい関係なのは周知の事実だ。ピスケス公爵家には嫡男もいるし、政略結婚にはちょうど良い相手なのである。
だがそれはギャーフを始めとする貴族子女には耐えられないことであったのだ。
たしかに第三者から見たら、アキは可愛らしい平民の美少女といちゃつく中で、マノミに抱きつくクズ野郎に見えた。不思議である。これが幼女なら特に気にされなかったどころか、芸術的な光景だと皆は感動したに違いないから外見は大事なことが判明していた。
なので、ギャーフたちはあくまでも主はマノミを思っての善なる心からの行動だ。悪役令息はどんどこ恨まれるが悪役令息なので、これこそ悪役だねと、飛び上がって喜んでいたりもした。
「でも、ギャーフ。ここらへんじゃ薬草なんか全然ないぜ? どうするんだ?」
友人の言う通り、老若男女が森林で草むしりをするが如く、薬草を毟り取っていた。この勢いでは全滅するかもと思われるほどだ。
「僕たちは魔法を使える。この人数で順番に魔法で魔物を倒していけば、奥にも進めるはずだ」
彼らは本来は魔法科を選択した者たちばかりだ。錬金術師を目指すものはこの中でたった2名。その者たちも単にアカデミー卒業の箔付けのためであり、ギャーフたちと同じく魔法の方が才能があった。
そして、攻撃魔法は強力だ。初級魔法でも連続で使えば騎士級でも苦戦するオーガをも倒せる。この人数ならば、なんの問題もない。
「そうだな、っと、現れたぞ!」
『魔法矢』
『眠り(スリープ)』
『魔法矢』
『眠り(スリープ)』
木陰から姿を見せた狼に、ギャーフたちは作戦通りに魔法を放つ。魔法の矢で傷つけて、眠らせるの繰り返しだ。セコいというなかれ、このコンボにより、狼は近づくこともできずに倒されていく。
「ふ、ふふふ、レグルス王子の言うとおりだ! 獣系統の魔物はこのパターンが最強だな!」
「あぁ! 魔法使いは騎士級などよりも遥かに優秀なことがわかるな」
最近、レグルス第二王子が自身の仲間にだけ伝えている魔物討伐方法。ギャーフはその戦略が正しいことに有頂天となる。
(そうだ、僕は第二王子からも見込まれている将来性のある男だ。功績を上げれば、きっとピスケス公爵令嬢と釣り合う相手にもなれるに違いない)
その後も狼や熊などの獣が現れるが、交互に魔法を使って魔力が切れないように連携をとりながらギャーフは危なげなく森林を駆け抜ける。
そうして適度に休憩をしながら進み、ようやく人気がなくなると、薬草などの群生地がチラホラと目に入ってくる。
侯爵令息に噛みつくだけあって、ギャーフはたしかに生徒としては優秀であった。友人たちもギャーフをリーダーとして行動し、その指示にも不満はない。
「よし。皆ここらで薬草を集めよう!」
「そうだな、ここらへんならたっぷり採れるだろ」
「あのデブはどうしてるんだろうな? 追いかけてくる気配もないが」
「平民2人を仲間にしても限界がある。きっと入り口辺りで、他の新米冒険者たちに混じって薬草をちまちまと採取してるんだろ」
あはははと皆でアキのことを蔑み嗤う。時折魔物が現れても問題はなく、やがてギャーフは多くの薬草を採取して、魔力もほとんど尽きて体力も限界であったが、勝利を確信し弾むような足取りで元の集合場所へと戻るのであった。
「遅かったな。もしかして遭難したのかと心配していたぞ。こちらはこれくらいの薬草しか手に入らなかったが、そちらはどうだったのだ?」
そして合流地点にて、まさしく言葉の通り山と積み上げられた薬草の上で昼寝をしていたアキが暇そうにあくびをしていたので、あんぐりと口を開けて唖然としてしまうのだった。




