72話 七光の役員って憧れる
総合商社『カステラン』。最近作られた商会だ。名前の由来は世界最高のホニャララから考えられているらしい。会社名命名権は一番お金を出した幼女が買ったので仕方ない。先日見つけた宝物庫のお金を全額投資したのだ。ふんすふんすと興奮気味にお名前を考えて、ようやく思いついた素敵な名前なのだ。
商会の名前の由来はともかくとして、その建物は王都の大通り沿いに作られており、高位貴族の屋敷のように大きく立派な建物である。とはいえ、新築というわけではない。この建物、元は冒険者ギルド長の持ち物だ。ギルド長はめでたく反逆罪に問われて財産及び爵位没収となったのだが、その財産の一つだ。ギルド長がどれだけ稼いでいたのか分かるというものである。なので、多少の調度品を入れ替えただけで、使用可能となったので、総合商社の本社とした。
そして、今は会議室となった広間にてずらりと並ぶ人々が初の会議に参加していた。上座に座るのはソロジャ・ノーマ。南部に商会を持ち、引退したはずのお爺さんで最近アスクレピオス侯爵家のもとで何の因果か働くことになった男は、なぜか総合商社の上座に座っていた。
「み、こほん、皆様方、今日は総合商社『カステラン』にようこそ。私は総合商社商会主のソロジャ・ノーマと申します。本日は名高い方々とお会いできて光栄です」
ソロジャは元商会主として、最近はアスクレピオス侯爵家の品物を商っているため、多くのお偉方と会ったことはある。なので、このような会議も数多く出席したことがあるのだが、それでも今回は緊張していた。指の震えを耐えて、顔が引き攣らないように我慢する。
「僕も光栄ですよ。今やアスクレピオス侯爵家で辣腕を振るうソロジャさんと会えるなんて。その名声は王城にも届いているよ」
爽やかに笑うのは、レグルス・レオ。この国の第二王子だ。金髪碧眼の爽やかな顔立ちの少年だ。アカデミーの新生徒会長で二年生。本来はソロジャが簡単に会える人間ではない。
「ふふ、そうですね。わたくしも会えるのを楽しみにしてました。でも、このような会議にわたくしも出席させていただきましたが、よろしかったのでしょうか」
こてりと首を傾げてのんびりとした口調の少女は第二王妃の息女にして、やはりアカデミー二年生の生徒会副会長デボラネ・レオ。ふわふわ天然パーマの癒し系、銀髪碧眼のゆるふわ美少女だ。やはり、ソロジャが会える方ではない。他にもアカデミーの学園副学園長や、どこかで名前を聞いたことがある軒並み立派な人物ばかりであった。
その中で主導権を握り、会話を先導しなければならないとは、海千山千のさしものソロジャでも逃げ出したくなる。だが、なんとか耐えるとニコリと笑顔を作る。
「問題ありません。今回はアカデミーの方々へのご相談もありました。王族の方々と話せる光栄を噛み締めつつ、話を続けさせていただきたいと思います」
丁寧に頭を下げつつ、ソロジャが挨拶を終えようとするが、アカデミーの人々から送られてくる視線に敵意を感じて辛い。なにせ━━━。
「アカデミーの学園長も兼任なさるのです。そう下手に出なくてもよろしいですよ、ソロジャ学園長」
リューラ・リューラの極寒の如き視線に、心は凍りついて、なぜなんだとソロジャは叫びたかった。そう━━━ソロジャ・ノーマはなぜかアカデミー学園長にもなったのであった。
(なぜ? なぜなんだぁ〜っ! アスクレピオス侯爵様、アムネジア姫、儂はこんな形で偉くはなりたくなかったですぞ〜!)
内心は絶叫していたソロジャであった。
「あ~、つまらない挨拶などどうでも良いのではないか? さっさと会議を終えようではないか。この俺様が話を進めてやろう。この総合商社商会副商会主のアキ・アスクレピオスがな! わっはっは、わっはっは、あたちはたかわらいましゅたー、けふんけふん。このアキ・アスクレピオスがな!」
そして、ソロジャの隣には副商会主のアキ・アスクレピオス侯爵子息が座っていた。そばかすが少しある平凡な顔立ちの少年はとても嬉しそうだ。アスクレピオス侯爵家では冷遇されていると噂されていたので、今回の人事はとても喜んでいる模様。
「駄目ですよ、シーッです、アキさん、ここは静かにしておかないと。シーッです。後でカステラを食べましょう」
「わかった! それじゃ、さっさと進めろ、ソロジャ! カステラは茶色のところを多目にね!」
その隣にいる少女が高笑いを続けるアキを柔らかな笑みで窘める。水色の髪が麗しい可愛らしい顔立ちの美少女、マノミ・ピスケス。彼女も副商会主である。
二人は共にピスケス公爵家とアスクレピオス侯爵家がこの総合商社にかなりの投資をしていることの証明として、お飾りとして副商会主の座についた。マノミはそのことを理解しているので静かだが、アキはまったく分かっていない様子であった。
もう少しマシな人選をして欲しかったと思いつつ、公爵家と侯爵家の影響力をできるだけ排除した形とするとこの人選がベストであるので、ソロジャは我慢をすると話を続ける。
「リューラ様、私はアカデミー学園長となりましたが、それはアカデミーの理念や剣や魔法、政治学などに長けているからではありません。総合商社との連携をすることと、アカデミーの財政改善を任されての学園長です。本来のアカデミーの教育はリューラ様にお任せすることと最初の話で決まったのは覚えておりますでしょう」
憮然とした顔で不満なアカデミーの教員たちに説明する。不満なのはわかる。彼らは教員として生徒たちを導き、そのことに誇りを持っている。まったく畑違いの人間が上位に来れば、それは不満に思わないほうがおかしい。
「それならば学園長でなくても良いのではないでしょうか? 庶務として活動をすればよろしいのです」
ピシャリと告げるリューラの言葉に教員たちが同意して頷く。その態度はソロジャにとっては頭の痛いところではあるが、予想もしていた。
「だ」
「駄目だ! リューラ先生、まったく駄目ですな、ワハハ。先生たちは金に困っている。アカデミーは今や貧乏! 金が必要だから商人に任せることとなったのでしょう? 度重なる強盗団のせいでアカデミーは復興資金が底をついたのですから、まずはとにかく金を稼げないと」
「…………アスクレピオス侯爵子息に言われなくてもわかっています」
む、と顔をしかめるリューラ。口を挟んで来たアキを睨むが、ニヤニヤ笑いを見せて得意げな顔のアキを見て諦める。良いタイミングだったと、安堵しながらソロジャは話を続けることにする。
「これからの郊外授業では、高位ランクの依頼を生徒たちに受けてもらいます。また奉仕活動として、周囲の低位魔物の間引きなど、手数料としてアカデミーに入る仕様です。これだけのことをするには全面的に権力を持つ学園長になるしかないことをお知りください」
「生徒たちに安い報酬で依頼を片付けさせて、アカデミーは差額を取るのは少し納得できませんが……」
「冒険者と違い、依頼時にはアカデミーの補助があります。ポーションや事前の現場調査、魔道具などの支給もします。これらは錬金術科が作るのを支給する場合もありますが、カステランの錬金術師が作った物を支給する予定です。その分の差額を取っても良いはずです」
教育者としての理念が、リューラに罪悪感を感じさせるのだろうが、普通の冒険者とは違うと力説する。
「市井の錬金術師は王都でもたった3人程度のはずです。そこまでの量は用意できないのでは? まさか錬金術師モドキに頼るなどとはありませんよね?」
錬金術師はなり手が少ない。なぜならば学ぶ時点で平民なら一生贅沢に暮らせる金がかかるからだ。今の市井の錬金術師たちは貴族という枠組みが息苦しくて野に下りた者たちだ。他の錬金術師たちらは貴族をしながら密かに錬金術を研究している者たちだと噂されている。リューラはもっと錬金術師たちが増えれば良いと思うが、金のことはどうにもできず口惜しい思いをしていた。
「錬金術師にはあてがあります。かなりの量が用意できるはずです」
(アスクレピオス侯爵がどこからか錬金術師を用意してくれると言っていたからな。信用するしかない)
ソロジャも内心ではそこまで錬金術師を用意できるのか疑問ではある。市井にいる数少ない錬金術師たちは利益にも目聡く、ポーション販売を独占しているためにポーションは高額であった。なので、大勢の錬金術師などいれば噂にならないはずがないのだが………。
「最後に私が学園長となったのは、大変申し訳ありませんが、プトレマイオス盗賊団などの組織に入りこまれすぎたアカデミーをこれからはそう簡単に入れないようにするためでもあります。皆様は雇う際にその知識と剣や魔法の腕しかみません。これからは私が人として雇用してよいかを確認します。その点で申し訳ありませんが私は皆様をうわまわっていると自負しております」
「それは………ハコブは優秀な魔法使いでしたので………」
「まさか剣術担当があのようなことをするとは思っていなかったのだ」
「我々は知識の徒ですからな。世俗のことなど気にできんのです」
胸を張り説明をすると、気まずそうにリューラたちは目を逸らす。なるほど、たしかに彼らは腕の良い者たちであるが、人を見る目はさっぱりであったのが、最近立て続けに起こる事件にて証明されていたからだ。
「あははは、素晴らしいですよ、ソロジャ学園長。僕はあなたを支持します。ねえ、デボラネ? 貴方の元ならばもっとアカデミーは楽しくなりそうだし、皆の腕も上がるに違いない」
「そうですね〜。よくわかりませんが良いと思います。新学園長に拍手を〜」
レグルスが快活に笑い、デボラネがこてりと首を傾げて、眠そうな顔で頷く。場の空気はそこで決まり、アカデミーとカステランとの連携は行われることとなったのであった。
「わははは、決まったようだな。それならばこの俺様、アキ・アスクレピオスに冒険者たちを引き抜くことは任せるが良い! あっという間に冒険者ギルドなど潰してくれるわ!」
高笑いマスターのアキが立ち上がり、にやりと窓の外へと顔を向ける。その視線の先には冒険者ギルドが建っていた。
そう、冒険者ギルドの真ん前にライバル会社は建ったのであった。実に悪役令息らしい建物の建て方であった。




