7話 山賊のものはあたちのもの
初陣は終わった。転生してから四時間くらいの出来事である。特にスピードクリアを目指すわけではないけど、幼女はせっかちにドンドコクエストをクリアしちゃうのだった。
「ふむ、山賊団の勢力を伸ばして経験点ゲットかぁ。この場合、ライバル山賊団を駆逐したからだろうね」
やはり『悪逆非道』スキルが働いているのだろうと、うんうんと頷いて満足なアキちゃんです。周りに積み重なる死体は小石でも見るかのように気にしない。
「あっちー。死ぬかと思った。やばい毛皮が灰になった」
「ほんとほんと。さんきゅーなシスター1号」
「感謝してくださいね、この変態たち。とりあえずなにか服を着てください」
「チェッ、検証出来なかったか。まぁ、装備を失うことが分かったからいっか」
火傷を癒やされながら、全裸で元気に伸びをするタンカーたち。燃えながら回復するという拷問のようなことでも、ゲームではあるあるだったねと気にしないアキとヒャッハーたちである。他のものが見たらトラウマにならないのかとドン引きするだろうことは間違いない。とりあえず汚い裸を見て、幼女がトラウマにならないようにしろ。
へいへいと笑いながら死体から剥ぎ取った服を着る姿はどこからどう見ても山賊である。
まぁ、そんなことはどうでも良い。今からお楽しみのお宝タイムだ! アキはというか、プレイヤーが一番ワクワクする時間である。
「てめーら、残らず集めるんですよ。きゃー、これ魔法剣じゃないかな? 金貨千枚はかたそう!」
「はいはい、お嬢は宝箱を調べてくださいね〜」
腕を切り落としたチュートリの持つ魔剣フランベルジュを指を剥がして手に入れる幼女である。ものすごい猟奇的な光景なので、さすがにヒャッハーたちが抱えて、天幕の横に置くのだった。
「どんどん宝箱持ってきて! あたちが見分しゅるから! 天幕も回収してね、結構良い値段で売れるから!」
せこい幼女であるが、金のこととなると厳しいのだ。ふんふーんと鼻歌混じりに、小さなおててを突っ込んで、宝箱を調べていく。金貨を掴んでチャラチャラと落として遊んじゃう。
「おーい」
見たところ金貨千枚ちょいに安物の宝飾品、『発火』のスクロールなど生活魔法用のスクロールが何点か。
「ま、こんなもんか。長年各地を荒らしてきた山賊にしてはしょぼいけど、雑魚キャラだったしな」
「おーい、おーい」
ふんふーんとポッケに金貨をねじ込んで、チャラチャラと溢しちゃう。アイテムボックスが欲しいところだけど、この世界では恐ろしく貴重品なんだ。ゲームでも二百キロ入る魔法の鞄が三個しか手に入れるのは無理だった。
「お~い! こっちを見てくれ、そこの幼女!」
「ん、あたちのこと? なーに? なにか用?」
なんだかさっきから声が聞こえたと思っていたら、話しかけられていたらしい。
見ると、元は立派だったろう騎士服を着た少女一人と男性5名が鉄製の格子のなかから声をかけていた。金髪をポニーテールにまとめて、凛々しい目つきの少女だ。15歳くらいかな? 見たところ、擦過傷もないしけがされていない様子。……男たちよりも立場は上のようだから、身代金目当てに捕まったか。
近づく間に素早く相手を観察して推察する。アキは知力1でも、ゲーマー力の補正が入るのだ。
「いや、そのわかるであろう? 私たちは捕まってるんだ」
「ふ~ん、大変だね、それじゃ頑張って」
「ま、まてまて。どこの傭兵団かは知らないが、私はキーナ・ルプス。ルプス子爵家の三女だ。解放してくれればそれなりの謝礼は払おう」
そうなんだぁと踵を返そうとすると、なぜか慌てた声で引き止められる。毅然とした態度だが、上から目線だ。男たちを見ると顔を押さえて呆れていた。というか困っていた。
呆れる理由は明らかだ。キーナと名乗る少女が子爵家のものだと名乗ったからである。ここはアスクレピオス領地だ。ケイが言うにはどんなに困窮した相手でも寄親の領地に、騎士団を入れるのは貴族社会ではタブーらしい。
「そこら辺の村娘が子爵家を名乗ったら駄目だよ、おねーちゃん。まぁ、脱出頑張って」
「嘘ではない! 薄汚れているが、この騎士服はルプス子爵家のものだ! 偽りなど言わぬ! 没落した愚かなアスクレピオス侯爵家に代わるこの地の支配者の家門だぞ!」
鉄格子をガッシャガッシャと揺らして怒るキーナ。いや、嘘を言えよ、ここはうまく言い抜けて逃げるところだろ。後ろの男たちも止めろよな。というか、さりげなくアスクレピオス侯爵家をディスるので、ますます助ける気が失せたんだけど。
この子が無事なのわかった。身代金が欲しくても、女とあれば山賊たちは手を出すのに、下手に手を出したら大暴れしそうだもん。
「どうだ? 見たところ、魔法使いもいるようだ。子爵家に士官できるように君の親に推薦状を書いても良い!」
「キーナ様っ、そこまでにしてくだされ。この者たちは傭兵団などではありませぬ。魔法使いを何人も連れた傭兵団など聞いたことがない。彼らは恐らくはゲフンゲフン」
「なんだ? 最後まで言え、爺。彼等はなんとする?」
ようやく老齢の男が止めに入ってくるので一安心。あとは頑張って牢屋から逃げてね〜。言い争いが始まっても気にしない幼女は宝箱に向かおうとするが、待ったがかかった。
「お名前存じ上げませぬが、高貴なる方とお見受けします。どうか、牢屋から出していただけないでしょうか、伏してお願い致します。この通りでございます!」
土下座をする爺さんに、嘆息する。仕方ない、助けてやるか。
「レンジャー2号、ろーやを開けてあげて」
「へーい。こんなの簡単でさ。チョチョイのチョイと」
レンジャー1号がサッと鍵を開けて、キーナたちはようやく解放されるのだった。
アキはその様子を見て、ますますがっかりする。『捕虜を助けました』とか普通ならクエストクリアになるのに表示されない。『悪逆非道』では善い行いはクエストにならないということだ。
お楽しみタイム再開と、キーナたちは無視して、宝箱をキャッキャッと調べる。うーん、この金貨のリアルな手触りいいね。磨けば綺麗になるのかな?
「幼女よ、名前はなんという?」
「あ~ん? なにかよう?」
なぜかキーナがプンスコと怒った顔で目の前に立っていた。面倒くさいなぁ、サブクエストが発生するならともかくとして、『悪逆非道』の力で発生しないんだろうから、絡まないで! 幼女に絡むの禁止!
「子爵家の者へ、その態度は失礼であろう。名を名乗りなさい」
腰に手を当てて、高圧的な態度だ。爺とやらは何処だと探すと、この団の団長だと思ったのだろう。タンカー1号に話しかけていた。どうせこの場にいたことを黙っていてほしいとかそんな感じだろうね。世間知らずのお嬢さんを放置しないでよ、まったくもう。
誰よりも世間知らずの転生してから四時間しか経っていない幼女は顔を上げずに、再び宝箱を数え始める。
「無礼であろう! 話す時は相手を見なさいと、家庭教師から学ばなかったか?」
アキの頬を掴むと無理やり顔を上げさせようとしてくる。元気なおねーちゃんだなぁ。
「むー、キーナさんはなんで捕まったの? 騎士でしょう?」
「む、それはだな、子爵家の家宝『無限の水瓶』を取り返しに来たからだ。が、力及ばず……家臣たちの命が奪われてしまった」
拳を握りしめて、キーナは悔しくて涙目となる。30人の精鋭と向かったのだが、森林の中で罠にかかり、さらにはフランベルジュの炎を受けて、負けてしまったのだ。
「『無限の水瓶』? 1日百リットル出せるだけの魔導具かな? 天幕の横にあるあれかな?」
アキは特になにも思わずに片付け中の天幕を指さす。その横に意匠過多の壺がちょこんと置かれていたのだ。
「あれだっ! あれがあれば皆の死も報われよう!」
目を輝かせてキーナは壺を取りに向かう。死も報われるねぇ、俺ならなにがあっても命に報われることはないね。代わりに世界が救われると言われても毅然として拒否するよ。今なら四肢を伸ばして幼女の駄々っ子で拒否してあげる。
「いいんですかい、お嬢? あれは高く売れますぜ」
後ろからのタンカー1号の声に、かぶりを振る。あれを取り上げる苦労を思うと手放すのが一番だ。
「まぁ、あれだけ喜んでるし、なんか所有権を求めたら面倒くさそうだし一つくらい良いよ」
壺を大事に抱えて、飛び跳ねて喜ぶ姿に毒気を抜かれてしまう。なんというか箱入り娘だなぁ。さては、武の力と家の力で隊長になったな? あの子が指揮官とか負けて当たり前だ。
「申し訳ありませぬ。この礼は必ずや。お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
慇懃に頭を下げてくる爺さんをちらりと見てアキはかぶりをもう一度振る。
「ヒャッハーという名前だよ。はい、かおわぱーとあわぶぅ」
「アキ様、ご無事でしたか?」
アキのセリフは突然抱きしめてきたケイに妨げられた。心配するにはまだ四時間の付き合いだけど?
「アスクレピオス家の一人娘が亡くなったら私は死刑です! 間違いありません。もう無理をするのは私のためにやめてください」
ひゃくぱー自分のためだった。まぁ、そのほうが安心するよとアキは苦笑する。自分本位のやつは利益がある限りは裏切らないからな。
苦笑ですんだのは、アキだけで、ケイの言葉を聞いた爺さんはみるみるうちに顔を青く変えて、ガバリと土下座した。
「も、申し訳ありませぬ。アスクレピオス家のご令嬢とは。さては、この方々はアスクレピオス家の虎の子の者たちでござったか。姫の無礼、何卒ご寛恕を求めたく」
爺はヒャッハー山賊団の強さと、謎の魔法兵、そして、『ライトニング』を撃っていた魔法使いがどこの所属か理解した。没落しても侯爵家、その秘匿部隊は懐にあったのだろうと。
「気の所為だな。あたしの名前はヒャッハー・あしゅあしゅ。ね、ケイ?」
幼女ローキックをケイにかまして、ニコリと微笑む。
「あだっ、そうでした。アスクレピオスではなく、あしゅあしゅ家です。名前の似た家ですよ、お爺さん」
戦国時代の守役みたいなじーさんだとアキは呆れるが、ひらひらと手を振って否定する。まぁ、アスクレピオス家は令息しかいない。あの幼女は誰だと不思議に思うことになるだろう。
「それじゃ、サッサと帰ってね。これ以上居座ると、今度はろくなことにならないからさ。あなたたちは山賊団からなんとか無限の水瓶を奪還して逃げてきた。いいね?」
捕まったとなると女性は厳しいだろう。特に貴族社会では致命的な予感がするし、なかったことにするのが一番だ。
「は、ハハッ! かしこまりました! それでは失礼します!」
幼女は寛大なのだ。で、ケイは来るのが早いね。戦士4号が戦闘が終わったと言って、商人共々連れてきた? それじゃ、持てない天幕とかは商人の馬車を使わせてもらおうね。
あわただしく、キーナを抱えて去っていく人たちを見ながら一息つくアキだった。
キーナのサブクエスト? よーじょはしーらない。