69話 新しい事業を始めるのは転生者の嗜み
アスクレピオス侯爵家の城内。荒れ果てていた領地をたった1年で復興させた奇跡の賢人にして、血と復讐の侯爵こと、ナツ、そしてその妻にして浪費家と呼ばれるフユと可愛らしい娘のアムネジアは食堂にて和気あいあいと食事を楽しんでいた。悪役令息の家庭には思えない光景だ。
浪費家と噂されるフユが豪華にして美味なる料理を求めているので、テーブルに並ぶ料理は全て豪華絢爛なご馳走ばかりだ。上品にして価値の高い調度品や内装となった食堂にふさわしい光景だった。
「なるほどね、アカデミーでは大変だったんだね、あ~ちゃん」
ナツはステーキを食べながら、娘の話を聞いていると、あ~ちゃんはふんふんと首を縦に振り、お手々を振り回して大興奮だ。
「うん、たいへんだったの。あきちゃんがね、ドカーンっておうちをこわして、バターンってほんをたおして、ドバーってみずをながして、えっと、しんじゃってたねずみをうごかすおじさんをエイヤッてたおしたんだよ。でも、あたちもすごいことできるようになったの。みてみて、とーさま! え~い!」
『かすてらのちゃいろいところそうぞう』
あ~ちゃんの手に入れた秘奥スキルにより、ポムとカステラの茶色ところがさらに創造される。本来はカステラを焼かないと作れないところであるのに、なんという贅沢な食べ物なのだろうか。恐らく世界でもトップクラスの贅沢な食べ物に間違いない。
あ~ちゃんはお皿にひらひらと落ちるカステラの茶色ところをナイフを持って迷うが、サクサクと3等分にして、ナツとフユにお皿を差し出す。
「とーさま、かーさま、あたちのスキルでつくったんだよ。たべてたべて」
あ~ちゃんは皆に分けることのできる良い子なのだ。なので、お皿を差し出してじ~っとカステラの茶色ところを見つめながらも渡そうとする。
「ありがとうあ~ちゃん。それじゃ少しだけ貰うわね。うん、美味しいわ」
「僕も少しで良いよ、あ~ちゃん」
フユもナツも可愛いあ~ちゃんの顔を見て優しく微笑むと、少しだけ切り分けて食べる気遣いを見せるのだった。もちろん、あ~ちゃんはペカリと太陽のような笑顔となって、残りの部分を食べちゃう。
「おいしーでしゅ。サイコーのりょりりでしゅね!」
ハムハムと食べる娘を温かな瞳で見守りながら、コホンとナツは咳払いをすると言う。
「あ~ちゃん、食べ終わったらしっかり者のあ~ちゃんを呼んでくれるかい?」
「あい! それじゃしゅぐにたべましゅ。これおいしい。たぶんこっくさんがつくったの!」
無邪気なあ~ちゃんはハムハムと食べ終えると、すぐにアキに入れ替わってくれるのだった。もう少し家族団欒を楽しんでも良かったのに。
「アキに変わったかい?」
「変わったというか、元々一人だから同じかも! あ~ちゃんかもしれないし、アキかもしれない。それはお手々を解かないと分からないんだよ!」
なんか鋭い声音のナツに、アキはお手々で顔を覆ってしらばっくれる。完璧なる幼女の防御だが、ニコニコと笑顔のおとーさまは誤魔化されなかった。
「アキ? あ~ちゃんの話をまとめると、アカデミーを破壊して、なおかつ混乱を招いていた気がするけど気のせいかな? アキはアカデミーに通って何日たったのかな?」
「えっと………一ヶ月とちょっとかな? えへへ、アカデミーでの生活は楽しいでしゅ」
悲報、おとーさまはあ~ちゃんの説明をおぼろげにでも理解した模様。そして、かなり怒っている様子。伝統あるアカデミーをたった2週間で破壊した幼女と言われると、破壊神みたいで嫌だ。なので、冤罪として訴えないといけないだろう。
「アカデミーはプトレマイオスという盗賊団に襲われて一ヶ月の休止があっただろ? とすると2週間もないはずだけど、その間にアカデミーが崩壊したことに、なにか思い当たることはないかい?」
完全にアキを疑っている様子のおとーさまである。疑っているというか確信していそう。
「恐るべきプトレマイオスだよね! あたちは撃退するのに頑張ったんだよ。すこーしやりすぎたかもしれないけど、人命救助が先だったから仕方なかったの」
バレてるようなので、諦めて瞳を潤ませて、幼女だから許してと言うアキ。幼女力をフルに使う悪役令息ルックスYだ。
「はぁ~〜〜。もしかしてもしかするとと思ったけど、本当に当たっていたのか」
額を押さえて、困った顔で溜め息を吐くナツに、アキは引っ掛けたなと、ペチペチテーブルを叩いて抗議する。プンスカ幼女なのだ。
「え~! カマをかけたの!? じゅるい、おとーさまはじゅるい! 今のナシね? ノーカン、ノーカン! あたちは言ってなかった。寝言、寝言だったの。寝言は寝て言え、グーグー」
そのまま寝たふりをしようとする幼女アキ。知力1の力をフルに使っての誤魔化しだが、コツンとフユに頭を軽く叩かれた。いつの間にか席を立って近づいてきたらしい。
「ほら、アキ。ふざけてないでしっかりと説明をするの。そうしたらお父様も許してくれるかもしれないわよ?」
「はぁい」
慈愛のおかーさまの優しい微笑みにアキはコクリと頷くとこれまでの経緯を話すのであった。
◇
「そうか………プトレマイオスというのは貴族派の組織だったと。冒険者ギルドのギルド長も貴族派で、国王派を削ろうと暗躍していたのか………。王都は僕の予想以上に腐っているようだね。デザートワームや病を持つゾンビラットを解き放って無辜の民を殺そうなんて………信じ難い暴挙だ」
「うん、そうなの。タイチたちが集めてくれた情報からあたちは対抗するべく行動してたの。本当は国王様に告げるのが一番だけど、王子も王女も疑わしいし、味方が誰なのか分からなかったから!」
アキが正直に話した内容に、ナツは顎に手を当てると険しい顔となる。正直にプトレマイオスは盗賊団ではなく、貴族派の組織ということにして説明しました。たぶんだいたい合ってると思うんだ。なので、アカデミーの学費強奪事件、ハコブの横流し、そして下水道からの病魔鼠の発生も全部貴族派のせいにしました。
「よくやったアキ。たしかに素直に報告しても握りつぶされるか、殺されるかだ。信用できる人にしか話してはいけなかったから良い判断だけど、次からは僕へ報告してね? これでも侯爵家当主なんだ。解決策はあるから」
「あい、これからはおとーさまたちに予め報告しましゅ」
笑顔で手を挙げるアキだが、本当に報告して行動するかは、幼女は忘れっぽいとだけ騙っておこう。
「タイチ卿たちには褒美を与えねばね。でも、これからどうするべきか………。難しいな、下手に動くとアスクレピオス侯爵家も危機に陥るかもしれない。見た目と違って内部はまだまだ脆弱だから」
現在のアスクレピオス侯爵家は景気が良く活気がある。だが、それは手にある財産を全力で使ってのことだ。家臣との信頼関係も、土地の有力者との関係も薄い。外から突かれれば、すぐに崩壊するかもしれない危うさを持っていた。なのでナツとしては、口出しはしたくないが、しなければ後々に危機に陥る可能性かあるため、慎重に選択をしないといけなかったのである。
だが、そこはアキも考えていた。アスクレピオス侯爵家が前面に立って行動するのは時期尚早だ。少なくとも今ではない。
なので━━━━。
「おとーさま、ここは簡単に考えましょう。これだけのことを仕出かしているのです。貴族派も既に覚悟はできていると思います」
「覚悟? 覚悟ってなんだい?」
ナツはさっぱり思いつかないといった顔で聞き返してくる。恐らくは権力争いは宮中でのことだけだと思っているのだ。だがそれは甘いと言う他ない。
「貴族派はきっと近い将来に反乱を起こすつもりでしゅ。そのため、性急なテロ行為を始めたとあたちは考えてましゅ」
ペトンとテーブルに手をつけて強調する。本当はバーンが良かったけど、幼女にはこれが限界でした。
「反乱だって!? まさか、そこまで愚かな行為をするわけがない。彼らは貴族だ。それは国あってのものなんだ。反乱で国が乱れれば、他国がその隙を逃すわけはない。きっと何かしらの理由をつけて攻めてくるだろう」
だが、ナツは血相を変えて反論してくる。その態度から、なぜ国王派が貴族派より弱いかも透けて見える。彼らは最終的には国王が全てを抑えることができると無意識に考えているのだ。だから貴族派の台頭を許してしまったのだ。
甘いと言うしかない。今日のデザートよりも甘い。カステラの茶色いところは意外と甘くないのだ。
「あたちはプトレマイオスと戦いましたが、その武力と装備の質の良さ、そしてその練度は極めて高いものでした。はっきり言って王国軍よりも良い兵士たちです。率いる隊長も将軍級。たかだか盗賊団のような荒くれ者たちがそれだけの力を持っているのです。たとえ他国が攻めてきても、国内を制圧後に、簡単に追い返せると考えているか、既に他国との密約があると考えてよいでしょう」
真剣な顔でもっともらしいことを騙る幼女だが、本当のところは違うことを知っている。彼らは星の光を利用して最終的には世界を支配できると考えているのだ。第二形態の力を手にしていても、完全なる星の光を奪えていないことから、たぶんメインストーリーに関わるなにかが足りないのだろう。だから、無理やりにでも戦乱を起こしてしまうのは確定事項だ。
「それだけの自信があるのか………ならば国王陛下に報告しないといけない。軍を揃えるのか………。今の国王派はそれだけの力を持っているとは言えないな」
「物事は簡単にですよ、おとーさま。貴族派が軍を用意しているのであれば、軍を用意して対抗する。それよりも行わなくてはいけないことがあります」
「それはなんだい?」
「個の力では完全に負けているからといって、戦争でも負けるとは限らないのです。まずは資金面に攻撃を仕掛けましょう。一人では国内に恐怖を与えることはできますが、占領はできないのです。軍を動かし、装備を整え、糧食を揃える。それ全て金が必要となります」
「資金面か。だが、そう簡単に貴族派の資金を減らすことなどできないよ?」
「そうでしょうか? あたちはそうは思いません。あたちに百万の金貨をくだしゃい。その金にて貴族派の資金面を攻撃しましょう」
ふふっと悪戯そうに笑い、軍師黒田アキ兵衛こと、幼女は腕を組む。金で全てを解決する者、その名は悪役令息ルックスYなのだ。
「そんなお金ないよ? アスクレピオス領地を復興させるのにほとんど使って残っている金貨も予算として確保してるし、もう金庫は空っぽだ。今年の税金が入るまでは自由に使えるのはないよ?」
そうだった。どうしよ。あたちが動くのが早すぎたんだ。あと1年待つべきだったかも?




