62話 謎の組織からのヘッドハンティングは男のロマン
王都の一角にある中堅の宿屋。そこそこ繁盛している宿屋で、この世界の平民の中ではかなり裕福だ。だが、裕福だからといって、従業員に仕事をすべて任せるのではなく、家族ぐるみでの経営もこの世界では当たり前であった。
今は夕方、外は薄暗く夕食を食べに大勢の客が訪れており、熱気で食堂にいると汗をかくほどに繁盛していた。皆が料理に舌鼓を打ち、仕事に対する愚痴や、世間話をして騒がしい。
その中で、せっせと料理を運んでいる少年が厨房へと叫ぶように大声で注文を口にする。
「親父、唐揚げ定食な! それとエールにワイン! え、もう一人前唐揚げマヨネーズ付き!」
「おうよ、どんどん作っていくから、じゃんじゃん持ってけ!」
店員の少年の注文に豪快な声音の男が油の中に鶏肉を入れていく。パチパチジューと、油の跳ねる音が食堂まで聞こえてきて、その音で食欲を喚起された客が再び唐揚げを頼むという好循環になっていた。
カウンターに置かれた山盛りの唐揚げを少年が手慣れた様子で手に取ると、客のテーブルまで運ぶ。
「あんがとな、あんちゃん。でも、準男爵になって、アカデミーに入学したんじゃなかったか? なんで食堂の手伝いをしてるんだ?」
仕事帰りのおっさんが、少年にからかうようにニヤニヤと問うと、グググと悔しそうな顔になる少年の代わりに、肝っ玉母さんという呼び名が相応しい中年の女性がエールを運んできながら豪快に笑う。
「あっはは、この馬鹿は金がなくなったから手伝いをしてるのさ。まったく大金を使ってアカデミーなんかに入学なんかするからだよ。あたしの言う通り貯金をして、良い嫁さんとさっさと結婚して宿屋を継ぎなっていったのにねぇ。母親の言うことを聞かないんだから、まったく」
「うっせーなー。俺は準男爵になったんだぜ? それでアカデミー卒業なら、良いとこの美少女が俺の嫁に来るかもだろ!」
「はん、まったく。少し珍しい料理レシピを思いついて小金持ちになったら分不相応なことを言い始めて、困ったもんだよ。この宿屋の切り盛りを良いとこのお嬢さんができるっていうのかい! もう少し考えな! 器量良しならそこらにもいるだろう」
「うっせー、顔が大事なんだよ、顔が! 俺はハーレムを作りたいんだ! だいたいおっかあの勧める器量良しは仕事をしっかりとする娘で、顔は二の次だろ!」
「ハーレムなんて、その金はどこからくるんだい? 結局稼いだ金は全部使っちまったじゃないか。ほら、次の料理ができたから運びな」
丁々発止のやり取りに、客たちがわははと笑う。
「まぁ、女将さん、坊主の気持ちもわかるよ。俺も若い頃はそんな事思ってた。誰でも通る青春の道だよ」
「今は鬼嫁の目を避けて細々と飯を食べに来ているけどな。小遣いが減ったとか言ってなかったか?」
からかう常連さんに、ヤタノはムスッとしながらも、その心は少し楽しかった。
(なんか前世の定食屋を思い出すんだよなぁ。おふくろたち元気にやってるかな………)
ヤタノは転生した時に、ヤタノの記憶も受け継いだため、両親に違和感は持たれなかった。そして、ヤタノも前世と同じような環境に適応して両親と仲良くやっていた。
そうして、ワイワイと賑やかな食堂を眺めて自分の料理チートも宿屋の経営を手伝っていることを感じ、顔を綻ばせるのであった。
◇
(宿屋の手伝いや両親との関係はリアルに感じるんだよなぁ、地に足をつけた生活っていうんかね。反対にアカデミーの暮らしはゲームに感じてどうもふわふわした感じなんだよなぁ)
ようやく客が捌けて少なくなったので、ヤタノは余り物の唐揚げを口にしながら、自分の部屋に戻っていた。お疲れ様でしたと、宿屋の従業員に挨拶を返し、のんびりと歩きながらこれまでの生活を顧みる。
宿屋の息子に転生して良かった。一般的な平民の所得水準を大きく上回っていることは幸運以外の何物でもなかった。通りを一本外れれば、暖炉を含めた2部屋に8人家族が住んでおり、肉など月に一度食べられれば良い方の生活を送っているものも当たり前にいる。裕福だからこそ唐揚げやマヨネーズを売りに出せたのだ。資本がなければ、アイデアだけ他のやつに盗まれて終わりだったろう。
その点はお金を出してくれた両親には感謝をしているが、宿屋を継ぐことにはためらいがあった。なにせせっかくのゲームの世界なのだ。しかもストーリーも知っているし、剣と魔法の世界で、スキルによるチートもある。こんなロマンあふれる夢のような世界で、成り上がりを目指さないほうが嘘というものだ。
「でも、アカデミーが破壊されちまったから、ストーリーは変わってきてるんだよな………。なんでだ?」
呟きながら、自室の扉を開き━━━。
「それは現実だからさ。蝶の羽ばたきは全てを変える。異物が作る小さな波紋でも、世界は変わっていくんだろうね」
部屋の窓枠に座っている者がおだやかに言うのだった。
「だ、誰だ? …………その姿格好、お前転生者か!?」
「おや、よく一目でわかったね? まさか人を鑑定する能力でも持っているのかな?」
「あのな………わからいでかっ! そんな出で立ちでいれば、転生者なら確実に分かるっつーの! んなっ、男のロマンが詰まった格好してればよっ!」
クールぶる謎の男を前にヤタノは思わず突っ込んでしまう。なぜならば、黒いロングーコートを羽織り、口だけ覗かせる仮面を顔につけて、腰には日本刀を下げている。どこからどう見ても転生者あこがれの夢の装備をしていた。
「………あれだ、この世界の奴らは何者だって驚くだろうけど、かなり痛々しい格好だぜ? 俺も気をつけねぇとな………」
ジト目となり頭を掻いて嘆息するヤタノに謎の男はひょいと肩を竦める。特に恥ずかしそうな様子を見せないのは、心臓が鉄でできているからだろうか? ヤタノが同じ立場なら羞恥で耐えられず帰っていただろう。
「お前の名前、厨二病な? それが嫌なら、仮面を外せよ、この厨二病」
「おっと、へんてこな渾名だね。でも、別にいいさ。名前とは本質を表すのではなく、この世界での僕の単なる記号にすぎない」
「なんつーか…………。なんつーか………。わかる、わかるんだけど、そのセリフが言いたいのは! やめたほうがいいぞ?」
リアルでアニメかなにかでよく聞く謎キャラの言いそうなセリフを聞いて、他人事ながらヤタノは恥ずかしくなる反面、内心では冷たい嫌な感じに襲われていた。
(転生者って、他にもいたのかよ! そうか、その可能性があったのか、全然思いつかんかった。俺だけだと思ってたから………やべぇ、俺、マヨネーズ王とか呼ばれて、転生者ですって宣伝してたようなもんだぞ!)
他に転生者がいたことに動揺していた。そして、その可能性が思いつかなかったのは思い込みと、もう一つ、転生者たちだとわかる噂を聞かなかったからだ。自分のようにマヨネーズとか、地球の品物で儲けた奴はいない。
それは即ち、他の転生者たちは警戒して姿を隠していることを示しており、ヤタノは自身が馬鹿な行動をしていたことに今更ながらに気づき蒼白となる。なぜならば、こういったパターンのとき、だいたいの迂闊な転生者は野望を持った他の転生者に殺される。そして、姿を現した時は相手を必ず殺せると確信した時だ。
「どうやら、その顔を見るに現状を把握できたようでなによりだ。僕が仮面を被っている理由も推察できたかな? 奇抜な格好をしていれば、相手はその格好だけに注目して、顔には注視しないため、記憶に残らない。という理由からだよ」
薄く笑いながら、余裕綽々の厨二病の語る内容には説得力があり、先程まで馬鹿にしていた心は霧散して、ヤタノは唇を噛んで警戒する。
「理由はわかった。だが俺になんの用だ? こ、殺しに来たとかじゃねぇだろうな? これでも俺も転生者だ。しかも切り札の『星座スキル』だってあるんだぜ? 相討ちまでは持っていける危険なスキルなんだ。俺を殺そうとするなら覚悟するんだな」
ヤタノは体が震えないように気をつけながら、ハッタリを口にする。ヤタノの星座スキル『コルブス』は経験点取得1.5倍アップの単なるパッシブスキルだが、相手にはバレないため、いかにも強いスキルだと大嘘をついた。
「そうか。君も星座スキルを持っているのか。でも、持っていても、持っていなくても関係ないんだ。戦いに来たわけではなく、僕は君と手を組もうと思って来たんだよ」
「手を組む? なんのためだ? なんだよ、俺にメリットがあるのか?」
殺しに来たわけではないと聞いて、内心安堵しつつ尋ねると、厨二病はコクリと頷く。
「君は目立ちすぎている。大通りで大金を抱えながら転生者だと大声で叫んでいるようなものだ。きっと他の悪意ある転生者が見たら、カモだと思えるだろうね。このままだと命の危機だ。でも、君が行動する際に、ゲームでも出てこない明らかに君の力では手に入らないアイテムや、出処の怪しい資金があったらどうする? 目端の利く転生者なら背後に誰かがいると考えるだろう」
「バックに誰かがいるように見せかけるってか? ………なるほどな。それだとわざと俺は目立つように行動して、他の転生者を釣ろうとしているって相手は考えて警戒するわけか」
「頭の回転が早いようでなによりだ。もう目立ってしまっている君にとっては、この方法しか命を守る方法はないと思うんだけど、どうかな?」
「嫌なことを聞きやがるな。俺に選択肢がないってことじゃねぇか。お前は俺を操って、なにかメリットがあるんだろ? 目的を達したら、もう君はいらないよとか言って、後で殺すパターンだろ!」
そんなストーリーはいくらでも見たことがあると、ヤタノは声を荒げるが、それは虚勢でもあった。選択肢がないことは変わりない。ここで手を組まなかった場合は殺されるか、他の転生者に殺されるか。どちらにしても結果は同じだからだ。その心情は見抜かれており、クスリと笑われる。
「僕は君を殺すメリットがない。行動してもらうのも、別に犯罪を犯してほしいとかじゃないんだ。君なら分かると思うけど、ストーリーが上手く行ってないだろ? カストールは目立つことをしたかい? カストールや悪役令息はストーリー通りに動こうとしているのに、突然悪役令息を殴ったり、イベントに介入して、めちゃくちゃにした転生者がいて、ストーリーは破綻気味じゃないか。僕はそれを何とかしたいんだ。ストーリー通りに進むと僕に大きなメリットがあるものでね」
「う、そ、それはまぁ、軽率だった。でも、俺のせいだけじゃねぇぜ? ストーリーが破綻したのは、きっと他の転生者もいるからだ。あと、ほら、ヒロイン可愛いじゃん。ワンチャンあると思ったんだよ」
心当たりのありすぎるヤタノは口籠りながらも弁明する。だってヒロインとか可愛いのだ。地球ではいなかったというか、手の届かない高嶺の花である美少女という存在を恋人にできる可能性があるのだから、チャレンジしたかったのだ。
「ふふっ、わかるよ。でもそれはストーリーが上手く進んだらにしてほしい。このままストーリーが破綻したら王都だって破壊されて、宿屋も潰れるよ? 地獄のような生活になる未来を防がなくてはならない。どうか僕と手を組んでくれないでしゅか?」
「………話を聞かせろ。それからだ」
厨二病の言葉に、険しい顔になりながらも、ヤタノは話を聞くことにするのだった。




