6話 ヒャッハーは補完されています
幻術は『地上に輝く星座たち』での立ち位置は微妙なスキルだ。このゲームはバトル一辺倒ではなく、話し合いや盗み、潜入など様々な方法でストーリーをクリアできるシステムだった。その中で、幻術は敵を混乱させたり変装したりと支援系だが、中途半端に攻撃魔法やスキルがあった。
しかし、極めればそれなりに強くなるのはどんなスキルも同じ。幻術も強力な魔法がいくつかある。
その一つがスキルレベル8で使える『召喚:霧の道化団』だ。『地上に輝く星座たち』はルートによっては戦争パートもあり、その際に傭兵団を雇ったり騎士団を指揮したり、はたまた不死の軍団を使ったりする。
その中で、『霧の道化団』は百人の霧の戦士たちを召喚する魔法だ。『戦士レベル2、平均的な戦士の体力半分、短剣の二刀持ち』。正直、攻撃力は弱く体力も低いので、時間稼ぎの肉盾にしかならないが、召喚できるので目減りしないという特徴がメリットだった。傭兵団とか雇うと、べらぼうにお金がかかってしまうからね。
そして、この魔法は山賊団如きなら十分に力を発揮できていた。
「こんなところに、兵士が? フザきゃぁぁ」
「つえぇ、こいつらつえぇぇ」
「戦え、逃げるな! たいしたことはない、落ち着いてけぶ」
なぜかフードの奥の顔が見えない不気味なる戦士たちが、踊るように短剣を振るっていき、所詮は剣術も習ったことのない山賊たちは次々と倒されていく。曲がりなりにも戦士レベル2は普通の戦士の技術を持っており、その短剣さばきは素人では躱すこともできない。
血しぶきが舞い、悲鳴が響き渡る中で薄笑いでアキは増えていく死体を見ていた。1体も残さないで殺して欲しい。武具だって服だって靴だって売れるからね!
アキの目にはゲームと同じく、小銭を落とす雑魚キャラにしか見えていない。とにかく借金、借金を返さないといけないのである!
爛々と瞳を輝かせて幼女は死体のそばに落ちているロングソードを持ち上げようとする。アキ自身の戦闘力も確認しないといけないのだ。
だが━━━。
「お、おもい………え? なんで? はっ、そういえば、筋力1とかステータス表示されていたような気がする!」
少し重そうな手入れにされていないボロいロングソード。幼女が持ち上げようと頑張っても持ち上げられないことに、顔を蒼白にさせちゃう。
ゲームでは武器や鎧は筋力設定があって、それ以上でないと装備不可だった。そしてステータスはレベルが上がっても上がらない仕様。最後に見た自分のステータスはオール1。留年確実の成績のようだった。
「まじでしゅか! え、まってまって、でもお馬さんには登れたよ?」
幼女はこんらんしてる! 幼女は踊りだした!
ステータス1なら全てに対してペナルティが入るはず。『騎乗』にもペナルティが入って馬に乗れないのだ。しかし乗れた。なんなら、空高く飛び上がることもできるだろう。これの意味するところは………。
「ジョブカードがステータスを補正してるんだ。ファントムマスターは明らかに身軽な絵柄だったもんな」
ステータスオール1で身軽な行動ができないファントムマスターは変だ。でんぐり返ししかできない幼女の道化師は需要があるかもしれないが、カード的には変なのだろう。しかも戦闘力も防御力もヒャッハー山賊団よりも高い。ということは戦闘などでは問題はない。が、武器はというと………。
「たしか『装備スロット』があった! ジョブカードは武器装備時にステータス補正してくれないのか! カードで出てくる武具以外装備できないんだ! マニュアルが欲しいよ!」
幼女の恐るべきペナルティに慄いて、体を丸めて落ち込んじゃう。まじかよ、ということは記憶にある伝説の剣の眠るダンジョンとかに行っても、伝説の剣を装備できないんだから意味ないわけだ。たぶん特殊スキルの手に入る呪文書とかも効果はないだろう。
『隠しジョブを取得すると今までの攻略の知識が役に立たなくなる』
攻略サイトに記載してあった情報の意味が改めて理解できた。ワナワナと体を震わせて口元は震えてしまう。
「まじかよ、さいこーでしゅ。あたちは新鮮な気持ちでもう一回本当にこのゲームをたのしめりゅんだ!」
正直言うと伝説の剣や鎧、特殊スキルの手に入る呪文書は先に手に入れようと思ってたんだ。だが、意味がない。落ち込むよりもゲーマーの眠る心が噴火して喜びに溢れてしまう。
10周もやったから、たとえリアルになっても新鮮味がないと心の片隅でつまらなく思ってたんだよね。やったね、アキちゃん!
わぁいと周りで激しい戦闘が起きていることも気にせずに踊るアキ。天上天下唯我独尊を地でいく幼女だが。
ドカン
爆発音とともに炎が吹き荒れて、周りを焼いていく光景を見て、正気を取り戻す。
見ると、炎が放たれた中心に金属鎧を着た人相の悪い男が立っていた。その手には炎をまとったフランベルジュがあり、口角を釣り上げて得意げにしている。
「ふ、ふざけやがって。このチュートリ様を殺せると思ったか? 思い知ったか、この化け物野郎!」
罵る相手は燃えているヒャッハーたちだった。タンカー1号と戦士1号2号が燃えているので、ボス戦となったのだろう。
チュートリと名乗るボスは息は荒く、よく見ると手足は傷だらけだ。紙一重であの魔法剣の力で勝ったのだろう。
「よし、これで死んだ場合の検証ができるかな。それじゃ、あとはあたちがやるか。もちろんガチャをしてね!」
部下が倒れても気にしない幼女は、指をぱちりと鳴らそうとして、スカスカと指を擦るだけになる。少し赤面しつつ、今度はガチャボタンを押下する。狙うは『ノーマル』にて『装備ガチャ』だ。とりあえず一回。
ピコンと音がして、白い光は変わらず━━。
『N:銅の剣:戦闘力+10:装備』
銅の剣が出現するのでした。うん、わかってた、わかってたよ。きっとノーマルだってね! ちくせう。
装備スロットにいれると、手の中に銅の剣が現れる。おぉと驚いて仕舞う時はどうするのかなと考えたら、スッと消えた。どうやら出し入れ自由らしい。そして、重そうなのに羽のように軽い。
アキの推測は正しかったようで、幼女が装備できるのは装備カードだけらしい。デフォルトのコブターンなら、少しは筋力はあったから普通の武器も装備できたかもしれないが、覆水盆に返らずである。後ろは振り向かないと決めているので、銅の剣を取り出すと、アキはボスへと駆け出すのであった。
「うぉぉぉ、初せんとー! あげていくじぇー!」
幼女の筋力にあるまじき速さ。妖精が水面を飛び跳ねるようにトトンと地面を駆けて、チュートリへと向かっていくのだった。
◇
アキがチュートリに向かう少し前━━━。
チュートリはその名前の通り、この山賊団のボスだ。かつては伯爵家の騎士団副団長まで昇進した腕っこきであったが、伯爵の妹に恋をして振られると、無理やり行為に持ち込もうとして、バレて処刑されそうになったので逃げた。その結果、各地を荒らす悪名高いチュートリ山賊団を結成するに至ったのである。
山賊になってからは、好き放題をして、街を襲い略奪と凌辱を行い、貴族の家から家宝を盗む。村人を攫い、奴隷は禁止されているため、女衒に娼婦として売り払い、危険になったらアスクレピオス領に逃げ込むといった悪逆非道を行っていた。
この十年、成功を収めており、追撃隊も過去に手に入れた炎の魔剣フランベルジュと自身の腕前もあり返り討ちにしてきて、財は溜まり配下は増えていた。もう少し金が貯まったらどこか遠くに行き、貴族の爵位と小さな領地を買って悠々自適の生活を送ろうかとも考えていた。
だが、それは突如として、前触れなく崩された。女を抱いて酒を飲みいい気分なところを、襲撃に遭ったのだ。
「なんだこいつら? 魔法生物ってやつか?」
フランベルジュを振るい、チュートリは霧の戦士たちを斬り殺しながら、不愉快そうに眉をしかめる。たいした腕ではないが、それでも部下には厳しいだろうとわかる強さだった。しかもそこら中にいる。
「くそったれが。どこのどいつだ? アスクレピオス領に入り込んだらただじゃすまねぇとわかってるだろうに、魔法使いを含めた騎士の襲撃?」
魔法使いは貴重だ。伯爵家以上ならお抱え魔法使いは数人いるだろうが、子爵以下では厳しい。しかも、寄親の領地に追撃に来るのは貴族社会ではとんでもない不敬であることを元騎士のため知っていた。このことがバレれば、貴族失格の印を刻まれて、その家の立場はかなり厳しいものになるだろう。
先だって、少数で襲撃しにきた馬鹿な騎士団を返り討ちにしたが、何人か生き残りを襲撃を指示した貴族に高値で売り渡すつもりであったのだ。
再び迫ってくる霧の戦士をあっさりと袈裟斬りに斬り殺し、その体が霧となって消えていくのを見て舌打ちする。
こんな魔法は聞いたことがない。長年培ってきた勘が警報を鳴らす。
「おっ、ヒャッハー、お前、凄腕だな。その首貰ったぁー!」
「今度は生身の人間か。だが元騎士を舐めるんじゃねぇ!」
明らかに小物と思われる手斧を持った荒くれ者にチュートリは嘲笑を返すと、剣を振るう。魔力により身体強化を終えており、一般人では受けとめることもできない強力にして速い一撃であった。
カァン
あっさりと斬り殺せるだろう。そう思っていたチュートリは斧で受け止めてきた敵に驚きで目を見張る。返す刀で二撃、三撃と繰り出すがそれも防がれてしまう。自分よりも鈍い動きだが、それでも耐える敵に口元を歪める。
「てめぇっ! そんな格好でカモフラージュしているが『騎士』だな! 一般兵が魔力で身体強化できるわけがねぇっ!」
冒険者ランクならB以上、兵士なら騎士以上。一般人と分けるのは魔力で自分を強化できるか否かというところだ。身体強化のできる騎士は一般兵士5人を余裕で殺せる。
「あぁん? 俺はタンカー1号! 騎士とか知らねーな」
「ふざけやがって、こ、グッ」
自分よりも腕は劣る。そう理解して、時間をかけずに殺そうと剣を繰り出そうとして、腕に死角から一撃を受けて顔を顰める。
「いつの間に!」
「戦士1号見参!」
「2号もいるぜ!」
左右に挟み込むように新たなる荒くれ者が迫っていた。ケラケラと小馬鹿にするように笑ってくるので、ムカッ腹がたち、魔力を爆発させて剣を水平にすると回転する。
『回転斬り』
一般兵なら視認もできないはずであった。一陣の風が吹いたと思った時にはその体を真っ二つにする予定であった。
魔力を高め発動する戦士たちの技『武技』である。
「おっと、いってぇ」
「なかなかやるなぁ」
目の前のタンカー1号とやら以外は殺せるだろう。そう思っていたチュートリは、後ろに下がりかすり傷ですんだ左右の敵を見て、事態が悪化したと唇を噛む。
(こいつらも騎士だっ! 馬鹿な、何人の騎士を連れてきやがった!?)
驚くチュートリだが、それだけではなかった。かすり傷を受けた男の体が緑色に淡く光ると傷が塞がっていく。今度こそ驚愕した。
「神官!? 戦場に神官も来ているのか!?」
回復してしまった男たちから少し離れた場所に、みすぼらしい格好の女性が立っており、治癒魔法の証である光を手のひらに宿していた。
魔法使いもそうだが神官も貴重だ。通常戦争でも後方にいて、神官は決して前には出てこない。しかもこんな山賊の討伐戦などというくだらない戦いなら尚更だ。
(おかしい! 本腰をあげて俺たちを討伐しに来るにしても神官まで戦場につれてくるのはやり過ぎだ。なんだ、こいつら?)
「なんなんだ、てめえら!」
雑に剣を振るい、間合いを取ろうとすると、タンカー1号が手斧で、剣の先端に合わせてその軌道をずらす。だがチュートリの剣を押さえた余波で体勢が崩れたため、追撃をしようと剣を振り上げて━━━サクリとその腕に左からの斧の一撃を受けてしまう。
「この野郎!」
すぐに反応し、攻撃をしてきた男へと剣を振るうと、ザクッと右から切られる。蹴りで右の奴を吹き飛ばそうと繰り出すと、今度はタンカー1号の体当たりで反対に吹き飛ばされてしまう。
「こなくそっ、ちまちまと隙を狙いやがって!」
ほんの僅かの隙のはずだった。しかし敵は確実にその隙を突いてくることに動揺を隠せない。チュートリの攻撃は続くが、確実に受け止めて、その隙に地道に傷を負わせてくる。
━━━こいつら変だ。
チュートリは戦闘を続ける中で、気味悪さを感じていた。練度が高いとかそういうところではない。アイコンタクトもしないのに、息をピッタリと合わせて攻撃をしてくる敵たちは、まるで一体の敵が攻撃してくるようで気味悪さを感じていた。
実際にチュートリの推察は当たっていた。ヒャッハー山賊団は12人全員が一つの意識を共有できる。戦闘では、共有した意識を用いており、お互いに齟齬はない。それはどんな精鋭でも不可能な戦法であり、その力はヒャッハー山賊団の力を何倍にも引き出している。
ここに至りて、チュートリは出し惜しみをやめた。
「仕方ねぇ、宝剣フランベルジュの力を思い知れ!」
『火炎剣』
チュートリの持つ魔剣フランベルジュ。炎を操る魔剣は剣から炎を噴き出して、一振りすると燃え盛る炎が斬撃の軌道に放たれて、ヒャッハーたちを炎に包み込むのであった。
1日に1回しか使えない炎の切り札であった。この炎の魔剣の力を解放して負けたことはない。勝利を確信してせせらわらうチュートリ。
「ふ、ふざけやがって。このチュートリ様を殺せると思ったか? 思い知ったか、この化け物野郎! ………はぁっ?」
だが気づく。気づいてしまった。燃えさかるヒャッハーたちを緑色の光が包んでいるのを。回復している! 信じられないことだが、火傷を負いながら回復している。燃える激痛の中で回復の癒やしをかけるとは、どんな鬼だろうか。激痛が続き死ねないのだ。拷問に等しい。
それでも万が一でも、炎の効果が消えても死んでいなかったら、チュートリは一気に不利となるだろう。
「し、神官を殺さねぇと」
気持ち悪い。まるで痛みがないかのような、アリのように無機質に動いているだけのような相手に吐き気を覚えながらも、後方の神官を狙おうとして
「お前がボスか。なら死ね」
戦場に似合わない幼い雛のような少女の声が聞こえて振り向くと、銅の剣を構えて突撃してくる小柄な人間が目に入る。幼女なのだろうが、そのセリフは酷く物騒だ。
「気味が悪いっ! 幼女がなんでこんなところにいやがる!」
幼女であっても、容赦はしない。チュートリは魔力の乗った一撃を放ち、幼女を両断し━━━手応えなく、その体が霧に消えるのを目を見張る。
「最初の一撃は回避できる、なるほどね」
頭上から幼女の声が聞こえてきて、慌てて顔を上げて、そうしてその手が止まってしまった。
幼女は何人もいた。空中から獲物を狙う鷹のように落下してくる。
『ファントムダンシング』
防ごうと考えたときには、自身の身体は鋭角に鋭く落下してきた幼女たちの剣に切り刻まれていた。自身の手足が切り飛ばされて、見えないはずの胴体が目に入り、首がはねられたことを悟る。
「なんなんだ………お前ら、ぉこからあらわれ……」
その一言を最後に言うと、チュートリは肉片となって息絶えるのであった。
「階位9ファントムダンシングでしゅ、むぉぉ、使える、これは使える! あたちたちのしょーりだ!」
『ファントムダンシング』は分身を作って、多段攻撃で敵を倒す必殺魔法だ。ゲームでは6D12+10のダメージ期待値だ。アキは幻術最強の攻撃スキルを使ってみて、大興奮でぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶのだった。
数十分後、チュートリ山賊団は一人残らず殺し終えたのであった。
『クエスト:人を百人殺しました。経験点千点取得』
『次回クエスト:人を一万人殺すと経験点千点取得』
『クエスト:ヒャッハー山賊団の勢力を伸ばした。経験点三千取得』