58話 面倒くさい内容はなかったことにするんだ
「あ、ごめんなさい。その依頼受けたかったの。とても報酬良かったから」
銀糸のような滑らかな髪が背中まで伸び、煌めく瞳は宝石のよう、小柄な体格なれどスタイルは良く、誰もが振り向くだろう銀髪銀目の美少女がそこにはいた。ゲームでは一人はいるだろう銀髪キャラだ。
取ろうとする物にお手々とお手々が重なる奇跡。ラブコメに発展するイベントなのだが、アキは幼女なので、残念ながらイベントはスキップされた。
「そうでしゅか。おねーさんはとても綺麗な人でしゅけど、これは汚い下水道調査ですよ? 身体が臭くなりましゅよ?」
ルックスDは舌足らずの声で話すので、ドワーフ幼女になっていた。反対に心配されそうな幼女だ。
「うん。ニアはお金欲しい。たくさん欲しいから、この依頼を受けたい」
単語で話す少女は極めて真面目な顔で依頼の紙を取ろうとしていたが、アキたちも欲しがってると気づき困り顔だ。それはそうだろう、アキたちは強面だ。ヒゲモジャの体格の良い男と、小柄ながら歴戦の戦士の空気を醸し出すドワーフなんだから。なお、歴戦のドワーフ戦士はアキ基準です。
「うーん、もしかしてランク低いのでしゅか?」
「ん。この間、ア、王都に来てから冒険者登録した。だからランクはE」
なるほどねぇと納得する。登録したての少女なんだ。でも………、ちらりと服装を確認すると、頑丈そうな古い作業服に短剣だけだ。貧相極まる格好で、モンスターの餌になる未来が見えちゃうよ。
『お嬢、田舎から上京したての娘ですかね? 全然強そうに見えませんぜ』
『うん、そう思えるけど、そう思えるけど……こんな美少女見たことないよ?』
『そりゃ村娘にだって美少女はいるんでは? まぁこの依頼は諦めてもらいましょうよ。少し脅せば諦めるかと』
思念でタイチが不思議そうに言うけど、わかんないかなぁ、わかんないかなぁ? 明らかじゃん。
『この子のビジュアルでモブなわけないでしょ! 銀髪はゲームではヒロイン候補! でも、ゲームでは見たことないんだ。誰だろ? 隠しキャラもコンプしたあたちなら知ってるはずなのに………もしかしたらあたちがここに来たあとにゲームがバージョンアップされたのかも!』
『いや、現実だからあり得ますよ。なんで最初に考えるのがバージョンアップなんですか!』
『いや、銀髪キャラは間違いなくヒロインだね。絶対だね。………でも、違うとしたら面白いかも。ゲームには出てこなかった重要なキャラとかね! どちらにしても放置するわけにはいかないよ。ぜひお友だちになろう!』
ヒロインではない。そのパターンも知っている。ゲームが始まる前に死ぬモブキャラなんだろうと、ふんすふんすと興奮する幼女だ。知ってるんだ、なんでこんな子がゲームにはいなかったんだというキャラだよ、きっと!
『あくまでもゲーム基準なんですね………わかりやした、で、どうするんですかい?』
『この下水道調査は何回か調査に失敗したとのクエストになってるんだ。その前段階だから、放置するとこの子たぶん死んじゃうはず。ここは一緒に依頼を受けようと提案してみよう、まぁ、あたちに任せてよ、こうゆう交渉は得意だから』
タイチとの会話を終えると、ニッコリとアキは少女に笑みを向ける。ヒゲモジャドワーフだが、人懐っこいドワーフに見える。幼女バレしそうだが、ドワーフだからと気にしない幼女だ。
「おねーさん、おねーさん。あたちたちはドワーフなんでしゅ。王都には来たばかりで、王都ならではの建築物を観光してるの。で、上下水道を見たいんだけど、一般人は中に入れないから、この依頼を受けに来たんだ。だから、報酬はいらないの。その依頼を受ける代わりに、あたちたちを同行者として連れて行ってくれないかな? 戦えるから役に立つよ」
平然とした顔で、スラスラと流れるように嘘をつく幼女だ。だが、その話はとてももっともらしかった。ドワーフは自身の興味のある技術を見たい時は、王城に忍び込むほどたちが悪い。下水道に無許可で入らないだけマシだと少女は納得したようだった。
「うん。報酬がもらえるなら問題ない。けど、全部ニアにくれるの?」
「ドワーフの俺たちは金にはそんなに困ってねぇんですよ。ドワーフってのは鍛冶をすれば金には困らねぇですから」
少女が少しためらいがちに見てくるので、タイチが話に乗る。ドワーフで鍛冶ができるのならばたしかに困らない。説得力のあるセリフだが………。
「あたちは鍛冶得意なんだ。カーンカーン、ほら、ね?」
ドワーフ幼女がハンマーを振るうふりをするが、髭があっても可愛らしくおままごとにしか見えないので、少女は胡乱げな目になるが……しばし考え込むとお金に困っているだからだろう、コクリと頷く。
「分かった。ニアの名前はニアー。ニアと呼んで」
「あたちは………あたちは………。ディー。ディーだよ」
「俺はヒューです。よろしくですぜ、ニアお嬢さん」
二人して瞬時に覚えやすい偽名を口にして、ニアと握手をするのだった。
そうして受付までニアが依頼を受けに行ったのだが━━━。
「はぁ、貴女がこの依頼を受けると。すこーし待っててくださいね。名前はニア。は~い、依頼は受領されました。下水道調査は臭くて人気がないので、前に受けた人はバックレたんで、貴女はバックレないようにお願いします」
「え、あの、逃げません。きちんとやります」
鼻で笑い面倒くさそうに依頼を受理するあまりにも酷い受付嬢の役所対応にオドオドと怯んでしまうニア。無理もない、まだまだ年若いのだ、そんなふうに言われたら子供は怯む。自分の言動と態度がどのように相手に見えるかを理解しているのだろう、口元を歪めて意地悪そうに嗤う受付嬢は、話を続ける。
「この案件は役所からの依頼なんです。もう1年も放置されていましたので、サッサとやってください。調べてほしいところは10箇所。どうせ虫とか鼠くらいだと思いますが、他にいたら報告してください。あ、死体だと駄目ですよ? 下水道に捨てられた魔物かもしれませんからねぇ。報酬を水増ししようと考えるセコい冒険者みたいなことをしないでくださいね」
「わかりました。では、行ってきます」
「はい、これが下水道の鍵です。無くしたら、罰金として銀貨5枚貰いますからね」
鍵を受け取ったニアは受付嬢のその遠回しの内容に気づかずに受付を離れる。
「はっ、田舎者。私の言いたいことがわかってるかしら」
と、最後に受付嬢が馬鹿にして呟くのだった。
「受けてきました。これで下水道に入れる」
「ありがとー、おねーさん。それじゃ、探索に慣れてるあたちたちが下水道の鍵は預かるね」
サッと下水道の鍵をニアから受け取る。これこれ、この鍵があれば、もう下水道は自由に入れる。一度入れれば問題はない。
鍵を奪われても、押しに弱い性格なのか文句も言わずに素直についてくるニアに、アキは幼女心ながら少し心配しちゃう。タイチはニアのことは気にせず、それよりも受付嬢のセリフに注視していたため、思念をアキに送ってくる。
『お嬢、受付嬢の言ったことって………』
『バックレたんじゃないよ。全員死んだんだ。冒険者ギルドは認めたくないだけだ。それに魔物は死体は認められないとか、襲われたら倒すしかないからね。ようは下水道にはなにも問題はなかったと役所では判断したいだけなんだよ。そのことを知っている冒険者ギルドは忖度してるんだ』
『はぁ………ヒデェ話ですな』
『このゲームの冒険者ギルドは国内にある日雇い派遣の民間企業だからね。腐ってるんだ。だから鼠がはびこる原因にもなる』
『下水道の悪夢』は増えた『病魔鼠』が街に現れて、病気を広めるイベントだ。この世界、空気感染はないが、魔法的な病がある。『病魔鼠』に噛まれると特殊効果が発生し、抵抗に失敗したら肺炎に似た症状を見せて、体力のない老人や子供たちは死ぬ。王都は大混乱となるわけだ。メインストーリーの『王都疫病発生』に発展するわけ。
ゲームでは、『病魔鼠』が増える前に倒すことはできない。他の冒険者が受注しているため、掲示板に依頼が出てこないからだ。このクエストは共通ルートの最初のクエストで、十箇所のチェックポイントで多くの鼠を倒し、鼠を意図的に増やしていた敵を倒す。鼠は多いが手頃な弱さで、いかにも最初のクエストに相応しい。
まさかカストールが受ける前に、アキたちが受けられるとは思わなかった。これは極めて幸運だったので、幸運は手放さない予定。
「十箇所、どこを探す? ニアは南から順が良いと思う。順々にチェックポイントをクリアしていく」
張り切って、フンスと鼻息荒い銀髪少女が提案してくる。どうやら初めてのクエストっぽい。初々しいなぁと幼女はベテランのような笑みになり、コホンと咳払い。
アキも効率的なチェックポイントの通過方法を知っているのだ。特別にして、当たり前の方法が。
「最初に向かうのは━━━」
◇
王都は様々な神器や魔道具により、街の治安から、汚水の浄化まで幅広くフォローされている。これらのアイテムがなかったら、とてもではないが人口百万人は不可能だ。その力を享受している王都民たちはそんな恩恵があることを意識せずに生活している。
だが、その日、王都民たちは、初めて恩恵を受けていることを認識した。
道行く人々は立ち止まり、お互いに顔を見合わせる。
「なぁ、なにか地面が揺れてないか?」
「あぁ、変だな、地震か? それにしては揺れが長く続いてるな」
野菜売りや店の呼び込みをしている人も、買い物や散歩をしている者たちも地面が微細に揺れていることに気づき、戸惑った顔となる。パニックにならないのは、本当に微細な揺れで、コップの水が波立つ程度だからだ。
見た目にはなにも起こらなかった。なので、ちょっとした話のネタに使われるくらいで、すぐに皆は忘れたのだが━━━。
下水道では、今行われたことに、唖然とするニアの姿があった。顔を強張らせて、少し震えてもいる。目の前では濁流がものすごい勢いで下水道を流れていき、津波のように何もかも呑み込む勢いだ。
「え? これ、良いの?」
「もちろん。だって鍵で入れた場所だからね」
なぜならば、下水道の中ではバルブを全開まで回し、緊急放水装置を開放した幼女ドワーフの姿があったからだった。




