55話 アイテム整理はとても大切
宵闇が訪れてきて、空気は涼しく変わり、外でポツポツと明かりがつき、段々と街が静かになっていく。
王城の最も近くに広大な屋敷を構えている貴族。その時点で強大な権力と財力を持っていることがわかるピスケス公爵家の一室、マノミ・ピスケスの自室で、マノミはソファに座り、本を読んでいた。暗くなっても明かりの魔道具が部屋をろうそくなど比べ物にならない明るさで照らして、本を読むのに不自由はない。
今年入学し、張り切って魔法を覚えようと思っていたマノミは魔法科が休止となったために独学するしかなく、魔導書を読んでいたが、その手はまったく動かなかった。目は泳いで、字を読んでいない。やがて読むのを諦めて、ため息をつくと本を閉じる。
「ふぅ、………全然集中できません。集中しないといけないのに………ロデーちゃんはどうしているでしょうか」
魔法使いとして研鑽を積みたいと考えているマノミ。だが、雇った家庭教師にも教わる内容が無くなったため、独学で学ぶしかないが限界があって集中出来なかった。なによりも一昨日出会った幼女が気になっていた。気になっていたのは幼女大好きな嗜好というわけではなく、彼女が以前に自分を助けてくれた人魚だからだ。
そして、強き意思で魔神ダゴンを倒し、ポセイドン王国を復活させた尊敬すべき人でもある。だが、まさかアカデミーで出会うとは思わなかった。しかもプトレマイオスの一員と戦っていた。
立ち上がり、窓に近づくと暗くなった外を見て、思いふける。
「まさかプトレマイオスがここまで王国に食い込んでいるとは思いませんでした………海底神殿で出会ったガニュメデスは本当にただの神器泥棒で、プトレマイオスは大規模な盗賊団なのでしょうか………陛下は緊急で再調査を行うと宣言しましたが、どこまで調査できるか………」
ガニュメデスは今まで出会った魔法使いの中で最高と思える凄腕だった。あれほどの魔法使いが盗賊団の一員とはマノミはどうしても信じられなかった。
当然である。どこかの幼女のせいで、プトレマイオスは単なる盗賊団と世間では認識されていたのだが、本来は皆が口に登らせるのも恐ろしい組織であり、調査するのも命懸けな危険なる組織なのだ。調査員もすぐに殺されるので、凄腕の選ばれし者たちが調査を行い、熾烈なる裏での情報合戦となるのがゲームの流れである。
しかしただの盗賊団となれば、皆は気楽に調べようとする。それは情報屋から始まり、官憲も下っ端から上まで数多くの人数が手柄を立てたいと調査するのだ。雨後の筍のように現れる調査員をすべて殺すことなどできずに、プトレマイオスは次々と逮捕されていた。
逮捕できることからますます調査員は楽観的となり、プトレマイオスを調べるというプトレマイオスにとっては、悪夢のような循環となっていたのだ。例えればマフィアも数人の裁判官なら脅迫や暗殺はできるが、もしも裁判官が数万人いたら、あまりの多さに手を出すことは不可能となるというところか。
なのでマノミもプトレマイオスが盗賊団だと思っていた。幼女の悪辣なところがわかるというものだ。ゲームストーリーが『世界を滅亡させようとする組織を倒せ!』から、『世間を騒がす盗賊団を倒せ!』にスケールダウンしてしまっていた。サブクエスト並みの凋落っぷりだ。挽回できるかは今後のプトレマイオスの活躍に期待するしかないだろう。幼女が邪魔をするかもしれないが。
そんなことは露知らず、窓ガラスに映る外の光景を見て、マノミは少し気分を直す。が、窓に小鳥が止まり、カンカンと窓ガラスを叩く。
「こんな夜に小鳥さん? なんでしょうか」
どこにでもいそうな雀だ。だが、夜に小鳥が飛ぶのはおかしい。訝しげに小鳥を見るが、つぶらな瞳の雀は人間を前にしても恐れることはなく、窓ガラスをつつく。
「餌をお強請りに来たのでしょうか?」
なにか餌があるかしらと思いながら窓を開けると、トトトと入ってきて、マノミを見る。そのかわいらしさにそっと手を伸ばそうとして━━━。
「マノミ、マノミ、外に来て外に来て」
チュンチュンと雀は鳴きながら、人の言葉を口にして驚いてしまう。しかもこの声には聞き覚えがあった。さっきまで思い出していた幼女の声だ。
「罠かしら? ………いえ、ロデーちゃんのことはほとんど誰も知りません。その声は私しか知らないはず。ということは本物!?」
慌ててマノミは上着を羽織ると、部屋を飛び出す。急に飛び出してきたマノミを見て、通りがかった侍女が驚いて、声をかけてくる。
「お嬢様、どうかなさったのですか!? もう外は暗いです。お出かけにするには遅いお時間です」
「………えっと、外と言っても、少し庭を散歩しようと思ったのです。一人で考えたいこともあるので、誰もついてこなくて大丈夫です」
ニコリと上品にして優しさをたたえる微笑みを見せて、マノミは答えると外へと向かう。その様子を見て、侍女はほぅ〜と尊敬の視線となる。
「お嬢様、オドオドしていた以前と違って、強くなりましたね」
そう呟くと、微笑みながらマノミを見送るのであった。
◇
「これは霧? ここまで深い霧が急に生まれるなんて………」
こっそりと公爵邸を出たマノミは再びやってきた雀の先導に従い、少し歩くと深い霧に覆われる。一寸先も見ることのできない深い霧は不自然極まるが、雀がチュンチュンと鳴いて先に進むので、躊躇いながらも勇気を持って進む。
深い霧の中、自分の足音だけが響く世界で、警戒しながら進むと突然視界が開けた。そこは小さな公園で、最近国の王子が火事対策として王都に作り出した防災のための公園の一つだ。
ポツンポツンと木が生えており、低い柵があるだけであとはなにもない寂しい公園だ。
「やぁ、マノミ。よくきまちたね」
舌足らずの声がどこからか聞こえてきて、その聞いたことのある声にマノミはパッと笑顔となる。
「ロデーちゃん、久しぶりです。この間はまったく挨拶もできませんでしたが、お元気でしたか? 連絡をくれても良かったのに」
「ごめんね、マノミ。でも、あたちも少し忙しくてね。ここに呼んだのはお願いがあるからなんだ」
「お願い? ロデーちゃんのお願いなら何でも聞きます。それだけの恩が私にはありますから」
胸を軽く叩いてマノミは答える。誘拐事件から始まり、先日のハコブの人体実験まで、多くの恩がある。今度出会ったら、できる限り手伝おうとマノミは思っていたのだ。
「それは良かったでしゅ。実はプトレマイオスと戦っていたところ、これだけの盗品を見つけまちた。鑑定したところ、各貴族や王族から盗んだものらしいので、マノミの方から返して貰えましぇんか? 道具に付箋をつけてあるので、その付箋に盗まれた貴族名が載ってましゅ」
霧が眼前を通り過ぎたかと思うと、目の前には多くの高価そうな品物が置いてあった。付箋が貼ってあり、どこの貴族のものかも書いてある。
「これは………鑑定でそこまでわかるのですか!?」
本来の鑑定は道具の名前とその効果だけだ。盗まれたことなど分かるはずがないので戸惑ってしまう。
「うん、ポセイドン王国の鑑定はフレーバーテキストまで表示されるんだよ。あたちもこの鑑定の眼鏡の性能にドン引きでしゅ。でも、ゲーム的にはありうる話……けふん、なんでもないでしゅ。で、盗品と知ったら売り払ったら面倒くさ、ゲフンゲフン、持ち主に返したいと思ったの」
「ロデーちゃん………」
なんと立派な考えを持つ人なのだろうと、マノミは感心する。普通は盗賊団から没収した物は、盗賊団を討伐した者に所有権は帰属する。返す必要などないのだ。品物の中には極めて高価な物も置いてある。この品物をピスケス家が各貴族に返却すれば、多大な恩を与えることになる。
「わかりました。ピスケス公爵家の名前にかけて、これらの品物は持ち主の下へと返すことを誓います。………でも、ロデーちゃんはプトレマイオスをまだ追ってるのですか? ポセイドン王国で穏やかに王族として暮らすのでは?」
先日も気になっていたのだ。なぜハコブを討伐するのに、王女自身が倒しに来たのか。普通ならばあり得ない行動だ。
「………あたちはポセイドン王国にとっては外から来た者なんでしゅ。功績が高すぎて次期王の邪魔になります。だから、あたちは外に出て、苦しむ人々を助けるためにこの力を使うことを決めたの」
「ロデーちゃん………」
なんということだろうかと、マノミは悲しき答えに涙ぐむ。マノミも貴族だ.継承者争いがどんなものかを知っている。王国を復活させたロデー王女はたしかに次期王として担ぎ上げようとする者がでてくるに違いない。国に混乱を与えないために、ロデー王女はポセイドン王国に住むことをやめたのだ。
長い間苦労して復活させたポセイドン王国に住めないその悲しき立場に、マノミは涙を流し、その優しき決定に尊敬の念を送る。しかも、彼女は自身の力を人々のために使っていくと宣言しているのだ。誰よりも高潔で素晴らしい人間だった。
ポセイドン王国は海の中だから時折泊まるのであれば観光とか楽しいけど、住むとなると落ち着かないと幼女が思っているとは欠片も予想することはないマノミだった。
「で、この品物を渡す代わりに、王都のお店を知りたいの。雑貨を売っているところから、魔道具を売っているところまで、ぜーんぶ! できるだけ急いで。できれば今日!」
「それは簡単ですけど……店は王国に登録されています。すぐに一覧を用意することは可能と思いますが何に使うのですか?」
「人々を救うためだよ。少し怪しい情報が入ってね。だから事前に準備しておきたいの」
「そうですか………。ロデーちゃんは人々を助けるために、その身を削るのですね………」
きっと深い意味があるのだろうとマノミは思う。彼女のことだ。きっと影から人々を助けるつもりなのだ。
マノミは息を吸うと、決意した真剣な顔となる。これ以上、たった一人の小さな幼女に重荷を背負わせて良いのだろうか? いや、良くない!
少なくとも自身は見過ごすことはできない。
「ロデーちゃん、私にも手伝わせてください。少しでも貴女の手伝いをしたいのです」
「………駄目。あたちの戦いは闇で藻掻くかのように行動するの。だから、活動するには秘密にしないといけない。誰にも迷惑がかからないように、ポセイドン王国とも両親とも無関係なように。資金も物資も1から揃えて、誰にも知られないようにするんだ。マノミがあたちと共に行動するなら、ピスケス公爵家としての立場とか全て関係ない行動をしないといけないんだ」
「………わかりました。では、私はマノミ・ピスケスではなく、マノミとしてロデーちゃんと共に戦うことを誓います。それならば良いですよね?」
ピスケス公爵家のことを考えずに行動する。それは大きな誓いだ。高位貴族は誰しも家門のために行動する。それを捨てる宣言は大いなる誓いであった。
「良いですよね、ロデーちゃん」
優しく微笑むと、公園の隅にある木箱を開ける。
「ピチピチ、よく隠れているのが分かったね、マノミしゅごい!」
そこにはビックリした顔の幼女人魚が入っていた。




