54話 転生者はドヤ顔で無双をしたくなる
異界にある不気味なる洋館にて、多くの死体を前に闇色の毛皮をもつ獣は鳴き声をあげて威嚇する。見かけは大きなネズミといったところだろうが、醸し出す空気は凶暴さを見せていた。
「まきゅー、まきゅー」
あんまり凄みがないから、本来の鳴き声で良いかもしれない。マーモットの叫び声は本当に防犯ブザーみたいですごいのだ。だが、シチュエーションはバッチリであった。外は霧煙り薄暗い上に、洋館は幽霊でも住んでいそうにおどろおどろしい空気を醸し出して、死体が転がっている。その上に3メートルの体躯の闇色の毛皮を持つ獣が威嚇してくるのである。恐怖するのも無理はない光景であった。
「シャドウビースト、モンスターレベルは4、影に潜って移動し、獲物を襲う典型的な奇襲系の魔物。セツロたちが不意を打たれてもおかしくない」
日本刀を抜き放ち、厨二病は口元を薄く笑みに変えて、余裕の態度を見せる。
『シャドウビースト』が、この屋敷の中ボスとして現れた。そう思って戦いを前に身構える。
対して『シャドウビースト』はというと。
『まきゅ、これシャドウマーモットじゃないまきゅ? マモの着ぐるみは強いまきゅよね? 楽勝で勝てるから少し脅かせば良いって言ってたまきゅね?』
中身は『夢を現実に』でアキが作り出したリアルな着ぐるみを、階位5の土術『ゴーレム操作』で操作をしているマーモットだった。意気揚々と中ボスとなったが、厨二病が余裕そうなので反対に不安そうだった。
『大丈夫大丈夫、とりあえず、二本足で立って、3秒後に突進を仕掛けて! これが終わったら、ビール飲み放題で飲んで良いから』
幼女は安心させるように無邪気な思念を送り、指示を出す。
『信じてるまきゅよ? ほんとーに信じてるまきゅからね?』
極めて嘘臭いと思いながらもマモはビール飲み放題に釣られて、厨二病へと突進する。アキの作り出した着ぐるみはまるで本物の生命を持つように滑らかに動かせて、マモの意思通りに動き、幻術10の最高魔法に偽りはないチートさを見せる。
「まきゅー」
ドドドと音を立ててマモは突進する。この速度は猪のように速く、そしてその質量からの威力も本物だ。
だが、厨二病は余裕な表情を崩さずに、トンと軽く床を蹴る。
『ステップ』
突進が命中する寸前に、厨二病の姿がブレたと思うと、数メートル横に現れて、マモの突進は虚しく空振りとなり通過してしまう。
「まきゅ!?」
「シャドウビーストは1ターン、即ち3秒間二本足で立つと、次は『突進』を仕掛けてくる。そのことを知っていれば今の僕でも楽に躱せるんだ」
フッと笑い、厨二病は緩やかに歩いてくる。
『くっ、予想されてたか! マモ、次は右前脚引っかき、左前脚引っかき、トドメに牙での噛みつきだ!』
悔しそうなアキが新たに指示をだしてくるので、マモは嫌な予感を感じながらも言う通りに攻撃する。
右前脚引っかき、左前脚引っかき、トドメの牙による噛みつき。たしかにこの図体が持つ爪と牙なら、コートくらい簡単に切り裂ける。
だが、厨二病は日本刀をゆらりと構えると、右前脚を腰を屈めて躱し、左前脚をあえて前に出ることで抑えて、そのまま回転すると牙を躱し、胴体に横薙ぎを入れる。
「まきゅー!」
着ぐるみなのに血が噴き出て、驚くマモはコロコロと転がり間合いを取る。追撃することもなく、厨二病は余裕を見せている。
「シャドウビーストの攻撃は右前脚引っかき、左前脚引っかき、牙の噛みつき。その三連撃は恐ろしいが、攻撃パターンを知っていれば、反対にこちらのチャンスにもなる」
薄ら笑みをみせて、厨二病が声音に得意げな感情を含めて語る。
『まきゅー! シャドウビーストの攻撃パターンまきゅね! ご主人、マモを騙したまきゅね!』
『たぶん未来予測のスキル持ちなんだよ、きっと3秒先まで見れるスキルなんだ!』
『絶対に嘘! なんでこんな事させるまきゅ?』
平然と嘘を付く悪い幼女をマモは責め立てるが、まったく罪悪感はない答えが返ってくる。
『厨二病のスキルがなにか、そしてこの先、どんなビルドで育てるつもりか調べたいんだ。最強ビルドにはいくつかあるからね。だから頑張って! うまくいったらアスクレピオス領都とも繋げるから、ウイにビールを冷やしてもらうから! 死ぬまで頑張って! 仲間カードは死なないと信じてましゅ!』
『そんなお前のことを信じてるからここは任せたみたいな信用はいらないまきゅ! もー、絶対に冷やしたビールを用意してまきゅよ!』
悪魔的な指示をしてくる幼女に、仕方なくマモは戦闘を続行する。なにせ、生温いビールはもう嫌なのだ。ジョッキも凍らせたビールが飲みたいのだ。
「まきゅまきゅまきゅ!」
今度はパターン攻撃ではなく、普通に引っかきを繰り出す。普通の攻撃には対応は難しいらしく、厨二病は後ろに下がりながら刀を振るう。刀の振りは堂にいったものであり、素人ではなく、ベテランレベルで、鋭く速い。
マモは時折突進を仕掛けて、パターン攻撃を組み合わせて攻撃をしていき、厨二病を追い詰めようとするが、冷静に反撃をしてくる。
だが、日本刀自体が攻撃力が低いのか、着ぐるみの腕や胴体に傷は入っても深くはなく、行動に支障はない。対して、厨二病はパターン攻撃は対応できても、普通の攻撃は躱しきれずに傷を少しずつ負っていく。
激しい攻防の中で、マモは勝利を確信して、まきゅまきゅと笑う。モンスターと人間では体力が違うのだ。特に着ぐるみは思念で操れるから疲れないのだ。疲労も手伝って、厨二病はいずれ致命的なダメージを負うだろう。
『首の差でマモの勝ちまきゅ! ふはははは、冷えたビールは頂きまきゅ!』
『それはどうかなぁ?』
高笑いをするマモに、冷めた声でアキが返してきて━━━。
「やれやれ、やっぱり攻撃武技も使わないと駄目か。これだと魔力の運用を考えないといけないな」
腰からポーションを取り出すとクピクピ飲んで厨二病の傷は回復した。マモはその様子を見てぽかんと口を開けて唖然とした。今、厨二病が行った行動が頭に入らない。
『ずるっ! ズルいまきゅ! なんでポーション使うの? ガチのタイマンでそんな事するまきゅ!?』
着ぐるみで敵を倒そうとする者の言葉である。
『プレイヤーとモンスターの違いでしゅよ。ほら、動きを止めるから、厨二病はまたポーションを取り出しているよ』
アキの言葉にハッと気を取り直すマモだが、既に相手は2本目のポーションを飲み干していた。飲んだ後に、厨二病の身体を炎のように赤いオーラが覆う。
『『攻撃力向上ポーション』だ。たぶん中級。あいつ中級を使うなんてお金をかなり持ってるな。あのポーションは金貨10枚するんだよ』
『冷静に観察しないでほしいまきゅ! なんか逆転されそう! まきゅー!』
これ以上放置してたら、もっと強くなるかもと、慌ててマモは爪を振るう。だが、厨二病は日本刀を鞘に納めて、魔力を練って待ち構えていた。
『居合斬り』
キンと涼やかな音色を立てて、厨二病の腕がブレる。風が吹き、光の軌跡が迫る着ぐるみの腕に奔り深い傷を与える。
「まきゅー!」
痛くはないが、一撃で着ぐるみの腕に大ダメージを受けたことに驚き後ろに下がるマモ。その隙を逃さずに、刀を煌めかせて厨二病は連撃を繰り出す。
ピウと風切音を作り出し、着ぐるみに傷が増えていく。鮮血が舞い、マモはアワアワと慌てちゃう。
『負けちゃうまきゅ! ヘルプよーじょー!』
『………ふむふむ、わかってきた。それじゃ、マモ、影に入って逃げるふりをするんだ!』
『マモは影に入れないまきゅよ?』
『わかってるよ。でも、影に入ろうとする演技をして!』
この着ぐるみは見た目だけで魔法的な力はなにも持っていない。そのことをマモはいうが、もちろんアキは知っており、冷静に指示を出す。
理由がわからないが、指示通りに手を影につけて、まるで影に逃げ込もうとするシャドウビーストのようにすると、厨二病は片手のひらを向けてくる。
「おっと、そうはいかないよ。その封じ方も知っているのさ」
『ライト』
光球が魔法により作り出されて、辺りを照らす。マモが手をつけていた影は消えてしまい、厨二病は想定通りだと笑う。
「シャドウビーストはヒットポイントが2割を切ると逃げ出そうとする。それを防げないと、クエスト失敗になるクエストを知っているから、逃すことはないのさ」
決め顔で語る厨二病。その姿はまさしく転生してきてゲームの知識を活用して魔物を倒す主人公だった。きっと内心はドヤ顔でいるだろうことは間違いない。
『よし、これで相手のスキル構成は大体理解した。トドメだ、マモ。パターン攻撃でラストアタック!』
『マモを虐めるために、厨二病と組んでるんじゃないまきゅよね!?』
幼女の言葉にため息をつきつつ、もはや全てを諦めてマモはパターン攻撃に入る。右前脚引っかきからの攻撃だ。
が、今度は厨二病は刀を鞘に納めると迎え撃つ。
『ステップ』
厨二病の身体がブレると後ろに現れる。左右の引っかき攻撃が空を切り、最後の牙攻撃で噛みつきを行おうと首を伸ばすマモ。
『ダッシュ』
だが、厨二病は斜め前に跳ねるように移動すると、噛みつき攻撃を回避し、魔力を収束させた刀を抜く。
『居合斬り』
ピシリと着ぐるみの首に深き切り込みが生まれて、厨二病は刀を抜き放った体勢でフッと笑い
「まきゅ〜…………」
着ぐるみは倒れて、床をズシンと震わせるのであった。
「ふぅ~、やはり火力が低いな。もっと強い日本刀が欲しいところだ。さて、それじゃ鍵を回収しに」
シャドウビーストを倒したと思った厨二病は額にかいた汗を拭い、セツロたちの死体に近づこうとして━━━。
「ちぅちぅ」
死体にネズミが食いついているのを見て、口元を歪める。
「くっ、この屋敷にネズミが入り込んでたのか! セツロのやつ、杜撰すぎるだろ。これじゃあ、鍵を手に入れても扉が閉められない」
『迷い家』は生命体が存在すると扉を閉められない。その情報を掴んでいたらしく、厨二病は嘆息する。扉が開いたままだと、店の人間が入ってくるだろう。だがネズミを一匹残らず駆除するのは時間が足りなかった。
「ゲームとだいぶ変わっているのは、現実だからか? それとも転生者の存在が影響を与えている? ………どちらにしても諦めるしかないか。悔しいが、仕方ないセツロのワンドだけで満足するか。これは予想外だったよ、マイホームが手に入らないんじゃ、攻略方法を見直さないと」
そう呟くと、厨二病はセツロの死体の横に転がっているワンドを拾い上げる。そうして、屋敷を探索するか迷うが、危険だと思ったのだろう、悔しそうに去っていくのであった。
◇
そうして十分くらい様子を見て、完全にいなくなったと確認して着ぐるみが消える。もちろんアキが幻影で作ったネズミも。
木箱に隠れていたアキは、んしょと木箱から出ると、むふんむふんと鼻を鳴らす。
「お疲れマモ。あいつのビルドは大体理解したよ。攻撃魔法は一切使わずに、剣術のみで倒すのは見慣れた戦法だ。きっと『剣術3、盗賊2、古代語魔法1、歩法2』だね。一番無難なビルドだ。他にもあるかもしれないけど、たぶん剣術ビルドだ。ソロでも戦えるように古代語魔法も持っているんだろう」
最強ビルドは幾つかあるが、だからこそ相手のビルドが読みやすいと幼女は嗤う。
「あれだけの戦闘で解析するご主人が恐ろしいまきゅ」
マモがアキを恐れるような視線で見てくるが、こんなことは簡単なのだよ、ワトソン君。
「でも、小説だとかっこいいけど、ああやってみると恥ずかしいね。なんで呟くんだって感じ」
「それはご主人が嵌めたからまきゅよ。きっと今ごろ、僕ってゲームの知識があるからすごいとか思ってるはずまきゅよ。可哀想まきゅ」
モンスターをゲームの知識で倒したと得意げな厨二病が、実は幼女の小さな手のひらの上でコロコロ転がされていたと知ったら大ショックだろう。
「常に第三者に見られていることを考えて行動をしろって教訓だね! それじゃ、さっさとここをたいきゃーく!」
まったく悪びれることなく、ちっこい手を掲げて、テテテと走り出す幼女であった。




