5話 ゲームの世界にようこそ
「この先でごーりゅーする手筈だったのですか?」
馬から頑張って降りた幼女はポテポテと商人たちに近づくと、護衛たちの言っていたことが本当か確認する。商人たちは見かけは幼女なのに、まったく情をかけることなく護衛の冒険者たちを殺すように指示したアキへと震えながらも答える。答えを間違えれば、殺された護衛たちと同じ目に遭うのは明らかだった。
「は、はい。だいたい10人程度が待ち構えておりまして……私共の荷を3割ほど持っていきます。相手らはヒルのような奴らで、ほとほと困っていたのです」
これは嘘ではなく本当のことであった。時折アスクレピオス領に逃げ込むチュートリ山賊団は小銭稼ぎとしてたちの悪い冒険者たちと組んで、通行料として商人たちから荷を強奪していたのである。
アキは護衛たちの死体をヒャッハー山賊団に片付けさせながら考え込む。とりあえず、護衛たちの武器や財布は回収である。敵を倒したら根こそぎ奪うのはゲームプレイヤーとして当然のことだよね?
良かったよ、仲間カードを引いてから速攻街を出て。状況把握もろくすっぽせずに幼女は街を飛び出ると、ヒャッハー山賊団を召喚し、馬に揺られて商隊を探していたのだ。思いついたら一直線、直結思考を持つ幼女、その名はアキ・アスクレピオスです。
転生してからまだ3時間ちょいしか経過しておらず、まずはお金稼ぎでしょと、ストーリーガン無視で突っ走るプレイヤーであった。別のゲームでも王様に会うのよと言われて始まって、その前に敵と戦ってレベルアップしたいと外に向かい、何度か全滅してから王様に渋々会いに行ったある意味勇者でもあった。
たぶんどんな転生者よりも行動は早いに違いない。マップも確認せずに飛び出す勇気は勇者と呼んでいいだろう。
そうして商人がチラチラとなにか聞きたそうにするのを気にもせずに、てこてこと歩くこと1時間。
「お、来たな。よし、荷物の」
「殺せ」
街道を塞いでいた集団がなにかを言う前に一言命じる。即断即決、悪即斬。山賊が口を開いたその中に矢が刺さり、命を刈りとられる。
あまりにも無防備すぎる山賊たちだった。この領地で自分たちに刃向かえる者などいないと考えてたのだろう。突然の攻撃にポカンとしていた。
「な、いきなり」
「お前ら」
「どこの」
口にできるのは一言ずつ。レンジャーたちの弓の腕は見事なものだった。矢を番えたと思ったら、既に放っており、適当に撃ったのかといえばそうではなく、山賊たちの顔に確実に突き刺していく。
10人はいただろう山賊たちは、味方の顔に矢が生えても尚状況を把握できずにオロオロとして動くこともしなかった。半分以上矢で倒された時にようやくノロノロと剣を抜こうとするが、その時にはタンカーと戦士たちが狼のように素早く間合いを詰めて、斧を振って倒してしまうのであった。
その間の時間は僅か一分にも満たない。意外にヒャッハー山賊団の面子は強いな。スキルレベルが表示されないから、素人の俺では強さがわからない。まぁ、そこらの山賊団は蹴散らせる力はあるんだろう。
「よくやりまちた、レンジャー1号、2号。お前ら、武具と財布は回収しておいてね」
その手際の良さに商人たちが大きく口を開けて唖然としているが、そこまで気にする余裕はない。
ゲームで仲間に指示を出し慣れた様子の幼女をしげしげと見てくるが、アキは次の行動をすでに決めていた。
『クエスト:人を10人殺しました。経験点千点取得』
『次回クエスト:人を百人殺すこと。報酬経験点千点取得』
このクエストはやはり常駐であり、たいしたことはないと理解する。単なるボーナス的なクエストなのだろう。特にクリアする必要はないと判断した。まぁ、さすがにこれをクリアしていくと人類の殲滅者とか言われそうで怖いしね。
まぁ、ゲームの世界にきたんだから、世界を破滅させる魔王になっても面白そうな感じもするけど、悪役令息の立場をまずは取り戻さなくてはならない。貧乏なんてありえない。なんで貧乏なのかなぁ、おかしいなぁ、両親が入学前に油田でも掘り当てるのかしらん。
「お嬢、え~と、一応山賊が行き来する道を見つけました?」
レンジャー1号がこちらの指示を待たずに辺りを調べてくれるが、踏み固められた道を教えてくれる。街道から外れて森に向かう不自然な道なのに、馬車の轍がはっきりと残っている。獣道とかそんなレベルではない。
さすがに隠されてもいない道を前に、レンジャー1号も呆れた顔で半笑いをするが、俺としては侯爵家が何処まで馬鹿にされているんだと体を震わせて怒りを隠せない。幼女はプルプル震えて涙目になり、むきゃーと地団駄を踏む。
「なめられてゆ! なめられてゆよ! てめーら、チュートリアル山賊団を殲滅しにいくぞ! しゅっぱーつ!」
怒りで幼女思考に支配されたアキがちっこい手を掲げて、フンスフンスと鼻息荒く馬によじよじのぼる。
「ま、待ってくださいアキ様! この先は百人とかいるんですよ? 危険です」
アキの言葉に青ざめて止めようとしてくるケイ。ふむ………たしかに戦闘スキルのないメイドは死んじゃうかも。
「あ~、そっか。ケイは危険かも。戦士4号、ケイを護衛してここに残れ! 残りはしゅつげーき! はいよーシルバー」
はい、これでオーケー。兵は神速を尊ぶ。召喚された馬は幼女の指示に素直に従い走り出し、他の面々も頷いて馬を駆ける。ドドドと砂煙をあげてヒャッハー山賊団は遠ざかるのであった。
「え~と、そうではなく、アキ様が危険なのですが……行っちゃった………」
せっかちすぎるアキを見て、ケイは言葉を失い、中途半端にあげた手をワキワキとむなしくさせる。コブターンの呪いが解けて数時間、あの幼女は止まることがないわとドン引きであった。
「あの……お嬢さん。あの方はアキ様と言うのですか? もしかしてアキ・アスクレピオス様? 令息とお聞きしていたのですが」
目の部分に穴を開けた麻袋をかぶったメイド服の少女。怪しいというか、変態にしか見えないのに、商人が興味津々で目を輝かせて聞いてきた。どうやら傭兵団の強さを見て、普通の傭兵団ではないと考えたらしい。なので、ケイは━━━。
「さささささあ? あの方はヒャッハー傭兵団の団長です! どこからか流れてきたんじゃないですかね? あはははは」
笑ってごまかそうと、雀がチュンチュン鳴く長閑な街道で一人大笑いをするのであった。
◇
森林の中にある道をドドドと騎馬は疾走する。途中途中でピュンピュンと音がして、木の上から矢が顔に刺さった男が落ちてくる。どうやら一応は見張りを用意していたらしい。レンジャー1号たちはあっさりと隠れているのを見つけて射殺していた。
「お嬢! 見えてきましたぜ、あれが山賊団でしょう」
少し小高い道を登ると、森林の中に天幕が張られている様子が一望できた。結構多くの天幕が張られており、多くの荒くれ者たちが酒を飲んだり、投げナイフをして楽しんでいる。天幕内にも人はいるようで、女の嬌声もかすかに聞こえてきていた。
どうやら間違いなく山賊団の拠点らしい。他の傭兵団とかではないはずだ。理由はというと━━━。
「ギャハハ、下手くそ、頭を狙えよ、頭を」
「うるせぇっ、まずは手足を狙うんだよ」
「俺なら一発で当ててみせるぜ」
騒ぐ荒くれ者たちが楽しんでいる投げナイフ。丸太にくくりつけられた人間を的にしているからだ。
そんな非道な光景を見れば、普通の傭兵団ではないと分かる。間違いなく山賊団だろう。仮作りの牢屋もあり、そこにもボロボロの人たちが捕まっている。
正義感あふれる主人公ならば、この光景を見て、激怒するに違いない。絶対に奴らは許さないと。
『悪逆非道が発動しました』
しかし、この幼女は違った。
「くくく、ふふふ、すごい、すごいよ! ゲームの世界に入ってきたって、じっかんするよ。あはは、たのしー! 風の匂い、肌に感じる自然の気温、━━━そして、戦いの予感!」
アキは心を震わせて楽しんでいた。現実にはありえない光景。つまらない現実を逃れて、剣と魔法の世界に来たのだ。正義感などない。そこにはゲームを楽しむプレイヤーの姿があった。
幼女思考でハイテンションとなり、ペチペチと馬の首を叩き、ひとしきり笑うとにやりと嗤う。
「てめれーら、ヒャッハーよーへだんの初陣だ! ド派手にいこー!」
「相手は百人近くいますぜ?」
「検証も必要だ。仲間が全滅したら復活できるのか? 集団の中で一人が死んだ場合は? 復活するとしてクールタイムは? たくさん調べないといけないから、死んでも構わないよ?」
「幼女の姿をかぶった悪魔がここにいる………話はわかりやした。なら、検証させないように俺らは頑張るとするぜ!」
キャルンとパッチリおめめで、タンカー1号に伝えると、苦笑で返される。この幼女は悪魔の如き思考を持っているとヒャッハーたちは理解したが、そこに嫌悪はなく、面白い主人に出会ったとの喜びが顔に浮かぶ。
彼らは自分の命に無頓着だ。痛みもあるし感情もあるが、死んでもまた召喚されればよいのだから。だからこそ面白さを求める。
「とつげーき!」
「ヒャッハー! 鴨撃ちなら俺に任せろ!」
「ヒャッハー! 斧のサビをとらねぇとな!」
「ヒャッハー! 攻撃魔法を使うのは楽しいわっ!」
そうして、鬨の声をあげて一気に道を駆け下りてゆく。たった12人での突撃。相手は百人を超える集団だが、怯むことも恐れることもない。ただこれからの戦いに胸を躍らせるだけだ。
「な、なんだこいつら?」
「敵、敵なのか?」
「え、冗談だろ?」
あまりの数の少なさに、山賊たちは仲間が悪ふざけをしているのだろうと、武器を取ることもせずに半笑いでアキたちを見る。
気持ちはわかる。だが、アキも別に神風特攻隊をしたいわけではない。勝算はしっかりとあってのことだ。
先頭に立って、手を掲げて宣言する。
「あたちの名前はアキ・あしゅあしゅ! あしゅあしゅ領をよくも好き勝手にしやがったな。てめぇーらの処分は決まっている!」
『召喚:霧の道化団』
紅葉のようなおててから魔力が波紋となって広がっていき、足元に霧が漂ってくる。そうして霧が集まっていくとコピーしたかのようなフードをかぶりその顔が見えないシーフのように軽装の人間が両手に短剣を持って出現するのであった。
その数は百人。唐突に現れた戦士たちを見て、言葉を失う山賊たちに親指を立てて、アキはピシッと地面へと向ける。
「全員死刑」
その一言で、山賊たちの悲鳴が響き、血が宙に舞う阿鼻叫喚の地獄が出現するのであった。