49話 中盤のボスって、序盤よりも弱く感じることが多い
「幼女!? なぜここに幼女が! ………だが、見た目は幼女だが、その不気味な存在は隠し通せねぇぞ!」
『エナジーボルト』
ハコブが再び魔法を放つ。馬鹿の一つ覚えのように同じ魔法だ。だが、エナジーボルトはその熱線で周囲を燃やしていくだけで、肝心の幼女に命中はするが手応えがない。貫かれた幼女は霧となって消えていき、そこには燃える本の残骸だけとなる。
(こいつ、脳筋だなぁ。魔法使いなのに力押しばかり。戦ったことのない魔法使いというのは誰も彼も同じなのかね)
アキは壁の隅に置かれている木箱から、ちょこんと頭を出して、ハコブを眺めて呆れていた。ちょっとカッコ良い危ない敵を演じたら、ハコブは思う通りに踊ってくれていた。これが戦闘経験豊富な魔法使いならば、魔法を使うにしても、まずは初級魔法で魔力を節約しながら相手を観察する。そもそも幻術を得意とする魔法使いに対して、己が使える最高の魔法を放ち続けるってアホではなかろうか。
ハコブ・オライガは魔法科の担任でありながら、アカデミーの本の横流し、人体実験とろくなことをしない魔法科ルートでの2年生時の中盤のボスキャラだ。魔法の深淵を覗くためといいつつ、古代語魔法5、セージ6のしょぼい能力でしかない。中盤となるとかなりのスキルを手に入れて強くなっている主人公たちにとっては雑魚の相手である。
転職神殿が解放された後だと、転職を繰り返して強化された主人公たちにとっては、今までよりも性能は高くても弱く感じるボスキャラの典型的なタイプなんだ。
というか、もう肩で息してるし。魔力がほとんど尽きたな。魔力の尽きたソロの魔法使いとか雑魚すぎる。まぁ、それだけだと弱すぎるから当然運営はハコブに切り札を持たせてるんだけど、エナジーボルトが使えなくなった今はそろそろ戦う時間だ。
幻術による魔力の無駄遣いはもう充分。幼女の戦闘開始!
「ハコブ、君はクビでしゅ! この経験を糧にして前世では活躍を祈ります!」
というわけで、木箱から取り出すとハコブに向けてちいさなお手々を向けて魔力を練る。魔法科ルートを消して、カストールを錬金術科に誘導しないと行けないのだ。魔法科ルートは共通ルートではないから消滅しても安心だねと、ハコブを殺すことに躊躇することのない悪逆非道な幼女である。
なにせ魔法科ルートは本当に酷いのだ。魔物を倒すクエストが多数あるが、敵が多すぎて魔力が切れるため、当然あとは殴って倒すことになる。となると、近接戦闘が一番多くなり、槌術とか棍術とかのスキルが自動取得されるのである。たぶん魔法科ルートは2周目専用だと噂されているのもそれが理由だった。ちっとも魔法スキルが上がらないのだ。
なので、絶対にハコブは殺す。魔法科ルートはカストールに選ばせない。
『悪逆非道が発動しました』
決意したのだ。このゲームを裏方として支配すると。そうでなくてはクリア不可能っぽいから。
『水鞭』
幼女の手のひらから生まれた水の鞭は水しぶきを残し、撓りながらハコブを襲う。水の鞭を前にハコブは目を泳がせて、慌てた表情で自身の前に半透明のエネルギーシールドである魔力の障壁を張って防ぐ。戦闘に慣れていないのがバレバレだった。魔力障壁は強力なシールドだが、自分の魔力をダイレクトに障壁に変換するから魔力消費が激しいので切り札的な魔法だ。慌てたからなのだろうが、一瞬で魔力が枯渇して、顔を引き攣らせる。
「経験がないな! 自身の魔法の力を見せられないまま死んでいけ!」
「こ、こいつ! 本当に幼女か!?」
木箱から飛び出した幼女は、餌に飛びかかる子猫のようにトトンと軽い走りでハコブとの間合いを詰めていく。本来なら、ハコブは自身の悪行がバレたと知って、様々な魔道具や武具を装備して主人公たちと戦うが、不意打ちが成功したため、なにも持っていなかった。杖さえも持っていない魔法使いは狼狽えて後ろに下がり、腕を顔の前で交差させる。幼稚なる対応に失笑するが、アキは容赦しなかった。
『流し斬り』
銅の剣を閃かせて、ハコブの脇を瞬足で通り過ぎる。光の軌跡がハコブの胴体に跡として残り、その体を切り裂いた。
「ぐはぁっ、こ、この野郎、人間に対して容赦しねーやつだな」
「人間なら人間らしく鮮血を出してほしいんだけど? おじさんはなんで緑色の血なのかな?」
苦痛に声を漏らすハコブへと、冷たい自然で幼女は尋ねる。その視線の先、ハコブの身体に刻まれた一文字の跡には赤い血ではなく、緑の血が流れ出ていた。
「くくく、そりゃあ、これが俺の研究成果だからだ! 俺はこれでも自身に魔法の才がないことを自覚している。魔法の深淵を知ることは短い人間の寿命じゃ無理だろうよ。だからこそ、まずは寿命を延ばすことを研究していたのだ!」
ハコブの身体が膨張し始めて、もやしのような身体がみるみるうちに巨大化して筋肉マッチョに変わっていく。オーガのように身体を巨大化させると、ニマニマと笑い睥睨してくる。胴体に刻まれた剣の傷は修復されて元の肌に戻っていった。
「これこそが俺の研究成果だ! これこそが不死に近づく第一歩! 無限の再生力を持ち、衰えることのない身体だ!」
岩のような拳を突きつけてきて哄笑するハコブ。これが運営がハコブに与えた切り札だ。魔法合戦となると思いきや、ガチの近接戦闘が必要になるという、魔法スキルを上げさせる気のない敵である。
ゲームでは再生力は1ターンで20%回復する敵だったけど、なるほど現実ならこうなるのか。
「はぁ〜、で、あれでしょ? 腕や足が触手に変わるんだろ? いろんなゲームやアニメを見てきたけど、敵ってなんで触手に変えるのが好きなんだろうね? 全然かっこよくないんだけど? そんな姿になるなら、海でイソギンチャクになって暮らしてれば良いのに」
ありがちだよねと、幼女は肩を竦めて馬鹿にするように笑うと、ハコブはムッとした顔になる。自分の研究成果を恐れられるとは思っていても、笑われるとは思っていなかったのだ。
「なかなか俺のことを調べてるな。その情報網とお前が誰か、捕らえて調べてやるぞ」
「その前に他の教師たちがなぜここに来ないのか不思議に思わないといけないんじゃないかな?」
「? そういえば……そろそろ騒がしくなってもおかしくないのにやけに静かだ」
アキの言葉にハコブは違和感を感じて周りを見ると、霧が部屋の境目で漂っていた。その霧は開いた穴をも塞ぎ、外の様子がまったく分からない。
「幻術『戦場変更:幻霧』だ。この魔法を打ち破らないと誰も中には入れないし、また中の者も外に出ることはできない。迷いの森のまほーだよ」
アキはしっかりと魔法を使っておいたのだ。こんな学院の中で戦闘をすればすぐに警備員が飛んでくるのは間違いないから。
「戦場変更? その魔法は聞いたことはあるが、伝説の魔法のはず。………ますます興味が湧いたねぇ、絶対に捕まえてやるぞ、幼女よ!」
ハコブの腕が崩れて不気味なる触手の束に変化していくと、アキへと向けてくる。とらえるために、触手は分裂すると一斉にかかってくる。
「とらえるとか、そのよゆーは自身の力を把握してない証拠!」
アキはすぐさま走り出して、本棚と本棚の間を駆けてゆく。追ってきた触手が本棚を貫き倒していく。
「やれやれだじぇ。魔法の徒が叡智の結晶たる本を粗末に扱っていいのかね」
ガラガラと本棚が倒れていくのを聞きながら苦笑交じりに振り返ると剣を振るう。今にもアキに触れそうだった触手を鋭い剣撃で切り払っていく。
踊るように本棚同士の合間を走りながら、アキは次々と迫る触手を触れされることなく切り刻む。
「ようじょぉおぉう」
本棚を軽々と跳ね飛ばしながら、身体中が触手の束に変わったハコブが追いかけてくる。既に頭以外は身体も緑色になっており、人間のようには見えない。たぶん、人食い樹辺りをキメラの素材にしたのだろう。
「まだ知能は残ってましゅか? 戻ろうとする自我は残ってる?」
「あたりまぇだぁ、すぐに捕らえて元にもどるぅ」
なんとなく怪しい返答だが、まぁ、良いか。どうせ殺すんだし。
「うヒャぁぁ、捕まえたぁぁ」
両腕を向けてきて、触手に変えると一斉に放ってくる。幼女を包み込むほどの数だが、アキはまったく動揺しない。
「階位6からは次元が違う。剣術の真髄を見せてあげりゅよ!」
ちょっと噛み噛みなのは幼女なので仕方ない。摺り足にてキュキュッと床を鳴らして、アキは残像を残して、無数の光の軌跡を閃かせる。
『ソードパリィ』
アキに触れそうな触手が細切れになっていく。無数の触手は無数の剣撃に迎撃されていく。階位6の『ソードパリィ』は敵の攻撃を防ぐと同時に切り裂くカウンター技だ。
これが技術の冴えを見せる攻撃ならソードパリィが失敗する可能性があるが、ただの触手攻撃では幼女にお触り禁止である。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿なぁ! これだけのぉ触手だぞぉ」
「ハコブ。触手化しても無駄なんだ。人間の脳では無数の触手を個別に操ることなんかできない。精々包囲して攻撃とか、束になって攻撃とか、その程度の指示だろ? 無数に見えても、実質は2回か3回攻撃程度。全ての触手を操りたかったら、新人類を目指すんだったな!」
最後の触手を切り裂き、唸る子猫のように幼女は獰猛なる笑みを見せて、腰を屈める。
「今度はあたちの番だ!」
『水柱創造』
「な、なんだ? なぜ水柱を?」
ちっこいお手々を掲げると、アキはハコブの周りに次々と水柱を作っていく。ハコブはなぜ水柱を作り出していくのかが分からずに戸惑うが、理由はあるのだ。
「へんしーん!」
アキは水柱に飛び込むと『偽人魚変化』を使う。髪が青色となり、バイザーが目に装着される。下半身がズボンからお魚へと変わり、鱗がキラリと光る。
「人魚になっただと?」
「ふふーん、人魚のあたちは少し違うよ。ピチピチ」
人魚化するとステータスが大幅にアップすることにアキは気づいたのである。幼女はステータスオール1だけど、偽幼女人魚はモンスターレベル3。その分ステータスは加算されていた。たぶん平均ステータス18には上がってると思う。
それにそれ以外にも理由はある。
「ていていてい」
水柱から水柱へとピチピチと跳ねて移っていく。その動きは先ほどよりも遥かに速い。
「くっ、こいつ、おぉぉ、おいつけないぃ」
ハコブは所詮魔法使いだ。高速で水柱から水柱へと移りゆく幼女人魚の動きについていけない。虚しく水柱を触手で叩き、水しぶきを残すのみ。
「終わりだ、ハコブ!」
加速は充分。剣への魔力もこめ終わり、アキはギラリと目を光らせる。
『真・流し斬り』
水柱から飛び出したアキは高速でハコブを通り抜けて、再度飛び出してハコブを通り抜ける。囲んだ水柱をリングのロープのように使い、幼女人魚はピンボールのように跳ね続けて、ハコブの身体に無数の軌跡を残すと、ピシリピシリと亀裂が入っていく。
「流し斬りが完璧に入ったようだね。それと、先生なら嫌味的に一人の生徒を見ながら話すんじゃない。アキ・アスクレピオスは仕返しに来るかもしれないからな」
「な、なにを………。その、その言葉は、まさかお前………ようじょぉが」
そうしてハコブは小さな肉片になるまで斬り刻まれてバラバラになると、その命を落とすのであった。最後の断末魔は少しかっこ悪かった。
『クエスト:魔法科ルートを潰しました。経験点50000取得』
「ふっ、大量の経験点ゲット! これが本当の大漁大漁? 大漁旗を掲げろー、なんちゃって」
むふんと幼女人魚は胸を張って、世界を凍結させようとする親父ギャグを口にしてはしゃぐ。
「えぇと、これは何なのでしょうか………ロデーちゃん?」
「え!!」
そして、ポツンと立っていた女の子がアキに戸惑った様子で声をかけてくるのであった。




