44話 選択肢を誤って、後々に敵が増えるイベントってあるあるです
「きぇーっ! てめえら来るんじゃねぇ! この俺様の剣の冴えを見せてやるぜ! オラオラオラオラ」
周りから押し寄せる盗賊たちを前に、叫びながら懸命にヤタノ・コルブスは剣を振るう。その剣は一応なりとも形になっており、新兵レベルなら通用する腕であった。訓練を受けていない相手など簡単にあしらえる程度ではあった。
が、それは一人か二人相手ならだ。今、ヤタノの周囲には少なくとも二十人近い盗賊がいて、目立たないためにだろう、短剣で襲いかかってきていた。手加減するつもりは無さそうで、容赦のない攻撃だ。
「くそ、くそっ! なんなんだよ、おかしいだろ。お前らは五人程度のチンピラだったはずだろう? なんでこんなにいるんだよ!」
ヤタノは非常に焦っていた。こんなはずではなかった。このイベントの内容は知っている。一回だけクリアした『地上に輝く星座たち』の最初のイベントだったはずだ。
『マヨネーズ王』と呼ばれて、マヨネーズと唐揚げで小金を稼いで、金の力で準男爵の爵位を買った男、ヤタノ・コルブスはアキの予想通り転生者だった。というか、マヨネーズと唐揚げという古典的な料理チートをして、転生者と思われないほうが不思議であったろう。
アキは徹底的に転生者であることを隠していた。米も醤油も出さなかったし、食べることもしなかった。料理チートなどをしなかったのは、他の転生者の存在を警戒していたからだが、ヤタノは自分一人が転生者だと思い、警戒することなく知識チートを使ったのだ。
元は日本のしがない家族経営の定食屋の息子だった。高校2年生で進学予定のため、大学受験を思って少し憂鬱な普通の男子であった。
成績は中の上、運動は中の下、趣味は漫画鑑賞にゲームをやること。彼女いない歴は歳とイコール。履歴書に書いても、面接官が注意も向けないありきたりな内容の男子は1年前にこの世界で目覚めた。
アルマゲスト王国の王都にある中堅の宿屋の息子として。ヤタノ・コルブスはどうやら階段から落ちたらしい。少年の最後の記憶は『地上に輝く星座たち』をクリアしたところで止まっていた。
が、すぐに状況を理解した。流行りの異世界転生したらしいと。階段から落ちたことも幸いして、記憶喪失というこれまたテンプレをして、この世界で生きていくことを決めたのだ。なにせ、剣と魔法の世界。ゲームの世界と気づいたのはかなり後で、アルマゲスト王国の名前を聞いてからだった。
そして、自分はゲームにもでてこないモブだと知った。が、落胆したりはしなかった。このような場合は、だいたいモブが主人公より強くなり、その立場を食うのだ。異世界転生小説では、もはや廃れたと思わしき『ステータス』と呼ぶとステータス画面が出現するコテコテのテンプレも使えたので、無双できると思っていた。
固有スキルは星座スキル『コルブス』。それはクエストクリア時に経験点を1.5倍入手できるという、そこそこチートなスキルであったのだから、なおさら無双できると思っていた。
なにせゲームをクリアしたばかりであったし、ストーリーが頭に入っている。忘れそうだったので、しっかりとノートに書いても置いた。もちろん自分にしか分からないようにして。
スマホもない、動画も見れない、テレビもゲームもないし、米も醤油もない。生きるのに辛そうな世界ではあったが、それでも魔法の存在は高校2年の少年の心を震わせたし、ゲームの中にしか存在しない可愛いヒロインたちもいる。
幸いにして、中堅の宿屋は前世と違い平民の中ではかなり裕福であり、その伝手でマヨネーズや唐揚げを広めて大金を稼いだのだ。準男爵となり準備は一応できていた。
一応というのは、この『地上に輝く星座たち』はスキルが自動取得されるというクソゲー仕様なので、この1年で取得したスキルが『剣術1、料理2、セージ1』であったことだ。これはマヨネーズや唐揚げを広めたことによるデメリットでもあった。このゲームはプレイヤーの行動により、どんなスキルが取得できるか決まるので仕方ないといえば仕方なかった。剣術1が手に入らなかったら詰むところであった。
だが、そもそもゲームが始まってもいないのだ。それなのにこれだけの準備をしていれば万全だろうと考えていた。スキルだけではない、ヤタノは稼いだ金を注ぎ込んで、様々な魔道具も買っておいたのだから。
━━━しかし、万全と思っていたのに、なぜか悪役令息イベントは上手くいかなかった。アキはたしかに悪役令息の行動をしていたのに、なぜかカストールとスピカはアキを庇ったのだ。スピカがドストレートで好みだったヤタノは好感度を上げるのに失敗をしてしまったと悔やんだ。
たぶん原因はアキが殴りかかるところまで進む前に介入したからだろうと推測した。そこまで進む前に、殴ったから優しいスピカは怒ったのだ。
ショックではあるが、すぐにヤタノは次のクエストに取り掛かることとした。
その内容はというと、入学試験日の夜に起こる『学費強盗事件』。買収された警備員が結界を解除して、強盗団が盗みに入るが、たまたま散歩をしていたカストールとスピカが気付いて退治するストーリーであった。
この事件は戦闘方法をプレイヤーに教える簡単な戦闘で、相手は剣術スキルも持たない、雑魚5人。討伐すると、一目置かれて名声が上がり、ヒロインたちの好感度も僅かに上昇するチュートリアルにしてボーナスバトルであった。
このクエストを横からかっさらおうと、ヤタノは思い、カストールたちが来る前にクリアしようとやってきたのだ。
強盗団はいた。警備員を買収しているので、まさか見つかるとは思ってもいなかったのだろう。すぐに見つけることはできたのだが━━━。
「くっ、多いなこんにゃろー!」
ゲームでは5人しかいない雑魚たちだったのに、ぞろぞろと二十人近くいるのだ。しかも剣術を学んでいるやつもいて、絶体絶命の大ピンチであった。
身体は傷だらけとなり、逃げることもできない。なぜこんなストーリーになったんだとヤタノは自分のせいかもと思うが違う。
たしかに元のストーリーは本来はチンピラのような雑魚五人程度だった。だが、他の領地から流れてきた悪人たちが合流したのだ。その領地は最近になって、治安維持のために魔法騎士団が盗賊たちを殲滅して回っているのだった。そのため、強盗の人数は膨れ上がったのである。即ちこれもどこかの幼女のせいだった。ストーリーを間接的に無茶苦茶に難易度を上げる悪逆非道な幼女だった。
『魔法矢』
買っておいた魔道具の指輪を敵に向けると発動させる。魔法の矢が指輪から飛び出して相手に刺さり、蹌踉めかせる。
『プロテクション』
もう一つの指輪に込められた再度の防御魔法も使い、服を鉄の鎧のように硬化させ体を守る。短剣しか持っていない敵は服に当ててきても、薄皮一枚切る程度だ。
「は、ハハッ、見たか。こちとら準備は万全なんだ。チュートリアルでこんなに装備を整えてるのは俺くらいなもんだ!」
「こいつ! アカデミーの金持ちのボンボンか、その魔道具も貰ってやるよ」
内心で焦りながらも嗤ってやると、相手は警戒して遠巻きにしてくる。この隙に逃げれられないかと、焦りながら見渡すが絶対に殺すと決めている奴らは完全に包囲していた。
(くそ~、くそっ! なんでだよ、ここであっさりと倒して、俺なんかやっちゃいました〜、って言おうと思ったのに、あっ!)
包囲していた盗賊たちの一人が雷の矢により、うめき声をあげると痺れて倒れ込む。
『雷矢』
また雷の矢が飛んでくるともう一人倒す。魔法だ。しかも希少な雷魔法だ。
「大丈夫ですか? 助けに来た!」
「こんなに大勢!? なにこの人たち。もしかして盗賊?」
助けはストーリー通り、カストールだった。もう一人はスピカだ。杖を翳して走ってくる。
「やっぱり主人公がいないと駄目ってやつか。仕方ねぇ、ここは親友ポジで満足しておいてやる。おい、カストール! 大ピンチだ。『ジェミニ』の星座スキルを使うんだ!」
「!? な、なんで君がそのことを知ってる?」
ヤタノは駆けてくるカストールに叫ぶ。そのセリフにギョッとした顔になるカストールが目つきを鋭くして睨んでくるが、チュートリアルバトルの主な理由は星座スキル『ジェミニ』の使い方だからだとヤタノは知っていた。主人公は分身を作り、バトル中ステータス1.5倍、そしてすべてのアクションを分身も使うので、2回行動になる強力な主人公専用スキルだ。
「俺はお前のことをそこそこ知ってるんだよ!」
「そんな……そうか、その可能性もあったのか」
そこで、なんでだと問い詰めることなく、僅かに暗い顔をするカストール。
「おい、早く使えよ。これ大ピンチだからな!」
「くっ、僕の魔法があればなんとかなる!」
『雷矢』
「私も手伝うよ! え~い!」
『光矢』
カストールとスピカが魔法を放ち、敵を倒す。これが5人程度なら終わっていた。しかし敵は二十人はいるのだ。
「アカデミーの魔法使いか! めんどくさい奴らだ。こいつらもさっさと殺せ!」
「くっ」
「キャッ」
盗賊たちがカストールたちに襲いかかって、近接スキルを持っていないのだろう、二人はたちまちピンチに陥ってしまう。
「なんで『ジェミニ』を使わねーんだよ。出し惜しみしてる場合か! もしかして昼に使っちまったのか!」
『ジェミニ』は強力なスキルだけあって、使用できるのは1日に1回だ。試験の実技で使った可能性を考慮していなかったと、ヤタノは青褪める。
が、切り札は持っていた。金貨百枚もした宝石だ。魔法が付与されており、その中身は『階位3:火球』だ。滅多に手に入らない魔法の宝石だが命には代えられない。
懐から取り出すと、集団へと投擲しようとヤタノは振りかぶる。火球の魔法は強力だ。集団に放てば、戦況を変えられる可能性は大いにあった。
「吹っ飛べ、てめーら! おらあっ!」
魔力を籠めて、投擲する。魔法の宝石は敵へと飛んでいき━━━何も無いはずの空間で弾かれると、あらぬ方向に落ちて爆発する。
「な!? 俺の切り札が! 金貨百枚が! もう手持ちの金ほとんどないのに!」
信じられない光景に目を剥くヤタノ。何も無い空間が揺らめくと、枯れ枝のように細い体格の男が現れる。酷く陰鬱な感じで不吉な空気を醸し出す幽鬼のような男だ。
「ヒヒッ、残念だったな、ボーヤ。今回の作戦、上手くいかせないと、俺の出世にも関係するんでね」
「だ、誰だてめぇ」
空間に隠れる敵など、こんなチュートリアルで出てくるわけがないと狼狽えるヤタノ。切り札も破壊されて、顔は青ざめて身体は震える。その様子をニタニタと嗤いながら男は名乗る。
「俺の名前はペトルス・カメレオン。くくく、栄えあるプトレマイオスの一員よ!」
得意げに名乗るペトルス。そして入学金が納められている学舎が内部から爆発したように砕けると、牙をびっしりと生やしたすり鉢のような口を持つ巨大なワームが飛び出して来るのだった。
「で、デザートワーム! プトレマイオスがこんなところで現れるのかよ!」
それは地中を泳ぐ化け物。一呑みで人間を呑み込んでしまう恐ろしい魔物デザートワームであった。
ペトルスとデザートワーム。その2体の存在にヤタノは驚愕し、唇を噛む。ここまで強力な相手では勝ち目がない。カストールとスピカも呆然として、デザートワームを見ていた。
「な、なんだあれは?」
なぜかペトルスも驚いていた。




