40話 デビュー戦は緊張する
次の日。アカデミーの入学試験日。
試験が終わるとすぐに合格の合否が出て、次の日から入学式だ。地球に比べるとへんてこな制度だ。ゲーム的にいうと、それぐらいサクサク進んだほうが分かりやすいからであり、現実的に言うと、遠方からの生徒で貧乏な者は、合否が出るまでの宿屋代金の捻出が難しいからだった。たしかに魔物や山賊が彷徨き、しかも定期馬車などないから、何とか乗り合い馬車を見つけてやってきた子供たちは、いったん家に帰るのも難しい。納得の理由だ。
だからこそ、テストは単純で、それ故難しい。
「ま、平民や貧乏な貴族たちにとってはと注釈がつくけどな」
「なにがですか、アキ様?」
「ん〜。お貴族様は生まれからして有利だなってこと」
アキに服を着せつつ呟きが聞こえたケイが首を傾げるので、フフッと笑い着替えを終える。
「やっぱり服に着替えるのは一人でやるよ。なんか反対にめんどくさい。自分で着たほうが早いよね」
貴族は召使いに服を着せて貰うらしいけど、こんなにめんどくさいことよくやるよな。俺は無理。
「ですよね。私もそう思います。でも、あ~ちゃん様は服を着させてもらうのを嬉しがってたんです」
それは幼女だからねと内心で答えつつ、姿見を見る。そこらの平民よりも安そうな布の服とズボンだ。簡素なのには理由がある。試験にいく準備をしなくてはならないからだ。動きやすい服をチョイスしたのである。
「本当について行かなくて良いんですか? 一人だと不安じゃないです? ハンカチ持ちました? お金はちゃんとお財布に入ってますか? 大金貨だから無くすと大変ですよ?」
「だいじょーぶ。子供扱いしなくても、あたちだけでも余裕だから」
金貨十枚分らしい煎餅みたいな大きさの大金貨20枚。しっかりと袋に入れて腰に括り付ける。これを無くすと大変なことになるから、細心の注意を払わないとならない。途中で落としたり、すられたりと、テンプレともいうべき古典的なミスは絶対にしない。天才的悪役令息ルックスYはそんなありきたりな失敗をしないのだ。
(それにしても可愛くなっちゃったよな。ゲームだと可愛らしいけど、現実となるとかっこいい男が良かったなぁ、少し残念だ。でも、やっぱり見た目を考えると幼女の方が良かったか)
姿見を見ながら人差し指でぷにぷにほっぺをつついてニコリと微笑むと、まるで空気が明るくなり、花を見ているような幸せなほのぼのとした気分になる。笑顔だけで癒やされる幼女がそこにいた。どうもまだしっくりとこない。まるでゲームキャラを見ている感じだ。
とはいえ、今日はここまでだ。これからは久しぶりに悪役令息の出番となる。実際、悪役令息に変身していた時間は総時間十分にもならないけど。
『夢を現実に』
階位10。人間が極められる限界の幻術を使うと、魔力が夢を現実にする。ふわりと綿のように体を包み込み、筋肉組織が、血が、骨が、肉が、皮が作られて、髪が生えていった。そうして魔法が終わった後には、平凡な茶髪でソバカスが目立つ小太りの少年がそこには立っていたのだった。ただゲームとは違い、小憎らしい目つきなどはしていないので、ここは性格の問題なんだろう。元日本人で喧嘩もしたことがなかった優しい俺じゃ無理なんだろうな、ここは我慢するしかないか。
と、アキはこの世界で躊躇いなく殺せ殺せと人を殺しまくっていたことは棚に放置してウンウンと納得するのだった。
「どうだ? 俺のこの姿は。元のアキ・アスクレピオスに見えるか? コブターンに見えるか?」
「おぉ~、凄いですアキ様。これなら遠慮なくアキ様と言えます。お嬢様とアキ様を使い分けるの正直めんどくさかったんですよね」
フフンと笑い確認すると、正直すぎる回答がケイから返ってきたので、もう少しオブラートに包んて欲しい。まぁ、でも一番近くにいるケイが太鼓判を押すならバレることはないだろう。そもそもアキに会ったことのある人間はアカデミーではいないはずなのだ。なにせ去年までは貧乏な没落貴族。パーティーなどには行ったことがないし、復興してからはあ~ちゃんが人生を謳歌していた。
アキは浜辺の町で引きこもっていると噂され、その姿をほとんど誰も見たことは無かったのだ。バレる前提条件のコブターンの姿を知るものがいないのである。
そして黒幕幼女のように、幼女が中に入っているため、魔法も使えるから、違和感はない。変身は完璧で、最初に見た姿そのまんまだ。声はゲームで聞いてたし、あたちも俺と言える。隙のない完璧さだった。天才、俺は天才かもしれない。それかチートかもしれない。
「でも着ぐるみを着ているのと同じなのに、食事できるんだよな。まったくどうなっているんだか」
これが魔法ということなのだろう。疑問に思うけど追求することはしない。使えればいいのだ。使えれば。
「と、いうことで試験会場までしゅっぱーつ!」
「ラジャー! 馬車は用意済みでーす」
これからのアカデミー生活を夢見て、ついにストーリーに入れるぜと、アキは大興奮するのであった。
◇
アカデミーは国中から貴族や優秀な平民を集めて、人材を育てる王国1の学園だ。剣や魔法、経営学に経済学、政治学や錬金術、薬学に医学などなど幅広く学問を修める事ができる。その中でゲームの主人公は、自分の選んだ学部で成長するのだが………。まぁ、ゲームだからね。分かりやすく剣と魔法、錬金術の三つの中から選ぶだけだ。まぁ、ゲームの中で政治学を学んでもつまらないだろうしさ。
初心者は剣術コースを選ぶ。戦士でも、剣士でも育てやすく強いからだ。反対にファンタジー溢れる魔法学ルートは普通に詰む。なぜならばこのゲームはプレイヤーのストーリーの取捨選択でスキルが自動取得にて行われるから。
剣術なら、剣を持ってバンバン敵を倒せば剣術が上がるし、錬金術ならとにかくポーションを大量に作れば良い。反対に魔法学はやることが多すぎて、望みの魔法を取得できないパターンが多いからだ。炎魔法を覚えたいのに支援魔法レベルが上がったり、回復魔法を取得したりと、とにかく魔法の種類が多すぎる。それにクエストに素材採取があるから、気がつけば魔法スキルではなくて、採取系統や錬金術とかのスキルを取得しており、魔法から逸れて目的のスキルは取れない。そのため、だいたいのプレイヤーは魔法使いを目指して挫折し、やり直す。
これが2周目となると話は変わる。クリア特典で自由にスキル取得ができるのだ。大魔法使いを目指せるわけだ。
(さて、主人公は初回か、2周目か………強すぎたら2周目を疑うし………転生者かもしれない)
馬車に揺られて考えながら、アキはボーッと外を眺めていた。アカデミーに入学するにあたり、一番気をつけるのが、主人公やストーリーではない。俺と同じ転生者の存在だ。
主人公やストーリーはゲームの強制力で、なんとなく普通に進むのではないかなぁと思ってる。だが、これは転生者がいない場合だ。ほんの少しの事故で、幼女がパタパタと蝶々の真似をしただけで、魔神は滅び海の王国ができたりしたのだ。幸い、メインストーリーに与える結果は同じであったが今後も同じとは限らない。
小説でたくさん読んできた。主人公に転生し下衆な行動をとってストーリーを破綻させるやつ。モブに転生して主人公の立場を奪おうとして、ストーリーを破綻させた挙句に世界を重大な危機に陥らせるやつ。モブな主人公のように可愛らしい幼女なら問題ないが、油断はできない。
(もしも主人公の立場になろうとする転生者がいたらどうするべきか………。迷うなぁ。同じ地球人なら、殺すのもなぁ。ゲームのプレイヤーだったかもしれないし。ウ~ン、ストーリーにあまりにも干渉したり、悪人だったりしたら対応を考えるか)
殺せ殺せと常に躊躇なく言えるのも基本相手が悪人だからだ。善人だったり、アホで考えなしの無自覚の場合は困る。さすがに罪悪感に駆られるからな。
(まぁ、臨機応変にやるか。状況に応じて極めて柔軟に対応しろと、なんか聞いたことあるし)
どっかで聞いたことがあるセリフを思い出して、今後の方針を適当に決めると同時に馬車がガコンと停止する。
「アキ様、アカデミーに到着しましたぜ」
「うむ、分かった」
御者役をしているタイチが窓越しに伝えてくるので、偉そうな演技をして、馬車から降りる。
「本当に一人でいいんですかい? 俺もついて行きましょうか?」
「いやいや、いらないって。高校の受験に両親とか親戚がついてくるようなもんだろ? 恥ずかしいじゃんね。一人で行ってくるよ」
心配げなタイチに、かぶりを振って苦笑で返す。元は平凡な日本人で、その常識から高校受験みたいなものと考えて恥ずかしがるアキである。ちょっと過保護すぎて、周りの人間から後々話のネタとかで馬鹿にされそうだと考えていたりした。
見ると、正門前に到着したけど、皆は歩きで一人でアカデミーに向かっている。タクシーで来たのも少し大袈裟だったかもと、赤面しちゃうアキである。
実際は違う。馬車用の通路が少し離れた場所にあり、貴族たちは皆その通路を通ってアカデミーに入っていた。もちろん侍女や執事を連れて。
正門前から入るのは平民たちばかり。だが受験は正門から入るのだという先入観があったのでアキもタイチも気づかなかった。受験生がなんだコイツとジロジロと物珍しそうに見てくるので、恥ずかしくてそそくさと馬車から離れちゃうアキだった。
「それじゃ気をつけて〜」
「ん〜、行ってきまーす」
そうして、タイチの見送りに軽く手を降って、アキはアカデミーに入る。
「えっと、最初のイベントは正門前のはずだったような?」
それに正門前と勘違いした理由はもう一つあった。それは正門前で、主人公たちにアキが絡む最初のイベントがあったからだ。
だから違和感に気づかなかった。そして、それはすぐ後には困ったことになるのだったが━━━。
「あ、いた!」
正門前で二人の男女が入ってくるのを見つけて、アキはむふんと興奮し、さりげなく近づく。
「おぅおぅ、そにょた可愛いな、一緒に登校すれ」
アキは悪役令息デビューの初めてのセリフを失敗した。




