4話 ヒャッハー山賊団参上!
「ヒャッハー! えものみっけ、そこをうごくな〜!」
かくれんぼで、隠れた相手を見つけたとばかりに嬉しげな声で幼女は叫ぶ。興奮すると頭脳明晰、天才策略家と名乗るアキの意識は幼女の意識に支配されてしまうのである。それが弱点か、それとも福音かは今のところわからない。紳士なら福音だろと乾杯して歓喜するだろうが、生存率を考えると今のところは弱点だ。
だが、アキが興奮するのは仕方ないだろう。食事は黒パンと塩味の効いた野菜スープという侯爵家にあるまじき貧相な食事であったが、それもまた飽食の日本にいたアキにとっては不味さが新鮮であったし、今この状況も感動しかない。
緑の匂いが香り、排気ガスの匂いなどない自然の涼やかな風がぷにぷにほっぺを撫でてくる。乗っている馬の獣臭さと、駆ける中での振動が初めての経験だ。魔法だってあるし、それどころか今は商隊を襲う山賊団となったのだ!
興奮するなと言う方が無茶というものであろう。
なのでヒャッハー山賊団と名乗る副首領の乗る馬に同乗し、馬の首をペチペチと叩いて幼女らしく大騒ぎしていた。
首領はもちろん俺だよ? アキ・アスクレピオスがこの山賊団の首領です。
忍者のように帯をくるくると顔に巻いて目しか覗いていないので、誰もアキの正体を読むことはできないだろう完璧な変装だ。幼女的には完璧だと思っていた。果たして他者がそう考えるかは不明である。
「ヒャッハー、俺たちに見つかるとは運が良いな!」
「ヒャッハー、獲物だらけでヨダレが出ちまうぜ」
「ヒャッハー、血の匂いが恋しいぞ!」
「アバババ、アキ様、この人たちはどこから来たんですか?」
山賊団のみんなも大はしゃぎだ。ボサボサ頭にモジャモジャ髭を生やす大柄な体躯の副首領を筆頭に、猪の毛皮を羽織り、悪人面の荒くれ者たちがケケケと顔を歪ませて、馬上で叫んでいた。約1名麻袋を頭にかぶっていて、メイド服で絶叫する子がいるけど、この状況が楽しいからだろう。
「山賊だっ! そんな馬鹿なっ、てめぇら、止まれ、止まりやがれっ」
商隊の護衛なのだろう、革鎧にロングソードという軽装の男たちが合わせて六人。こちらは14人もいるのに勇気のある奴らである。
その勇気に感心したいが、激昂するその顔は少し意味合いが勇気とは違うようだった。蔑みだ。俺たちを見て、薄笑いをしながら田舎もんがとの目上目線を感じる。
アキの推察は正しく、護衛の冒険者たちには余裕があった。この土地で山賊をやるバカはいないはずなのだ。いるとしたら、農民で生きていけなくなり食い詰めて山賊となった者たちだけだろう。
護衛はヒャッハー山賊団をよくよく観察して、鼻で笑ってしまう。猪の毛皮を着込み、まともな革鎧を着ている奴もいない。武器だって木こりが持つような戦闘用ではない片刃の貧相な斧だ。しかも帯で顔をぐるぐる巻きにして目しか見えない幼女と泥だらけのメイド服を着た少女も連れている。騎馬も野良馬のようで、鞍もついておらず、頭領は小汚い力自慢の農民崩れ。後ろの何人かには女性も混ざっており、その体格はひょろりとして、武器を持ったこともなさそうだ。
「おい、命が惜しかったら、女と馬を置いて帰りな。けけっ、そうしないと切り刻んでやるぜ? 明日の日は拝めないと思いな」
護衛たちはせせら笑い余裕の表情を浮かべる。事実彼らの冒険者ランクはCランク。一般人の到達できる最高ランクになっていた。農民崩れが倍いようとも傷一つ負うことなく倒せるとの自信があった。
うへへと笑う護衛たちを見て、アキはあきれてしまった。どっちが山賊なんだかわからない。ヒャッハー山賊団のデビュー戦だ。センターで活躍する幼女は不機嫌になって、副首領の膝をぺちりと叩く。
「1号」
氷も溶かしちゃうような可愛らしい声を奏でて凄む幼女に、副首領は恐怖に晒されたように身体を強張らせて頷く。
「へい。てめえら、舐めてんじゃねぇぞ。俺たちはヒャッハー傭兵団だ! この先まで護衛してやるから護衛料を支払いな!」
とりあえず山賊とは名乗らない。さすがに自身で山賊団と名乗るほどアホではない。護衛料をピシピシとって、払わなければどこかで襲われると脅迫する作戦だ。
あれだ、おしぼりをお店に売ったり、観葉植物を置いてお金をもらう方法である。斬新な稼ぎ方なのでヒャッハー山賊団にはぴったりだろう。
「はっ………農民崩れってのは、馬鹿ばかりだな。てめぇが首領か? 娘を連れているくらいに食い詰めて情ねぇ。俺が殺してやるから降りてこいや!」
手入れのされていないロングソードを抜いて、自信満々の護衛。どうもこの数相手でも勝てる算段があるらしい。商人たちもアキたちを恐れることなく、それどころか哀れみの視線を向けていている。
「俺は副首領だがいいだろう、やってやるぜ!」
馬から飛び降りて、1号が手斧を構える。それを見て護衛たちは小馬鹿にして笑う。なんで余裕なのかアキにはよくわからない。が、この戦闘がこの世界でやっていくうえでの試金石となるだろう。
ゲームと同じシステムなら、取得スキルレベルの総合に比例して体力と魔力が上がり、戦闘においては、戦闘スキルレベルとステータスに武器の攻撃力が加算されて、標準戦闘力となる。剣術スキルレベル2で筋力18の場合、ロングソードを持った場合は、予想される命中率及びダメージは2D6+5となる。ロングソードが2D6ダメージで、追加ボーナスの5がスキルレベルと筋力値のボーナスとなるわけだ。2D6は六面ダイス2個のことね。
これに攻撃力上昇スキルとかを使い、ダメージを上げたりもするわけだが………おわかりだろうか、『地上に瞬く星座たち』の戦闘仕様は古き良きTRPGのものなのだ。
そして、実は『ヒャッハー山賊団』は5000ポイントを払って手に入れた仲間カードなのだ。なにか仲間で良いのが出ないかなとレア確定ガチャをやったところ山賊集団の絵柄が描かれているカードが出てきた。レア以上確定? 知らないもん。
『R:ヒャッハー山賊団:仲間』
『攻撃力:300』
『防御力:200』
『地上戦闘時、敵から逃走する際に素早さ200%アップ』
『タンカー2名、戦士4名、レンジャー2名、神官2名、魔法使い2名からなる山賊団』
うん、どこからつっこんで良いのかな? 仕様が違いすぎて強いのか弱いのかわからない。TRPGのルールにカードバトルのルールで戦うようなものである。せめてファントムマスターのようにスキルが表示されていれば予測も出来たけど、これではさっぱりだ。
でもレアカードだ。田舎の護衛くらいは倒せると信じたい。負けても、俺が倒せるだろうから大丈夫だろうけど、相手の余裕が気になるが。信じたい!
ゲームの知識チートが使えない手探りでの戦い。あぁ、とても楽しみだ。隠しジョブを選んでよかったと、ワクワクしながら眺める知力1の幼女である。
「おい、レラク、さっさと倒しちまいな!」
「女は売れるからな、逃すなよ」
「こりゃ、ラッキーなボーナスだぜ」
せせら笑いながら、アキたちを囲んでくる。その様子を見てケイがガタガタ震えるが、ヒャッハー山賊団は静かであり、冷ややかに護衛たちを見下ろしていた。どっちが山賊団なのかわからない状況だ。
「おら、一撃だ!」
1号に対峙した護衛のレラクは突っ立ているだけの木偶の坊に見える男へと剣を構えて突っ込む。冒険者ランクCだけあって、その踏み込みには力が乗っており、素人では反応もできない。あまりの素早さに驚き慌てる男を一撃で切り捨ててやろうと嗤い━━━。
「へぶっ」
1号の姿がブレたと思った時には顔に張り手が突き刺さっていた。1号が駆け出す姿すら視認できず、反応することなど不可能だった。気づけば鼻が折れて、顔がひしゃげて、身体が浮き上がる。張り手された指の合間から男のつまらなそうな顔が見えて━━━地面に叩きつけられて、強い衝撃を受けると、ぐるりと白目となり気絶するのだった。
「お嬢、終わりましたぜ。なんつーか雑魚でしたね。なんでこいつこんなに自信満々だったんだ?」
パンパンと軽く手をはたいて1号がヒゲモジャの口元を笑みに変える。斧を振るうことすらなく制圧した1号を見て、護衛たちも商人たちもぽかんと口を開けて、今目の前でなにが起こったのか理解不能という顔をしていた。
「な、てめぇ、よくもレラクを!」
護衛の一人がロングソードで1号に斬りかかる。だが、振り下ろされた剣を一歩下がって躱しながら手斧を剣に合わせて振るう。チンと軽やかな金属音がすると、ロングソードは半ばから斬られてポトリと地面に落ちた。
「は? へ? なんでゲブ」
数打ちの乱造品とはいえ、ロングソードは金属の剣だ。折れるのならまだ分かる。だが、手斧程度で切られるとは思いもよらなかった護衛は切られた綺麗な断面を見て呆然としながら、そのまま張り手をくらい倒されるのであった。
その様子を見て、ようやく相手がただ者ではないと気づいた他の護衛たちは青ざめて後退り始める。自分たちでは決して敵わない相手だと理解したのだ。
アキは護衛がこのまま逃げても追う気はなかった。護衛料を取れれば良いのだ。無駄に死人を出すなんてひどいことはする気はなかった。倒した人たちも小さな怪我のはずだ。だが、逃げずに踏みとどまった護衛たちの一言で気が変わった。
「お、俺たちはチュートリ山賊団のもんだぞ! お前らなんかすぐに殺される。こんなことしてわかってんのか、あぁん?」
恐怖の表情でも、凄んでくる護衛たちの言葉に小首を傾げてしまう。
「ケイ、チュートリ山賊団ってなぁに?」
「先日説明しましたアスクレピオス領地に逃げ込んだ山賊団の名前です、アキ様。強盗殺人、人身売買とかたくさんの犯罪を犯していることで有名です」
「あぁ………領地間を越えて盗みを働く奴らだったか。そうか、護衛とつるんでたのか。ふ~ん、そんなに悪党なのか」
アキの頭の芯が冷えていき、その目が果物ナイフのように鋭く変わってゆく。
アキとケイの話が聞こえた護衛がニヤニヤと口元を歪めて強気な表情に変わる。他の面子も恐怖よりも余裕の表情に変わっていく。
「そうだ。この先でそこの商人から貰う護衛料を渡すために合流する予定なんだ。へへっ、どうだ、お前たちをボスに紹介してやってもいい。俺たちは百人からの山賊団だ」
そうか、そうだったのか。俺よりも先に斬新な手法をする輩がいたとはね。
そうか、そうか。ラッキーだったな。
『悪逆非道が発動しました』
「お前ら、こいつら護衛たちを全員殺せ」
幼女らしからぬ冷酷なる指示に、顔色一つ変えずにヒャッハー山賊団はコクリと頷く。
「へ? 殺せ? お前、わかってんのか? こっちは百人はいるんだぞ、お前らなんか赤ん坊の手を捻るように一捻りだ。お、おい、待て待て待デ」
最後まで言い切る前に、ポーンと護衛の頭が飛んでいき、首を切られた体がゆっくりと地面に倒れていく。1号の一撃は護衛レベルでは反応もできなく、ただの死体に変わった。
「ひ、た、すけ」
「こうさん、こうさんするって」
「逃げて逃げないと」
残りの護衛も部下たちの手で断末魔の悲鳴をあげながら死んでいくのを見ながら、アキは鼻で嗤う。
「人の領地で好き勝手しやがって。あたちが許すわけないでしょ。全員死ね」
死んでゆく護衛たちを見ても、罪悪感も感じない。ゲームと同じだ。そこに人としての感情は混じらない。
『クエスト:人を一人殺しました。経験点千点取得』
『次回クエスト:人を10人殺したら、経験点千点が入ります』
ログが表示されて、口角を釣り上げて嗤う。
『悪逆非道:悪いことを行うと経験点を取得する』
どのようなスキルなのか調べたのだ。悪役にふさわしい固有スキル。悪を成す毎に経験点が入るらしい。
アキ・アスクレピオスはたとえルックスYでも悪役令息なのさ。そして、俺はやり込み勢なのだ。悪役令息としてのロールプレイをしていくつもりだ。俺のシマを荒らす悪党には退場してもらう。
幼女は細い腕を組んで、冷酷無比なる闇のような光を瞳に宿して嗤うのだった。




