31話 禅譲がうまくいく可能性は半々
「これはこれは、アスクレピオス侯爵様、お帰りを歓迎いたします」
ジャラジャラと魔法のネックレスや指輪を身に着けて、金糸に銀糸を駆使した複雑で豪奢な意匠の貴族服を着たそれはもうこれぞ成金といった感じのデブが謁見の間で待っていた。
デブを中心に20人くらいは大小あれど、金持ちでございといった服装のおっさんやおばさんがいて、残り70人ほどが騎士鎧を着込んだ武装バッチリの騎士たちだ。総勢90人近く、共通するのはこちらを馬鹿にして、上から目線でニヤニヤと笑っているところだろうか。どうやら残りは日和見で城内のどこかに隠れている模様。
「ルプス子爵久しぶりだな。あまり健康に気を使ってこなかったようだが、体調は大丈夫なのか? 寄親としては子爵家の将来を心配してしまうよ」
圧倒的にこちらが人数は負けているにもかかわらず、高位貴族としての矜持を示して、ゆっくりと謁見の間の奥にある椅子に進むナツ。後ろについていくフユたち。ケーンが槍を強く握りしめて、主君を守るべくブルドッグのように歯を剥き出して威嚇する。全員が緊張しており、ケイなんかギクシャクとして手足が同時に出てる。
家族全員で来る必要はなかったのではないのかと思うけど背水の陣というやつか、それともアキのことを信じてるのか。たぶん両方だろう。この一ヶ月でヒャッハーたちの腕がどれほどすごいかも知っているのが理由にも入るのだろう。
「あたちは謎の時代の騎士ヨージョダ。ここで全ての決着をつけようぞ、ダースブーター」
そして、このシチュエーションを楽しむ幼女プレイヤーはぶかぶかのローブを着込み、杖をついてよぼよぼのおじいちゃんだよと歩きながら、小声でアホなことを呟いてもいた。一人だけ緊張感ゼロである。
そうして奥に進もうとすると、ナツが振り返りフユにニコリと笑みを見せる。
「あぁ、フユ、悪いが君たちは隣室にて待っていてくれ」
「はい、あなた。皆、行きますよ」
「ええっ、あたちもがもが」
文句を言おうとするとかーさまに抱きしめれられるアキ。ここに来て裏切り! 裏切りである。ナツとフユは既に話し終わっていたのだろう、ジェイが先導して、アキたちは他の部屋に移動させられるのであった。やっぱり家族全員を危険にさらすつもりはなかったらしい。ギリギリまで内緒にしてたのは、どこかのいたずら幼女が潜入すると思ってたからだな! 当たってるよ、ちくしょー。
いいもん、とーさまたちは知らないが仲間カードは意識を共有できるのだ。カードの仲間はアキの手足も同然だからね。というわけで、ヒャッハー目線で見学していようっと。
隣室に移動するフユたちのことは気にもかけずに、ルプスたちはナツを睨む。ルプスたちはこちらが恐れると思っていたのだろう。まさかナツが泰然として嫌味すら口にするとは考えてもいなかったようで、ぶよぶよに緩んでいた余裕の笑みが憎々しげに変わる。が、領主の椅子に悠然と座るナツの後ろに並ぶヒャッハーたちのみすぼらしい姿を見て、再び上から目線で嘲笑し始める。
「ははっ、アスクレピオス侯爵家の騎士団はしばらく見ないうちにだいぶ立派になったと思える。それはもう凄腕なのでしょうなぁ」
「わはは、本当に。あのような姿で騎士団のつもりか?」
「所詮は虎の威を借る狐。狐には騎士などついてこないのですよ、おっと、侯爵のことではありませんよ?」
皆が嘲笑し、ゲラゲラと嗤うが、ナツの顔はまったく揺るがず平然としていた。肘をついて、王者の風格すら見せる。
「この者たちは私の精鋭だ。忠義の臣とは彼らのことを言うのだと私は実感している。どこかの不義理な者たちとは大違いだ。宝石に見えてガラクタの石であり、そこらのつまらない石に見えて、実は宝玉だったりするのだよ」
「………ほ、ほほう。ただの小石であるのに、宝玉と信じておる愚か者がいないことを祈りますぞ」
「ぬ、無礼な! 主君に対してそのような態度をとるとは」
「ケーン・べナティ男爵、気にしなくて良い。で、ルプス子爵は許可も下りておらずに謁見の間に侵入し、なにか言いたいことがあるのか?」
寄親へのあまりにも無礼な態度にケーンがいきり立つが、ナツは手を軽くあげて制止すると、見下すように冷たい視線でルプスたちを見つめる。その表情には欠片も怒ったような素振りは見えない。
その様子を見て、ルプスはほくそ笑む。
(やはり、これだけの騎士を味方につけ、文官でも重職たちを引き連れた我らには、内心で恐怖しているのだ。それならば、このまま策どおりに進めようぞ)
「ははっ、臣オレガノ・ルプスはここに伝えます。アスクレピオス侯爵がお戻りになったことは大変喜ばしく、しかしながらその権威による支配はまだまだ時間がかかると愚考します。強いては我らに領地の差配を委任していただくようにお願いいたす」
頭を下げて忠言するようにルプスは提案する。ルプスの内心は古代より続く傀儡政権だ。アスクレピオス侯爵が戻っても、その権威だけを利用して、我らでこの領地を食い物にする。騎士団も文官も味方につけている自分たちに従う他ないと。
(ピスケス公爵家も王都ならともかく、離れた土地にあるお家の内紛には口を出せぬだろう。くくく、これからは案山子として敬ってやるわ)
「ルプス子爵の言うとおりです。内政においてアスクレピオス侯爵はまったくのド素人。ここは我らにお任せを」
「我ら騎士団も同意見です。アスクレピオス侯爵は椅子に座り、ドンと我らに全ての実務を任せれば良いかと」
「なに、せっかくお戻りになったのです。城内でゆっくりとお休みください」
ニヤニヤと笑い、もはや侮蔑の態度を隠さないルプスたちに、ナツは肘掛けをトントンと指で叩き無言だ。その顔には怒りも恐怖も悲しみも見えないことに、ルプスたちが様子がおかしいと訝しげに思い始める頃に、ナツは口を開く。
「いや、君たちは全て領地に戻るが良い。新たなる役職は私の本当の臣下と協議することとする」
「なっ!」
冷え冷えとした声音でのナツの答えに、予想外であったルプスたちは色めき立ち━━━覗き見をしていたアキはキラリンと目を光らせる。
『ここだ! 『魔法騎士団の装備一式』カードをヒャッハー山賊団に使用! ヒャッハー山賊団は攻撃力と防御力が100ずつ上昇する!』
ナツにも内緒でサプライズだぜと、幼女はむふんと鼻息荒くカードを使用する。ろくなことを企らまない幼女である。
━━━━だが、アキは知らなかった。強化カードを使用しても、きっと一瞬ぴかりと光るだけだろうと思っていた。だが、その想定は違った。
ヒャッハー山賊団を黒き風が巻き起こり、覆っていく。
「な、なんだ? なにが起こった?」
ルプスたちが突然の暴風に驚き、ナツも内心でびっくりしたが、なんとか鉄の意志で平然とした顔をして見せて耐える。
そして風がおさまった時にはヒャッハー山賊団の姿は様変わりしていた。白金による意匠をされた白銀の鎧を着込んでいるタイチたち。魔女たちは三角帽に星空を散りばめたようなローブを着込み、シスターたちは神官の聖なる力を感じさせる服だ。それぞれ、手斧や木の杖ではなくなり、それぞれにふさわしい剣や盾、ハルバードや古木の弓、宝石のついた杖や純白のメイスを手にしていた。
「こ、これは!? まさか幻術で欺いていたのか、そ、その姿が本当の姿か!」
ルプスたちは荒くれ者のゴロツキと思われた者たちが自分たちよりも立派であろう装備に変わったことに目を剝く。しかも彼らの装備は魔力の扱い方を少しでも学んだものならば見ればわかる魔力の光を纏っていた。全て魔法の武具なのだ。
『ええええぇぇぇぇ! ヒャッハーたちがカッコよくなっちゃった!』
そして、アキも驚いていた。武具が変わったことはある意味予想内だけど、ヒャッハーたちはボサボサ頭のモジャモジャ髭がなくなっていたのだ。きちんと髪は整えられており、タイチたちは強そうだったり、軽薄そうと色々と違うけど、二枚目の顔だし、女性陣も見目麗しい美女たちと変わっていたのだ。
(ズルい! あたちもかっこいいキャラが良かった! ………いや、幼女は可愛いからこっちのほうが良いか)
やっぱり見た目は幼女がいいねと落ち着くアキ。隣室でいたずら幼女が落ち着くのとは反対に、ルプスたちのざわめきは消えない。まさか、そこまで強力な騎士たちだとは思ってもいなかったのだ。アスクレピオス侯爵が罠にかけたのだと知ったルプスたちに動揺が広がる中で、耐えきれないものがいた。
「おのれ、もはやここまで! アスクレピオス侯爵、貴様の命貰い受ける!」
騎士の一人が剣を抜いて先頭に立ったのだ。ルプスたちは仰天するが暴走する騎士がいる可能性があることは予想していた。なので揉み消せば良いと思うが━━━。
「ふむ………王立書記官殿、反乱が起きたと記録していただいてよろしいかな? ルプス子爵たちはアスクレピオス侯爵家に、ひいては王国に弓を引いたと」
「はい、この目でしかと確認いたしました。反乱の証拠を記録いたします」
ナツが後ろに立つ者へと声を掛けると、恭しく頭を下げる一人の男。目立たない顔立ちで服装も平凡な者であったので、誰も注意を向けることはなかった男だ、その顔立ちは平凡なれど、目つきは鋭くよく見れば只者ではないことがわかった。
「な!? 王立書記官だと! わざわざ連れてきたのか!」
「そのとおりだよ、ルプス子爵。私がなんの策も持たずにここまでやってきたと思っていたのかね? さぁ、おとなしく縛につけ」
王立書記官は公式に記録をとる者たちだ。貸し出しは国王陛下の許可が必要だが、その記録は重要な証拠として扱われる。『嘘発見』にて常に真実を記録しているかを定期的に調べられるので不正を犯すものはいない役職だ。
嵌められたとルプスたちが驚愕する中で、さらに他の騎士たちも剣を抜く。
「出会え、出会え! この者たちはアスクレピオス侯爵を名乗る痴れ者たち。全員切って捨てよ!」
「うぬ、もはや仕方なし! 偽物よ、ここで誅滅致す!」
「ま、待て、これは罠━━━」
「かかれっ! 全員でかかれば、敵は少数! 簡単に斬り伏せられる!」
まずい状況だとルプスが慌てて止めようとするが、その声は他の者たちの声に阻まれて掻き消える。
その様子を見て、ナツは立ち上がると剣を抜き放つ。
『やったー! すけしゃん、かくしゃん、やってしまいなさい、ですよ、おとーさま!』
ここまで策はうまくいった。あとはおとーさまが捕縛しろと言えば、敵は全て倒せるだろうと、計画通りとむふんと笑うアキだったが━━━。
「反乱を制するため、この者たちを全員斬り捨てよ」
ナツは深く深く沈み込むような凍えるような声で命じ、アキは話が違うと驚くのであった。




