3話 衝撃の情報を得る
「えっと……御主人様は本当の姿は可愛らしい幼女で、小憎らしい豚のような少年の姿は呪われていたため、ということなんですか? で、記憶が全て失われたと」
「お前、御主人様なのによくディスれるね? アキを子豚扱いするんじゃない。でもそのとおりだよ。あたちはアキ・あしゅくれぴーす。侯爵令息だ!」
なぜか『俺』と言おうとすると『あたち』に変換される幼女仕様。椅子の上に危なっかしく立って、フンスと平坦なる胸を張り大威張りで説明する幼女アキ。グラグラと椅子が揺れて、メイドが支えてよいのか手を出そうと迷っていたりもした。
変身する姿が初っ端からバレて、天才的な計画が破綻した幼女は、少年の姿を解除して、メイドに説明をしていた。解除というか、幻影だとバレたので解除されてしまったのだ。
これは幻影の弱点で仲間以外に幻影だとバレるとたとえ現実の存在になっていても消えてしまう。正体見たり枯れ尾花ってやつだ。なので敵には幻影だとは絶対に気づかれてはならないのである。
もはや少年に変身するにはメイドを仲間に入れるしかない。そうしないと変身しても、メイドの視界に入れば解除されてしまう。なので適度な嘘を混ぜて幼女になった理由を説明していた。
「はぁ………えっと信じます」
「はぁ? 信じるの!? あたちの説明に信用できるところあった? 幼女に変身する泉に落ちたと説明する方が信用できる内容だよ?」
自分で説明しておいて、とてもではないが信じることのできない内容なのに、メイドはおずおずとコクリと頷き、はにかみながらエヘヘと笑う。
「あの、私は人の魔力パターンを魔導具無しに見ることができるんです。なので、アキ様だと分かりました。魔導具で代用できる能力なので、つまらない魔眼なんですけどね、えへへ」
少し恥ずかしそうに笑うメイドのセリフに思い出す。
「魔力パターン? あぁ、そういえば、そんな設定あったな………。生まれてからすぐに国に魔力パターンを登録して偽物が現れないようにするんだったな。過去に貴族の偽物が現れたことに対する防止策だったか。とするとお前は魔眼持ちなのね?」
都合の良い設定があったかと思い出し安堵する。これならルックスが変更されても本人だと認識され………悪魔憑きとか言われそうだ。この場合、幼女憑き? 子豚少年よりも喜ばれる悲しい未来しかないな。それにメインストーリーに支障が出そうだ。
メインストーリーを想像する。
『ぷひーッ、ぼくちんを足蹴にしたなぁ、平民!』
『貴族がどうした。ここは学園だ、身分は関係ない!』
『あの平民中々やるな。侯爵令息相手にもはっきりいうなんてかっこいいぜ』
メインストーリーの最初のイベントだ。ヒロインに平民なのかと、ウヘヘと絡んで殴られた子豚少年が泣き叫び、主人公がキリッとした顔で宣言するかっこいいシーンである。周りで見ていた学生たちは主人公をやんややんやと褒め称えて、一目置かれるのだ。
『痛いよぉ〜。あたちを蹴ったな。痛い………このへーみん!』
『き、貴族がどうした。ここは学園だ。幼女でも、か、関係ない!』
『死ね、主人公! 幼女を蹴るんじゃねーよ! 土下座して謝れ!』
周りで見ていた学生たちが非難轟々に主人公を罵るのだ。そして幼女を蹴る極悪人として一目置かれるのだ。幼女が絡んできても、嬉しいだけなのだ。
幼女パターンの時、イベントはこのように変化する可能性あり。
アキはストーリー序盤から時折主人公に絡んでは倒される踏み台悪役だ。憎々しげな性格の悪い子豚少年ならスカッとするが、可愛らしい幼女を殴る主人公………駄目だ、ストーリーが破綻する未来しか見えない。やはり秘密にしておくべきだろう。
秘密にする理由がルックスYにしたから。うん、ここまでしょうもない理由の悪役がいただろうか。悲しすぎて涙が出ちゃうよ。
「あの………アキ様はよくわかりませんが、記憶がないのですよね? 幼女の姿で悪魔コブターンに封印されてしまったんですよね?」
「あぁ、うん、そ~だよ。コブターンが誰のことかは聞かないでおくけど。で、魔眼持ちのメイドよ。この秘密は墓まで持っていくか? あたちの部下になって、他の召使い、そして、あたちの両親に黙っておくか? 返答はいかに?」
冷酷に目を細めてメイドへと人差し指を突きつける。黙っておいてほしいが、駄目なら殺そう。殺意増し増し、墓多めだ。これは冗談ではない。
攻撃力というのがよくわからないが、たかが平凡なメイド一人、簡単に殺せるだろう。ゴゴゴと威圧感を醸し出して、殺意のオーラを噴き出していき、身体を物憂げにゆらゆらと揺らして冷笑を浮かべる。
だが、それはアキ主観。目を細めて、うつらうつらと体を揺らし眠たそうに見える幼女に、メイドがお昼寝タイムかしらと椅子から転げ落ちないように注意していることには気づかなかった。全然威圧感も殺意のオーラも存在しない。それどころか、空気を緩くする幼女である。
「秘密にします、アキ様。バレたら専属メイドの私もアキ様を失った罪で処刑されそうですし、家族のいる身なので逃げることもできません。それに、この屋敷は私とアキ様以外に誰もいませんし?」
冷徹なるアキを恐れずにケロリとした顔でいうメイド。なるほど、たしかに専属メイドも侯爵令息が行方不明になったら罪に問われるだろうと安堵して……最後の言葉に引っかかる。今、この子なんつった?
「あたちとメイドだけ? 屋敷に?」
困惑して小首をコテリと傾げる幼女は、バランスを崩して椅子から落ちそうになる。その様子を見て慌てて手で支えてくれるメイドはコクリと頷く。
「このボロ屋敷には私とアキ様だけです。ご両親は王都で働いてますので」
ヒュルリラと隙間風が入ってブルリと小柄な身体が寒さで震える。よくよくみると、調度品は豪華そうに一見見えるだけで安っぽく古めかしいし、壁はところどころヒビが入り、少し崩れて穴も空いている。とてもではないが侯爵屋敷には見えない。
ダッシュで外に出てみると、丘の上にあるこじんまりとした小さな屋敷で庭などはなく、石を積んだ塀で囲まれており、のどかな浜町が眼下に一望できた。浜辺には網がかけられており、干物が干されており、個人用の小舟が魚を運んでいる様子が見える。
田舎だ。ファンタジーの欠片もない田舎だ。長閑な田舎町だ。侯爵家が暮らすような街並みではない。
「な、どーゆーことっ! せつめー、せつめーしてー!」
クラリと意識が揺れると自我が薄れていく。そうしておっさんの意識は押し出されて、幼女本来の意識がアキの自我に浮かんでくる。ショックを受けて幼女脳に支配されたアキは舌足らずの口調で叫ぶのであった。
◇
「アスクレピオス領は、先代侯爵様の放蕩のせいで、七割以上の領地を借金の形に周りの寄り子に預けています。領地の譲渡は王国法で原則禁じられているので、借金を返すまでは税金の徴収や土地の扱いを全て委任している形ですね。もちろん領地を借金の形に持っていかれるくらいですから、返済の目処は立っておりませんので、実質寄り子の物です」
「寄り子って、あしゅあしゅ領地の周りに住む子爵以下の領主のことだろ? まじかよ、立場完全に逆転してるじゃん」
「はい。今の領地は元の侯爵領都ではなく、海に面した住民が5000人程度の漁師町と、その周辺にある住民が500人程度の村2つがアスクレピオス領地となります。アキ様のご両親は王都の下級官吏になって懸命に働いております。ここ数年は領地に戻るお金がもったいないからと、帰ってきたことはありませんね」
メイドの説明を脚を組んで呆れながら聞いたアキは呆れを通り越して、無の境地になっちゃう。侯爵とか名前だけじゃん。子供を年若いメイドに任せる程に困窮してるのか。家庭教師もいなさそうだし、貴族の礼節どころか文字を書けるかもアキは怪しいぞ。
「アカデミーは? あたちはアカデミーに入学する予定だよね?」
「来年入学予定ですが………その、学費とか寄付金高いらしいですよ」
慌てて質問をすると気まずげに明後日の方向をメイドは向く。気持ちは分かる。とてもではないが金ないんだろ。
おかしいな…………。アキは王都の名門アカデミーに入学して、主人公に絡まないといけないんだけど……。このままでは絶対にアカデミーに入学不可能。姿見を見るに子デブは少しだけゲームより若かった。入学まで1年。それまでに金策しないとまずい。主人公は学費が免除された平民の特待生試験を合格する予定だから大丈夫だが、アキは高位貴族と有り余る金の力で入った……と思う。コブターンは才能なくて雑魚だったからね。小物悪役令息の設定なんて読んだことないよ!
入学せずに放置しても良いんだが………メインストーリーが崩れると世界崩壊するかもしれないんだよな。王道RPGの一つとして共通ルートに、世界を破壊する組織と戦うものがあるんだよ。主人公にはそれに対応してもらわないとまずい。
それにゲームの主人公たちをそばで見てみたい。悪役令息の役もやってみたい。死ぬのは嫌だけど回避する方法はあるだろうし、一度で良いから劇とかに参加したかったんだよね。学校では木の役すらやったことなかったし。学芸会では、じゅげむじゅげむの劇でお坊さんの役をしている友人を見て羨ましく思ったものだ。じゅげむじゅげむと言い始めた途端に爆笑して劇をめちゃくちゃにした姿を見て、羨ましく思ったものだ。俺も劇に出て、アドリブをやりたいと。
悪役転生は小説で数多く見てきたが、なぜに転生した主人公が死亡ルートに向かうのかわからなかった。だが、今ならわかる。ゲームの世界に転生したんだから、少しはストーリーを観てみたいんだよ! あれだ、ドラマのロケを観てみたい野次馬気分。
「代官は? 領地のお金を横領してない? 財産没収できない?」
金策の簡単な方法は、汚職で私腹を肥やす悪党の財産を没収することだと勢いよく尋ねるが、可哀想な視線が返ってきた。
「アキ様………残る村2つは海に近く潮風の影響で作物の収穫量も悪く借金の形にもならない土地。そして、領都となったこの町も浅瀬で大型の船が入り込めない地形なので、小型の漁船でほそぼそと魚を採る程度。横領できるほどの税金もないんです」
難易度が幼女に優しくないことが判明しました。そろそろ横たわって、駄々っ子モードで泣き叫んでもいいかもしれない。プライド? 幼女になった今、プライドなんかないもん。
思考が極まると幼女脳に支配される様子のアキは涙目になり、紅葉のようなお手々を握りしめて、プルプルと幼い身体を震わす。幼女が爆発する3秒前だ。
が、メイドが頬に人差し指をつけて何気ないように言う言葉にピタリと涙を止める。
「ですが、今はいつもの山賊たちが領地の境に出没して、代官は頭を痛めてました」
「山賊たち? こんなしょぼい領地に山賊が現れるのか?」
幼女はギラリと目を妖しく光らせてメイドを睨む。山賊っていうのは、稼げる場所にしか現れないもんだ。しかもいつもの?
「これらは周りの寄り子の領地で山賊行為を行う最低な奴らです。本腰をあげて討伐しようとすると、アスクレピオス領に逃げ込んで、ほとぼりが冷めるまで村から作物を奪ったり、小規模の商人を襲ったりと小金を稼ぐんです」
「なんで退治しないんだ? はっ、まさか代官が山賊と組んでる? 没収か? 財産没収か?」
小鳥のような可愛らしい声で、代官から財産をどうにかして没収しようとする幼女である。だが、メイドはまたもやかぶりを振って否定してきた。
「このアスクレピオス領の騎士団は10人。山賊は50人はいると思われます。しかも騎士団はその、あの、漁師が兼務しているなんちゃって騎士団ですので、とてもではないですが討伐は不可能なんですよ。そして、他領には騎士団を送り込めないので他の領地は歯噛みをして悔しがるだけなんです。でも裏で山賊団と組んでいる貴族がいるのではとも噂されてます」
「なるほどねぇ。お前、頭いいね。かてーきょーしもできる?」
たった10人しかいない騎士団とか、もう自警団と変わらない。それよりも、この子は領地間の問題も考えることができるなんて有能っぽいな。
「………一応読み書きはお教えできます、アキ様」
「顔が嫌がってるんだけど、もう少し御主人様に尊敬の念を持ってほしいよ?」
「ただでさえ安月給で、しかも幼女をアキ様として扱う危ない橋を渡っているんですよ? 私のことも考えてください」
「う………。昇給をかんがえとくよ」
ジト目のメイドの言葉が心に刺さって気まずい。たしかに俺がメイドの立場なら不満爆発だ。悪役令息扱いをせねばならない幼女。しなかったら悪役令息を殺した犯人とかにされて死刑になる未来が見えるからね。それを考えると、彼女は俺を裏切ることはできないだろう。
「お前の名前はなんてゆーの?」
「ケイと申します、アキ様。一蓮托生の立場で頑張りたいと思います」
ペコリと頭を下げて、従順そうな笑顔を向けるケイだけど、セリフが全然態度に合ってない。この子、ゲームでは見たことなかったけど、面白そうな子だ。
いきなり悪役令息になったけど、とりあえず信頼できそうな配下ゲットだぜ。信用はできないけどね。
「それじゃ、手っ取り早く金を稼ぐ方法だけど………」
こういう場合に主人公が取る行動はというと………。
◇
森林が横手に延びる街道。小鳥がピヨピヨと鳴き、日差しが燦々と地上に降り注ぐ牧歌的な風景の中で、街道を数台の馬車が並んで移動している。荷物を満載しており、その量から商隊だと分かるだろう。
村へと移動をしている商隊を確認し、森林の中に潜む者たちが口元に笑みを浮かべると、一斉に飛び出す。
「ヒャッハー! 獲物を見つけたぜぇ〜。てめぇらそこを動くなよ!」
馬に乗った集団が商隊へと鬨の声をあげて、駆けてゆく。
「獲物だよ、逃すにゃよ! きゃ~お金お金!」
その中に幼女もいて、興奮して噛み噛みしつつ、先頭の荒くれ者の背中に乗って手を振り上げる。
アキは山賊となったのだった。