27話 仕事をしているフリだけで部下に仕事を全て任せてる管理職は多い
バウー・コーセキは王都の総務を司る官僚だ。地球における総務部の部長にあたる地位にある。総務部の仕事はといえば、王都の保全から、備品の準備まで裏方で多様に仕事がある部署だ。そのため、その仕事範囲は広すぎて、部長に仕事の裁量は任されていた。そして、バウーは各課の受け持つ様々な厄介な仕事をこなし重宝されている凄腕のエリートであった。━━━表向きは。
「あー、まだナツの野郎は帰ってこんのか? もう2日だぞ? 仕事は山のように溜まっているのだ」
バウーは不機嫌そうに席が空いている机へと視線を向ける。視線を向けた先の机には隙間がないほどに大量の書類が乗せられており、今にも崩れそうになっていた。ナツ・アスクレピオスの席だ。ナツ・アスクレピオスは課長にあたる地位にあった。
「ほんと、そうっすよね、バウ〜様。あの没落貴族はなにしてるんだか、今度休みを取ろうとしたら、ガツンと言ってやってくださいよ、ガツンと!」
部屋にいる他の課員がおどけなから言うと周りからクスクスと笑いが起こる。ナツを庇うものは誰一人おらず、意地悪な顔をしている。
「そうだな、出勤してきたら、しばらく休みはなしだと伝えよう。そうだな、十年ほどはもう休みなしだ」
「いいっすね、仕事も全然片付きませんし、あいつは徹夜で働かせましょうよ」
「そうそう、俺らが定時に帰るためにも必要だよな」
バウーの言動に賛同する部下たち。彼らはこの二十年、ナツに仕事を押し付けてきた者たちだ。落ちぶれた侯爵は、金がなく領地の運営にもかつかつなのを知っており、仕事を辞めることができないことを知っていた。
「ったく、さっさと身の程知らずの侯爵の爵位を王に返還すればいいのに、惨めにしがみついている奴だからな」
「侯爵って名前だけで上司になった奴ですからね、その分働いてもらわないと」
ゲラゲラと笑い、彼らはおしゃべりを続ける。よく見ると彼らの机には紙一枚なく、暇そうだ。中にはお菓子を食べて本を読んでいるものや寝ている者さえいる。ナツの弱い立場を利用して全ての仕事を振っていた。ナツの仕事はそのため膨大な量となっている。残業どころか徹夜をしても終わらないだろう。
と、コンコンとドアがノックされるので、寝ていた者も目を覚まし、引き出しから資料を取り出すと、慌てて仕事をするふりをする。ドアが開くときには真面目に仕事をしているようにしか見えない光景へと早変わりしていた。自分の評価を下げないように誤魔化す能力だけは彼らは高かった。
「失礼する。仕事中にすまないね」
「これはこれは、水道局のドース子爵ではありませんか。今日はどのような御用でしょうか? おい、お茶をお持ちしろ、最高のやつだぞ? それに菓子もな!」
揉み手をして、バウーは立ち上がると愛想笑いで歓迎し、部下に茶を持ってくるように命令する。部下も慣れたもので、立ち上がり、お茶を持ってこようとする。
「あぁ、すぐに帰るから気にしないでくれたまえ。それよりも進捗状況を聞きに来たんだ。うちの局が任せた下水道調査はどうなっている? 最近魔物の目撃情報が多いから調査を任せたはずだが」
下水道の調査は過酷だ。王都の下水道は広大で魔物も住み着いている。その上に臭く汚い。誰もが嫌がる仕事であり、本来は水道局の仕事である。
しかし、総務の仕事ではないが、バウーは請け負っていた。水道局だけではない他の局の雑用も引き受けており、予算も浮くため重宝されて部長級の地位にまで上り詰めていた。
無論、全ての仕事をナツに振ってもいた。功績だけはしっかりとバウーのものにしていたのだ。爵位と人脈がほとんど全てのこの世界にて、バウーは男爵家の三男でありながら異様な出世を成したのである。
「えぇ、それはもうしっかりとやらせていただきます。が、えぇと、申し訳ございません、私の記憶違いでしょうか、この仕事を受けたのはほんの4日前。期日はあと2週間は残っていたはずでは?」
バウーはもしもナツが倒れたりして仕事が終わらないことを恐れて、進捗管理だけはしっかりとしていたので、催促に来るには早すぎると怪訝な顔を浮かべてしまう。
「あぁ、そうなのだが…………そうか、男爵家では噂話も耳に入らぬか」
貴族とは子爵以上。男爵家以下は名誉職も同然であり平民と変わらない。そう考えているものは王城では数多く、ドース子爵も同様の考えであり、王城の機密を備えた噂話が男爵家以下に伝わることはないと表情に表わしていた。
事実そのとおりであり、バウーはムッと気分を害したが、相手は子爵のため、表に出さずに尋ね返す。
「噂話………といいますと?」
「それはだな━━━あぁ、本人がいらしたか。ならばすぐに分かるだろう」
一歩引いて道を譲るドース子爵の後ろにはナツが立っていた。バウーはようやく来たかと、不機嫌そうに、子爵の前で恥をかかせようと、口元を醜悪に歪ませる。
「ナツ君。ちみぃ〜困るよ、2日間も休んでもらったら! 仕事は山のように溜まっているのだよ。見たまえ、君の机だけ仕事が溜まってるだろう? 他の者たちは誰も溜め込んでいないぞ? この無能が!」
侯爵家の者を客前で怒り、恥をかかせようとする。内心はニヤニヤと笑い、バウーはことさら大きな声で説教をしてやろうとするが━━━。
「おめでとうございます、アスクレピオス侯爵。全ての借金返済を終えて、領地を取り戻したと、お聞きしております。しかも貸元はピスケス公爵家とか。これからのアスクレピオス侯爵の躍進を及ばずながらこのドース。応援しておりますぞ」
「ありがとう、ドース子爵。これからの領地の管理、やり甲斐のある仕事です。この王都までアスクレピオス侯爵家の名が届くようにしますよ」
なぜかドース子爵がへりくだり、頭を下げて握手を交わす。いつもは腰の低い没落貴族のはずのナツは侯爵家の者らしく本来の上の者としての対応をしていた。
「………はぁ? しゃ、借金返済を、お、終えた?」
顎が外れるほど、あんぐりと口を開けてバウーは二人の様子を見る。よくよく見れば、ナツの纏う衣服は最新の流行の貴族服で、かなり上等な物へと変わっていた。
バウーへとナツは向き直ると冷ややかな視線を向けて、口元だけは笑みとなる。
「そのとおりだ、バウー。私はようやく借金返済を終えてね。国立借款書だったので、王城で陛下の印可も貰い、既に借金返済はなされたんだ」
「そ、そんな馬鹿な! そんな馬鹿なことが起きるはずはない! なぜそんな金額をピスケス公爵家から借りれたのだ!」
「その条件を君に告げる必要は無いと思うのだがね。それは正式なるコーセキ男爵家からの質問状という取り扱いで良いのかな?」
怒鳴り散らすバウーは、ナツの言葉にハッと冷静となる。そんなことをすれば、もしも借金返済を終えている侯爵家を相手にすることになれば。もはやこの仕事を続けるつもりはないのだろう。貴族は本来は自領を治めるものだからだ。例外は将軍や大臣などであろう。広大な領地を取り戻したナツにとって、バウーなど吹いたら消すことのできる簡単な存在だ。
そしてバウーはなぜドース子爵が期限に余裕があるのに進捗状況を聞きに来たのかを理解した。ナツが仕事のほとんどを行っていたことを知っていたのだ。だからこそ、ナツがいなくなることを知り確認に来たのだ。いや、それだけではない。ドース子爵は領地を持たない法衣貴族だ。きっとナツと偶然を装い、会うことも目的だったのだ。
「アスクレピオス侯爵。これからの領地の管理、大変ではと愚考します。どうでしょうか、わが家には優秀なる次男、三男がおりまして、文官としてお役に立てればと━━━」
「おっと、これは失礼します。アスクレピオス侯爵ではありませんか。おめでとうございます、ノーブ子爵と申します。ぜひお見知り置きを。武における人材をお求めではないでしょうか、一声かけていただければ、息子たちが駆けつけますぞ」
「偶然ですね、アスクレピオス侯爵。ちょうどお祝いをさせていただければと探しておりました。おめでとうございます、ピスケス公爵家とは我が家は繋がりがございまして、その縁で文武両方で働かせていただいております」
そしてナツが来るのを測っていたのだろう。次々と法衣貴族たちがナツのお祝いにやってくる。官職は増えることはなく、その地位は埋まっているが、法衣貴族たちには息子や娘がたくさんいる。これから先、領地運営で必ず人材が必要となるアスクレピオス侯爵に雇ってもらえるようにお願いをしにきたのだ。
しかも国王派のピスケス公爵家が貸元となれば、間違いなく力を持つようになる。前途は明るい。
バウーはガタガタ震え始める。最初は何の冗談だと鼻で笑っていた部下たちも本当らしいと気づき始めて顔面は蒼白だ。
山のように受けてしまった仕事の数々。全員が毎日徹夜しても終わりそうにない。バウーの評価は暴落するだろう。ナツがやっていることを知っていて仕事を押し付けてきた者たちも、バウーをちらりとも見ることなく愛想よくナツに話しかけている。
「え、えへへ、あの、アスクレピオス侯爵、お、おめでとうございます。私バウーもアスクレピオス侯爵様が必ず領地を取り戻せることを信じておりましたので………えへへ、ご容赦願えればと」
揉み手をして、バウーはナツに媚びを売るが、その返答は冷たい視線だけであった。
「バウー、申し訳ないが昨日付けで役人の仕事は辞させてもらった。今まで私に仕事を押し付けてきた分、頑張ってください」
「ひ、ひいっ」
憎しみがこもった視線に腰を抜かしてぺたりと床に座り込む。周りで媚びを売る者たちの冷めた視線が突き刺さり、バウーは自身が終わりを告げたと絶望する。
アスクレピオス侯爵家とピスケス公爵家に媚びを売る法衣貴族たちはすぐにバウーの勤務内容を調べて、アスクレピオス侯爵への不敬と仕事の押し付け、自身の怠慢を問題にしクビにするだろう。処刑人が自身に血塗られた斧を落とす音をバウーはたしかに聞いた。
そして、それ以上にまずいことがある。バウーは本来は法衣貴族ではない。アスクレピオス侯爵家の寄り子の男爵家出身で、領地を奪った家門だ。領地を奪った子爵家と男爵家が金を使い、無理やり役人にねじ込み、アスクレピオス侯爵を監視するのが命令だった。
理由はただ一つ。アスクレピオス侯爵家に借金返済の機会がありそうなら潰すことと、本家に報告することだ。金を貯めれば、アスクレピオス侯爵家の領地の村の柵を壊したり、山賊団に襲わせたりと、被害を出させて金を使わせる。有力貴族と縁ができそうな時は他の貴族にお願いし必ず阻止する。そのためにこの仕事に就けたのだ。
この二十年間でそんな事はすっかり忘れていた。太陽が地下から出てくるかのような確率だと思っていたのだ。
「つ、伝えなければ、伝えなければ………」
顔面蒼白でよろけながらバウーは本家へと連絡をしなければと歩くのであった。なぜならばあそこまで馬鹿にした侯爵家が本来の立場を取り戻した時、子爵家や男爵家がどのような結果になるか、それは王城での貴族たちのやりとりから理解していたからだった。




