26話 虎の威を借る狐って可愛い
ピスケス家はアルマゲスト王国建国以来の名門だ。公爵家は王族の中で特に功績のあった者が建てる家門である。そのため、王家の血が流れている証である公爵家であり、低いながらに王位継承権もある。
だが、建国以来というものは実はくせ者であり、長い時の中で手に入れたあまりにも強大な権威と溢れんばかりの財力を持つことから、過去には王家から敵意を持たれて、貴族からも距離を取られることが多々あった。
先祖には没落一歩手前ならばまだいい方、中央集権制を企む王家に反乱罪を適用されそうになり、一族郎党死刑にされそうになったり、クーデターを起こそうとする貴族派に暗殺されそうになった歴史もある。
過ぎたるは猶及ばざるが如し。その経験からピスケス公爵家は、家門を守るために優れた権力バランスと、自分の立ち位置を絶妙な位置にして、いなくなったら困るという酷く簡単にして、実際は難しいことを行ってきた。その中でもピスケス公爵家がもっとも力を入れているのが、有能な人材を多数輩出させることだ。
アカデミーでは、文において有能なれど家格が低く活躍の機会に恵まれないものに機会を上げたり、優れた武を持った浪人を召し上げて騎士団に入れたり、困窮した貴族に支援をして、再び貴族として返り咲きをさせたりしていた。
有能な者が困窮してる際に支援をすることは、恩を売り、自身の勢力を繋げる一番重要度の高い戦略であった。
特に高位貴族なれど没落寸前の貴族の立場を取り戻す事は、大きな味方を作ることにも繋がり、極めて重要なことだった。掬い上げる貴族が有能なればという話だが。
━━━そして今、ピスケス公爵家はまた新たなる没落貴族を掬い上げるかどうかをこの会談で決めようとしていた。
相手はアスクレピオス侯爵家。先代の愚かな散財により、領地を奪われた貴族だ。
「やぁ、アスクレピオス侯爵、よく来てくれた。歓迎するよ」
「これはピスケス公爵。お会いできて光栄です。本日は訪問を許していただきありがとうございます」
「ふははは、そんな堅苦しいことを言わないでくれ。私もアスクレピオス侯爵とは友誼を結びたいと前々から思っていたので渡りに船だったよ」
ピスケス公爵家の応接間にて、ピスケス公爵は立ってアスクレピオス侯爵を迎えていた。普段はソファに座り、立ち上がることなく歓迎するよと口にはしつつも、どちらの立場が上か遠回しに伝えてきた。だが、今日はピスケス公爵、テトラ公爵夫人、そして、マノミ公爵令嬢と全員が立って出迎えていた。
アスクレピオス侯爵を観察をするに、困窮して服を買うのも苦労をしているとあったが、新品の服を着ていた。新品すぎるので、恐らくは昨日買ってきたとかそんな感じだろう。だが、その金の出どころが気にかかる。
「この度はマノミの命を救っていただき、ありがとうございます。初めてお会いしますよね、テトラ・ピスケスと申します」
「あ、あのアスクレピオス侯爵家の護衛にわが家の護衛を含めて助けていただきありがとうございます、マノミ・ピスケスと申します」
テトラとマノミが歓迎するにあたり、最上級のドレスを着込み、最高のアクセサリーを着けて着飾り、カーテシーにて挨拶をする。ここまでピスケス公爵家が歓迎する態度を露わにするのは異例のことであり、ワゴンにお茶を乗せて運んできたメイドが驚いていた。
「いえ、ロデー王女もマノミ姫のお陰で探していた封印されし神殿を探し出すことができて感謝の意を示してほしいと、仰られていましたので、お気にすることはないと思います」
ナツは穏やかに微笑み、公爵家の異例の歓迎を受け流し、さらにマノミのせいでロデー王女が誘拐に巻き込まれたことはなかったことにしましょうと伝えた。これはアキからの手紙に書いてあり、その指示によるものだ。その内容は微に入り細を穿つものであり、さすがは先祖の知識と能力を手に入れたものの力だと、我が娘ながらその才能に畏れをいだいたものだ。
マノミが誘拐された際に巻き込まれたことを水に流す場合、ポセイドン王国復活の功績もまたなかったことになる。ピスケス公爵はそのことを正確に理解し、内心で迷う。ここで王国復活の功績をとったほうが利益が大きいか分からない。王女を誘拐されてしまったことを後々追求されれば、大きな損害を受けることにもなるからだ。
だがどう答えようか迷うピスケス公爵の隣で公爵夫人がその選択肢を奪った。
「ありがとうございます。マノミも気に病んでおりましたので、そう言って貰えると助かりますわ。それはお言葉だけということでしょうか?」
「いえ、ロデー王女からはこのように謝辞の手紙も預かっております。お受け取りなさいますか?」
「もちろんです。さらなる感謝をロデー王女に差し上げたいと思いますわ」
テトラがナツの差し出した手紙を受け取る。これで攫われた際に巻き込まれたことも、王国復活の機会となり功績を上げたことも無かったことになった。ピスケス公爵はそのことに文句を言いたかったが、妻の次の言葉を待つ。ただ、これだけのことを仕出かすだけなら、テトラ自身がピスケス公爵を置いて、勝手に決めるとは思わないからだ。彼は長年にわたる妻との付き合いで、下手は打つまいと信用していた。
「せっかくのロデー王女との出会いを、たったこれだけで終えるのは娘としても残念だと思うのです。どうでしょうか、ロデー王女と再びお会いできる機会をアスクレピオス侯爵にお願いできないでしょうか?」
アスクレピオス侯爵とロデー王女との関係は不明だ。しかしながら、アスクレピオス侯爵家の者が護衛につき、伝言を頼む関係となると、深い関係だと推測できる。王国が復活するまでは王女は亡国の王女でなんの力も持っていなかった。その王女を支援したのがアスクレピオス侯爵家なのではないかとの推測もある。
ならばロデー王女と会談できるセッティングをお願いできないかと問いかける。アスクレピオス侯爵家とロデー王女との関係の深さを確かめるためでもあり、なおかつ全てを無かったことにして、新たなる関係を築いた方が良いとの判断からだった。
「ふむ……それは大丈夫だと思います。我が侯爵家はこれからポセイドン方との友好関係を水面下で行おうとも考えておりますので」
考えるふりをしながらナツは答える。内心は昨日聞いたばかりの王国の名前と、ロデー王女となった我が子の立場を聞いて、冷や汗がダラダラと流れていた。どうやらアキは先祖の人魚の願いを聞いて、ポセイドン王国を復活させるべく旅をしてきた設定となっているらしい。僅か1日程度の旅を長い年月をかけた旅と称する人魚詐欺幼女である。
だが、ナツは若い頃は帝王学を学び、下級官吏となってから厳しい仕事をしてきた関係から弱みは絶対に出せないことを知っており、表面上はこれまでロデー王女を支援してきた見返りがようやく実を結ぼうとしているフリをした。
そして、その表面上の態度にピスケス公爵はすっかりと騙された。おぉ~と、大げさに喜びを示して、座るように勧めながら笑顔を向ける。
「左様でしたか。それは喜ばしいことです。海の王国となれば、地上では手に入らぬ物も多数ありましょう。それに反対に地上の物を必要とすることがあるでしょうからな。我が家も一助できれば幸いです」
暗にその交易に1枚噛ませてくれと、朗らかに笑いながら言う。海中には多数の貴重なる品物があるのは想像するに難しくない。
そして、その反応はアキの想定どおりであり、その答えも手紙に書いてあったことに、ナツは内心で舌を巻く。
「ありがとうございます。ついては、一つ提案があるのですがよろしいでしょうか。手始めとして『水霊の祝福水』を毎月2000本販売したいのですが、私は恥ずかしながら伝手がありません。どうでしょうか、ピスケス公爵家と3年間の独占契約を行いたいと思うのですが。金額は一瓶金貨5枚を考えております」
「………『水霊の祝福水』をそこまで大量にですか。たしかに取り扱うにあたり、我が家が一番適当でしょう。ですが失礼ながらその条件でよろしいのですか?」
『水霊の祝福水』の話はテトラから耳にタコができるほどに聞いている。そして、その効果は明らかにテトラを若々しく見せていた。この薬はきっと社交界に旋風を巻き起こすだろう。その大元を握ることができるならばピスケス公爵家は多大な影響力を持つ。ただ、それだけに条件が一つだけとはとても思えず、警戒して話しかけるピスケス公爵だが━━━。
「えぇ、もちろんです。ですがもう2つほど条件はありまして、一つが3年間の独占契約を担保としてアスクレピオス侯爵家へ15万枚の金貨を貸してほしいのです。さらにはその金貨にて借金返済をするに当たり、お力を貸していただければと考えております」
「なんと! ………ううむ………」
うまい話だとは思ったが、予想を超えたナツの提案に唸ってしまう。
(15万枚を貸すのは容易い。それによりアスクレピオス侯爵家に多大な恩を売ることができるからな。しかし領地を取り戻すために力を貸してほしいとなると話は違う)
ピスケス公爵家程の家ならば、金貨15万枚といえども、あっさりと貸すことができた。しかし借金返済となるとそれに合わせて元アスクレピオス侯爵家の領地を取り戻す手伝いをしなくてはならないのだ。アスクレピオス侯爵家の奪われた領地は資産計算をするに金貨30万枚を軽く超えるだろう。それを簡単に手放すなどありえない。
力をなくしたアスクレピオス侯爵家の寄り子たちはそれぞれ他の侯爵家や伯爵家とつるんでおり、上納していることも知っている。もしもアスクレピオス侯爵家単体で借金返済をしようとしても、あれやこれやと他の貴族の横槍が入り、きっと上手くはいかなかっただろう。
だからこそ、アスクレピオス侯爵はピスケス公爵家に助けを求め、貸し付けを受けることで後ろ盾になって欲しいと言ってきているのだ。たしかにピスケス公爵家が後ろ盾になればすんなりと話は進むだろう。
ここで横槍を入れることはピスケス公爵家と敵対すること、もしくはピスケス公爵家に手を引いてもらう代わりに恩を受けることになる。高位貴族の中で自身の領地でもないのに、そこまでアスクレピオス侯爵家の領地に執着するものがいるとは思えない。
(頭の回る提案だ………。誰が後ろで絵を描いている? 調査したところ、アスクレピオス侯爵は有能であるが、ここまで謀略が得意なタイプではなく、実直に仕事をこなすタイプだ)
アスクレピオスの背後で操っているものがいると、ピスケス公爵は迷うが………すぐに結論づけた。
「わかりました。では本日中に金貨15万枚を用意し、登城して借金返済の手続きを終えましょう。これは時間の勝負です。他の貴族たちに気づかれる前に行動をせねばなりませぬ」
「今すぐにですか!? ………いえ、わかりました。ではご一緒に登城をお願いします」
ピスケス公爵の決断に、片眉をピクリと顰めさせるだけでナツは頷く。その慌てることのない態度に、なかなかの器だとピスケス公爵は評価を上げて立ち上がる。
善良なる心からではない。妻の睨むような視線も決めた一因にはあるが、それ以上に大きな理由があった。
(アスクレピオス侯爵家が我が家と共にあらば国王派となる。領地を取り戻しても再建に何年かはかかるだろうが、侯爵家が国王派に入るのは大きい。今は独立の気風が高い貴族派の方に天秤が偏っているからな)
乱を求めず平和を築くために、先祖代々ピスケス公爵家は勢力争いの天秤がどちらかに傾かないように注意している。そしてこの数十年は貴族派が強くなりすぎており、国王派は勢力を衰えさせていた。これは中央集権制に失敗した先々代の国王の負の遺産だが、そのためピスケス公爵家は国王派に入り勢力のバランスをなんとか平衡にしようとしていたのだ。
そろそろ貴族派に掣肘をしないと、何かをきっかけに内乱が始まるかもしれないと危機感を持っており、だからこそアスクレピオス侯爵家が復活するのは良い機会であった。
先代のアスクレピオス侯爵家は最後の良心だったのか、それとも貸す側が踏み倒されてはいけないと考えたのか、借款書は陛下の印可を貰い、正式なる書類として王城の役所に保管されていた。なので、貸元に会わずとも借金返済はできるのだ。
こうしてピスケス公爵の神速の行動もあり、たった1日で、借金返済の書類は正式に王に受理された。まさかたった1日で金貨15万枚という大金を用意し、なおかつ借金返済の書類の受理を国王がするとは貴族たちも思ってもおらず、邪魔されることなく、アスクレピオス侯爵家は手続きを終え、元の領地を取り戻した。
━━━こうして、アスクレピオス侯爵家は、アキが転生して一ヶ月も経たずに復興したのである。もちろん書類上だけの復興であり、様々な問題が領地で待ち受けているのだが。




