25話 人生は常に驚きでいっぱいなんだ
庭と称するジャングルをかき分けて、スゥが屋敷の扉を壊すくらいに勢いよく開けて中に入る。さっきまでの穏やかな老齢の女性ではなくて、暴走トラックのような勢いである。あ~ちゃんは、蝶々が採れなくて、残念がっていじけて意識を沈めて、アキが再び復活した。
「奥様、奥様! 大変でございます! おーくーさーまー!」
バッタンバタバタと騒々しく走り、スゥが歳に似合わない慌ただしさをみせて、いかにも緊急だとのアピールをする。
「なぁに、スゥ。騒がしいけどなにかあったのかしら? 今日は休みだから、ゆっくりと眠りたいんだけど」
部屋ではアキの持っているソファに匹敵するボロいソファにおっとりとした薄幸の美女が座っていた。ピンクの髪が背中まで伸びて、母性を感じさせるおっとりとした優しい顔立ち。モデルかと思うスタイルのまだまだ若々しい美女だ。しかし、フワァと大欠伸をして、眠そうだ。その姿は仕事に疲れたOLのようだった。前世でもたくさんいたので、アキにはすぐに分かった。たしか下級官吏の仕事をしていると聞いているから苦労しているのだろう。
頬も少しやつれて、美女が台無しとなっている生活臭を纏っている。たしか、まだ若い時は侯爵家の暮らしをできていたはずだから、いわゆる働いたことのなかった金持ちのお嬢様が貧乏になったようなものである。たしか名前はフユである。
ザクザクと心に突き刺さるなにかもやもやのナイフ。鋭い切れ味のそれはアキの心に傷を与えて、血の代わりに怒りにも似たなにかを吹き出させる。
が、それはそれとしてスゥはアキを眠そうな美女の前にぬいぐるみでも飾るようにぽふんと置いた。
「? こんにちは、お嬢様。どこの……どこの………まさか、アキ!?」
寝ぼけ眼で挨拶を返すフユ。が、すぐに眼を見開くと、一発でアキの素性を見抜く。これにはアキも驚愕してしまった。まさかひと目で見抜かれるとは思ってもいなかった。そして驚いて体を硬直させているアキにまるで母猫が子猫を抱えるかのように飛び込んでくると抱きしめてきた。
「あぁ、我が子を見誤る理由はありません。アキ、アキなのですね?」
涙交じりに嗚咽しながら強く抱きしめてくるフユに、アキは戸惑いを隠せないし、強く抱きしめられて苦しいが━━━。
「そのとおりでしゅ。おかーさま」
抱きしめ返し、優しい微笑みを浮かべるのであった。母の愛は偉大だ、まさか一目で見抜くとは想像外だったけど、母親というのはそういうものなのだろう。ほんの少し胸が温かい。
『おかーさまって、なぁに? おかーさまってなんでしゅか?』
精神世界で蝶々を捕まえられなくていじけていたあ~ちゃんがひょいと小首を傾げて不思議そうにする。母親という存在が理解できないのだ。
『おかーさまというのはこの体を産んでくれた人のことだよ、あ~ちゃん。子にとっても優しく、最後まで味方をしてくれる人さ』
もちろん子を虐待する親もいる。だけど、一目でアキのことを見抜けたこの母親ならきっと大丈夫。
『せかいのはてからやってきたあたちにもやさしーの?』
『あぁ、とっても優しい人のはずさ』
『! かわって! あきちゃん、あ~ちゃんにかわって! あ~ちゃんもおかーさまにだきしめられたい!』
目を輝かせて、ふんふんと大興奮のあ~ちゃんへと主導権を代わってあげる。
「おかーさま! あ~ちゃんです。あ~ちゃんです! おかーさまあったか~い」
「ふふ、アキも暖かいですよ」
抱きしめられる温もりを感じて、キャッキャッと無邪気に喜ぶあ~ちゃんに、優しい瞳で頭を撫でてあげフユは微笑むのであった。
生き別れていた母娘の感動の再会で、皆もその光景を見て、目を潤ませている。呪いで封印されていたとされる幼女は遂に母親に会えたのだ。
━━━しかし、あ~ちゃんは幼女の自我ではないらしい。
(世界の果てからやってきた、か………。なんかすごそうな背景がありそうだな。人を超えたガチャの力といい………謎だらけだ)
その様子を見ながら目を細めて、アキは考え込むのであった。
◇
「そうだったの………呪われしアスクレピオスの短剣。その力を全て吸収して、二つの自我が生まれたのね。しっかり者のアキと無邪気なアキ。そして、しっかり者のアキがチュートリ山賊団を討伐し、………そこからよくわからないんだけど、サーカスもしていたの?」
いにしえよりあるカクカクシカジカの説明をケイが懸命にして、フユは沈痛な顔で膝の上でスヤスヤと寝るアキの頭を撫でる。久しぶりの我が子の髪は柔らかく、その寝顔はこれまでの苦労がなかったかのように無邪気で、だからこそフユは沈痛な面持ちとなる。しっかり者とはうまい言い回しだが、幸いそれをツッコむ者はいなかった。
「あ~、それがですね。お嬢は先祖の様々な記憶と性質も取り込んだようで、その、アスクレピオス家には人魚もいたんでしょう。人魚にも変身できるようになったのでさ。それでその、サーカスをやって、海の王国を救った? 人魚の記憶が体を動かした? そこら辺よく分からないですけど、とにかく凄いお人なんでさ」
「ご先祖様の……。よく分からないけど、アスクレピオスの短剣の呪われし力を考えると、人魚に変身できてもおかしくないわ。そこは後でアキに聞くとして………貴方がたは?」
ワタワタと慌ててフォローする、本当にフォローになっているのか分からないひげもじゃのタイチにおっとりとした笑みながら、目つきは鋭くフユは尋ねる。
それはそうだろう。ケイとジェイは分かるが、ヒャッハー山賊団は見たこともない者たちだ。しかも全員荒くれ者のように毛皮を羽織り、ひげやボサボサ頭で、身なりをまったく気にしていない。これで怪しまなかったら、それはお人好しというよりも、考えなしである。
「お、俺たちは、その、各地を放浪する傭兵団でして、ある時『星詠み』の婆さんに占ってもらったんです。そうしたら『へびつかい座のもっとも光る方向に向かうが良い。そこにそなたらの主人がいるであろう。その者に仕えし時、そなたらは栄耀栄華を手に入れることができる。ちなみにその主人は14歳なのに、呪われた影響で幼女のままの人間じゃ』って、言われたんでさ」
アドリブにて対応する男タイチ。この世界は占いとかを信じられているファンタジーな世界だ。そこそこの説得力はあった。あくまでもそこそこで、怪しいことはかわりはないが。少なくとも天才子役アキよりはマシな演技かもしれない。
「タイチさんたち、凄い強いんです! それに魔法使いもいますし!」
「それに加えて、司祭様もいらっしゃるようです。見た目は司祭様には見えませんが、ケイは癒しの力を見ているようです、奥様」
「ケイとジェイが言うなら本当なのでしょう。お名前をお聞きしてもよろしいかしら?」
この世界。なによりも司祭は信用されている。癒しの魔法を使うものは少なくとも悪人ではないからだ。もちろん暗黒神官はいるが、暗黒神官はそもそも司祭よりも希少のため、こんなところで荒くれ者といっしょにいないし、髑髏をネックレスにしたり、タトゥーを顔中にしていたりと一目で分かるので気にする必要はない。
フユは司祭と聞いて驚くが、すぐにおっとりとした笑顔をタイチたちに向ける。
「俺たちはヒャッハー傭兵団でさ。これからはアキ様にお仕えする忠実なる剣として、盾となり、働きたいと誓っております」
真面目な顔で片膝をつき宣言するタイチたち。その顔から嘘ではなさそうだと、フユはその真摯な態度から推測し、警戒心を薄れさせる。
フユは没落した侯爵家で下級官吏として仕事をして苦労をしてきた人間だ。多くの悪意ある言葉や行動、虐めに耐えて生きてきた。そのため、好意を持つもの、善意からの行動を持つものたちを見抜く目が鍛えられていた。そして、ヒャッハー傭兵団と名乗る者たちが、本当にアキに対して敬服し忠誠を誓っていることを見抜いていた。
「どうやら、我が子は早くも忠実なる家臣を手に入れたようだね」
「あなた! 帰ってらしたのですか」
フユが視線を向けた先、ドアの前には汗だくの夫の姿があった。少し古い貴族服を着ており、茶髪におとなしそうな柔和な顔立ちの平凡そうな男性だ。名前はナツ・アスクレピオス。アスクレピオス侯爵家の当主である。
「アルクトが急に事務所に訪れてね。大変なことが起きたと教えてくれたので、取るものも取らず、急いで帰ってきたのさ。まぁ、上司にはかなり嫌味を言われたけどね」
アハハと軽く笑うナツだが、その上司はかなり嫌な男であり、男爵家の次男であるため、侯爵家という地位だけは高いナツを妬み、色々と嫌がらせをしていることをフユは知っている。早引きもかなりの嫌味を言われたのだろう。後ろに立つアルクトがしかめっ面をしていることからわかる。主人に対する上司の態度が酷かったのだ。
「上司のことなど気にしなくて良いよ。それよりもアキが呪いに打ち勝てるなんて……本当に良かった。ふふ、可愛い寝顔だね」
だが、辛さをおくびにも出さすにナツは寝ているアキに近づいて、娘を想う優しい笑みとなる。
だがすぐに真面目な顔になるとヒャッハーたちに向き直り、片膝をついて目線を合わせて言う。
「忠誠を誓ってくれるのは嬉しいんだけど、その………我が家は君たちを雇えるお金がなくてね………」
アスクレピオス家は火の車だ。今の騎士団だって、漁師と兼任しているし、騎士級は誰もいない形ばかりの騎士団だ。なので給金を払えないと、気まずげに言うが
「それは心配いりやせん。既にしっかり者のお嬢から指示を受けておりやす。この手紙をお受け取りください。これからの侯爵家を救う手段が書いてあるはずです」
「手紙? これに書いてある………これは!?」
タイチが恭しく取り出す手紙を渡されて、ナツは目を通していくが、その顔が段々と驚きの表情へと変わっていく。フユも気になり、後ろからこっそりと覗き、その内容に驚愕してしまう。
「この手紙の内容は本当なのですか?」
「はい。お嬢の目は千里を見通し、万策を講じやす。ささ、これを準備金に明日へのお支度を急いで致しやしょう」
そういうと、ヒャッハーたちの一人が重そうな木箱をドスンと置く。そうして開いた中身を見て、金貨がぎっしりと詰まっているのを見て、二度驚くのであった。




