22話 勝利したのにその後のイベントで負けたことになるのは嫌だよね
魔神を封印されているという奥の間に続く扉が地響きをしながら開いていく。皆が思わぬ展開に動きを止める中で、ガニュメデスは哄笑する。
「ハハハハ! 遂に封印が解ける! 長年待ち望んでいたものが手に入る! ぷはぁっ、まずい!」
笑いながらガニュメデスは懐から取り出した小瓶を飲み干す。ガニュメデスの身体が光り、切断された腕は生えて、傷ついた身体は元に戻り完全に回復してしまう。
「やっぱり満タンポーションを持ってたのか! この卑怯者め!」
切り札を使う前にゲームでも必ず満タンポーションをプトレマイオスの幹部は使うのだ。城が一つ買える値段の超希少な欠損すら治すアイテムである。ゲームではありがちな設定であるが、現実になると卑怯すぎると非難するアキである。
「頭の良いものは常に想定外を考慮して用意しておくものなんですよ人魚姫」
またもやポーションを取り出して一気に飲み干すガニュメデス。今度は仄かな黒い光なので、魔力回復ポーションだとわかる。だが魔力回復ポーションはそこまで気にしない。この世界の魔力回復ポーションは最高級でもレベル2の魔法を一回使える程度にしか回復しないからだ。戦闘で使うと、一手失うだけの選択肢でもあった。
だが、ガニュメデスにとってはそれで十分だった。
『身体強化』
魔法使いは魔力の操作が巧みだ。それは騎士よりも巧みであるので、魔力により肉体を強化する際の倍率も違う。ただ魔法使いは元々魔法を使うので魔力を常に消費する肉体強化は使わないし、基本の肉体はひ弱なので、結局のところ騎士級には敵わないが、戦士レベル3を持っているガニュメデスは騎士級の力を引き出せた。
「ふんぬぉぉぉぉ!」
扉が開き切る前にガニュメデスは顔を真っ赤にすると手を振り雄叫びを上げて隙間から入っていく。
「クールで知的キャラなんだから、もう少し余裕を持って入れよ! キャラ崩壊してるからな! ピチピチ、ピチピチ、まずい、扉向こうは海面に変化してない!」
アキも慌てて追いかけようとするが、人魚の体では地面を走れない。しかし解除するとアキの正体がバレるので困る。一瞬迷い、人魚の姿を解くかと考えて━━━。
「ごめんなさい、ロデーちゃん。失敗してしまいました!」
「失敗は挽回すればオーケーだよ。追いかけて!」
「わかりました!」
マノミに、ひょいと小脇に抱えられて、申し訳なさそうに謝罪される。気にしないでとペチと叩くと、真剣な顔になるとマノミは走り出す。
中に入ると、奥の間は水晶で天井ドームが作られた広間であった。水晶ドームから外が見えて廃墟となった海底都市が目に入る。床には複雑極まる魔法陣が彫られており、封印が稼働している証に魔法陣の線が光っていた。
そして、水晶ドームから光を受けて輝く一抱えほどの水晶も。ゆっくりと回転しながら宙に浮いており、床に空いた小さな穴へと水晶から生み出された塩がサラサラと落ちている。
『海神の神晶』だ。聖なる塩を作り出し、常に穴の下に眠る魔神へと聖なる塩を落としている。
「ふははは、やはり私は幸運の女神に愛されている!」
追いかけるがガニュメデスのほうが僅かに速い。水晶に近寄ると哄笑して掴み取る。水晶は回転をやめると、塩の生産をやめて光を失ってしまう。
「やめりょ、ガニュメデス! その水晶を動かせば魔神が復活するんだぞ!」
「もちろん知っておりますよ。だが所詮は海の魔神。陸に生きる我らには関係無い話だ。それよりもこの神器を手に入れることのほうが重要だったのですよ」
懸命に噛み噛みでもガニュメデスを止めようとするアキだが、人の忠告をまったく聞かずに、ガニュメデスは魔法陣の中心から水晶を引き抜いてしまう。これで逃げられれば、ストーリーどうりになるのだろう。
(だけど、それは防ぐとあ~ちゃんと約束したしな! 切り札を使ってきたら使おうと思ってたけど仕方ない!)
ガニュメデスが切り札を持つように、アキもここまで来る間にガチャをしていた。そうして出てきたカードがあるのだ。
「では、さらばだ。人魚姫よ、残念ながらもはや君に出会うこともないだろう。これから封印の解き放たれる魔神に殺されるのだから!」
「そうはさせるかーっ! まほーかーど発動!」
『SR:アイテム破壊:使い切り』
勝利の笑みを浮かべて、ガニュメデスが懐からスクロールを取り出すが、アキも手元からカードを抜き出して発動させた。
いかなる物もたぶん破壊できるカードだ。使い切りなのが悲しいが、使うことに躊躇いはなかった。カードから光線へと変わり、光速の速さでガニュメデスの持つ海神の神晶に命中する。
命中した海神の神晶にヒビが入ると砕け散る。欠片がキラキラと光りながら宙を舞い、床に落ちていく。残念ながら取り返せないなら、破壊するしかないんだ。悪用されないためには仕方ないよね。
『クエスト:罰当たりにも神器を破壊した。経験点20000取得』
正義のためにやったのに悪逆非道だと判定されて少し哀しい。しょんぼりとしちゃい、尻尾をヘニャヘニャとなるアキ。
が、ガニュメデスは哀しいどころではなかった。わなわなと震えて、耐えきれぬ憤怒で顔を真っ赤にしていた。
「じ、神器だぞ! 古代の叡智! どれだけの力が隠されていたか……愚かなる人魚姫よ! この報いは魔神が教えてくれるだろう、死んで後悔せよ」
『緊急帰還』
叫ぶと同時にスクロールを使い、ガニュメデスは消え去るのであった。
あいつも大凶作を引き起こすために神器を改造するのに、アキに対して酷い言いようである。だが砕いたことにより、防げたと思われる。
『クエスト:人々を苦しめる凶作の魔導具を作った。経験値5000取得』
「理不尽だーっ!」
「ど、どうかしたんですか!?」
判定ガバガバのクエストにはクレームを言いたいけど、どうやら一番大きな欠片を持っていたガニュメデスはストーリーと変わらず凶作の魔導具を作るらしい。
(でも大凶作じゃない。一部だけしか効果のない魔導具なんだろうな。なら、後々にフォローもできるだろ。それに大まかなストーリーは変わらない予感がする。ゲームの強制力ってやつなのかは分からないがな)
たぶん餓死者が大量に出ることはないに違いない。だが戦国時代のように国内が混乱する時代は来るのだろう。元々なにかをきっかけに反乱を起こそうとしていた貴族が多いんだろうな。
まぁ、これは後でで良い。それよりも封印の解けた魔神対策だ。水晶ドームにヒビが入り始めて、ピシピシと音がする。地下からなにか恐ろしいものが出てくる気配がして、アキもマノミもゾッとして背筋を震わす。
「ろ、ロデーちゃん、こ、これは? 魔神とあの男は言ってましたけど………」
まだ魔神を見てもいないのに、顔を蒼白にして身体を震わすマノミ。アキはもちろん魔神の正体を知っている。
「魔神ダゴンだよ。海の絶対的支配者。何者も逆らえない恐るべき存在だ」
床が割れて、巨木よりも太い黒きタコの足が突き出てくる。この脚の大きさはクラーケンよりもなお太い。
魔神ダゴン。航海が不可能となった原因であり━━━プレイヤーたちが誰も倒せなかった魔物である。
ダゴンは海にしか出現しない魔物だ。モンスターレベルは15とされている。ラスボスよりも強い可能性がある魔物で、海での戦闘ということで不利すぎるプレイヤーたちは次々と倒されていき、誰も討伐はできなかったため、最初から倒せないように設定されているともっぱらの評判だった。
クラーケンよりも耐久力があり、8本の脚は一本一本が致死級の威力を持ち、様々な魔法を使えて、固有スキルも多い。しかも海中にいる間は超再生のお陰で1ターンで20%のヒットポイントの回復と脚の再生能力付きだ。
作った理由はただ一つ。運営は南大陸を作らなかったからプレイヤーには行ってほしくない。その理由付けのためだろうと囁かれていた。単純にそれらしい理屈づけのためだったのだ。
かくいう俺もプレイヤーらしく、何度かダゴンを倒しに行ったが、全て全滅してしまった。それがこの神殿を大嫌いな理由だ。なので、討伐は無理。ゲームでマノミが逃げられたのは、ダゴンが出現し、海水で埋没する海底神殿を魚に変身して逃げたのであろう。
だけど、ガニュメデスに逃げられたために使用していないカードがまだあるんだ。本来はガニュメデスに使うつもりだったけど、試すのもいいだろう。
ゲームの仕様が変わった今、倒せる可能性が出てきた。
床が完全に砕けて、天井の水晶ドームが破壊されて海中に沈んでいく。マノミは魚に変身して逃れ、他の敵たちは苦しんで溺死していく。
そうしてタコの足を持つ黒い何かがゆっくりと浮上してくる。表皮には大きな目玉がいくつもついており、ギョロギョロと周りを見て、タコの足にはびっしりと牙の生えた口が無数にあった。
見ただけでわかる。これはだめなやつだ。ゲームでも何度か見たことはあるけど、リアルだと魂を掴まれたかのようにゾッとして、体の震えが止まらない。カクレクマノミがアキの髪の毛に潜って震えて隠れるが、気持ちは分かるので放置しておく。普通の人間なら見ただけでアウトのハズ。たぶんアキはSAN値チェックに大成功した予感。
「クラーケンたち、やつを倒せっ!」
クラーケンたちに命じると、素直にダゴンへと向かっていくが、タコの足に攻撃を仕掛けた途端に、タコの足が水中にもかかわらず、まるで重さなど感じないかのように高速で振るい、クラーケンたちを掴むと、脚についた口で貪り食う。
モンスターレベル7の幻影のはずなのに、クラーケンが脚を振っても、まったく微動だにしない。
時間をかけずに海の死神は本物の神に倒されてしまうだろう。恐るべき力であった。
『我はダゴン。海の支配者なり。あまねく生命たちよ、我にひれ伏し、この名を称えよ!』
邪悪なる声が脳を通して聞こえてくる。気持ち悪い、帰りたい。死んでしまう。
(まじか。これは予想と違う。息をすることも難しい………)
動くことすらできなくなる。甘かった。本物の魔神を甘く見ていたのだ。ここで死ぬ━━━。
『すーはー、すーはー、あきちゃんがんばって! タコさんたおそうよ。あ~ちゃんもおてつだいしましゅ!』
深呼吸をするあ~ちゃんの声が聞こえてきて、ポフポフと優しく背中を叩かれる。スーッと身体が軽くなり、動くようになる。どうやら、あ~ちゃんに助けられたらしい。ありがとう、あ~ちゃん。
「あ、あたちのターンだ、ダゴン。あたちは海の守護者モビーディックを召喚!」
『LR:海の守護者モビーディック:使い切り:攻撃力2000、防御力3000:このカードを使用時、敵への初の攻撃は2倍になり、スキルや魔法、武具の効果を無効化して攻撃する』
使い切りの仲間カード。ここに来る前に一万のガチャをした成果。敵を倒せば消えるカードにしてレジェンドカードだ。海中の空間にヒビができると、それは現れた。空母並みの大きさを持つダゴンよりも尚大きい存在。白い体の鯨。神々しさを感じさせ、あれほど恐怖していたのに、力強さに心が沸き立つ。
「モビーディック、必殺の『ディメンションストリーム』! ダゴンよ、次元の津波に呑み込まれて、その魂ごと消滅せよ!」
『くぉぉぉぉぉ』
ピシリと指差し命令をアキが出すと、モビーディックが鳴いて、周囲が回転するように歪み、光が線となり、空間が歪む。そして、あらゆるものを呑み込む次元の大海嘯が放たれて、ダゴンに向かう。さっぱり戦闘力の強さが分からないけど、たぶん強いと信じてる。
『こ、この存在は、な、なんだ、これはぁぁ』
ダゴンはあらゆる耐性結界を周囲に展開させており、カウンター魔法や、武技を覚えている。しかし、その全てが泡のように消えていき、まったく動作しないことに慌てるが、その時には敵の攻撃はダゴンの胴体を呑み込み始めていた。
まるで自身の身体が泡になったように吸い込まれることに驚き、暴れようとするが、脚も身体も感覚はなくなり、消滅していく。そしてダゴンは狂乱し、なにが起こったのかもわからずに次元に呑み込まれ、その体を崩壊させていき、魂すらも崩れ始めて、大海嘯に消滅させられるのであった。
魔神の出番を削る悪逆非道な幼女アキだった。




