21話 戦いは数と質で決まるんだよ
「く、クラーケン! まさかそんなうあぁっ!」
「スキュラでも持て余しているのに、クラーケンだと! し、しかも3体!」
「ガニュメデス様、ご指示を、ご指示をっ!」
スキュラが海の悪夢と言うならば、クラーケンは海の死神だ。出会ったら死ぬ。それは海の男たちの共通認識であった。船よりも大きな身体。マストよりも太い再生可能な十本の足、柔らかい体には剣が通じず、無限とも言える体力を持っている。そのうえ、人間には不利な水中の魔物という、海の死神というあだ名にふさわしい化け物であった。
しかもそれが3体現れたのだ。いかに鍛えられたプトレマイオスの兵士たちと言えども、この絶望的な状況には恐慌となった。
ふふふ、そうだろう、そうだろう。本物にしか思えないだろう。アキは敵が大混乱となっている様子を見て、ちっこいお手々を口元に添えて、クフフと可愛い含み笑いをしていた。
『夢を現実に』の魔法はあらゆるものを創り出す。が、欠点はもちろんあって、魔法的な効果はない。例えを言えば、物理的攻撃が本来無効のリッチが殴れてしまうし、反対に聖なる魔法は効かない。そしてリッチは魔法を使えず、物理攻撃のみだ。おわかりだろうか、所詮は偽物。敵がおかしいぞと疑問に思うと幻術だとバレる可能性は大いにあった。
でも、反対に言えば、物理攻撃は本来のものと同じなのだ。幻術といえど魔法。魔法攻撃となるし、クラーケンやドラゴン、サイクロプスなどの巨体を使った質量攻撃は本物と変わらないのだ。
だからアキは二重、三重に罠を仕掛けた。戦場をクラーケンにふさわしい海にした。次にウンディーネとスキュラを召喚し、アキが召喚術に優れているという印象を与えて、魔法を使えない単に殴るか締め付けるだけの魔物クラーケンを幻術で作った。
クラーケンはこの魔法で作り出すにはうってつけだ。高レベルモンスターなのに、ブレスも吐けなければ、魔法も使えない。それに加えて、アキが本物であるとの印象付けを繰り返して行ったので、敵は疑うことをしなかったのである。
ゲームではクラーケンはモンスターレベル7だが、その攻撃は3D10+16の攻撃を10回繰り出す。騎士級だと威張っているが、見たところ剣士レベル3程度で、ヒャッハーたちとそう変わらない。となるとゲームの知識から予想するに予想ヒットポイントは多くて50くらい。そんな兵士たちにクラーケンが負ける道理はなかった。ふんふんなりゅほどとあ~ちゃんが目を輝かせて学んでいるので、幼女教育に悪いことも判明していた。
既に天秤はアキに傾いており、敵はなんとかクラーケンの攻撃を防ごうと武技を放っているが、それは大木をナイフで倒そうという試みと同じであった。脚での単なる叩きつけによる攻撃にむなしく潰されて死んでいく。敵の流した血により海面が真っ赤に染まり、断末魔の悲鳴が響き、阿鼻叫喚の光景が広がるのであった。
「くっ、なんということでしょう。クラーケンを召喚する魔法すら使えるとは。そのような魔法は聞いたことがありません。人魚の王族の秘儀ですか。見誤りました」
ここに来てガニュメデスは人魚姫を拉致してきたことを後悔する。当初の目論見通りマノミだけにしておけば良かったのだ。人魚と聞いて欲が出たのは失敗であった。
「ですが、クラーケンといえど私の敵ではありませんよ! 喰らいなさい、私の秘儀を!」
『氷竜の吐息』
しかしてプトレマイオスの幹部の一人であるガニュメデスは後悔はするが絶望はしなかった。己の魔法に絶対の自信があり、オリジナル魔法を放つ。
ガニュメデスが暴れるクラーケンへと手を向けると、冷気が噴き出し猛吹雪へと変わり、射線上の海面を全て凍らせてクラーケンを襲う。クラーケンの巨体は氷漬けとなり、身動きすることもなく息絶える。
『氷竜の吐息』。ガニュメデスがプトレマイオスの幹部の一人である理由の一つだ。そのブレスは古竜の吐くブレスと威力は変わらず、軍隊すらも丸ごと凍らしてしまう恐るべき氷の魔法であった。
部下も数人巻き込んだが、クラーケンを放置して増える被害を考えれば誤差だ。ガニュメデスは気にせずに次のクラーケンへと『氷竜の吐息』を放とうとして………ピタリと手を止めて躊躇ってしまう。
その顔は平然とした表情を装っており、余裕の態度に見えるが、その息は微かに荒くこめかみには汗が流れている。目つきが僅かに険しくなり、唇を強く引き締めて、続けて魔法を放つことをしなかった。
「魔力切れなんでしょ、ガニュメデス!」
『烈水刃』
そのためらいを見抜いたかのように、可愛らしい幼女の声が聞こえてきて━━━その手が海面から突如として放たれた水の刃に斬り落とされるのであった。
「ぐあぁっ! この水魔法は、まさか!」
切断面を手で押さえて、くの字に折れて苦しむガニュメデスに、水中から飛び出してきたアキが好戦的な笑みで叫ぶ。
アキは宙を舞うガニュメデスの手を掴み取り、その指に嵌められている指輪を抜き取って、ガニュメデスに見せつける。『瞬間移動』の魔法を使える指輪だ。ただしレベル10の『瞬間移動』を、他のものが使うにはペナルティがある。それが魔力消費2倍になるというペナルティ。しかも『瞬間移動』は単体魔法だから範囲を広げれば倍々に消費は増える。
マノミとアキの2人を連れて『瞬間移動』を使い、その前に『氷竜の吐息』も使ったガニュメデスはクラーケンを倒すにも、そろそろ魔力が尽きてきて、追撃の魔法を使うのにためらってしまったのだ。
「く、無限ともいえる私の魔力が尽きることがあるなどとは!」
切断された腕を押さえて、苦痛に顔を歪めながら悔しげに唸るガニュメデス。自身の魔力量はプトレマイオス1であり、絶対に自信があり、尽きることなど無いと思っていたため、その動揺も激しい。
たしかにゲームでも、ガニュメデスの魔力はチート並みに多かったことをアキも覚えていた。最強魔法ばかり使ってきて、この野郎、魔力切れねーのかよとプレイヤーにチート野郎と罵られた挙句、魔力がどれくらいあるか、戦闘力がどれくらいか解析されてしまった可哀想なキャラでもある。まぁ、強いボスは解析を受けるのは運命だが。解析厨は喜んで食いついて、BOSSを丸裸にするまでがデフォルトである。
解析によると、レベル10の魔法使いの5倍近い魔力を持っているとされていた。レベル10の魔法使いはレベル10の魔法を3回ほど使える魔力を持つ。そして、チート魔法『氷竜の吐息』の魔力消費量はレベル10の魔法2回分と解析済み。既に瞬間移動にて魔力を消費しているガニュメデスは、水上歩行などの魔法も使用していたし、『氷竜の吐息』を使えて2回。
脱出を考えると残り1回使えれば良いところだった。それだけで残りのクラーケンを倒し、スキュラとウンディーネ、そしてアキも倒さなくてはならないとなるとさすがに慎重にならざるをえなかったのである。
ガニュメデスは成果を急くばかりに休憩をとらないという、魔法使いにとって最悪の決断をしてしまったのだ。
さりげなく瞬間移動の指輪を指に嵌めてパクると、アキは魚が飛び跳ねるように銀色の尻尾を振って大きく飛翔する。
『水柱創造』
レベル2の水魔法『水柱創造』。敵の行動を阻害するために、巨大な水柱を創り出す魔法だ。それをガニュメデスを囲むようにどんどん創り出していき、自身は水柱に突進すると、鯉の滝登りのように柱の中を泳ぎ、時にはジャンプして隣の柱に移り、時には空高く飛び跳ねて、ガニュメデスを翻弄する。
水しぶきをあげて、きらめく水滴の中で、幻想的に踊る幼女人魚。これが舞台ならば、人々は陶然となって観覧し、万雷の拍手を送るだろう。
しかして、ガニュメデスにとっては、人魚の舞台は死の舞台であった。ただでさえ水しぶきと波立つ海面に翻弄されて敵の姿を視認することも難しいのに、人魚の水中での速度は時速百キロを超える。しかも水柱に入ったり、水中に潜ったりと、縦横無尽に3次元機動をされて、魔法使いでは全くついていけなかった。
ならばどうするかというと、取り得る手段は範囲魔法で倒すのみだ。
『津波』
高速にて水中を行き来する小癪な幼女人魚に、ガニュメデスは自身の持つ水魔法の中でも最強の魔法を使う。ガニュメデスの手前からまるで世界を流し消すように、まるで城壁のように高く分厚い水が噴き出して、天井まで届くと、津波となってガニュメデスの視界内を襲いかかる。
本来は溺死が加わるが、人魚のため、それは通用しない。しかし質量による圧潰だけで十分だった。水柱を押し流し、水中すらも波立てて、アキを海面に押し出すと、津波はのしかかってゆく。
城壁が砕けて落下してくるようなものだ。ガニュメデスはぺしゃんことなった幼女人魚を思い浮かべて笑みを浮かべるが━━━。
「どやぁぁぁ、マーメイドサーフィン!」
アキは津波を真正面から受けても、まるで泡に包まれるかのように重さを感じず、あっさりと抜け出すと、波に乗ってサーフィンをする。バシャシャと波しぶきを上げて、泡立つ航跡を残しながらサーフィンをするアキにガニュメデスは目を見開いて動揺してしまった。
「まさか、まさか、水魔法が効かないのか! ま、まさか王族の人魚は水魔法を無効化する固有スキルを持つのか!?」
たとえ人魚でもクラーケンでも、肉体は物質のため水魔法は効く。効かないのは水の精霊ウンディーネくらいだ。しかし、対抗魔法を使った様子もなく、アキは全く津波の影響を受けていないことから事態を理解した。
動揺を隠せないガニュメデスにアキはすぐに攻撃に転じる。津波が崩れて、高い波を踏み台に飛翔すると、手のひらをガニュメデスに向ける。
『烈水刃』
水魔法の中でもレベル5で単体では強力な威力を持つ水の刃を撃ち出す。先ほどガニュメデスの手を切断した魔法だ。魔法使いの軟な身体では耐えきれない。
「くっ、水魔法がつうじぬなどあり得るのか!?」
『烈魔刃』
ガニュメデスは得意とする水魔法を諦めて、無魔法を使う。魔力で作られた刃が迫る水刃を迎撃して打ち消す。
(そうだろうそうだろう、無魔法に頼るしかないよな。だがそれならばジリ貧になるだけだ!)
アキはガニュメデスのスキル構成を知っているので、むふふと含み笑いをして、再び水術でガニュメデスを狙う。ガニュメデスも対抗するが、そのすべては無魔法だった。
ガニュメデスのスキル構成。『水魔法8、無魔法5、戦士3、セージ7』とされている。TRPGではよくあるのだが、水魔法を9にするには膨大な経験値が必要なのだ。そのためレベルを上げることを諦めて、他のスキルをつまみ食いしたパターンなのである。
無魔法レベル5であれば、水術6のアキは負けない。敵の隙を突くように、水面を波立てたり、水の鞭で動きを止めようと様々な魔法を駆使していく。
既に魔力の残りも少ないガニュメデスは段々と押し負けて、傷が増えていく。
「くっ」
『烈魔刃』
「なんの!」
『水柱創造』
魔力の刃が創造された水柱に阻まれて、虚しく相殺されていく。
『魔力連弾』
『水鞭乱舞』
ならばと魔力を連弾で撃つと、水鞭をしなやかに操り、アキは全てを撃ち落とす。魔力が尽きかけているだけが理由ではない。アキは冷静に消費の少ない魔法にて、ガニュメデスの魔法を迎撃して、受け流してもいた。その戦闘センスは見事という他なく、単なる人魚ではないことをガニュメデスに気づかせていた。
(こ、この人魚姫は戦い慣れている! まるで死線を越えて数多の戦場を経験したような人魚だ。これでは魔力の尽きそうな現状では勝ち目がない!)
まるで熟練した傭兵とでもいうように戦うアキに、ガニュメデスは押し負けて、遂に膝をついてしまう。
「おし、これで終わりだぁ!」
勝利が近づきながらも油断せず、アキはとどめの魔法をどれにしようか迷う。まだガニュメデスは切り札を切っていないことをゲームで知っていた。なので、アキはチクチクと削るつもりだったが━━━。
隙と見たのはアキだけではなかった。
「こ、降伏してください! ピスケス家の名にかけて、ガニュメデス・アクエリアス、貴方を捕縛します」
『水鞭捕縛』
マノミが勝利を確信して、カクレクマノミの姿を解除して、海面に出てきたのだ。『水上歩行』にて海面に立つと、水魔法にてガニュメデスを捕縛する。
マノミの目には完全にこちらが勝ったと思えたのだ。スキュラもウンディーネも健在であり、クラーケンは2体残っている。だが、相手は30人はいた兵士たちはもはや5人。しかもボロボロであり、もはや立つことも難しい。ガニュメデスは魔力が枯渇して、もはや強力な魔法は使えないだろう。魔力の枯渇した魔法使いなど怖くはない。
アキの手柄を取ろうとしたわけではない。公爵家の一員として、平和を守る貴族の務めであるので、謎の組織プトレマイオスを調べなければならないし、公爵令嬢を攫った罪人を捕まえなければとの使命感があったのだ。
捕縛魔法も使用したので、敵は無害化したと戦闘の経験のないマノミは思ってしまい、ガニュメデスに近寄る。
「待って、マノミ! 近づいちゃ駄目だ!」
「え?」
慌てて制止するアキだが━━━。
「ありがとうございます、愚かな公爵令嬢!」
『魔力爆発』
ガニュメデスは自身の魔力を暴走させて爆発させる。階位4の魔法『魔力爆発』。自身の残った魔力を爆発させる自爆魔法。ガニュメデスは体内にほとんど魔力は残っておらず、極めて小さな爆発に終わり、自身へのダメージも小さいが、その爆発は近寄ってきたマノミを巻き込んでいた。
「あうっ」
爆発に巻き込まれて、転倒するマノミ。捕縛魔法は爆発により消し飛んでおり、ガニュメデスは腰のナイフを抜き放つと、マノミに斬りかかる。
幸いナイフはマノミの腕に掠っただけではあるが、ガニュメデスには十分だった。
「やはり私は幸運の女神に愛されているようです!」
血のついたナイフをガニュメデスは封印の扉に投擲する。ナイフについた血が流れて封印の扉についてしまい━━━。
神殿が大きく揺れ始めて、封印の扉に基板のように回路が浮かび上がると地響きを上げて開き始めるのだった。




