20話 隠し効果ってわかりにくいよね
『悪逆非道が発動しました』
ガニュメデスの目的はマノミの血であった。その衝撃の真実にマノミは驚き、アキもピチピチ尻尾を振って、空気を読んで驚いたふりをした。
━━━だが、内心では冷静であり、なにがこれから起きるのか知っていた。
「さぁ、マノミ公爵令嬢? 最初は貴女が目的であったのです。なので、せっかくですから貴女から試したいと思います。こちらに来てもらえますよね?」
薄笑いで手を差し出すガニュメデスに、マノミはキッと目つきを厳しくして睨む。
「そ、そのお願いをするように見せかけて、その実は自分の思い通りにする態度、失礼極まりないと覚えておいてください」
「弱気な方とお聞きしておりましたが、貴族らしい姿を見せることもできるとは、おみそれいたしました」
マノミの静かなる怒りを受けても、まったく気にせずにガニュメデスは手を差し出した体勢で態度を改めることはない。マノミは分かってはいたが無礼な態度のガニュメデスに腸を煮えくり返すように怒りを覚えていたが、それでも自分たちがなにもできないことは理解しており、グッと手を握りしめると、アキを床に降ろす。
ゆっくりと歩き始めるマノミを見ながら、アキはこのイベントの内容を思い出し、ワクワクとしていた。不謹慎極まりないが、プレイヤーとして目の前の光景をリアルで見れる感動を感じていた。
(これからマノミは血を取られて、その血で封印の扉は開かれる。そして中にある魔神を封印している『海神の神晶』をガニュメデスは奪い取るんだよな)
記憶がクリアになり、マノミイベントを数珠繋ぎでアキは思い出していく。
(『海神の神晶』を奪い取られて、魔神の封印は解ける。そして魔神は海を支配し、船での航海が一切できなくなるんだ)
航海が不可能となり、南大陸からの品物は一切入らなくなり高値となる。だがそれは一部の交易を主とした貴族などが困るだけで限定的だ。このイベントのメインは他にある。
(『海神の神晶』は『聖塩』を作り神晶に溜め込む神器だったんだ。そしてそれを利用した魔導具をガニュメデスの属するプトレマイオスが作り、塩の雨を広範囲で降らせる魔導具を作るんだよ。そして始まる大凶作、大陸の民の多くは困窮し、食糧を求めて各貴族は戦争を開始する。まるで戦国時代のように! ワクワクするな!)
そして戦国時代となった大陸に起きる様々なイベント。試練とも言うべき多くの困難なイベントをクリアし名声を上げて主人公は英雄となる。悲惨なるイベントは英雄を作り出す地盤となるのだ!
その始まりのイベントを見れるとは幸運だと、こっそりと興奮して眺めるアキ━━━。
『たくさんひとがしんじゃうの?』
泣きそうな声が後ろから聞こえてきた。いや、後ろではない、精神世界でもう一人のアキが涙を溜めて心細そうにアキの裾を引っ張っていた。
幼女の自我を持つもう一人のアキがそこにはいた。
『悪逆非道が発動しました』
『3割くらい死んじゃうけど問題ないよ。ここはゲームの世界なんだ。ゲームではたくさんの人々が死ねば死ぬほど、ハッピーエンドが輝くんだよ』
シミュレーションゲームでも、百万人の人が兵糧が無くて死んでも気にしない。RPGだって、人類の再興を目指す主人公はカッコいいんだ。
これは必要悪だ。
『だめーっ! あきちゃんはたすけることができるんでしょ? たしゅけてあげて!』
ぽふんと体当たりをしてきて、俺の体を抱きしめてくる幼女の自我を持つアキ。いや、あ~ちゃんとのあだ名が似合う幼女。
『悪逆非道が発動しました』
『駄目だ………駄目だよ。ここでこのイベントを潰したら数多くのイベントが潰れてしまう。主人公はレベルアップができなくなり、メインストーリーがクリアできなくなる━━━』
そうだ。必要なイベントだってある。だから邪魔をするわけには………。
『なんとかちて! あきちゃんならできるもん。しんじてるもん! きっとあきちゃんならできるって! たくさんのひとがしんじゃうのはいやー!』
あ~ちゃんが叫び、頭がクラクラする。なにかがおかしい。━━━そうだ、さっきまで俺はガニュメデスを倒すためにガチャを引いていたはず! なんでここでのんびりと見ているだけなんだ?
『悪逆非道が発動しました』
どこかでなにかが囁いてくる。動くなと。多くの人々を殺せと。経験値を稼げと。悪をなせと。
『あ~ちゃんはあたち! あたちはたくさんのひとがしぬのはいやっ!』
あ~ちゃんの悲しい叫びがアキの頭に染み込む。そうだ、そのとおりだ。
『悪逆非道が停止しました』
なぜか頭が急にクリアとなる。この展開はまずいと良心が叫ぶ。本来はガニュメデスを倒すために、ガチャをこっそりとしていたのに、なぜ急に傍観するつもりになったのか、不思議だ。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
『安心しろ、あ~ちゃん。あたちは悪役令息ルックスY。悪役令息ルックスYは小狡い悪はやっても、世界を滅ぼすようなだいそれた悪は行わないんだ』
ぽふんとあ~ちゃんの頭を撫でて、不敵に笑ってやる。
『安心しろ。俺は悪役令息アキ・アスクレピオスだからな!』
目が覚めたかのように、アキの瞳に生気が戻り、その体に気合いが漲るのであった。
◇
「マノミ、そこでストーップ!」
「え!?」
「む?」
ガニュメデスの差し出す手が届く寸前でアキの叫びがマノミの足を止める。ガニュメデスが意外な展開に驚き眉をしかめる。
が、それは大きな隙となる。それを見逃すアキ・アスクレピオスではないのだ!
『戦場変更:海面』
階位6の魔法。自分の有利な地形へと変える魔法だ。氷原であれば溶岩地帯に、風が吹き荒れる峡谷であれば、優しいそよ風が吹く平原へ。
そして、幼女人魚であれば海へと。
「ぬっ!?」
「がぼぉっ、これは」
「なぜいきなり海に」
三十人の兵士たちは突然足元が海に変わり、皆沈んでゆく。攻略サイトでは、この不思議空間での海面変更は20メートルの深さの海となると書いてあった。調べたプレイヤーはアホだろと思ったけど、それが今は助かっているとは不思議なものだ。
敵は大混乱だ。『戦場変更』は水術や炎術でなければ使えないかなり珍しい魔法だ。火魔法や水魔法しか使えない魔法使いたちにはわからないし、兵士たちでは想像もつかないだろう。
武装した兵士たちが水に落ちれば普通は溺れ死ぬ。だが、アキはプトレマイオスの技術と財力を知っている。この程度で死ぬ奴らじゃない。
『水上歩行』
全ての兵士たちが不自然に海面に飛び出すと、まるで硬い床の上にいるかのように身体が水の上で浮く。海での戦闘を考慮して、全員『水上歩行』の魔導具を装備してやがるのだ。となると、マノミが問題だが、彼女は問題ないことを知っている。
「む、公爵令嬢がいません。まさか沈んだのですか!」
同じく『水上歩行』にて海面に立つガニュメデスがマノミがいないことに声を荒げる。探すには『水上歩行』を解除しなければならないが、兵士たちは魔法解除は使えないようで、慌ててなんとか頭を沈めようとして磁石の反作用のように弾かれていた。笑えるぜ、『水上歩行』は水中の敵に不利だから使うべきだったのは『水中呼吸』だったのにな。
それに水中に入ってもマノミを探すのは無理だろう。アキの目には水中で泳ぐカクレクマノミの姿があった。ピスケス家の固有スキルの一つ『魚変化』だ。ただの魚じゃない、マノミの変身するカクレクマノミは攻撃時以外は『隠身』がかかる。かなりの強スキルなんだ。惜しむらくは水中専用って役に立つ機会が少ないところだけどな。
マノミの安全は確保された。なら、反撃開始だ!
『ウンディーネ召喚2体』
階位3の魔法『ウンディーネ召喚』を使う。習得しているスキルレベルが3上がることに1体召喚数が増えるので2体召喚。
海面がさざめき、水でできた美少女が生み出される。
「ウンディーネ、周りの敵を殺せ!」
アキの指示に従い、コクリと頷くとウンディーネたちは『水矢』の魔法を撃ち、近い敵を攻撃する。レベル1の魔法ではあるがそれなりに威力はあり、敵の血が空中に舞う。
「驚きましたよ、人魚姫。見かけと違い魔法の腕が立つようですね。しかし、私の部下は全員騎士級、そして持つ武器は魔法の武器です。愚かな抵抗となるでしょう」
ガニュメデスが腕組みをして、部下の後ろで大物ムーブをする。ここで煽るのはまだ早い。全員魔法武器なのはゲームで知っているから驚かないが、魔法攻撃しか通じないウンディーネには弱点となる。たった2体のウンディーネでは、サクッと倒されてしまうだろう。
だが、それも予想通りだ。ウンディーネに敵の目が向けば良い。次の魔法を使う隙があればな!
『スキュラ召喚』
階位6の召喚魔法『スキュラ召喚』を使用する。ボコボコと海面が泡立つと、上半身が美少女であり、下半身がタコの足、足の先端が狼の頭である異形の魔物『スキュラ』が海面を突き破り現れる。
「ひ、海の悪夢スキュラだ!」
「う、うろたえるな、囲めば倒せる!」
「ぐはあっ、こいつ、本物だ!」
敵は海兵らしくスキュラを見て、恐怖で動揺する。スキュラは美少女の部分が魔法を、下半身の足が噛みつき攻撃をする極めて厄介な魔物であり、海では恐れられている。
スキュラが氷の槍を放ち、狼の噛みつきで敵を攻撃する。ウンディーネだけではなく、スキュラが出現したことで、敵は完全にこちらへの注意が離れる。約1名を除いて。
「スキュラ召喚! 失われし召喚魔法を使えるとは、さすがは人魚姫といったところですか! 貴女は捕まえて、知っている魔法のすべてを教えてもらいましょう」
一人だけ興奮しているのはガニュメデスだ。興奮で顔を歪めており、鼻息荒い。たしかにガニュメデスならスキュラを倒すのは容易いだろう。
そして、多勢に無勢。たとえスキュラとウンディーネ連合でも、戦況は不利だ。
だが、度重なる召喚魔法で、人魚姫が召喚魔法を得意とすると考えただろう? だから━━━。
「ガニュメデス・アクエリアス。海の王国ポセイドンの王女ロデー・ポセイドンが汝に最高の魔法を見せちぇやろう!」
手を広げて、宙に巨大な魔法陣を描く。
「人魚族の秘奥魔法『クラーケン召喚3体』」
『夢を現実に』
幻術を召喚魔法に見せかけて、クラーケンを創り出す。巨大な空間の海底神殿であるのに、その空間も狭そうに巨大なイカが3体姿を現す。
「あなたたちは全員死刑」
一本一本が大蛇のように巨大な脚をくねらせるクラーケンを背後に立たせ、兵士たちが唖然とするのを見て、アキは腕を組んで宣言するのであった。
どうだ、本物にしか見えないだろ。重ねた真実が嘘を真実に塗り替える。
幼女は詐欺師として一流だった。




